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「東鳩超人列伝」

 

葵のおかげで、みんなの練習場所になった寂れた神社で、
「痛いっ! 痛いってば! 早く離しなさいよ、綾香ってば!」
「やっぱり打撃技以外は苦手なのね、好恵」
私は好恵の左腕を逆に極めながら、余裕たっぷりに笑っていた。

エクストリームは総合格闘技。
パンチやキックなどの打撃技だけじゃなくて、投げや関節技も使っていいの。
今は、空手一筋の好恵が「関節技なんて、実戦で使用できるの?」なんて
言い始めたから、実地で体験してもらっているところ。

「完全に極まっているな、あれは」
「はい、見事な極めです! すごいです、綾香さん!」

ギャラリーの浩之と葵も満足したようなので、好恵を関節技から解放してあげる。
「どう? 関節技って、実際に極められると脱出不可能になっちゃうでしょう?」
好恵は私が極めた腕を痛そうにさすりながら、苛立たしそうな声で答えた。
「確かにね。極めるチャンスがあるかどうかは別にして、かけられるときついわ」
「打撃も使えない超接近戦になったら、つかみ合いしか方法はないわ。関節技や 投げ技は必修よ。だから、葵も練習をしているの」
「はい! 関節技を知っていれば、自分でかけることはできなくても防ぐことは
できますから!」
「俺も練習はしてるぜ。葵ちゃんや綾香みたいには極まらないけどさ」
浩之と葵にも関節技の練習の必要性を説かれて、好恵はしばらく考え込んだ。

「・・・わかった。練習してくる。葵、藤田。私の練習につきあってくれるわね?」
「はい! もちろんです!」
「うえぇ。実験台になれっていうことかよぉ?」

珍しく素直に忠告を受け入れた好恵。
楽しみね。あいつが、どんな技を修得してくるか。
私はその時、まだライバルの成長を楽しみにする余裕があったの。

一週間後。
胴着姿に着替えた好恵。横には、同じく胴着に着替えた葵と浩之が立っている。

「あんたを倒せる技。会得してきたわよ」

あら? 私にむかって余裕の笑みを浮かべる好恵なんて、初めて見たわ。
「随分と大胆な発言ね。まだ、関節技をなめているんじゃないの?」
「いいから、かかってきなさい」
そう言って、好恵は拳を構える。
いつもの好恵と違って、今日は気負いがないみたいだ。

・・・なにか、たくらんでいるの?
こういう場合は、先手必勝!

私は好恵が苦手とする寝技に持ち込むべく、足を取ろうとタックルを仕掛けた。
ガシッ!
やった。捕まえた!
私は好恵の足をつかんで、そのまま引き倒そうとしたんだけど・・・。
あれ? 倒れない?

「一つ。突進に逆らうことなく、敵の頭を左腕で捕獲」

それどころか、好恵は変なことを言いながら、私の頭を左脇の中に挟み込んだの。

「二つ。同時に頭を敵の左肩下にもぐり込ませる」

今度は、私の左脇に頭を突っ込んできた。何をするつもりなのかしら?

「三つ。両腕の絡みを強固にして、大地の巨木を引き抜く心構えで、敵の体を高く さしあげる」

えっ?

「四つ。両内腿を押さえ、体の自由を奪う」

ちょ、ちょっと待って。逆さに持ち上げられて、大股を開かされているってことは・・・。
私は今、学校の制服を着ているから・・・。

「綾香のパンツ、丸見えだな」
「はいっ! アダルトな黒です! すごいです、綾香さん!」

浩之と葵が、大股開きになった私を見て、好き勝手言っている。
「何すんのよ、好恵っ! こんなの関節技じゃないわよっ!」
私が顔を真っ赤にして叫ぶと、好恵は私を持ち上げたままで答えた。
「綾香。まだ終わりじゃないわよ・・・とうっ!」

「五つ! 鷹のごとく舞い上がりっ!」

へっ!? 好恵は私を肩で逆さまに持ち上げたまま、信じられない高さの垂直飛びをする。
浩之や葵が小さくなっている!?
なっ、なにが起こっているの!?

「六つ! 稲妻のごとき勢いで着地するっ!」
地面がどんどん近寄ってくる・・・。

ドォガアアアァァンッ!!

すさまじい地響き。
首、背骨、腰、左右の股関節に強烈な衝撃を負った私は、そのまま気を失った。

 

「うっ・・・冷たい」
「大丈夫か、綾香?」
浩之が私の顔を、濡れたタオルで拭いている。
もしかして私・・・気絶したの? 好恵が新しく会得した技で。
まだ全身にダメージが残っていたけど、呆気なく負けた悔しさの方が強かった。
「なんていう技なの、それ?」
研究して絶対に破ってやる、という決意を固め、私は好恵に技の名前を聞いた。
好恵はにっこり微笑んで答える。

「48の殺人技の一つ。五所蹂躙絡み」

なっ、なにそれ?
全然聞いたことがない技なんだけど・・・。
「要するに、キン肉バスターだよ。本当に坂下が使えるようになるとは思わなかった けどさ」
「そこが好恵さんのすごいところです。特訓の成果ですよねっ!」
好恵が、浩之と葵と行った一週間の特訓で身につけた必殺技・・・その名も、キン肉バスター。

この技を破ってみせる。

私はそう決意を固めた。

家に帰ると、私はさっそく調査を開始した。
「キン肉バスターですか?」
手始めに、セリオに古今東西世界中の格闘家のデータを検索をさせてみた。
検索結果は0。
「おかしいわね・・・もしかして、秘伝の奥義なのかしら? 好恵は殺人技とか 言っていたし。門外不出の技なのかもしれないわね」
「直接、藤田さんや松原さんに質問してみては?」
「駄目よっ! 私が自分の力で破らないと意味がないのっ!」
そう。自力で破らないと、好恵に勝ったことにはならないわ。

自室に戻り、色々と対策を考えてみる。
一番確実なのは、キン肉バスターの体勢に入る前に極めてしまうことだ。
しかし、好恵のパワーなら極める前に私の体を持ち上げることだってできるだろう。
今日のタックルだって、完全に防がれていたし。
技に入られると、もう防ぎようがない。
あの技は要するに、プロレスでいうところのスープレックスだ。
固めて投げる。
関節技と投げ技が組み合わさった、美しくて合理的な技術。
どうにかして、キン肉バスターの最中に技を妨害できないかしら・・・。

ブスブスブス・・・。

あれっ、なんか焦げ臭いんだけど?
臭ってくるのは・・・姉さんの部屋。
またなの?

「姉さん! お香を焚く時は、量を加減して、って言っているでしょう?」
「・・・・・・」
下を向いて、ごめんなさいと謝る姉さん。
「全くもう・・・もういいわ。それで、今日は誰を喚んでいたの?」
芹香姉さんの趣味は黒魔術。
オカルトって言うと、馬鹿にする人が多いんだけど、姉さんがやっているのは
かなり本格的なもの。魔術師ギルドとかいう世界規模の組合にも入っていて、
日夜、魔術の研鑽に挑んでいるらしい。
姉さんが得意とするのは、霊魂を召還する召霊術。
魔法陣を床に描いて、そこに話したい霊魂を喚び出すっていうことなんだけど・・・。

「999」

なぜか床の魔法陣の中に書いてある数字が何故か目に留まった。
「あれ? いつもは変なアルファベットばかり書いてなかった?」
「・・・666です」
いつもの小声で、姉さんは私の言葉を訂正する。
「ああ。逆さまに喚んでいたのね・・・って、もしかして「獣の数字」?」
「・・・・・・」
今日は悪魔さんを喚び出そうとしていましたので、って、ちょっと待て!
「そんなもん喚ぶんじゃないの! やめっ、やめっ!」
私が儀式の道具を片づけ始めると、姉さんは残念そうに下を向いた。
でも、駄目なものは駄目。
この前も姉さんが喚び出した悪霊が還ってくれなくて、騒ぎになったんだから。
私は姉さんに、二度としないように注意すると、そのまま自室に戻った。

ベッドに横になり、また好恵の新必殺技対策を考える。
あのホールドを崩すのは不可能だ。両手が使えるけど、自分の肩を相手の肩が
固めているから、どうしても可動範囲が狭まる。
ああ、駄目だわ。思いつかない。
こんなに悩むなら、姉さんが「666」とかで喚び出した悪魔をやっつける方が
楽かも知んない・・・。

・・・666?
(999ではなくて、666だった?)

「やった! 閃いたわっ!」
私はついに、好恵対策を思いついた。
これなら、あの強烈無比なスープレックスのダメージを、そのまま好恵に返せるに
違いないわ!
待っていなさいよ、好恵。

翌日。
神社に好恵と浩之、葵を呼び出すと、私は自信たっぷりに挑戦状を突きつけた。
「好恵っ! 残念だけど、あなたのキン肉バスターはすでに見切ったわ!」
「相変わらず言うじゃない。あんたのことだから、すぐに仕返しに来ると思っては いたけど」
すでに胴着に着替えた好恵は、腕組みをして私の挑戦に応える。

「いくわよっ!」
「来なさいっ!」

私の牽制の一撃を、好恵はサイドステップで避けた。
しばらくは小競り合いが続く。お互いに、得意のキックは使わない。
好恵の必殺技を返してみせなければ、この勝負の意味はないからだ。
「もらったっ!」
一瞬の隙をついて、私の腕が好恵の左腕に絡む。
だが、好恵はそれを予想していたのか、すぐに私の体を持ち上げにかかった。
これは明らかに、キン肉バスターの準備段階だ。
「甘いわよ、綾香っ! 沈みなさいっ!」

ヒュンッ!

私の体を逆さまに持ち上げた好恵は、そのまま信じられない高さを跳躍する。
勝負はここからっ!

「かかったわね、好恵! 「9の原理」を思い知りなさいっ!」

私は首を振って勢いをつけると、力一杯に体を右に振った。

グルンッ!

数字の「9」がひっくり帰って「6」になるように、好恵と私の体の上下が入れ替わる。
こうなったら、キン肉バスターをかけているのは好恵ではなくて、私の方になる。
「キン肉バスター破れたりっ! せっかくの特訓が無駄になったわね、好恵」

ヒュルルルル・・・。

落下しながら勝ち誇る私に、なぜか気の毒そうな声で答えた好恵。
「ねえ、綾香」
「なによ、おとなしく沈みなさいってば!」
「はしゃいでいるところ悪いんだけど」
「負け惜しみなら、ダウンした後で言いなさいよね」
「数字の「6」が「9」になるってことは、もう一回ひっくり返したら、「6」に戻る ってことよね?」
「へっ?」
好恵は目を丸くしている私の顔の横で、首を勢いよく振った。

グルンッ!

さっきと同じ要領で、今度は私と好恵の上下が入れ替わる。
「しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ズダンッ!!

私の失意の悲鳴は、好恵のキン肉バスター返し返しによって塞がれてしまったのだった。
「綾香って、ナプキン派なんだな」
「はいっ! 羽付きですっ! すごいです、綾香さんっ!」
だから、人のパンツ見ないで・・・。

一週間後。
くやしい! くやしい! くやしい!
道場時代では一度も負けたことがなかったのに、好恵があの技を修得してからは一度も
勝っていない。
打撃戦に専念すればいいんだけど、それは負けを認めたことになってしまう。
なんとかしないと・・・好恵と実力差が開く一方になる。
この前なんか、葵と一緒に牛丼を持って踊っていたし・・・。
あれは何かの秘密特訓に違いないわ!
意味はよくわからないけど!

未知の必殺技に、エクストリームの女王が完敗。
・・・しゃれにならないわよね。

今の私は、完全に行き詰まっていた。

屋敷のトレーニング室。
鏡の前でシャドーを繰り返しているのは、家の執事のセバスチャン。
お爺様に雇われる前は、ストリートファイターとして生計を立てていたみたい。
・・・もしかしたら、セバスなら何か知っているかもしれない。
私はプライドに妥協して、彼に質問してみることにした。

「キン肉バスターですと?」

白い髭をゆらしながら、セバスは驚いた顔をした。
「もしかして、知っているの?」
「知っているも何も、それは私のオリジナルホールドの一つでございます。 まさか、現代の格闘家で、しかも綾香様と同じ年齢の婦女子が使えるとは・・・」
「あんたの技だったの?」
セバスはうなずくと、感慨深げに髭を撫でた。
「その坂下好恵という娘、さすがに綾香様のライバルでございますな。すでに 一級の実力を備えておりますぞ」
「そんなの当然じゃないの! それよりも、そのオリジナルホールドを破る方法は ないの?」
「答えてもよろしいのですか、綾香様?」
何もかも見透かした目で、セバスは私に質問した。
うっ・・・嫌な感じ。
「坂下好恵は自力で、オリジナルホールドを会得した。ならば、綾香様も自力で 返してみせるのが礼儀だと思うのですが?」
「わっ、わかっているわよっ!」
結局、私はプライドを捨てきれずに、トレーニング室を後にすることになった。

二週間後。
自分で色々と試してみたけど、キン肉バスターを一度も返すことができなかった。
今も、好恵に逆さまに持ち上げられて、小さくなった神社を上空から眺めている。
「ああっ、また負けちゃうんだわ・・・」
諦めて嘆息する私に、好恵が残念そうにつぶやいた。
「あんたなら、きっと返してくれると思ったんだけど・・・」
うっ!
「綾香が負け犬になるなんて、意外だわ」
この私を挑発しているっ!? 好恵のくせにっ!?
怒りが、私の体に火をつけた。

「おおりゃぁぁぁぁ!!」

渾身の力を込めて好恵が両手でフックしている左右の太股を解き放つ。
そして、落下しながら好恵の背中に取り付いた。
私は頭から、好恵は足からまっすぐに落下している状態だ。
そして、両手で好恵の両足を掴む。
「なっ、なんのつもり!?」
「こうすんのよっ!!」

グルンっ!

スカイダイビングの要領で縦に半回転を行って、好恵と私の頭の位地を入れ替えた。
そして、受け身を取れないように好恵の脇を両足で踏んでホールドする。

「あっ、あれは!」
「まさか、48の殺人技に入らない、幻の必殺技!?」
「マッスルドライバー。またの名を、キン肉ドライバーでございます」

ドカァンッッッッッ!!
好恵を地面に叩きつけた私を迎えたのは、浩之と葵、そしてセバスチャンだった。

 

「あっ、あなた達、全員がグルだったの?」
私の怒りがこもった声に、セバス達は言いにくそうに返事をする。
「申しわけありませぬ。大旦那様からの御命令でしたので」
「私達も頭下げられて頼まれたら・・・ねえ?」
「ああ。断れないよなあ、さすがに」
「はいっ! みんな、断れませんでしたっ! すごいですっ! セバスチャンさんっ!」
ジト目でにらんでいる私に、セバスチャンは咳払いをして言った。

「なにはともあれ、これで綾香様は「火事場のクソ力」を身につけられたわけです。
まさしく、大旦那様の後継者を名乗るのにふさわしい」
「なによ? その下品な名前は? そんなもの、私は身につけてはいないわよ?」
「いいえ、綾香。あなたの意地。確かに見せてもらったわ」
「はいっ! すごい根性でした!」
そっ、そう言われると照れるけど・・・。
「あっ・・・綾香の額に」
「おおっ! 王家の証がっ!!」
へっ? 何? 私の額がどうかしたの? 浩之? セバス?
「はい、どうぞ」
好恵がヒョイとコンパクトを投げてよこした。
私の額に浮かび上がったものは・・・。

「肉」という黒い文字。

「・・・・・・」
「見ろよ、みんな! 綾香のお尻にも「KIN」マークが入っているぜ!」
「・・・・・・」
「あら、本当。デカデカと浮かんでいるわね」
「・・・・・・」
「すごいですっ、綾香さんっ! 正義超人の仲間入りですねっ!」
「・・・・・・」
「キン肉マン・アヤカの誕生でございますっ!」
浩之が私のパンツをめくって、みんなが人のお尻を見て好き勝手言っていても、
私は何も反応できなかった。

「にく?」

なんで、こうなるのぉぉぉぉぉぉ!!!(涙)

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おまけ

「藤田先輩っ! 私も超人技を身につけましたっ!」
「おお。受けてやるからやってみろよ、葵ちゃん」
「はいっ!」

なぜかブルマとパンツを脱ぎ出す葵。

「・・・何やってんの?」
「ダイビング・ピーチボンバーっ!」
「素尻版っ!?」

柔らかかっ・・・失礼。痛かったそうです。

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おまけ2

「浩之ちゃん。私も超人技を身につけたんだよ」
「コーホーって言う奴のだろ?」
「うっ・・・」
「熊でかけたかったんだろ、どうせ?
「ううっ・・・」
「見え見えなんだよなあ。せめて、志保と組んで「地獄のねじ回し」くらいは できなかったのか?」
「うううっ・・・ええいっ」

あかりのベアークローで側頭部をえぐられた浩之が奇跡の復活を果たすには、
しばしの時を待たねばならなかったのである。

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夏樹さんのチャット仲間のAIAUSというものです。
プレゼントSSを依頼されたので、掲示することにしました。

夏樹さん、こんなものでいいでしょうか?

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。

ではでは。