今、俺は街中を自転車で爆走している。
なぜかというと、あいつとの約束の時間にもう既に遅刻しているからだ。
見慣れたはずで、とても懐かしい景色が流れていく。
約束通り、ダンスホールは予約しておいた。
後はとにかく早くあいつの所へいくだけだ。
そこでふと、頭の中にある疑問が湧く。
あいつは本当に待っていてくれてるんだろうか?
答えは自分でも分かっている。
あいつが待っていなければ、俺は今ここにいるはずがない。
ただ、何となく不安になってしまう。
そんな考えを振り払うように頭を一度大きく振る。
その反動で自転車も少しよろけた。
俺は苦笑して、わざと声を出してみた。
「しかし…」
例え待っていてくれたとしても、パンチ一発程度じゃ済まないだろうな。
なんて言ったって一年も遅刻しているんだから。
戻ってきてから最初に驚いたのが日付だった。
日付を見たらあの日からちょうど一年。
あそこでは時間という概念がないからどれぐらいあそこにいたかは分かってなかった。
が、まさか一年も過ぎてるとは思わなかった。
時間がないぶんあそこでは長い物が短く感じてしまうのだろう。
…いや、むしろ逆なのかもしれない。
そこまで考えて思わず口から笑いが漏れる。
自分はこんなに物事を深く考える奴ではなかった。
あいつの前ではあのときと変わらなく接したい。
それに、あそこの事はもう考える必要はない。
ただ、覚えてさえいればいい。
そうすることがみさおにとっても一番良いのだろう。
俺はそう思う。
一度、自転車を止めて空を見上げる。
―――――雲一つない青空。
そんな空を見るとあの時の風景もよみがえる。
だけど、あそこと決定的に違うのは、風。
風に乗って聞こえてくる様々な音があそことの違いを、戻ってきた実感を与えてくれる。
少しして、これ以上止まっているわけにもいかず、息切れしている体に鞭打って再び自転車を走らせる。
待ち合わせた場所まであと少しだ。あとは止まらないで一直線に行く。
待ち合わせた公園が見えると、一瞬、あいつはいないんじゃないかと思った。
しかし、だんだんと公園が近づくに連れて、『いる』という考えがほぼ確信に変わる。
――――そう、あいつはそういう奴だ。
心臓の鼓動は今までにないほど速い。
しかし、呼吸は不思議と静かだ。
ただ、頭の中は真っ白だ。何も考えが浮かばない。
気づくと目の前には階段が迫っていた。
「うおおおおおっ!」
考える必要なんてない。俺はあいつを信じている。
階段を、叫び声を上げながら上がっていく内にそんな簡単な考えが浮かんだ。
それでこそ俺だ、などと訳の分からない感想を抱いている内に一番上に着いた。
そこには俺の思った通りの人物が立っていた。俺が贈ったドレスを着て。
予想した以上にその姿は似合っていた。
ちらっと自分の姿を見てみる。
我ながら喪服はなかったと思う。
まぁ、無かった物は仕方がない。と、割り切って着てきたんだが…。
とにかく昇ってきた勢いで走っていき、そいつの目の前で止まる。
「ま…、間に…合…った…」
そいつの前に来た途端に息があがる。
緊張のせいってわけでもないだろう。
もともと全力で走ってきたんだから、息が上がっても仕方ない。
「お待たせ、お姫様。さあ、乗れ」
できるだけ息を静めて、前と同じようににっと笑い、手を差し伸べる。
思ったよりも普通に言うことができた。
目の前のそいつは驚いているというより、呆気にとられているという感じだった。
ん?と目で促してやると、しばらくして少しふくれっつらになった。
「格好悪い」
「文句いうな。これでも精一杯役作りしてるつもりだぞ」
「言葉、役になりきれてないじゃないっ」
当たり前だ。
これも一種の照れ隠しだから。
それに、こんなやりとりが俺にとって、とてつもなく懐かしかった。
だから、このやりとりをもう少しだけ続けるために口を開く。
「現実とはこんなもんだ。ほら、乗るのか乗らないのか、さっさとしろっ」
「そんな王子様いないっ!」
俺の意図が分かっているのかいないのか、こいつはきっちり乗ってきてくれる。
嬉しさに少し苦笑が漏れた。
「贅沢な奴だな。ほら、乗った乗った!」
「そんな威勢のいい王子様もいないっ」
そろそろ時間もおしている。こんなもんかな。
それに、こいつが変わってないことは良く分かった。
それで十分だ。
「じゃあ、お乗り下さい。お姫様」
「そう、いい感じ」
わざわざ恭しい口調を作ってみせると、そいつはようやく納得したようだった。
乗ったことを確認するとゆっくりと自転車をこぎ出す。
「よっしゃ、行くか!」
これからも俺達はこうやって進んでいくことができるだろう。
輝く季節へ…
〈了〉