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生々しい血の感触が手にどんどん広がっていく。
気持ちが悪かった。
拭ってしまいたかったけど、それはべったりと張りついて…取れない。
…殺してしまったんだ。
女の子が、血の水たまりに濡れている。
呆然となりそうな意識の中で…ただ、一言だけ呟いた。

 

「ごめん…スフィー…」

 

『スフィーが死んだ日』

 

 

 

水曜日の夜7時は「お子魔女」の時間。
今のあたしはテレビにくぎづけ。
大好きなごはんも後回し。
だって、前回ははづちゃんがピーンチ!で終わっちゃったんだもん。
これで気にならないほうがおかしいよ。
『必殺キャノンが効かないだって!』
『まじかるさんだーも通じないし…どうしたらいいのっ!』
けんたろは「魔法使いが魔女っ子アニメ見て面白いのか?」とか言うけど…
アニメの魔法は夢とかロマンが詰まってていいんだよ。
自分が持ってないものにあこがれる…って、わっかんないかなぁ、けんたろには。
『あきらめちゃダメ!みんな生きて帰るって、約束したでしょっ!』
そう言えば次回から「お子魔女♯」になるってけんたろが教えてくれたっけ…
じゃあ、これって最終回?!
ますます目が離せないよ。
「ちょっとこっちを向いてくれないかな」
…?
後ろから声がした。
「待ってて。後ちょっとだから」
あたしはぴしゃりとその言葉を遮った。
「うーん、しょうがないなぁ…お子魔女だもんね」
うんうん、なかなか話しのわかる人だね。
「…あたしも一緒に見るっ!」
その人はあたしの横に座って、一緒になってお子魔女を見始めた。
テレビは、ちょうどクライマックスのシーンだった。

…。
……。
………。

「うりゅ〜、はづちゃんが…」
「いいお話だよね…」
「でもちょっと悲しすぎるよぉ」
意気投合して、その謎の人とお子魔女談義をするあたし。
こんなところに我が友がいたなんて驚きだね。
「…そーいえば、あなた誰?」
ここはぜひ、名前も知っておきたいと思う。
「あたし?あたしはスフィー=リム=アトワリア=クリエール…スフィーだよ」
「そっかー、あたしも実はスフィーって名前なんだ…
 ……って……ええええええええっ!」
あ、あたしっ?!
…なんかよく見てみたら、格好とかも(大人の時の)あたしにそっくり…
……ちなみに、今のあたしはちんちくりんなんだけどね。
「こ、これはその、どっぺるげんがーとかってやつっ?!」
「違うよ」
「ど、どうしよう。魂吸い取られちゃうよ〜」
「違うって…でも、まぁ…似たようなものかな…」
はぁ、とため息をつく、大きなあたしそっくりな人。
…似合わないなぁ…と場違いなことをあたしは思った。

 

「あたしは…あなたを殺しに来たんだよ…」

 

 

 

「まじかるさんだー!!」
路地裏を逃げながら、小さいあたしが必死に応戦してくる。
でも、彼女が使えるのは『まじかるさんだー』だけ。
ちっとも怖くなんてなかった。
手のひとふりで、その攻撃を打ち消す。
「どうしてあたしが殺されなきゃならないんだよ!」
「けんたろのためだよ…あなたがいたら、けんたろが…苦しむから…」
子供と大人では、脚力も歩幅も違う。
すぐに行き止まりに追い詰めることができた。
「ど、どういうこと…けんたろが…苦しむって…」
「あなたは…けんたろの記憶の中にいるあたしだから…」
「…?」
彼女は、よくわからないといったふうに首を傾げる。
「けんたろの中のあたしの記憶を、消しに来たの…」
今日は12月30日、けんたろとのお別れの日。
あたしはけんたろの中のあたしの記憶を消しに来た。
そうすることが、グェンディーナの王家のしきたりだったから。
「…?なんだかさっぱりわかんないよ」
…けんたろの思うあたしは、頭はあまり良くないようだった。
「わかんなくていいよ…やることは変わらないんだから」
でも…だからってだけで、こうしてるわけじゃない。
…あたしの記憶がなければ、きっとけんたろは苦しまないから。
はじめからいなかったなら…悲しくないから。
「…そっか、わかったっ!あなたは格好が似てるだけの、あたしのにせものなんだ!」
「…どうして…そう思うの?」
「あたしそんな暗いキャラしてないもん!」
…うっ…
「いつも明るく、元気印、転んだって気にしないっ!がスフィーちゃん!」
びしいっ!とあたしを指差す小さいあたし。
これが…
けんたろの中のあたし…
「違うっ!」
あたしは、叫んでいた。
「あたしだって悩んだりする!悲しい時は泣きたくなる!
 いつでも明るくいられる、なんて人間いるわけないじゃないっ!」
手に魔力の光をともして…
その手を、あたしは眼前のあたしに突きだしていた…

 

ずしゃっ

 

奇妙な、音だった。
生々しい血の感触が手にどんどん広がっていく。
気持ちが悪かった。
拭ってしまいたかったけど、それはべったりと張りついて…取れない。
…殺してしまったんだ。
女の子が、血の水たまりに濡れている。
呆然となりそうな意識の中で…ただ、一言だけ呟いた。
「ごめん…スフィー…」

もうひとりの、あたし…

 

 

 

「姉さん、大丈夫…?」
戻ってきた姉さんは、ただじっと…うつむいたままだった。
「大丈夫よ…」
姉さんとは思えないほど…はかなく、消えてしまいそうな笑みをする。
「グエンディーナに、帰りましょ…ここは、あたしたちの世界じゃないんだから…」
「…姉さんは、ほんとにこれでよかったの…?」
つい、してはいけない問いをしてしまう。
「よくなかったとしても…もう、あたしは死んでしまった…」

それを最後に、姉さんは何も言わなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

あたしは、血溜りの中に倒れていた。
今にも消え入りそうな意識。
でも、絶対に死にたくなんてない。
離れていこうとする意識を懸命につなぎとめる。
生き残って、あの人に言ってやらないといけない。
「あなたは間違ってる」
って…

あの人がほんとにあたしなら、なおさら…