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一年の決心は元旦にあり

 

 正月、それは新しい一年を祝う、大切な日である。

 この節目の日に、人というのはついでだからと多くの決心をする。何かきっかけが必要なのだが、そのきっかけとしてには十分ということだ。

 多くの者が、元旦というものをめどに多くの決心をし、そしてまた敗れ去っていくのも確かな話で。

 そしてまた、ある一団が、決心をしていた。

 

「体重よ」

 いつになくせっぱつまった志保の言葉に、そこにいた全員が注目する。

 志保は、自分に注目が集まったのに満足して、言葉を続けた。

「あかり、この冬休み、太った?」

「う……」

 痛いところをつかれて、あかりは黙る。確かに、まだ元旦で、休みは長いというのに、あかりの体重は浩之に言えないほど増えていた。

 ただでさえ、正月は誘惑が多い上に、休みで身体を動かすこともない。ひそかに、少しダイエットをしようと考えていたのだが……。

「ひどいよ、志保。私も気にしてるんだから」

「あてずっぽうで言ったのよ、ここにいる誰も体重が気にならない女の子なんていないわよ」

「なあ、それは私もふくまれるんか?」

「ワオゥ、トモコ、体重気にならない?」

「……私だって女の子や、気にならんわけないやろ」

 レミィの驚きに、保科智子、通称委員長はこめかみに血管をうかしながらも、しぶしぶ気になっていることを認めた。

「私はもとから太りやすいし、日ごろ運動せんからな。休みは大敵や」

「ワタシも気になるヨ。お節にお雑煮、お餅を焼いて醤油と海苔をつけて食べるなんて、大好きデス」

 まわりの目が嘘外国人め、という顔でレミィを見ていたが、とりあえず誰もそれには突っ込みを入れなかった。

 この四人は珍しい組み合わせだが、たまたま神社で顔を合わせたのだ。後は浩之と雅史もいたのだが、今は浩之の家にトランプや人生ゲームを取りに帰っている。まあ、だからこそ志保はこんな話を出したのだが。浩之がいる前では、志保もプライドがある、こんな話はできないだろう。

「で、相談なんだけど、この四人で、ダイエットしない?」

「なるほど、今日は元旦。何か決め事をするには丁度いい日やな。それに、一人では無理でも、仲間がいればできるっちゅうことか」

「そうとも言うわね」

 志保の考えを、保科は全部理解した。一人ではできないことでも、仲間がいればできないこともない。そういう気持ちはわからないでもないが。

「……浅はかやな」

「むっ、言ったわねぇ」

 浩之がいない以上、つっこみは保科の役というわけだ。もっとも、浩之に対するものと一緒で、本気で志保も怒っているわけではないのだが。

「ダイエットゆうもんは、孤独な戦いや。仲間うちでつるんだからって、成功するとは限らんやろ」

 まったくその通りである。むしろ、一人がくじけたときにそれにつられていく可能性は非常に高い。

「ンー、そうですネ。だったら、何か賭けるのはどうデス?」

「賭け」

「そうデス。みんなでcompeteなら、面白いヨ」

「compete、競うって意味や」

 志保にも優しい英語訳つきの言葉に、志保の目がキラーンと光る。

「つまり、この百戦錬磨の志保ちゃんと争おうってのね?」

 こういうことに、志保は目がない。志保はびっくりするほど負けず嫌いなのだ。それを浩之にからかわれるのはよくある話なのだが、浩之も同じようなものなので、似た者同士ということだろう。

「で、何を賭けるの? ヤック一回分?」

「ヤクドや言うとるやろ。それに、ダイエットでカロリーの高いものを賭けるのも大きく間違ってると私は思うわ」

「確かに。せっかくやせたのに、意味ないよね」

「じゃあ、何かける?」

 四人は、しばらく頭を悩ました。とりあえず、いつの間にかその提案に乗った四人は、真剣に何を賭けるか考えていた。変なものではやる気も起きないし、あまり高価なものでは、自分が負けたときに困る。

 しばらく悩んでいると、家の外から声がした。

「おーい、あかり〜、来たぞ〜」

 浩之と雅史が、ゲームを持って帰って来たのだ。

「あ、浩之ちゃん帰って来た」

 あかりが「帰ってきた」という少し間違った認識をして立ち上がったのを見て、レミィがポンッと手を叩いた。

「そうデス、ヒロユキ、賭けまショウ!!」

 一斉に、残りの三人の驚愕の視線が、レミィに集中した。

 

 まずその異変に気付いたのは、雅史だった。

 雅史はひとっ走りしてコンビニでお菓子を買ってきていた。人が六人も集まって遊べば、お菓子はすぐになくなると思って色々と買って来たのだが。

 お菓子が、全然なくならない。

 不思議に思って、まわりを見渡していると、出されたジュースも、女の子達はウーロン茶しか飲んでいない。

 浩之は、それに気付いていないのか、一人バクバクとお菓子を食べて、ゴクゴクとジュースを飲んでいるが、明らかに一人だけでで突っ走っているだけだ。

「ねえ……」

 雅史は、それを口に出そうとして、何故か志保に思い切り睨まれ、言葉を止めた。

 そして、何故か残りの女の子にまで睨まれているのに気付いて、雅史は黙るしかなかった。

「ん、どうかしたか、雅史?」

「な、何でもないよ。それより、浩之、それダウトね」

「うげっ、親友なら見逃せよ」

「それじゃゲームにならないよ」

 雅史の手に四枚のJがある限り、それがダウトだというのはわかりきった話ではあるのだが、雅史には当然見逃す気はなかった。

 しかし、そのせいで、それ以上言及する機会を失ってしまった。まあ、ここにいる四人の女の子が悪いことをするわけもないのに、放っておくことに問題を感じなかったというものある。

 結局、買って来たお菓子は浩之と雅史で全て処理することになったが、それに雅史はともかく、浩之には文句はなかったようだ。

 

「あら、あかり、もう食べないの?」

 残されたご飯を見て、あかりの母、ひかりは首をかしげた。

 確かに、あかりは小食であり、自分で食べることより、むしろ浩之にご飯を食べさせることの方が好きで、食べることは味見をして、それを自分のものにすることこそが目的と言えないこともなかったが、今日はいつも食べる量よりもさらに少なかった。

 作る人の苦労も考えると、あかりが残す、ということはあまりなかった。しかも、ひかりはあかりの食事量ぐらいは知っているつもりだった。

「うん、ごめんなさい。ご馳走様」

「どうしたの? 体調でも悪いの?」

「う、ううん、そういうわけでもないんだけど……」

 その曖昧な言葉と、あかりの表情で、ひかりはすぐにぴんと来た。

「浩之ちゃんの子供でも身ごもってつわ……」

「お母さん!!」

「もう、冗談よ、そんなに怒らないでもいいじゃない」

「その冗談、笑えないよ、お母さん」

「まあ、そうかもね」

 ひかりはカラカラと笑ったが、あかりの顔は赤くなったままだった。こうやって娘をからかうのも、日課のようなものだ。まだまだあかりはひかりの遊び道具だ。

「でも、浩之ちゃんが関係しているのは間違ってないんでしょ?」

「う……う、うん」

 あかりは少しだけ悩んだが、ひかりに隠し事ができないのはよくわかっていたので、仕方なくうなずいた。

「ま、詳しくは聞かないけど、あんまり無理しちゃ駄目よ」

「うん、わかったよ。でも、今回は、少しだけ無茶するのを許してね」

「あかりが浩之ちゃんのことでがんばっているなら、私としては応援するしかないわよ」

 にこり、と笑ってひかりは、あかりの応援をした。

 

 志保はがらにもなくジョギングなどして筋肉痛を作ったり、保科が深夜の怪しげな健康グッズに手を出したり、レミィが外国から裏ルートで怪しい薬を手に入れたりしながら、時は過ぎていった。

 

 決戦の時は来た。

 四人は、この寒空の下、できるだけ薄着になって集まっていた。上着を脱げば、下は真夏のように薄着だった。

 元旦、あかりの家で体重を測ったときは服を着ていたので、今回も、服の上から測るのだから、あのときと同じ格好が公平なのかも知れないが、正々堂々と戦って負けては意味がない。

 綺麗汚いを口にするほど、四人には余裕はなかった。見ようによっては、やつれているようにさえ見えた。

「……何で、こんな外で体重量る必要があるんや?」

 保科は当然なことを口にした。しかもこんな早朝だ。寒くて仕方ない。

「いいじゃない、決戦の決着を、あかりの家の居間じゃかっこつかないでしょ」

 少しでも皆が厚着をしてくるのを狙っていたこすい志保だが、残りの女の子達の決心も並大抵のものではなかったようだ。

 しかし、志保の意味のない作戦は、それなりの意味はあったのかもしれない。そうでなければ、きっと四人は四人とも、裸になって体重を測っただろうから。

「じゃあ、これで百年目デス」

 よくわからないことを言いながら、レミィが体重計を取り出す。志保はそれを受け取ると、何か仕掛けがないかチェックした。もっとも、されていたところで志保にはわからないだろうが、それはそこ、雰囲気というものである。

「じゃあ、測るね」

 四人は、上着と靴を抜いで、それぞれ神妙な顔で、体重計に乗った。

 

「……」

 三人のうかない顔と、一人の嬉しそうな顔で、決着はついた。

「あ、あんなに運動したのに……」

「アブクンフーの効果は!? サギや、公正取引委員会に訴えてやるわ!!」

「No〜、苦労してstatesから送ってもらったのに……」

 愛の力か、ひかりの手助けがあったからなのか、あかりは元旦からこの数日で、ニキロも体重を落としていた。

 これが、もう少し短かったら完全に絶食してくる女の子もいたかもしれないが、さすがに生命の危機を感じたのだろう、ある程度は食事を取っていた。それなら、最初から計画して体重を落として来たあかりの勝利というわけだ。

「これで……一日、浩之ちゃんとデートできるんだよね?」

「仕方ない、約束やもんな。デートの資金は、私らが全額出すわ」

 勝った者が浩之と一日、デートをする。カップル分のお金を出すという理由をつければ、一番親しい男子はここにいる四人全員が浩之なのだから、結果的に、勝った者は浩之とデートできるという寸法だった。

 浩之が断るということはあまり考えていなかった。むしろ、そんな考えは頭の中から消えていた。あまり冷静とは言えない状況であったが、結果的にそうなるのは、ほぼ間違いないことなので、それはそれでOKなのかもしれない。

 ニコニコとするあかりに比べ、残りの三人の残念そうなこと。

「あーあ、せっかくヒロユキとdateできると思ってたのに、残念デス」

 レミィは思ったよりもあっさりしていたが、志保はまだへこたれていた。デートという形でなければ、一番二人きりで遊んでいるだろうに、それとこれとは違うということだろうか?

 そんな四人のところに、ひょっこりと見知った女の子が顔を出した。

「あ、みなさんおはようございま〜す」

「正月にニキロも減らすなんて、無理に決まってるじゃない!!」

 そこに新聞配達をしていてたまたま通りかかった理緒は、自分の存在にまったく気付いていないような志保の言葉に、少し恥ずかしそうに、口を開いた。

「え……私、お正月に三キロ体重落ちちゃったんだけど」

「え?」

 四人は、彼女を見た。

 

「なあ、理緒ちゃん、何で一緒に遊園地に行くことになったんだ?」

「さ、さあ、私にもよくわからないんだけど、とりあえず、藤田君と一緒に、デ、デートできるのは、嬉しいかな」

「理緒ちゃん……」

「藤田君……」

 けっこういい雰囲気になる浩之と理緒を、遠くから四人はくやしそうに見ていた。

 

 理由、時給の良い正月にバイトをしていたため。冬休みであった四人とは、そこですでに大きく違っていた。

 下手な決心休むに似たり。

 

 ちなみに、今年の冬休み、一番体重を落としたのは、来栖川芹香。

 理由、告白できる薬を作る決心をして、食事を忘れ衰弱。

 

終わり