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お正月FlyHigh!

 

注1:今回出てくるのは、浩之、綾香、葵、坂下の四人ですが、最強格闘王女伝説綾香とは何も関係ありません。

注2:あかりがいませんが、浩之との間に何かあって関係が壊れているわけではありません。こちらの都合です。

 以上の注意点をよく読み、適当に流し読みして下さい。

 

 

「あっけー」

「変な造語を作るな。志保二号って呼ぶぞ」

 大切な新年の挨拶を台無しにした綾香の言葉に、浩之はつっこんでから、綾香の後ろに控えるようにいる葵にむかって、ちゃんとした挨拶をする。

「葵ちゃん、あけましておめでとう」

「は、はい、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」

 適当に頭を下げた浩之と違って、きっちりと頭をさげる。新年の挨拶ではそちらの方がいささか大げさ過ぎる気もする。

「ほれ見ろ、これが模範的な解答ってもんだ」

「はいはい、あけましておめでとう。新年を迎えられてよかったわね。誰にも刺されずに、誰にも殺されずに、去年を終えられたなんて、奇跡じゃない?」

「う、そ、そんなことはねえって」

 何やや綾香の言い様に、浩之自身、身に覚えがあるようだ。

「しかし……やっぱり」

 浩之は、何とか話をごまかすために、二人をまじまじと見る。

「正月は振り袖に限るよなあ。二人とも、よく似合ってるぜ」

 葵は顔を真っ赤にして「ありがとうございます」と答え、綾香は「ありがと」と短く返したが、それでもまんざらでもなさそうだった。

 葵は、青い花柄の振り袖で、短い髪にも、珍しく髪飾りなどを軽くつけている。お化粧も薄くしているのか、ちょっと七五三に見えなくもない弱点さえ克服できれば、かなりかわいい。

 綾香は、桃と赤色を基調とした振り袖で、こちらはかなり着慣れているのか、葵のような目新しさはないものの、さすがは美人、似合うなどというレベルではない。ストレートの長い髪を、今日はアップにして、後ろ頭でダンゴにしている。その髪型は、初めて見る。

 ちなみに、浩之は当然普段着。これから初詣に出かけようというのに、まったく色気のない話である。もっとも、色気部門は女性陣にまかせているだけなのかもしれないが。

「これは撮り甲斐があるよなあ」

 浩之は、そう言って使い捨てカメラを取り出す。

「何、今日の浩之はカメラマン?」

「ああ、振り袖姿を写真にとっとけば、けっこう記念になるだろ」

「確かに、あまりこんな格好はしませんから」

 葵はそうなのだろうが、和服を着る機会など、綾香にしてみれば沢山ある。しかし、それに反論する気はなかった。

 カメラマンに徹するとは言っても、そこは友達で遊びに行くのだ、三人で行けば、二人ずつ取り合うこともあるだろう。

 あわよくば、浩之とのツーショットを苦せず手に入れられるかもしれない。そう思うと、この提案に乗らない理由はなかった。

 そんなもの、いつでも頼めばいいものだろうが、綾香はこういうことに、良く言えば純情、悪く言えば奥手だったりするのだ。彼女のような人間には、珍しい弱点とも言える。

「よし、じゃあ、さっさと行きますか」

「そうだな、ま、いつ行っても人は多いんだろうけどな」

 浩之を真ん中に、右に綾香、左に葵が立ち、三人は歩き出した。

 

「うーん、さすがに、多いわねえ」

「仕方ないですよ、日本に済んで初詣行かない人は非国民ですから」

 何かよくわからないことを言う葵を放っておいて、綾香は浩之との会話をはずませようと、口を開こうとした。

 カシャッ

 と、浩之は、綾香や葵ではなく、どこか別の方に向かって、シャッターを切っていた。

「何してるのよ」

「いや、美人がいたから」

 メキッ

 とりあえず、有無を言わさず顔面を殴っておいた。エクストリームチャンプの右フックは、例え振り袖で動きを制限されていても衰えるものではない。

「目の前にかわいい女の子二人もいるのに、その態度は何よ」

 さすがに、自分だけを見ろとは言えず、葵のこともまぜてみる。ここらへんは乙女チックな綾香だ。拳さえなければ、とつくづく思わされる一面である。

「いや、二人がかわいいのは認めるけどさ……」

「そ、そんなことないですよ」

 葵は、平和そうにへにゃへにゃと恥ずかしがっている。

 相変わらず、アホだ。綾香は大切な後輩を思いきり頭の中でけなしておいた。

 目の前の二人、ぶっちゃけて言えば綾香一人の方が、どんな女の子を前につれて来ても勝るはずなのだ。いや、勝らなければならない。

 恋する乙女は、時として、かなりの頻度でわがままで、常識が通じると思ったら間違いである。

「そのカメラで、私と葵、浩之以外を撮ったら駄目……」

 カシャッ

 浩之は、言ってるそばから、横を通って行った色気のあるお姉さん(振り袖ではなく、この寒いのにミニスカート)を写した。

 メゴッ

 ので、綾香は、エルボーを思い切りたたき込んだ。

「し、死ぬ……」

 普通は死にます。エロさと生命力について論文を書こうかと思わせるほど、浩之は頑丈である。ゴキブリよりも生命力が強いかもしれない。

「振り袖でよかったわねえ。でなかったら、膝いってたわよ」

 対戦相手の内蔵を破裂させると言われる綾香の膝の連打を受けなかったのは、単に運が良かったからとしか言い様がないだろう。

「まったく、これだから女ったらしは……」

 人通りの多い場所にいると、ずっとこの調子かもしれない。

「仕方ないだろ、男の本能として、かわいい女の子や、綺麗な女性には目が行くもんなんだよ」

 いい訳としては、あまり上等でないことを言いながら、浩之は顔をあげて、また違う方にカメラを構えた。

「浩之〜」

「わ、ま、待てって。見てみろよ、今度は、ほんとに綺麗だって」

 また何を、と思いながらも、綾香は半分反射的にそっちを見る。

 騒ぐわけではないが、まわりの男が皆振り返るので、浩之が誰のことを言っているのか、一目瞭然だった。

 白を基調に、明るい色で模様が描かれた振り袖を、綺麗に着こなしている。歩く姿は楚々としており、少し伏し目がちな姿は、確かに綺麗、いや、艶やかだ。短い髪も、男ではなく、未亡人を思わせる。

 化粧は必要最低限しかしていないようで、しかも年齢は綾香とさほど変わるようには見えないが、似合う、という意味で言えば、綾香よりもその少女には振り袖が良く似合っていた。

 抜群のプロポーションの方が、和服は似合わない、という負け惜しみを綾香が考えるほど、その少女は綺麗だった。

 連れはいないようだが、さすがに初詣にはナンパを目的にしている人間がいないのか、それとも、あまりにも綺麗なので、それに気押されて声をかけられないのか。

 く、さすがに、負けた。

 服装が変われば、負ける気はしないが、こと振り袖で、となると、分が悪い。

 まったく、この男は、例え負けていても、私の方が綺麗だとか言うべきでしょ、ここは。

 綾香の心の声が聞こえないのか、浩之はカメラを構えた。

「しかし、さすが、女は化けるよな」

「は?」

 カシャッ

 フラッシュつきのカメラに気づいて、その少女が浩之の方を向く。

「ちょっと、浩之。失礼じゃない」

 その少女が、ゆっくりと綾香達に近づいてくるのを見て、綾香は、浩之の脇を、今度は力を込めずに、ひじでつついた。

 しかし、その少女は、三人の前に立つと、今までの表情を崩して、話しかけてきた。

「あけましておめでとう、あんたらも初詣?」

「へ?」

 あっけに取られた綾香を横目に、浩之は当たり前のようにその少女に手をあげた。

「あけましておめでとう、坂下。」

 

「何、私だってわからなかったって?」

「仕方ないじゃない。髪は下ろしてるし、振り袖じゃ、身体も全部隠れてるし」

「私も、全然わかりませんでした」

 さっきまでの楚々とした雰囲気は完全に消えた坂下は、それでも歩き方は、この中で一番ゆっくりだった。小股で、少しずつ歩くのだ。

 坂下は、いつもの少しボサボサな髪を、ストレートになるように下ろし、しかも、筋肉質な身体を振り袖で隠している。表情を消してしまえば、まさかこれが坂下だとは、普通は気づかないだろう。

「俺も、最初は目を疑ったけどな」

「……というか、よく好恵だってわかったわよねえ、浩之も」

「まーな、簡単とは言わないが、まだ応用問題レベルだな」

 言っている意味はよくわからないが、意味もわからず、ニュアンスで綾香はむっとした。

 四人は初詣を済ませて、すでに帰路についている。さすがに、ここまで来ると人通りもない。初詣以外は、皆家でくつろいでいるか、繁華街の方に行っているのだろう。

「しかし、坂下。怖ろしく振り袖が似合うな」

 浩之にじろじろと見られながらほめられて、坂下は、怒ったような、うれしがっているような、微妙な顔をする。

「中学まで茶道やらされててね。和服は、けっこう着慣れているんだよ」

「いや、着慣れてるだけじゃ、ここまで綺麗にはならんだろ」

「もう、ほめても何もでないからね」

 浩之と坂下が良い雰囲気になるのを、さすがに綾香は見逃せなかった。

「ふん、胸が小さいだけじゃない」

 筋肉質ではあっても、細身の坂下は、確かに胸は薄い。それでも葵ほどではないのだが、この場合は事実がどうあれ、文句をつけるのが目的なのでいいのだ。

「何だって?」

 坂下も、その言葉には、さすがに反応する。女らしくない、というなら笑って済ませそうだが、胸直接に言われると、黙ってはいられない。

「私は胸があるから、どうしても和服は似合わないのよねえ。贅沢な悩みだわ」

「……新年早々、あんたは血を見ないことには落ち着かないみたいね」

 振り袖のまま、坂下はファイティングポーズを取る。ただし、股が大きく開けないので、ボクシングのような格好になる。

「ふん、返り討ちよ」

 綾香も構えを取るが、こちらの方が安定している。綾香は、振り袖で戦った経験もあるのだ。嫌な経験である。

「すごい、新年早々、ドリームマッチです!」

 やはり葵はバカなのだろうか、と綾香は心の中で思った。

「隙あり!」

 葵のバカさ加減に気を取られた綾香に向かって、坂下が不意打ちをかける。

 が、着るのは慣れていても、戦うのには慣れていない振り袖姿。坂下は、自分の足にひっかかった。

「お、わっ」

「え、ちょっ」

 不意打ちならともかく、まさか坂下が倒れて来るとは思っていなかった綾香は、坂下を受け止める格好で、後ろにたたらを踏む。

 すてーん、とそのまま、二人は仲良く転けた。

「あ」

「お」

 浩之と葵の声がはもる。

 カシャッ、とシャッター一発。

「いやー、いいものを見させてもらいましたね、葵さん」

「はい、綾香さんの振り袖なのに勝負下着のような黒はどうかと思いますが、好恵さんのレースの純白は合格です」

 もつれ合うように倒れた二人の振り袖の裾が見事にはだけ、浩之と葵に向かって、脚の付け根あたりを思い切りさらしていた。

「では、俺はこれで。この写真は、家宝にします」

「焼き増しお願いしますね」

 そう言って、そそくさと帰ろうとする浩之。

 もちろん、二人はそれを逃す訳はなかった。

「何写真撮ってるのよ〜っ!!」

 

 後に、葵は語る。

「はい、それはもう。かわいい悲鳴をあげることもなく、一直線にセンパイに跳び蹴りをかましていました。

 重力無視っていうんですか? それはもう、見事なまでに綺麗に飛びましたよ。

 はい、もちろんセンパイの方ですよ。私はおまけみたいなものですから。

 赤は縁起がいいって言いますけど、あれはすごかったですよ。鼻血というより、血しぶき、っていう感じでしたね。

 格闘家の私が言うのも何なんですが、一女の子として、あこがれちゃいますね」

 

唐突に終わる