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スィート・ワーク

 

「という訳で、今年も帰れないから」

「あ? 連絡が遅い? 仕事忙しくて忘れてたんだって。こっちは、正月も返上して仕事してるんだよ」

「ん? ああ、元気元気。いつも通りだって」

「はあ? 見合い? 断っといてくれよ。そんなことしてる暇なんてないんだって」

「……いい人はいないかって? いないって、だから仕事が……は? 言葉には気をつけろよ、俺はいいけど、あの子達はスキャンダルとかあると大変なんだから」

「だから送らないでもいいって。家で料理する時間なんてないんだからさ」

「ああ、そっちも元気でやってるなら問題ないだろ。もういいだろ、まだ仕事があるんだ、切るぞ」

「分かった分かった、いたら連れていくから、断わっといてくれよ」

「ん、じゃあ」

 ピッ

「ふう……」

 一仕事終えた後のように、大きくため息をついてしまった。

「やれやれ、親ってのは、いつまでも子供のことを子供のままだと思っているのかねえ」

 この年になっても、親の口うるさいこと。

 こっちは、元旦から仕事をしているというのに、親はそんなことおかまいなしに帰って来い、だ。

 一応、アイドルの女の子達は、皆休みだ。テレビには出ているが、あれは録画されたものだし、今年は年越しライブもなかった。

 いつもなら、プロデュースしている女の子達の世話やスケジューリング、企画のネタ出しやつめ、色々な手配などに追われて、なかなか仕事が進まない。

 だから、いつもならある諸処の仕事がない分、じっくりと仕事を進められる完全オフは、俺にとってはかなり重要なのだ。

 大きな背伸び一つ。やれやれ、仕事に戻ろう。

「あの、お見合い、しないんですか?」

「興味もないしな。それに、みんなの世話で一杯一杯だよ」

「ご迷惑、おかけします」

「ああ、気にするな。好きでやってる仕事だしな」

「そう言ってくれると、嬉しいです。あ、コーヒー入れました」

「ああ、ありがとう、気が利くな」

「それほどでも。それよりも、こんなオフにまで出て来て仕事をするプロデューサーには、頭が下がります」

「こうでもしないと仕事が間に合わないからなあ。俺の手際が悪いのがいけないんだよ」

 ずずずっ、とコーヒーをすすってから、俺はふと、横を向いた。

「どうかしましたか?」

 俺の横で、晴れ着姿の千早が、不思議そうに首をかしげる。

「なあ、千早。一つ聞いてもいいか?」

「はい、どうぞ」

「何で、事務所にいるんだ?」

 俺は、至極もっともな質問を、千早に投げかけるのだった。

 

 

 現在、我が765プロは完全オフであり、あの、何故かいつも事務所にいる社長すら、今日はいない。

 はずなのだが、何故かそこには、俺のプロデュースするアイドルの一人、如月千早が、俺の横にある椅子に、ちょこんと座っていた。

 しかも、何故か晴れ着姿、いや、今は正月な訳で、それ自体はおかしくないのか?

「というか、千早、着付けなんて出来たのか」

 確か、この正月の為の収録のときは、着付けは衣装さんにしてもらっていたはずだが。俺が手配したのだから、間違いない。

「前に衣装さんに教えてもらいました。もし、必要なときに衣装さんがいなかったときに困ると思って」

「さすがは優等生、というところか」

「その呼ばれ方は、あまりうれしくもありませんけどね」

 千早は苦笑する。もともと、真面目な性格の千早にとっては、優等生という言葉など、意識しなくとも言われるセリフなのだろう。

「じゃあ、言い方を変えよう。さすが勉強家だな、えらいえらい」

 なでなで、と千早の頭をなでてやる。

「えへへへ、そんな、普通ですよ」

 今度は、少しくすぐったように、ほほを赤く染めて嬉しそうに目を細める。青い晴れ着のコントラストが、俺が思わず見とれてしまうほど、千早の姿を家輝かせて見せる。

 あの、堅物と思われていた千早も、変われば変わるものである。

 いや、性格は、昔からこうだったんだと、思う。今だって、真面目なのは変わっていない。昔は、ただ余裕がなかっただけ。

 人気が出て、自分が大勢の人に認めてもらえるのにしたがって、千早にも、余裕というものが生まれて来た。

 厳しい自己トレーニングをゆるめる訳ではない。しかし、物事に余裕が持てるようになれば、人は色々と変わるものだ。

 着付けを覚えるのだって、その一環だろう。昔なら、歌以外は必要ない、と言って、俺に言われればともかく、自分から積極的に覚えようなどとは思わなかったはずだ。

 余裕が持てたことを、成長、というのなら、千早は、成長した。

 今は、押しも押されぬトップアイドルだ。彼女がトップアイドルになるのに、うぬぼれるのなら、俺の力が一つでも役に立った、と思えば、これほど誇らしいものはない。

 ただ、まあ、それはここに千早がいる説明には、何にもならないのだが。

 むしろ、余裕が出来たからこそ、オフの日に休む、という選択が出来るようになった千早が、ここにいるのは不思議だった。

「いちゃ、駄目ですか?」

 捨てられた小犬のような目を見て、俺は自分が何か悪いことをしたのでは、とすら思ってしまった。

「い、いや、悪い訳じゃないけど、せっかくのオフなんだから、ゆっくりすればいいのに、と思ってさ。それに、今日は本当なら、事務所も閉まっているはずなんだし」

 自分が仕事に出る、と言えば、気を遣う人間もいるだろうと思って、俺は仕事をするとは、社長にすら言っていない。

 労働基準監督署には目をつけられそうだが、すでに事務所は、俺の家みたいなものだから、ここにいるのに違和感を感じることなどなかった。

「もし、閉まってたら、どうするつもりだったんだ?」

「いえ、開いていると思っていました。きっと、プロデューサーはここにいてくれる、と信じてましたから」

 断言というか、妄想というか、よく分からないことを千早がいる。

「何か意味は分からないが、それよりは家でゆっくり……」

 と、俺はそこで自分の失言に気付いた。

 千早は、家に帰っても、一人なのだ。すでに、千早は家を出ている。会社で管理している部屋に一人で住んでいるのだ。

 上京している訳ではない。千早は、すでに独り立ちしているのだ。

 年齢を考えれば、千早は考えられないほど稼いでいる。何と言っても、トップアイドルだ。

 しかし、千早が独り立ちしたのは、そういうことは関係ない。両親の離婚に、どちらにつくのも嫌だったのだろう。

 実家、と呼ばれるものも、それはあるのだろうけれど、千早には、まだ近付くことが、出来ない。

 俺の動揺に、千早は気付いたのだろう、苦笑する。

「大丈夫ですよ、プロデューサー。全部吹っ切れた訳ではないですが、それでも、居場所がない、なんてことはありませんから」

「……そうか?」

「はい、こうして、プロデューサーは、ここにいてくれてるじゃないですか」

 寂しさなんて、少しも感じさせない笑顔で、千早が笑う。

 昔は、こんなときの千早には、悲壮感すら漂っていたのだが、確かに、今日は、強がってもいないし、作ってもいない、と思える笑顔だった。

「お仕事の邪魔はしません。私はここにいないものと考えてくれればいいですから」

「いや、いないものって。千早も暇だろ? テレビぐらいつけたらどうだ? 千早が出る番組もやってるだろうし」

 事務所にテレビはある。仕事場とは言え、テレビの仕事が多い所為だ。

「いいです、静かにしておきますから」

 しかし、俺の言葉に、千早は首を振って、言葉通り、口を閉じてじっと俺の姿を見ている。と、いきなり、口を押さえる。

「……あ、忘れてました」

 にこり、と千早は俺に笑いかけた。歌がうまいのはそうだけれど、今の千早の笑顔なら、アイドル、という部分も、十分に満たせていると思う。

「あけましておめでとうございます、プロデューサー。今年も、よろしくお願いします」

「ああ、あけましておめでとう、千早。今年もがんばろうな」

「はいっ!!」

 元気よく答えると、えへへ、と千早は照れたように笑った。

「こういうの、いいですね」

「ん? 何が?」

「こうやって、改めて、新年の挨拶が出来るのって、何か良いですよね」

「……ああ、そうだな」

 微妙な家族仲では、新年の挨拶すら、まともに出来ていたのかは疑わしい。千早には、こんな当たり前のことも望まないといけなかったのだろう。

 しかし、そんな俺の考えが分かったのか、少しふくれて、千早は言う。

「違いますよ、そういうことじゃありません」

「?」

「もう、いいですよ。プロデューサーが鈍感なのは、今更のことですから」

 鈍感と言われても、これでも一応ファンの心を掴む手腕には自信があるのだが。

「それと、少し気になったんですが、プロデューサー、さっきの電話で、スキャンダルがどうとか言ってませんでしたか?」

「ああ、聞かれたか。まあ、見合いの話も聞かれてたみただしな」

「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですが」

「あ、いや、それぐらいいいって。いや、うちの母親が、アイドルの子達と付き合ってるのかって言って来たんだよ」

「……それは」

「ああ、えらい誤解だよな。だいたい、そんな話、嘘でも人に聞かれたら、あらぬ噂がたっておかしくない……ん、どうした、千早、顔しかめて」

 最近の千早には珍しく、眉間にしわが寄っている。

 あ、と俺は気付いた。考えてみれば、千早が不機嫌になるのは当たり前だ。

「まあ、俺と噂をたてられるのは、いくら年寄りの冗談でも嫌だよなあ」

「いいえ、嬉しいです」

 しかし、俺の言葉を、千早は、はっきりと否定した。

「いや、気を遣わなくてもいいんだぞ?」

「……プロデューサー、私、仕事は好きです」

「ん、ああ、もちろん分かってるさ」

 逃げるように、必死にがんばっていた千早は、もういない。今は仕事を、必要とされていることを楽しめるほどの余裕が、千早にはある。

「でも、最近は、仕事より、プロデューサーと、こうして二人で一緒にいることの方が、楽しく感じているんです」

 すくっ、と千早は、立ち上がって、一歩、俺の方に近付いて来る。

「仕事は楽しいです。でも、そこが私の居場所だと、感じれるのは、プロデューサーがいてくれることだからこそ、なんです」

「千早……」

 真剣な千早の表情に、俺も、何を言っていいのか、とっさに言葉を出せなかった。

「あの、私!!」

 俺の上に、覆い被さるように身体を預けてくる千早の行動に、俺は、カキン、と凍ったように身動きが取れなくなっていた。

 鍛えられているけれど、それでも痛々しいほど細く、さわれば折れてしまうとすら感じる、それでも力強さを秘める、矛盾したような千早の身体も、今は、ただただ、女の子としての柔らかしか感じられない。

 近付く、という言葉すら生易しいと思えるほどに接近した、千早の真っ直ぐな瞳が、俺の目を捉える。

 その後、千早が言葉を開こうとした、瞬間だった。

「誰かいますか〜?」

 ややハスキーな、どちらかと言うと少年のような声と共に、事務所の入り口が開く。

「あ、プロデューサー、あけましておめでとうございます!!」

 たたたたっ、と小犬のように、俺のプロデュースしている女の子、男の子っぽいが女の子だ、の一人、珍しく女の子っぽい晴れ着姿の真が、駆け寄って来る。

「あれ、千早も来てたんだ。あけましておめでとう、千早」

「あ、あけましておめでとう、真」

 瞬間移動のように俺の上から飛び退いた千早は、何事もなかったように真と挨拶をかわしたが、顔が赤くなっているのは隠しようがなかった。

「で、何で真はここにいるんだ?」

「もう、酷いですよ、プロデューサー。プロデューサーに挨拶に来たんですよ?」

「いや、俺、今日仕事してるって、誰にも言ってないんだが」

「そんなの、誰だって分かりますよ。人には休め寝ろとか言う癖に、プロデューサーは、全然休憩したり寝たりしないじゃないですか」

「そうか?」

 俺には、そんな自覚はないのだが、横で千早も、うんうんと頷いている。

 と、悠長に話をしている暇もなかった。

「あら〜、皆さん、もういらしてたんですか? あけましておめでとうございます〜」

 今し方、真が入って来た入り口から、今度は、艶やかな晴れ着姿の、あずささんが入って来る。

「あけましておめでとうございます。それで、どうしたんですか、あずささん。今日はお休みですよ?」

「あら〜、そうだったかしら〜?」

「……」

 俺たちが無言になったのを見て、慌てたように、まあ、あずささんとして慌てただけなので、まだゆっくりなのだが、手をぱたぱたと振る。

「もう〜、冗談ですよ。いくら私でも、そんな間違いはしませ〜ん」

 あずささん一流の冗談だったらしい。しかし、あずささんならば、ありうる。俺たちは視線を交わす。

 そんな後ろから、さらに声が。

「あけましておめでとうございます、プロデューサー。おせち、作って来ました!! それなりに美味しく出来たと思うんで……て、あれ、皆さん、何でいるんですか?」

 かわいい晴れ着を着た春香が、いつも通り元気良く、おまけにいつも通りおちつきない声で皆に聞いている。

「あけましておめでとう、春香」

 とりあえず、挨拶は返しておく。

「あ、今年もよろしくお願いします!! あれれ、でも、今日は仕事は休みのはずじゃあ……」

 春香が状況を理解するよりも先に、さらに後ろから声がする。

「ほら、やよい。さっさと来なさいよ!」

「うっうー、プロデューサーには会いたいけど、お正月は家族のみんなと過ごすのが恒例で……」

「後から超豪華おせち十段重ね持って、一緒に行ってあげるわよ」

「超豪華十段重ね!! うっうー、行こう行こう!!」

 さらにその後ろから。

「ああ、煩いのが来てる来てる。まったく、みんな暇なのかしら」

「真美、私達、出遅れてるみたいだよ!!」

「うん、急ごう、亜美!!」

「あふぅ、おもち美味しいよね。美希、おせちも嫌いじゃないよ?」

 何の約束もしていないのに、続々と集まる765プロの誇るアイドル達。

「……」

「……」

「……何か、みんな、来てますね?」

 おかしいなあ、今日はオフで、それどころか事務所すら閉めてるはずなんだがなあ。

「むう〜、今日はプロデューサーしかいないと思ったのに〜」

 皆、仲が良いのがうちの事務所の良いところだが、何故か春香が頬をふくらませる。

「皆さん、一緒に初詣に行く彼氏とか、いないんですか?」

 ザッと、何のことかしら〜? とよく分かっていないあずささんとあくびをしている美希以外の、みんなの視線が、春香に向く。

「え、わ、私、何かいけないこと言いましたか?」

 彼氏の話とかはとんと聞かないので、かなりのNGワードに引っかかったのだろう。

 かわいそうなほど慌てた春香を、さて、どう助けようかと思っていると、俺の横で、千早が小さく笑う。

「どうした、千早?」

「いいえ、ちょっと面白くて」

 ふふふふ、と千早は、楽しそうに笑ってから、下からのぞき込むようにして、楽しそうに、言った。

「ここにいれば、私、寂しいと思う暇すらありませんよ」

「それは同感かな」

 良くも悪くも、落ち着けるような場所じゃないしな。

「けっこうチャンスかとも思ったんですけど、みんな考えることは一緒、ということですかね」

「? 何の話だ?」

「いいんですよ、プロデューサーは気にしなくて」

 居場所を見つけた少女は、楽しそうに笑って、俺をあしらうのだった。

 

 

「お、皆集まってるようだね。じゃあ、急ごうか、小鳥クン」

「はい!」

 新キャラ登場?

 

今年も引き続きよろしくお願いします。