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傘の計画

 

『今日は午前中は晴れますが、午後からは天気がぐずつき、大雨になる可能性も……』

 わたしはそのテレビから流れる声を聞いて、ばっとそちらを向いた。

 画面は晴れのち雨。午後の降水確立は70%。

 わたしはあわてて朝食を終らせると、素早く自分の部屋に戻って準備をはじめました。

 口紅は……やりすぎですからとりあえず軽く香水をふりかけて、あ、でも雨がふったら全 然関係なくなってしまう気もしますが、とりあえず身体が密着するのでOKでしょう。

 今日はちゃんと朝にシャワーも浴びているから問題ないはずです。

 後は、傘ですが、どれを使いましょうか?

 少しかわいらしいピンクとか、水玉もかもありますけど、これは一緒に入る藤田さんが こまるでしょうから、避けることにします。

 ここは、無難に初めて一緒に相合傘をした傘でいきましょう。少し2人で入るには小さ いような気もしますが、この方が密着できます。

 わたしはその傘を持つと、急いで学校に向かいました。これでもし藤田さんが傘を持っ てきていたら計画失敗です。なるべく早く確認を取っておきたいですから。

 

 何の計画ですかって?

 それは、もちろん藤田さんと相合傘をする計画です。

  

 わたしは学校につくと、校門に隠れるようにして藤田さんが来るのを待ちました。ちょ っとまわりの目は冷たいような気もしますが、とりあえず藤田さんに見つからなければ問 題ないです。

 来ました、相変わらず横にはあの神岸と言う人がいますが、とりあえず視界からは外し ておきましょう。

 えーと、藤田さんは傘は……持ってないようです。わたしの調査によると、藤田さんは折 り畳み傘を持っていません。ここは、第一段階は成功と言ってもいいでしょう。

 わたしはそれだけ遠くで確認してから、藤田さんに近づきました。

「おはようございます、藤田さん。それに神岸さんも」

 少し控えめになるのはわたしの性分です。別に作っているわけではないのであしからず。

「おう、おはよ、琴音ちゃん。今日もかわいいな」

「そ、そんな……」

 わたしは藤田さんの言葉に照れた。藤田さんにとっては挨拶みたいなものでも、言われ たらうれしいのには変わりありませんから。

「おはよう、琴音ちゃん」

 横で神岸さんが苦笑していますが、藤田さんが他の女の子を誉めるのは気にならないの でしょうか?

 わたしはそのままその2人の中に入って、校舎に入りました。

  

 しかし、まだ計画はうまく行くときまったわけではありません。ここは雨のふる確立を 上げておかなければなりませんから。

「……」

「はい、そうです。お願いできますか?」

 こくん

 無口な来栖川先輩は、頷くとわたしをつれて屋上に向かいいました。

 来栖川先輩の雨乞いでどれだけ効果があるかどうかはわかりませんが、とりあえず気休 め程度にはなると思っていました。

 お昼の屋上には、ちらほらと人がいます。しかし、来栖川先輩はこの「魔女ルック」で 校内を歩いても恥ずかしくないのでしょうか?

「……」

「え? わたしもするんですか?」

 こくん

 来栖川先輩の言葉によると、願う人が思いが多いほど雨は降りやすいそうです。

 でも……正直、かなり恥ずかしいんですけど……

 そんなに多くない人数しかいませんが、全員がこちらを向いています。

 うう……恥ずかしい。早く終ってくれることを願うばかりです。

  

 わたしの願いが通じたのか、いきなり大雨になってしまいました。

 これで計画はうまく行きそうです。

 いよいよ放課後、わたしは目もとまらぬ速さで藤田さんの教室に向かいました。

「あ〜あ、雨ふってるなあ。どうしたもんか……」

 藤田さんは、そう言いながらこまった顔をしています。これは非常にチャンスと言って もいいでしょう。

 藤田さんは今日はすぐに帰るのか昇降口に向かいました。わたしはその後を気付かれな いようについて行きます。変な目で見られても声さえかけられなければOKです。

 わたしはなにげなく藤田さんの前に出て行こうとしました。

「浩之ちゃん、傘ないの?」

 そこに現れたのは、にっくきってほどではないですけど、今の計画を邪魔する最大の敵、 神岸さんでした。

 しかも……傘を持ってます。そういえば朝も持っていたような気がしますが、そこまで目 がいきませんでした。

 これは……最大のピンチッ!?

 わたしは素早くまわりを見渡しました。ふと、同じように傘を持って藤田さんに近づく 影に気がつきました。あれは……長岡さんです。

 わたしは、とっさに力を使い、長岡さんをころばせました。

 ズテンッ

「あたっ!」

 長岡さんは予想異常のオーバーリアクションで倒れました。まるで床につきささりそう な勢いです。

 うう、ごめんなさい長岡さん。今度パフェでもおごりますね。

 わたしは素早く長岡さんの傘を力をつかって曲げました。前から練習はしてましたが、 ここまでうまく行くのは執念としか言えません。

「いった〜っ」

「お、志保、今度はドリフか?」

「ちょっとここでかわいい女の子がこけたんだからか手ぐらい……あ〜、傘折れてる〜っ!」

 長岡さんは自分の傘が折れていることに気がつきました。すみません、今度弁償します から、今回は見逃してくださいね。

「大丈夫、志保?」

「うう、私を気遣ってくれるのはあかりだけよ。この冷血漢なんか……って、それはいいけ ど、どうしよう。雨、止む気配ないし」

「ふふん、日頃の行いだ」

「むっき〜、何も死体に鞭うたなくたっていいじゃない。見たところあんただって傘持っ てないみたいだけど……ねえ、あかりは傘持ってるよね?」

「う、うん、持ってるけど」

「じゃあ、傘に入れてくれない?」

 よし、ナイス判断です、わたし。多分神岸さんはそれを断れないはずですから、藤田さ んを傘に入れようなんて野望は阻止できたでしょう。

「おい、俺が入れてもらおうと思ってたんだぞ」

「へ〜ん、知らないわよ。さ、あかり、行きましょ」

「う、うん、でも浩之ちゃんは……」

 ここがチャンスと思ったわたしは、わざと目立つように傘を持って3人の前に出ました。

「お、琴音ちゃん」

「どうも、藤田さん。どうかしたんですか?」

 そこで、藤田さんの目線は私の胸……じゃなくて胸前に出されてる傘に向かったようです。

「……おお、2人とも帰っていいぞ」

「あんたはどーすんの?」

「俺は……なあ、琴音ちゃん。俺今傘なくて困ってるんだけど、入れてくれないか?」

 よっしゃ〜っ!

「は、はい、かまいませんよ」

 思わず嬉しそうな顔をしたので、神岸さんと長岡さんは怪訝な顔をしましたが、もちろ ん全部隠せるわけありません。

「じゃあ、そういうことで、俺は琴音ちゃんと相合傘をして帰るから」

「何か面白くないわね」

 長岡さんは何が気にいらないのか少しの間ブーたれていましたが、結局神岸さんに諭さ れて帰っていきました。ああ、何か神岸さんが天使に見えます。

「さて、うるさいやつは去ったし、ちょっとお邪魔するよ」

「は、はい、お邪魔してください」

「はは、琴音ちゃん、何だいそれ?」

 藤田さんに笑われて私は顔を赤くして下を向くしかありませんでしたが、とてもいい雰 囲気です。

 私は傘を開くと、それを藤田さんに渡して、私はなるべく藤田さんに近づくように、と いうかひっつくようにして歩きだしました。

  

「……どうする、琴音ちゃん」

「これは……ちょっとどうにもなりませんね」

 わたしと藤田さんは軒の下で雨宿りをしています。

 雨足が強くなって、この傘では2人分はまかなえないほど強くなっています。

「とりあえずここからなら俺の家も近いし、走った帰ろうか?」

「だめです!」

「こ、琴音ちゃん?」

 わたしは大きな声をあげてからはっとしました。こんな大雨のせいで藤田さんをぬらす のも、時間が短くなるのも嫌で仕方なかったのです。

「……そんなことをしたら、藤田さんが濡れてしまいます」

「……琴音ちゃん、優しいなあ」

 そう言うと、藤田さんはわたしをそっと引き寄せました。

「藤田さん……」

「少し寒くないか?」

 下手ないいわけです。でも……

「……はい、少し」

 わたしはそう言って、藤田さんに身体を預けました。

 作戦は、思わぬ大成功と言ってもいいでしょう。

  

「ねえ、本当にいいの?」

「はい、長岡さんにはいつもお世話になっていますから」

 わたしはにこにこしながら、内心は少し冷や汗を流しながら長岡さんにパフェをすすめました。

「ま、それなら、いっただっきま〜す」

 長岡さんは、うれしそうにパフェにパクつきました。

 とりあえず、これでチャラですね。

「ん、何か言った?」

「い、いいえ、何も」

 わたしは、内心のあせりを隠すために、はははと渇いた笑いを続けました。

 

終り