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楽しいことわざ教室

 

 大学生というものはけっこう暇である。

 俺は、暇な時間をどうすごすか考えていた。いつもならバイトを入れておいたりするのだが、今日はたまたまそういうこともなく、珍しく家にいるのだ。

 ……考えてみたら、俺って一日中家にいることなんてほとんどないよな〜

 俺は何の気なしにテレビをつけ、チャンネルを変えると、妙に明るい音楽が流れていた。

 

 

 チャララララ〜チャチャ〜♪

「ハァイ、よい子のみんな、グットモーニング!」

「今日も『よい子の楽しいことわざ教室』の時間がやってまいりました〜」

「ヒロユキ、タイトルから『よい子』が抜けてるの話さなかったっけ?」

「え、聞いてないが、そうだったのか?」

「ほら、子供はよい子ばかりじゃないのネ」

「バ、レミィ、そんな言葉大声で言うな、本番中だぞ!」

「あ、ごめんネ」

「まったく、PTAに訴えられたらどうするつもりなんだ」

「じゃあ気を取りなおして、よい子悪い子のみんな、グットモーニング!」

「今日も『楽しいことわざ教室』の時間がやってきました〜。司会は男の敵、浩之と」

「みんなのアイドル、レミィがお送りいたすヨ」

「さて、じゃあ今日も早速一緒に楽しくことわざを覚えよう」

「Let’s go!」

 

 ……教育番組……だよなあ。

 テレビの画面では妙にハイテンションな金髪の少女と、教育番組のお兄さんにしては表情にやる気の感じられない高校生ぐらいの青年が立っている。

 N○Kもとうとうバラエティー路線に走ったか?

 

「じゃあ、今日はこのことわざからネ!」

 

『下手の横好き』

(場面はどこかの階段。耳に変なものをつけた女の子が物を持って歩いている)

マルチ「はわわ〜っ!」

 ドガシャ〜ン

(すぐに場面が変わってゲームセンター。さっきの女の子がエアホッケーをやっている)

 スカッ

マルチ「はわわ〜っ、負けちゃいました〜」

(お次は台所。女の子がフライパンで何かを焼いている)

マルチ「はわわ〜っ、スパゲティーがおせんべいになっちゃいました〜」

 意味:下手なくせにそのことに熱心なこと。

 

「……アタシ、見ててかわいそうになってきたヨ」

「……いつものことだ、気にするな」

「じゃあ、次のことわざネ!」

 

『馬の耳に念仏』

(セットがどこかの家の玄関に変わる。そこには二人の高校生の男女がいる。)

浩之「あと、何度も言うけどよ、その『浩之ちゃん』って呼び方、なんとかなんねーのか?」

あかり「なんとかって……」

浩之「藤田くんとか、浩之くんとか、なんなら呼び捨てにしてもかまわねーって言ってるだろ? 高校生の男子に『ちゃんづけ』はねーだろ」

 意味:馬にありがたい念仏を聞かせるように、言っても何の意味もないこと。

 

『火に油をそそぐ』

あかり「……で、でも、浩之ちゃんは、やっぱり小さい頃からずっと浩之ちゃんだし、これからだって、私にとっての浩之ちゃんは浩之ちゃんだし、できればこのまま、ずっと浩之ちゃんのままがいいなって……」

浩之「何度も言うな!」

 意味:いらない行動で勢いや激しさをさらにいっそう強くすること。

 

「アタシは別に変な呼び方じゃないと思うヨ」

「変なんだよ、日本では。まったく、あかりのやつ何度言っても聞きゃあしねえんだよ」

「ヒロユキ、アメリカではニックネームがあるのはトーゼンネ」

「アメリカと一緒にするな!」

 

 ……何か身の上の話してないか? というか身の上話だとしても理解に苦しむが……

 これのどこがことわざ教室なのか、全然分からないぞ。

 

「次は、一気に3つもことわざが出るヨ!」

「ついてこれないガキは、一つぐらいは覚えろよ」

「ヒロユキ、子供にそんなこと言ったらダメヨ!」

「さっきレミィだって言ってたじゃねえか、だいたい子供ってのは……」

(あわただしくセットか変わる)

 

 ……いいのか、N○Kでこんなこと言っても?

 

『一寸先は闇』

(セットはどこかのファミレスになり、さっきの金髪の女の子が派手目のウェイトレス姿で出てくる。)

レミィ「お飲み物は、何になさいますか?」

浩之「よし、ビールをくれ!」

レミィ「かしこまりましたァ!」

(いきなり画面が暗転)

 「お酒は20歳になってから!」

 意味:ちょっと先のこともまったく予知できないことの例え。けっして画面が暗転すること ではない。

 

(ふたたび画面がファミレスに戻る)

『2度あることは3度ある』

レミィ「お飲み物は、何になさいますか?」

浩之「……あれ?」

レミィ「コーラと烏龍茶、オレンジジュースがありマス」

浩之「じゃあ、ビール!」

(また画面が暗転)

 「だから、お酒は20歳になってから!」

 意味:(省略)

 

 お、おいおい、意味までぞんざいにやってもいいのか?

 

(ふたたび画面がファミレスに戻る)

『仏の顔を3度まで』

レミィ「お飲み物は、何になさいますか?」

浩之「……あれ?」

レミィ「コーラと烏龍茶、オレンジジュースがありマス」

浩之「……じゃあ、烏龍茶」

レミィ「かしこまりましたァ。お飲み物は、いつお持ちいたしましょうか?」

浩之「先にくれ」

レミィ「かしこまりましたァ」

浩之「あっ、レミィ」

レミィ「YES?」

浩之「あと、ビールをーーーー」

(またまた画面が暗転)

 「はいお約束」

 意味:3度までなら同じギャグでもお客様も許してくれること。

 

 意味が明らかに違っているんだが……大丈夫なのか、この番組。

 

「ヒロユキ、お酒飲んじゃダメヨ!」

「別に俺がビール飲んだぐらいで誰の迷惑にもならんだろ」

「それは間違いネ、ヒロユキがお酒を飲むと会社の人がとやかく言われるのヨ!」

「よく分からんが……」

 

 俺にも話が見えてこないが……

 

「反省した?」

「した……ような気がする」

「ダメネ、このままだとアタシ直々にヒロユキをハンティングしなくちゃいけなくなるヨ♪」

「……なんで嬉しそうなんだ、レミィ」

「フフ、ヒロユキが命乞いをする様……想像するだけでワクワクするネ!」

「ちょ、こ、こら、その弓矢はどっから……」

(そこで急に画面が花の絵に変わる)

 

『しばらくお待ちください』

 

 ……何の番組だ、ほんとに?

 

(画面が戻り、そこにはパソコンの前に座った太った男)

『あぶはち取らず』

太ったオタク「ああ、どうしよう、あかりちゃんもいいし、先輩も捨てがたい、でも、新学期になったら葵ちゃんと琴音ちゃん、それに愛しのマルチが出てくるし……ああ、僕は誰にすればいいんだ!」

 そして5月始め……

雅史「僕達、友達だよね?」

太ったオタク「なんで雅史なんじゃ〜っ!!」

(ちゃぶ台(?)をひっくり返す太ったオタク。)

 意味:あれもこれもと狙って一つも得られない。欲を深くして失敗すること。

 

 きょ、教訓にはなりそうな気もするが……

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ」

「ヒロユキ、お疲れ?」

「だ、誰のせいだと思ってるんだ!」

「ヒロユキがあんなこと言うからだヨ!」

「……あれぐらいのことで俺は殺されかけたのか……」

「さてと、それじゃあ気を取りなおして次のことわざネ、次のことわざはスタッフの自信作らしいヨ!」

「自信作?」

 

『情けは人のためならず』

(セットはどこかの高校の教室に変わる。そこにはおさげをしたメガネの女の子と、さっきの浩之という男がいる。何か言い争っているようだ。)

ナレーター(レミィ)「委員長トモコは、意地悪な3人組の女の子にノートに落書きされたネ。それを目撃した浩之はトモコの味方をしようとするのだが……」

 

 金髪の女の子が妙なアクセントでセリフを棒読みしている。

 いいのか、こんなのが教育番組で?

 

浩之「おい、まてよ。強がり言うなって。こういうときは。味方がいたほうが心強いだろ」

委員長「なんや、その、味方っちゅうのは!? ……あんた、まさか私が、あいつらにイジメられてるとか思うてんのとちゃう!?」

浩之「……どう見たってそうじゃねーか」

委員長「あのな、最初にイジメてやったんはこっちなんや。私がさんざん精神的にイジメてやったから、あいつら、つるんでこんな仕返ししてきたんや。……まっ、イジメられっ子らしい、低レベルな仕返しやけどな……」

浩之「それでも、連中は3人いるんだぞ」

委員長「3人やろうが100人やろうが、あんな連中が何人集まったって恐ない。それよりも……」

(委員長はキッと浩之を睨んだ。)

委員長「履き違えた親切の押し売りされるほうが、よっぽど迷惑や!」

浩之「……あっ、おい!」

(委員長はそのまま背をむけると、歩いていってしまった。)

 意味:転じて、その人のために親切にしても、結局はその人のためにはならないという意味でも使われる。

 

 転じて?

 そう疑問に思っていると、また画面のセットが変わる。

 

(今度はどこかの普通の家の一室。そこのベットには一組の男女が一緒に寝ていた。一人はさっきの委員長、もう一人は浩之。)

浩之「なあ、委員長?」

委員長「……うん?」

浩之「初めての感想は?」

委員長「……」

浩之「どうだった?」

委員長「……い、痛きもちいい……感じ」

浩之「委員長は感じやすいからなー」

委員長「……か、からかわんといてっ」

 意味:人に親切にしておけば、めぐりめぐって必ずそれは自分に良いみかえりとして返ってくること。

 

「……」

「……」

「……ヒロユキ、これはどういうこと?」

「あ、いや、誤解だ、撮影だって、撮影。ほら、こういうシーンドラマであっただろ?」

「……アタシはあのドラマ見てないけど、後で調べればすぐわかるネ」

「だ、だから誤解だって(くそ、ディレクターで、後で覚えてろよ!)」

「……」

「だーっ、無言で拳銃を取り出すな! き、気を取りなおして次いくぞ次!」

「……ヒロユキ、何あせってるの?」

「あ、あせってなんかないって。(拳銃つきつけておいて何いいやがるんだ!)」

(あわただしく、セットが変わる。)

 

 ……

 ……今深夜じゃないよなあ?

 ……教育番組? というか本当にN○Kなのか?

 

(次のセットではイスが一つ置いてあって、そのイスには一人の少女らしき人間が座っている。というのも、顔にモザイクがかかっていて顔が見えないので、判別しかねる。)

『言わぬが花』

(一部音声は変えてあります)

琴音(ヲイッ)「私があることで悩んでいたときのことです。すごく親切な人が、私のことをいつも心配して、よく話しかけてきてくれました」

琴音「私は最初、その人のことを敬遠していたんですけど、とてもその人が私によくしてくれるので、私もしだいにその人に心を許すようになっていきました」

琴音「そりゃあもう、すごくやさしくて、かっこよくて、あ、これは私が浩之さんのことが好きだからちょっとひいきしてる部分もありますけど、そうじゃなくてもとってもいい人なんです」

琴音「それで私、その人を手放したくなかったんです。あのころの私は人に誇れるものもなかったので、どうやったら浩之さんを独占できるかすごく考えました」

琴音「それで、思いついたんです。浩之さんに抱いてもらって、既成事実を作ってしまえばいいんだって。ついでに、子供でもできたら拘束力はあがりますし」

琴音「手段を選ばないんですかって? もちろん、そういう反論は私もよく分かっていますけど、あのときは、浩之さんが私の全てでした。手段を選ばないとか選ぶとか、そういう次元で話をすることはできない状態だったんです」

琴音「それで、私けっこう勉強したんですよ。妊娠するための本とか、色々買って。買うとき、本屋のおばさんに変な目でみられましたけど、それぐらいは許容範囲内でした。さすがに店員が男の人だったら買えませんでしたけど。エッチな本を買うときの男の人の気持ちが少しわかりました」

琴音「危険日とかのこととかけっこう調べて、既成事実を作るならその間に、と考えてました。それというのも、昔の私は全然自信がなかったので、2度抱いてもらえる自信がなかったんです」

琴音「それで、とうとう既成事実を作るチャンスが来たんですが、その日は都合の悪いことに、もうこれでもかってくらい安全日でした。でも、抱いてもらえそうなチャンスなんてそうそうあるとは思えなかったので、私はそのまま……」

琴音「それはもう……はっ、私ったら、ちょっと自分の世界に入ってしまって。ええと、話を戻すと、私はその一回で妊娠するために、最大限の努力をしました。大きい声では言えないんですが、……いわゆる、中出し、てやつですか? 足を浩之さんの腰にまいて、逃げれないようにして」

琴音「それで、コトが終った後に、浩之さんがそのことを気にしてくれているのを見て、私も既成事実をわざと作ろうとした後ろめたさもあって、良心が痛んで、ついつい言っちゃったんです」

琴音「『わたし、今日は……その……、安全日なんです……』って……」

琴音「あのとき、私はふいに『言わぬが花』という言葉を思い出しました。浩之さんは別に何も考えずに納得してくれましたけど、もし『なんで安全日なのを知ってるんだ?』と聞かれたら、いいわけできませんでしたもの。不幸中の幸いって言うんですかね、ああいうのを」

 意味:物事をはっきり言わずにおいた方が、さしさわりがないということ。

 

 こ、こいつは……しゃれにならんのとちゃうか?

 俺はなんとなく心の中で関西弁になっていた。

 

「何で実名入りなんだ! しかも琴音ちゃんも名前出してるし!」

「ヒーローユーキー」

「わ、や、やめろレミィ、話せばわかるよ、な。だからそんな物騒なもの……」

「フフフ、獲物はみんなそう命乞いをするのヨ、大丈夫、一瞬ですむから」

「ちょ、こら、レミィ、目がマジじゃねえか! そこのスタッフも逃げ出さないでレミィを止めやがれ! だいたいお前らが変な番組作るから……」

「生きのいい獲物ネ。せいぜい逃げ回ってアタシを喜ばせてヨ!」

(しばらく銃声が響く。スタッフ達はもうすでに逃げ出してしまったようだ。)

 

 今日の教訓

『人のふり見て我がふり直せ』

 意味:あなたも後ろに気をつけよう。

 

 ……最後の意味も違うと思うのだが……

 俺は、後ろを向いてみた。もちろんそこには誰もいない。

 あそこまで女ったらしなら、まあ拳銃で撃ったれても仕方ないと思うが、男としては同情するな。

 もう一度、後ろを振り向いてみた。当然だが、後ろには誰もいない。

 しかし、こんな番組がN○Kで許されるとは……世の中進んだなあ。

 俺は、後ろを振り返った。

 この部屋には俺一人なので、もちろん誰もいない。

 まあ、そうだろうな。

 もう一度、後ろを振り返るべきか?

 この部屋には俺のほかに誰もいないはずではあるが。

 俺は、もう一度振り返ることにした。

 もちろん、誰もいないはずだが。

 テゥルルルルル

 電話が鳴り出したので、俺は電話を取った。

「もしもし、藤井ですか」

「あ、冬弥くん。後ろ向いてみてくれる?」

 俺は由綺の突然の言葉に疑問を持つよりも先に、後ろの気配をさぐった。

 さて、俺は振り返るべきか?

 それとも、振り返らないべきか?

 

 おまけ

『不幸中の幸い』

 視聴率30%

 

 意味:誰かが不幸になれば、幸福になる人がいるという意味。

 もちろんこれも間違い。

 

終り

 

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