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100万枚のママ

 

「ねえ、浩之ちゃん、聞いてよ!」

「ん、どうした、あかり」

 あかりがいつになくあわてていたので、浩之はよほどすごいことがあったのだろうと思 って身構えた。

 とは言え、ついこの間はくまのステッカーがあたっただけで大喜びして浩之に報告に来 たぐらいだから、あまり参考にはならないのかもしれないが。

「私、デビューが決まったんだよ!」

「……はぁ?」

 浩之は、マヌケな声で聞き返した。

「デビュー?」

「うん、そうだよ」

「えーと、それは何か? 公園デビューとか、平成デビューとか……」

「何を言ってるのか分からないけど、歌手としてデビューするんだよ」

「はあ……あかり、何か悪いものでも食べたか? または、あかりの一流と勘違いしてる冗 談か?」

 あきれる浩之に、あかりは首をふった。

「ううん、本当にデビューできるんだって」

「……ええとだな、あかり」

「何?」

「俺は忙しい、よって、お前の質の悪い冗談に付き合ってる暇はない。わかるか?」

「忙しいって、この後家に帰ってごろごろするのが?」

「そう、この一時こそが至福のときって何言わせる。少なくとも、暇だろうとそうでなか ろうと、お前の冗談に付き合ってる暇はない」

「だから、冗談じゃないって。ちゃんとスカウトの人がうちに来てくれたんだから」

「……まずは状況を整理するぞ。あかりは歌手デビューするらしい。しかし、あかりが歌手 になるなどと言うことを信じるほど俺はバカではない。よってあかりがバカだ。うむ、非 のうちようのない完璧な理論展開だな」

「だから、本当の話だよ」

 浩之は、しつこいあかりにため息をついて言った。

「あのなあ、あかり。あかりが歌手デビュー? それができるぐらいなら、歌自体はよっ ぽど志保の方がうまいんだから、やつの方がデビューできるだろうが」

「うん、私もそれはスカウトの人に聞いたんだけど、何でか私じゃないといけないんだっ て。私なら、数年後には100万枚CDが売れるって」

 浩之は冷静に考えた。あかりは、まあ、幼馴染みの目から見ても、ブスではない。いや、 むしろ美人と評価しても怒る者はそんなにいないだろう。だが、そんなに愛嬌がある……よ うな気はするが、少なくともそれは芸能人になれるようなものではない。あかりに一番何 が似合うと言われれば、間違いなく「お嫁さん、または母親」と答えれる印象しかないは ずだ。

「あかり、もしかして騙されてるんじゃないのか?」

「そう思って、ちゃんとその会社にも確認したし、連れて行ってもしてもらったよ」

 以外に行動力には長けているようだった。まあ、そうでもなければ浩之と長年幼馴染み などしてられないという話もあるが……

「ほら、証拠の写真」

 と言ってあかりは一枚の写真を浩之に見せた。

 そこには、浩之も知っている清純派アイドルとあかりがツーショットで写っていた。確 か名前は……

「……まじか?」

「うん、そのまじ」

「……なあ、聞くんだが、で、俺のところに何しに来たんだ?」

 こうまで証拠を見せつけられると、浩之としては否定ができなくなってしまうのだが、 あかりが何をしに急いでここまで来たのかが理解できない。

「えーと、浩之ちゃんに一つだけ聞きたくて」

「何だ?」

「私、歌手になってもいいかな?」

 浩之は、そっぽを向いて、ぽりぽりと頭をかいた。

「……何で俺に確認が必要なんだ? だいたい、お前が歌手になりたいって言うなら、それ なりの夢があってなりたいんだろ?」

「うん、だから、浩之ちゃんに確認したかったの」

「……自分の人生ぐらい、自分で決めろよ」

 あかりは、最上の笑みで言った。

「自分で決めないといけないから、浩之ちゃんの了解が必要なの」

「……ちなみに、夢って何だ?」

「えっと、ママになって、子供に自分の歌を歌ってあげるの」

「……」

 浩之は、その言葉に頭をかかえた。

  

 浩之は、自分の考えをあかりに言って、一人になってから少し考えた。

「……もしかして、あかり、志保のやつと間違えられたんじゃねえのか?」

   

 そして、あかりはデビューした。

 初めてテレビに出て最初の言葉が「浩之ちゃん、見てる?」だとか、先輩の歌手が浩之 に目をつけたとか、敏腕のマネージャーがついただとか、そんなどたばたした日々が過ぎ、 あれから何年もの月日がたった。  

「ねえ、ママ。このおうたって、いつもテレビで流れてるね」

「そうね」

 あかりは、小さな女の子をひざの上に乗せて、テレビを見ていた。

「これって、ママがうたったって本当?」

「本当よ。ママ、お歌上手でしょ?」

「うん! ねえ、ママ、おうたうたって」

「ふふ、いいわよ。浩之ちゃん……じゃなかったパパは、このお歌は嫌いみたいだけどね」

「いいおうたなのにね」

「うん、ママもそう思うわ」

 そして、あかりは、自分の子供をひざに乗せて歌いだした。テレビの幼児向けの番組の 曲に合わせて。

 

 あかりは、幼児向けの番組の主題化でデビューした。

 歌唱力はそこまででもなかったが、その歌声はやさしく、そして、あかりの笑顔は母親 を子供達に感じさせるものだった。

 そして、その曲を聞いた子供は、大きくなり、その曲は大きくなっても耳から抜けるこ とはなかった。

 デビューしてから8年後、あかりは最後の曲とともに、引退した。

 その曲はまだテレビで流れ、子供の耳の中に残っていく。

 そして、あかりは最後の曲で100万枚のCDを売った。

 

 作詞 藤田あかり

 作曲 緒方英二

 スペシャルサンクス 藤田浩之

 『愛するパパへ』

 

終り