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魔王

 

 今までは女の子を見つけるのには自分の足で探すしかなかった。

 それは例え伝説的な女ったらしである浩之とて変わらぬこと。

 

 しかし!

 文明の利器は、この女ったらしに、新しい可能性を示唆した。

 それは……!

 

 携・帯・電・話!

 

 女の子から一度携帯番号を聞き出せば、かけるも呼ぶの思いのまま!

 時間短縮もでき、メールなどで授業中でも(よい子のみんなは授業はちゃんとうけまし ょうね)会話を交わせる。前よりも簡単に仲良くなれること間違いなし!

 

 

「……という冗談は置いておいて、携帯買った」

「いきなりだね、浩之ちゃん」

「いいだろ、最新機種だぜ」

 浩之はそう言ってあかりに携帯を見せびらかすが、ぽこぽこと「新作」の出る携帯業界 なので、新しく買ったのに古い機種のことはまずないだろう。

「いや、前々から志保や綾香が買え買えってうるさかったんでな。綾香なんか俺に携帯を 買いあたえようとしたぐらいだぜ」

 それは普通にやってたら浩之ちゃんつかまらないし、とあかりは心の中で突っ込んだ。 他の女の子にあかりのような朝迎えに行くなどという反則技は使えるわけもないのだから。

「ま、何にしろ、これで俺もはれて志保に時代遅れと言われることもなくなったわけだ」

 実はそれが一番大きな理由なのでは、とあかりは思った。

「で、買ったからにはとりあえず使ってみたいんだが……あかりは持ってなかったよなあ」

「うん。でも、浩之ちゃんが買ったんなら私も買おうかな?」

「相変わらず主体性のないやつだなあ」

 主体性も何も、あかりにとってみれば、自分が携帯を買おうかと考える理由で、浩之が 携帯を持っていること以上の理由など思いつかなかった。

「主体性と言うより、需要の問題だよ」

「……あかり」

「何?」

「急にむずかしそうなこと言っても、何も考えてないことがまる分かりだぜ」

「そんなことないよ」

 確かにあかりにとっては当然のことで、考える間でもないことではあるが。

「しかし……あかりが持ってないとなると、一番最初は誰と使うかなあ。記念すべき第一回 目の電話が志保というのは避けたい事態だしな」

「でも、雅史ちゃんも持ってなかったと思うよ」

「持ってても最初に男は嫌だぞ」

 かなりのわがままである。

「だが、こう考えると実は携帯持っている知り合い少ないのか?」

 最近はねこでも持ってそうな携帯だが(もちろん持っているわけはない)、どうもそれは こと浩之のまわりではガセネタのようだ。

「そんなことはないと思うけど……」

「しかし、あかりも持ってねえし、雅史も持ってねえし、俺だって昨日手に入れたばっか りだし……お、先輩発見」

 あまり携帯の必要なさそうな浩之の目が、とことこと昇降口に向かっている芹香を見つ けた。

「おっはよう、先輩!」

「おはようございます、来栖川先輩」

「……」

 芹香はゆっくりと二人を見て、お辞儀をして挨拶した。と言っても、あかりには芹香の 声が聞こえたことがない。わずかに動く口がしゃべっているのだなと理解させる程度だ。

「お、そうだ、先輩、携帯持ってるか? ……て、先輩に携帯は合わないか……って、持って るって?」

 こくん

 芹香はうなずくと、ごそごそと鞄の中から黒色の携帯を取り出した。少しリアルな黒猫 のストラップがついていて、一見すればかわいいとは思えない携帯だが、芹香が持ってい る姿はかわいく見えるのだから、美人とは偉大だ。

「実は俺も携帯買ったんだけどさ、最初に電話するならやっぱ先輩がいいなって思ったん だけど、かけていいか? やっぱ初めてってのは何事も肝心だしさ」

 ぽっ

 芹香は何故かちょっと明らんでからうなずいた。

「んじゃ先輩の携帯の番号教えてくれよ」

「……」

「ん、オーケー、先輩。んじゃかけてみるな」

 

 ちゃららちゃっちゃっちゃ〜

『浩之は芹香の携帯の番号を手に入れた。』

 

 ブルルルル

 マナーモードにしてあった芹香の携帯が震える。どういう着メロを入れていたのか聞い てみたかった気もしないでもなかった。

 芹香は、ぴっとボタンを押して、出る。

「先輩、聞こえるか?」

「……」

 会話の届く範囲で電話しているのだから、届かないわけもなかったのだが、まあおきま りなので仕方ない。

「ん……先輩、ちょっと何かしゃべってみてくれるか?」

「?」

「いいからいいから」

「……」

「……って、すげえよ、これ。先輩の声がめちゃくちゃ聞きやすい!」

「?」

 芹香は首を傾げたが、横でみているあかりにはもっと何のことだかわからなかった。と いうより、浩之が一人でしゃべっているだけなのだが。

「さすがは来栖川の製品だな。先輩の声が何倍にも増幅されてるのにほとんどまわりの雑 音は入ってこないぜ」

「……」

「……へ? これってTOKOMOの製品で自分の家の製品じゃないって?」

 こくん

「だったら何でよく聞こえるんだ?」

「ふっふっふ、それはね、最近の携帯にはまわりの雑音を消して、しゃべっている人の声 を自動的に調整する機能ぐらいついてるってわけよ!」

「む、その声は!」

「愛と正義と自分のために、みんなのアイドルらぶりー志保ちゃん、見参!」

 とうっという掛け声とともに、志保がどこからともなく(ただ浩之の姿を見つけて歩い てきただけなのだが)現れる。

「とうとう永遠の宿敵ヒロも携帯を手にしたようね。宿敵と書いて「とも」と読む! っ て無視して行こうとしないでよ!」

 志保をほうっておいて芹香の手をひっぱって行こうとした浩之の肩をがしっと志保がつ かむ。

「この私から逃げれると思ってるの?」

「はなせ志保。俺はこれから先輩と愛の逃避行に走るんだ」

 ぽっ

 ひそかに芹香がほほを赤らめたりしているが、それはそれとして置いておこう。

「だめだよ、浩之ちゃん。これから授業始まるんだから」

「あかりも普通に突っ込んでるんじゃねえ。だいたい、志保が来てことが普通に進んだこ となんてねえだろうが」

「心外ね、このみんなのアイドルらぶりー志保ちゃんを捕まえて、その態度。万死に値す るわよ」

「何だよ、その呼び名は。お前は呼んでねえだろ」

「いいからさっさとメアド教えなさいよ。私がじきじきにメールしてあげるからさ」

「いらん」

「もう、素直じゃないんだから」

 そう言って志保はしなを作る。

「気持ち悪いぞ、志保」

 冷たくつっこまれて、志保もむかっとして浩之をじと目で睨む。

「いいからさっさと教えなさいよ」

「お前には耳がついてないのか、いやだと言ってるだろうが」

 浩之はそう邪険に志保を扱ったが、その程度のことで引き下がる志保ではない。

「……来栖川先輩、ちょっと借りるね」

 そう言うが早いか、志保は芹香の携帯を取ると素早くボタンを押す。そして、自分の携 帯を取り出して同じようにボタンを押した。

「ってめえ!」

 浩之がすぐに取り返したが、すでにとき遅かった。

「へへ〜ん、こっちは携帯の扱いなれてるのよね。着信履歴であんたの携帯の番号は見さ せてもらったわよ。どうせ昨日買ったばかりってことは、アドレスも変えてないだろうか ら、これでメアドももらったわよ」

「お前なあ……」

「というわけでさっそく初メールは私がいただくわよ」

 そう言うと、志保はなれた手つきで携帯を操作する。

「あ、てめえ、やめやがれ!」

「遅いわよ〜、とりあえず『バカ』って送信しといたわよ」

「こいつは……」

 そのとき、浩之の携帯が鳴り出した。

 

 デロデロデロデロデロデロデンデン

 

「何でメールの着信音がドラ○エ呪いの音楽なのよ!」

「いや、お前の携帯の番号知ってたからさ、とりあえずこれはやっとくべきかと」

「きーっ、むかつく〜」

 志保は地団太をふんだが、自業自得だろう。

 キンコーンカンコーン

「おっと、予備鈴がなったな。急がないとホームルームに間に合わねな。急ぐぜ、あかり、 先輩」

「う、うん」

 こくん

「ちょっと、まちなさいよ!」

 3人は、昇降口に急いだ。もちろん芹香だけは、マイペースに歩いていくのだが。

  

 数日後。

「浩之ちゃん、私も携帯買ったよ」

「あ、そうなのか? だが、残念だな。俺はもう携帯持つのはやめたぜ」

「何で?」

「それがさ、授業中でも放課後でも飯食ってても何しててもメールが来っぱなしでさ、打 ち返すのがさすがに面倒になってな」

「……残念、浩之ちゃんとくまのかわいさについてメールで語り合おうと思ったのに」

「やめれ」

 人気者も大変である。

 

「お、先輩、元気か?」

「……」

「え? 何で携帯持つのやめたのかって?」

 こくん

「いやさ、先輩の声がよく聞こえるのはいいけど、それって何か楽しくなくてさ。やっぱ り、先輩は生の声が一番だよな」

 ぽっ

 そのとき、芹香の携帯が鳴った。

  

 ちなみに、芹香の携帯の着メロ。

 シューベルト、『魔王』。  

 

終り