「よかったなんて言わないでくれよ、千鶴さん」
温かみの消えた彼女の体を、俺は強く抱いた。
「妹達を頼みます、なんて俺に言われても、困るよ、そんなこと」
俺がそう言っても、もう彼女は答えてくれない。分かってはいても、信じたくなかった。
「目をあけてくれよ、千鶴さん。ねえ、千鶴さん、ねえ……」
血まみれで安らかに眠る千鶴さんに、俺は何度も呼びかけた。
「目を開けてよ、千鶴さん……」
千鶴さんは、死んだ。
メ ヲ ア ケ テ 、 チ ヅ ル サ ン
千鶴さんの遺体を前にして、みんなは言葉をなくしていた。
「千鶴姉……」
「千鶴姉さん……」
「千鶴お姉ちゃん……」
俺は、今まであったことを包み隠さず三人の妹達に話した。鬼のこと、千鶴さんの両親や俺の父親のこと、そして千鶴さんと愛し合ったことも包み隠さず。
もちろん、俺はそれを話さなくてもよかった。しかし、俺には嘘を突き通す自信がなかった。だから、みんなが悲しむと分かっていて、真実をつげた。
みんな、無言だった。話す言葉が見つからなかった。当然だった、妹達は最愛の姉をなくしたのだから。
そして、俺は最愛の人をなくした。
「千鶴さんは、今ちまたを騒がせている猛獣事件の被害者で、第一発見者は俺。俺は混乱して彼女の死体をかついで帰ってきた。そういうことにしとこう。梓、警察に電話しろ、なるべく慌てたようにな」
「う、うん」
梓が警察に電話をしている間、俺は千鶴さんを抱きしめて、頭をなでた。
おそらく、もう二度と彼女の体に触れることはできないだろうから。
「ええっと、それで、なんで遅い時間にあんな人気のない所にいたんだ?」
「……家には千鶴さんの妹達がいるので、二人っきりになるには家の外に出るしかなかったんで」
「しかし、何もあんな人家もないような場所に行かなくても……」
俺の予測通り、疑いは俺にかかった。単純に考えれば、俺が疑われるのは当然だった。血筋から言えば、俺は鶴来屋グループの会長になってもおかしくなかった。会長の座欲しさに、俺が彼女を殺したのではないかというのだ。
警察の反応は予測していたし、何より俺は警察に疑われるようなボロは出さなかった。鬼の力をセーブすれば、傷だってついたままにできた。千鶴さんに切られたときに、水に落ちたので不自然なほど俺の血があたりにとびちってなくて幸いだった。
俺は、「犯人は怪物のようだった」とそのままを口にした。どうせ犯人など見つかりはしないし、目撃者が混乱して変なことを言うのは不思議なことではないだろうからだ。
警察は、はじめから俺を疑ってかかったが、結局、あんな傷は人の力ではつけれないし、何より俺の演技でない無気力さが、皮肉にも警察を納得させ、俺は釈放された。
『初音ちゃん』
「……ただいま」
俺は、しばらく迷ってから、家の中に入った。
家の奥から、パタパタという音とともに初音ちゃんが出てくる。
「お帰りなさい、お兄ちゃん。取り調べ、どうだったの?」
「うん、予測通り疑われてたよ。でも、一応は信じてもらえたみたいだから、今日明日に逮捕されることもないと思うよ」
俺は勤めて冗談ぽく初音ちゃんに言葉をかけた。一瞬でも暗い声を出してしまえば、俺も初音ちゃんも表情を保てそうになかったから。
俺は、そこで初めて初音ちゃんの顔を見た。
初音ちゃんは、目を真っ赤にはらせ、それでも笑顔で俺を迎えいれてくれていた。
その初音ちゃんの姿に、俺は目じりが熱くなるのを感じたが、初音ちゃんが俺を無理してでも笑顔で迎え入れてくれたのに、ここで俺が泣くわけにいかなかった。
「ごめんね、お兄ちゃん。お腹空いてると思うけど、ご飯の用意まだなんだ。お姉ちゃん達、みんなまいっちゃって……」
なら、初音ちゃんは大丈夫なのかい?
俺は、その言葉を飲みこんだ。飲みこんでから、決心して口にした。
「初音ちゃんは大丈夫なのかい?」
「え?」
ポロッ
初音ちゃんが俺の言葉を理解するよりも先に、この子の体は俺の言葉に反応して絶え切れなくなった涙を流した。
本当はすごく悲しいのに、俺を笑顔で向かえ入れようとしてくれる初音ちゃん。
他の姉達が落ちこんでいるときでも、必死になって笑顔でいようとする初音ちゃん。
みんなに足りないものを、一生懸命自分で補おうとする初音ちゃん。
「初音ちゃん……」
「どうしたの、お兄ちゃん」
もうこらえ切れずに涙を流しながらも、笑顔を最後の一瞬まで保とうとする初音ちゃん。
そんな初音ちゃんを、俺はいとおしく思った。
俺は次の瞬間、初音ちゃんのその小さな体を抱きしめていた。
「あ……」
初音ちゃんは小さな声をあげただけで抵抗しなかった。
「ごめん、初音ちゃん。初音ちゃんに無理をさせてしまって。俺が、強くなくちゃ、笑顔でいなくちゃならないのに」
「お兄ちゃん……」
「そうだよな、つらいのは俺だけじゃないんだよな。みんな、つらいんだ」
初音ちゃんの髪からはシャンプーの香りがする。その細くて小さな体を抱きしめていると、余計に初音ちゃんに対するいとおしさが沸いてきた。
「泣けばいいよ、初音ちゃん」
「お兄……ちゃん……」
「俺がこうやって抱きしめていてあげるから、泣いてもいいんだよ」
「お兄ちゃん……う、うう、お、お姉ちゃん、どうして……」
初音ちゃんは、俺の胸の中で押し殺した声で泣いた。
「どうして、みんな……死んじゃうの……私達を置いて……」
俺は強く強く初音ちゃんを抱きしめる。
「大丈夫、俺は、初音ちゃんを置いて消えたりしないから。ずっと、一緒にいてあげるから、だから、心配しなくていいよ」
「本当?」
「ああ、俺が初音ちゃんに嘘をついたことがあるかい?」
「……ううん」
「安心して、初音ちゃん。俺は消えたりしない、ずっと、君達を見守ってるから……」
「……うん、ありがとう、お兄ちゃん」
初音ちゃんは俺の胸によりいっそう強く顔をうずめた。
『楓ちゃん』
コンコン
「楓ちゃん、入るよ」
何度か扉をノックしても返事がなかったので、俺は思い切って扉を開けてみた。
扉には鍵はかかっておらず、簡単に開く。
この扉のように、彼女の心も簡単に開けばよいのだが。
いけない、俺がこんな弱気でどうするんだ。俺は彼女達を助けなくてはいけないんだ。
俺はその決心を胸に楓ちゃんの部屋に足を踏み入れた。
楓ちゃんは、ベットに顔をふせた状態のままピクリとも動かなかった。
「楓ちゃん……?」
俺が呼びかけると、楓ちゃんはゆっくりと顔をあげた。
「耕一さん……」
いつものように何かをいいたげな目。
そして今にも壊れてしまいそうな楓ちゃんの声。
「……すみません、耕一さん。今は、耕一さんとはお話をしたくありません」
俺は出鼻をくじかれて一瞬とまどったが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
楓ちゃんはそれだけ言うと俺から目をそらす。
俺はそんな楓ちゃんの態度に、不思議と納得してしまった。
「そうだよな、千鶴さんが死んだのも、もとはと言えば俺が鬼を操れなかったからだもんな。俺の責任だ。ごめんな、楓ちゃん」
それなら、俺がここを出ていくのは当然なのではないのか?
「……」
「じゃあ、俺は出ていくから……」
「待ってください!!」
楓ちゃんにしては驚くほど大きな声をあげて、彼女は俺を引きとめてから、自分の声にハッとして顔をふせた。
「……気を使ってくれなくてもいいよ。確かに千鶴さんの死は俺のせいだしね」
「違うんです、耕一さん。違うんです」
「違う?」
「……こっちに来てくれますか?」
「いいけど……」
俺は楓ちゃんに言われるまま、楓ちゃんの横に座った。
楓ちゃんは前を向いて俺と目をあわせようとしなかったが、しばらくしてから、やっと口を開いた。
「……私は、酷い女なんです」
「……何言ってるんだい、楓ちゃん。楓ちゃんは、やさしくていい子だよ」
むしろ、俺は楓ちゃんに責められる方が安心できた。口先だけでも少しでも、自分で責任を取れるからかもしれない。
それに、今の俺には分かる。彼女は、昔から何も変わっていない。壁を作って警戒していたのは、俺の方なのだろう。
「違うんです……千鶴姉さんが死んだのを、私は心の中で喜んでるんです」
「え?」
彼女はそれを口にするのも忌々しいのか、震えながら俺に話してくれた。
「耕一さんが千鶴姉さんを抱いたと言ったとき、私は……千鶴姉さんを殺してやりたいと思いました」
「それって……」
それは、嫉妬だろう。でも、一体誰に?
「私、耕一さんが、耕一さんのことが、す、好きなんです。千鶴姉さんにも、梓姉さんにも、初音にも、誰にも取られたくないんです。自分でも最悪だと分かっていても、私は千鶴姉さんが死んだのを喜んでるんです!!」
楓ちゃんは、下をむいたまま、俺と目を合わせるのを怖がっていた。
「もし千鶴姉さんが今回のことで死ななくても、耕一さんとの関係を知ったら、私、いつか千鶴姉さんを殺してました。私は、そんな女なんです。だから……」
肩を振るわせる楓ちゃんの頭を、俺はゆっくりなでてやった。
「……耕一、さん?」
俺はそのままゆっくりと楓ちゃんの体を引き寄せると、楓ちゃんを抱きしめた。
「こ、耕一さん、止めてください。今の私に、抱きしめられる資格なんて……」
「だから、つらいんだね、楓ちゃん」
姉の死を心のどこかで喜んでしまう自分を、楓ちゃんは自分自身で許せないのだろう。その罪の意識が、彼女をよけいに苦しめる。
楓ちゃんのつらさは、俺が代わりに背負うべきだと思った。
「大丈夫、楓ちゃん。楓ちゃんのつらさも、悲しみも、罪も、全部俺が預かるから。だから今は、泣けばいい」
「耕一さん……」
今必要なのは、慰めの言葉ではなく、強く抱きしめてやることだ。そう分かって、それでも俺は言葉を続けた。
「千鶴さんは、許してくれるよ。だって、楓ちゃんのお姉さんだろ?」
きっと、千鶴さんは妹達から怨まれることも覚悟して、俺に抱かれたのだろうから。
「俺が、楓ちゃんをずっとささえてあげるから、罪を感じないでほしい。俺は楓ちゃんのこと大好きだから、楓ちゃんの悲しい顔を見るのが、俺は一番つらいんだ」
俺が、彼女をつつみこんでやればいい。それが、千鶴さんへの、せめてもの罪滅ぼしになるだろうから。
「耕一さん、私、私……」
楓ちゃんの涙を、俺は胸に感じた。
『梓』
「耕一……」
梓は俺が部屋に入ってきたのに気付くとゴシゴシと目をこすった。
「大丈夫か、梓?」
「だ、大丈夫……てわけにはいかないけどね。正直ちょっときついけど、千鶴姉のかわりに私がしっかりしないと……」
梓はそう強気な口調で言うと、キュッと拳を握り締めた。
目をそんなに赤くはらして、梓は強がってる気なのだろうか?
そんな梓を見るのが、俺は苦しかった。
「だ、大体、あの貧乳偽善者の千鶴姉が死んだくらいじゃ、いつまでもへこたれてる訳にはいかないしね。これからは私がこの家族を支えていかないと……」
「……」
「……」
「……」
「……いつもだったら、ここで千鶴姉が私を恐ろしい顔で睨むのに……出てきてくれてもいいじゃないかよ。千鶴姉。千鶴姉の悪口言ってるんだぞ」
「梓……」
梓は歯を食いしばるようにしてニ、三滴流れた涙を止めた。
「……出てきてよ、千鶴姉……」
梓はズンズンと足音を立てて俺に近づいてくると、そのまま俺にだきついた。
「何でだよ、何で千鶴姉が死ななきゃならないんだ!!」
「梓、お前……」
「父さんも母さんも叔父さんも死んだのに、なんで私の家族ばかり殺していくんだよ!!」
俺の首にしがみつくように抱きついたまま、梓は叫んだ。
俺の姿を見て、おそらく今まで心の中でわだかまっていたものが噴き出したのだろう。梓は、妹達にはこんな姿を見せるわけにはいかなかっただろうから。
梓は、これから自分が家族を支えていくだろうことを分かっている。だから妹達の前では弱音をはくわけにはいかないのだ。
そうやって強がっているのを、楓ちゃんも初音ちゃんも知ってはいるだろうが、梓はそれでも姉の自分が出来ることを最大限にするつもりだろう。
しかし、もしかしたら姉妹の中で一番もろいかもしれない梓。
梓は、妹達にはたよるわけにはいかない。
じゃあ、誰に頼ればいい?
誰が彼女を支えてやるべきだ?
俺が、梓を支えてやらなくてはならない。それは義務だ。
梓の体を、俺は抱き寄せる。梓の体は二人の妹よりも肉付きがよく、柔らかかった。
「……耕……一?」
「梓、強がらなくていいぜ。俺の胸ぐらいは貸してやるから」
「へ、何かっこつけてんだか。そん……なの似合わな……」
梓は言葉を最後まで言い終えずに、声を押し殺して泣きはじめた。それでも声を殺したのは、おそらく妹達に泣き声を聞かれないため。
「俺がお前を支えていてやるよ。お前一人にこの家族を支えさすことなんかさせないさ。梓は、俺を頼れるだけ頼ればいいんだ」
「耕一……ありがと……」
俺の首に回された梓の腕が、力をまして俺を引き寄せた。
俺は大学をやめることにした。鶴来屋グループの社長は俺を会長にしたいと言ってきたが、俺はそれを丁重に断り、かわりに一新入社員として鶴来屋グループのホテルで働けるようにしてもっらった。
とにかく俺は少しでも彼女達から離れる気はなかった
.。『妹達を、たのみます』
千鶴さんの言葉に俺は従うつもりだった。それに、俺以外に、誰が彼女達をささえるというのだ。
そして何より、この町は俺と千鶴さんを結ぶ、唯一の場所なのだ。この町で千鶴さんと愛し合い、彼女は死んだ。
俺は、残された妹達の、兄であり、父であり、恋人であろうと思った。彼女達がこの家からいなくなるまで、俺が彼女達を支えてやろうと思った。
これは、千鶴さんに対するせめてもの罪滅ぼしなのだ。
そして、俺は一人になってこの家に残ろう。千鶴さんの香りの残る、この家に……。
『悪夢から目覚める』 俺は千鶴さんの顔を、しばらくぼうっとして見ていた。朝、そこは俺の親父の実家。
俺は驚いて布団から跳ね起きた。
「……そんなに慌てて飛び起きて……一体どうしたんですか。恐い夢でも見たんですか?」
何で千鶴さんが?
夢だったのか、あれは?
確かに千鶴さんは……。
千鶴さんが、どうかしたのだろうか?
「え、ええ、まあ……」
「耕一さん、恐い夢って、どんな夢を見たんですか?」
彼女は確かに……これが夢? いや、あれが夢だったのか?
俺は夢をみていたのか。でも、夢の内容が思い出せない……。
俺は混乱する頭を何とかまとめようとした。
「実は、千鶴さんが出てくる夢で……」
俺はとりあえず冗談を口にして時間を稼ぐことにした。
「……え、私が?」
「うん、それはもう恐い夢だった」
少し間を置いてから、千鶴さんはようやくその意味を理解した。
「……耕一さん!! 私の出てくる夢が、跳ね起きるほど恐い夢なんですか!?」
ギロリと睨む。
「じょ、冗談だよ」
「も、もう、ヒドイです!!」
千鶴さんは口を尖らせて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
ううっ、し、しかし……!!
怒った仕草も可愛いなんて……なんと卑怯なんだ!!
「耕一さんって、ときどきそんな意地悪なことを言うんだから!!」
「冗談だってば、千鶴さ〜ん!!」
彼女は両腕を組んで、ふんっと鼻をならした。
「こめんなさ〜い、嘘だって〜」
「いーえ、もう分かりました!! 耕一さんは夢に見るほど、私のことを恐いと思ってるんですね!!」
「そんな〜、だいたい、千鶴さんが出てくる夢が悪い夢なわけないじゃないか」
そのとき千鶴さんは、くすっと笑ってこちらを振り返り、
「それって、どういう意味ですか?」
そう言って目の前に顔を近づけた。
「そ、それは……」
……イモウトタチヲ……
次の瞬間、俺は胸の締め付けられるような痛みを感じた。千鶴さんの微笑んだ顔が、目の前にある。
目から涙があふれ、俺は自分でもわからないうちに千鶴さんを抱きしめていた。
「こ、耕一さん、何を……!!」
「千鶴さん……」
千鶴さんは最初は驚いていたものの、しだいに力を抜いて、俺に身をあずけてくれた。
あたたかな体。聞こえる心臓の音。千鶴さんから感じる何もかもが、俺の心をくぎづけにした。
「千鶴さん……千鶴さん……千鶴さん……」
俺は母親を探す子供のように千鶴さんの名前を何度も呼んだ。
千鶴さんは、何も言わずに俺を抱きしめ返してくれた。
スパーン!!
半分ほど開いていた障子戸が、突然横にスライドし、歯切れの良い音を立てて柱にぶつかった。
「こらあーっ!! 呼びにいったっきり何やってんの、千鶴姉!!」
梓はそう叫んで、そして硬直した。硬直したのは梓だけでなく、俺も千鶴さんも同じだったが。
「……」
「……」
「……」
たっぷり五秒ほどその硬直は続き、梓は我に帰った。
「何やってんのよ、二人で朝っぱらから!!」
「ち、違うの梓、これは……」
「そ、そう、違うんだ梓、これは……」
「こ、こ、こ、こ……」
「……鶏のマネか?」
ブチッと梓の血管の切れる音が確かに俺にも聞き取れた。
「この、変態があぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!」
パコーーーーーーーーーーーーンッ!!
妙に軽い音をたてて俺の頭は梓のカモシカのような脚によって蹴り飛ばされた。
「ちょ、ちょっと梓、そんなことしたら……」
「問答無用―っ!! この不潔男めーっ!!」
「いくら私が耕一さんに抱きしめられてたのがうらやましいからって、それはないんじゃない、梓!!」
「な、何言ってやがる。あたしはこのチカン男をこの世から抹殺しようと……」
「とにかく、止めなさい!!」
そうだそうだ、やめろ。
俺はすでに声も出なかったので、心の中でそう悪態をついた。
「ち、千鶴姉こそ、大体朝っぱらから何やってたのよ!!」
「え、それは……」
と言ってぽっと千鶴さんの顔が赤くなる。くう、いいっすよ、千鶴さんその表情!!
「私はただ耕一さんが抱きついてきたから……」
「やっぱりお前の責任かーーーーーっ!!」
バスーーーーーンッ!!
梓の世界が取れそうな右のアッパーカットが、俺のあごを打ちぬいた。
半分意識が飛んだ状態で、俺は思った。
今度こそ、失ったりしないからね、千鶴さん。
ここで俺が、梓に殺されなければの話だけど。
終り