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天文学的未満

 

「ふぁ〜あ」

 浩之は大きなあくびをした。一緒に並んで歩いているあかりは、ふふっと笑った。

「浩之ちゃん、大きなあくび」

「ああ、昨日は遅くまで起きてたからな」

「また夜更かしして、だめだよ」

「へいへい、肝に命じとくよ」

 浩之はそう言ってまた大きなあくびをした。「また」とあかりが横で笑っている。  

 昨日は7月7日。何を思ったのか、夜に志保から電話があり、いきなり天体観測に誘わ れたのだ。

 いつもなら無視するところだが、実はその日に志保とゲーセンで勝負して負けているの だ。普通はヤックをおごって済むのだが、そのときは何故か「一貸しね」と言ってきたの で、怪しいとは思っていたのだ。

 で、仕方なく行ってみると、これが本当に単なる天体観測だったりする。

 何でも、丁度読んでいた雑誌で天体観測の特集がしていたのでやってみたくなったらし い。知り合いに望遠鏡を持っている人がいたので、速攻で借りて用意までしたのだ。

「あほか」

 浩之の言葉はもちろん冷たいものだったが、そこまでして準備した志保を置いて帰るわ けにもいかず、仕方なく付き合ってやったのだ。

 まあ、丁度天気は晴れで、たまにはこういう天体観測も悪くはないかとも思ったが。

 何より、暗がりで見る志保というのも、おつなものではあった。わざわざ家まで送って やったのは、単なる気まぐれとしか言い様がなかったが。

 

 学校について、浩之は机につっぷした。

 バカな話で、実は志保を送っていった帰り、最終電車に間に合わずに、歩いて帰ってき たのだ。だから今日はほとんど眠れなかったのだ。途中からは面倒になったので、丁度来 たタクシーを捕まえたが、えらい出費だった。

 これは、一言でも志保に文句を言わないと気がすまない。だいたい、志保が天体観測な んかに誘わなかったらあんなことにはならなかったのだ。

 そう思うとむしょうに腹がたってきたので、浩之は志保に文句を行ってくることにした。

 さっそく浩之は志保の教室に向かうことにした。

 教室の中を覗くと、志保が一人で雑誌を見入っていた。何の雑誌を見ているのかは分か らなかったが、とりあえずこちらに気付いた様子もないので、浩之は志保を脅かしてやろ うと思って、忍び足で志保に近づく。

「わっ!」

「ひゃうっ!」

 志保は情けない声をあげてあわてて振り返った。

「隙だらけだぜ、志保」

 志保のあげた情けない声のおかげで、浩之の気持ちはいくらかははれた。これから文句 をならべてやろうと思っていたが、それもやる必要がないかと思ったぐらいだ。

 だが、そんな浩之の考えを全部無視して、浩之を見た志保の反応は異常だった。

「ん、どうした、志保? びっくりして心臓でも止まったか?」

 振り返ってから全然それ以上の反応がない志保に、浩之は怪訝な顔をした。

 志保は、10秒ほど静止してから、顔を赤くして、次の瞬間にはあわてて教室から逃げ ていった。

 一人ぽつんと残された浩之は、何が起こったのかさっぱり分からなかった。

「……何だってんだ?」

 浩之は首をかしげながらも、チャイムがなったので自分の教室に帰っていった。もちろ ん、このときは何故志保が逃げたのかがさっぱり分からなかった。

 

 志保の行動はひっかかっていたものの、浩之はいつも通りいいかげんに昼まで授業を受 けた。休憩時間に一度教室を覗いてみたが、何故か志保はまた浩之を見つけると逃げてし まった。

 ……あいつ、何かやましいことでもしやがったのか?

 そう考えると、いつも以上に浩之は授業に集中できなかった。志保が関わって好転する 事態など一回も今までなかったのだから、警戒してもしすぎではないだろう。

「ねえ、志保と昨日深夜にデートしてたって本当?」

 ブッ!

 しかし、いくら警戒しても、雅史にそう聞かれれ吹き出さないようにするのは不可能だ った。

「何おかしなこと言って……」

 そこで、浩之は自分が昨日志保と天体観測をしたのを思い出した。それに帰りも送って いる。これがデートと見えないこともないのだ。

「もしかして、志保が言いふらしてやがるんじゃあ……」

 とうとう自分の身もかえりみずにゴシップに走ったかと思うと、かわいそうにもなって くる。

「それがどうもC組に目撃者がいるらしいんだ。僕は別に志保と浩之がデートしようがか まわないとは思うけど」

「こら、お前も俺が志保とデートしたとか思ってるのか」

「でも、志保に聞いたら顔真っ赤にして逃げてったよ。一応、そのC組の子には口止めし ておいたけど、噂が広がるのにはあんまり時間はかからないと思うよ」

 いくら雅史でも、人の口に戸はたてれないということだ。

「しかし……志保のやつ何考えてるだ? 昨日はいきなり天体観測したいなんていいやがる し、付き合ってやったら付き合ってやったで今日は俺の顔見ると逃げるし」

「浩之、何か志保にエッチなことしたんじゃないの?」

 ゴスッ

「いたいよ、浩之。恩人にその態度はないと思うな」

「うるせー、身に覚えのねえことで悪く言われるこっちの身にもなってみろ」

 と、そこで浩之はふと思った。

「ま、考えてみれば別に志保とデートしたことになったぐらい何でもないか。俺達の間じ ゃあそれぐらいいつものことだしな」

「……そりゃあ僕や、まああかりちゃんはそれで納得すると思うけど、浩之はけっこう気を つけないといけないと思うな」

「何を?」

「背中の後ろのナイフとか」

「こ、恐いこと言わんでくれ」

 しかし、言われてみれば複数の殺気を感じないでもない。

「浩之もそうだけど、志保だってもてないことはないんだよ。せめて、あの志保の態度何 とかしないと誤解は増えるばっかりだと思うけど」

「あの志保がねえ」

 まあ、確かに志保の顔がいいのは、浩之だって認めていることだ。そんなもので嫉妬さ れる浩之としてはたまったものではないが。

「しかし、志保のやつどうしたんだ。何か悪いもんでも食ったのか?」

「さあ? 浩之には心当たりないの?」

「あるわけねーだろ、昨日別れるまでいつもの志保だったぜ」

「でも、何でいきなり志保が天体観測なんだい? そんな趣味持ってるって一度も聞いた ことないけど」

「何でも雑誌に特集がしてあったらしいぜ。まあ、発作みたいなもんじゃないのか?」

「だったらその雑誌にヒントがのってるんじゃないかな?」

「なるほど。つっても、志保に問いただせばそれで済むような気がするが……」

「確かにそれはそうだけど、志保逃げちゃうんだよね」

「ま、そこらは何とかなるだろ」

 浩之はそう言うと、昼食を続けた。

 

「よう、志保、やっと見つけたぜ」

 浩之は志保の帰り道にはって、と言っても先回りしただけなのだが、志保の前に現れた。

「ヒ、ヒロ……」

 やはり何故か顔を赤くして逃げようとしたので、浩之は素早く志保の手をつかんだ。

「おっと、逃げるなよな。何だよ、今日は朝から逃げやがって。何か知らんが俺とお前が 深夜にデートしてたって噂が流れてるらしいんだよ。お前がそんな態度だと噂を助長する ようなもんじゃねえか」

「だって……」

 いつもの志保らしくない。下を見て、ぼそぼそと何かを言っている。

「だってもへちまもねえだろ。聞かれりゃ正直に天体観測してたって答えればいいだけの 話だろ。お前ならそんな変なこともするかってみんな納得するさ」

 浩之の言うことも、あながち間違っていない。変なことをするのは、ある意味志保の代 名詞みたいなものだ。

「そんな……っ!」

 しかし、何故か志保は半分怒ったように言い返した。

「天体観測してたなんて、そんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃない!」

「……はあ?」

 浩之には何が何だかさっぱりわからなかった。天体観測の、どこが恥ずかしいのだろう か?

「……これ見なさいよ」

 ?マークを顔に浮かべている浩之を見て、志保はやはり怒ったまま浩之に一冊の雑誌を 投げて渡した。

 表紙には、天の川の写真がはってある。どうも天体観測の特集のようだ。「今天体観測が トレンディー」と何かいかがわしいロゴが打ってある。

 浩之は中をペラペラと見てみる。こういう雑誌には珍しく、普通に天体観測の説明がし てある。まあ、それでも天体観測にいい場所とかも書いてはあるが、このさい関係ないよ うに思えた。

 しかし、少し見た程度では、どこに志保が怒る理由があるのかがさっぱり分からなかっ た。

「これがどうしたって?」

「35ページの左下」

 投げつけるように志保はそう言ってそっぽを向いた。

 浩之はそこを見て、そして、やっと納得した。

「ははあ、なるほどな」

「偶然にしてはできるぎてるでしょ。でも、気がついたのは今日学校に来てからなのよ」

 いいわけじみたことを言う志保を見ていると、浩之は思わず笑みがこぼれてきた。もち ろん、笑いをこらえきれなかったのだ。

「えへー、お前がたかがこんなこと気にするとはなあ」

「たかがとは何よ、たかがとか。だから言うの嫌だったのよ」

 浩之は、ぽいっと雑誌を志保に投げて返した。

「気にするほどのことでもないだろ。どうせお前にはそんな気なんて……」

 そこで、浩之はふと志保の反応を考えた。

「……もしかして、これは後で気がついたけど、もとからその気が……」

「あるわけないじゃない、バカじゃないのっ!」

 志保は怒鳴るともう浩之には目もくれずに歩きだした。

「お、おい、待てって、志保」

「ついてこないでよ、警察呼ぶわよ」

「ちょっとからかっただけだろ、そんなに怒るなよ。ま、偶然にしてはできすぎてるが、 天文学的数字ってわけでもない……」

 ……

 ……

 

『今週の運勢』

 恋愛運最高。今まで友達関係の人と急接近。デートするなら天体観測が結果バッチリ。 ラッキーカラーは青。ラッキーアイテムはノースリーブ。

 

終り