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罪の後は罰

 

罪の後は罰がまっている。

そんなこと、私は知っていた。

 

「はぁ〜」

「どったの、吉井?」

 私が大きなため息をはくと横でミックスジュースをすすっていた松本が聞いてきた。

「ううん、別に何も」

 いつも通り、私は少し苦笑したような表情で答える。

「ふ〜ん」と松本はすぐ興味をなくしたようだった。

「で、岡田、何だっけ?」

 私は話をそらす意味もかねてさっきから文句をいっている岡田に話をふった。

「だ〜か〜ら〜、あの女がむかつくのよ!!」

「何だ、岡田、まだ言ってたんだ」

 松本が他人事のように言う。いや、こいつにとっては他人事か。

「もういいじゃない、岡田ぁ」

 私は一応フォローする。

「い〜や、許せないわ。何、あの昨日のコンタクトは? 私に対するあてつけ?」

「別に保科さんが眼鏡かけようとコンタクトしようと私らには関係ないじゃない」

「関係あるのよ。何よ、ちょっと男達にチヤホヤされたからって!!」

「でも保科さん美人だったじゃん」

 松本が身もふたもないことを言って岡田は腹立たしげにせんべいを音をたてて割った。

「だいたい、ちょっとあの女がイメチェンしたからって男達のあの態度の変わりよう。 美人ならいいってもんじゃないのよ」

 私はクスクスと岡田を笑った。

「それって単に保科さんが美人なのがうらやましいだけじゃない。まあ、冷静に見れば 私ら女から見てもレベル高いし」

「だからそれがむかつくのよ!!」

 岡田には何を言っても無駄だろうが、もう保科さんに悪戯をしたりつっかかっていくことはないだろう。 岡田は岡田なりに一応けじめはつけているようだ。

「うらやましいって言えば、保科さんちょっとうらやましいかな?」

「えっ?」

 私は松本の何げない言葉に少しドキッとした。

「だって、私らが悪戯したとき、藤田君にかばってもらってたし。あんなことしてくれる男友達、 最近いないじゃん」

「そ、そうね」

「藤田君もちょっと恐いところもあるけど、けっこうかっこいいし。運動神経よさそうだし、 この間聞こえたんだけど、テストも平均点80点以上とってたみたいだし。 やっぱ美人だとレベル高い男もよってくるんだなあ〜」

 そういう松本はこの三人の中では一番男友達が多いはずだが、そのレベルは低いのだろうか?

「そこよ!!」

「わ、何よ、岡田。急に大きな声出して」

 思い出したように岡田が大声をあげたので、私と松本はびっくりした。

「あのとき藤田さえ来なければ今みたいにあの女にでかい顔はさせなかったのに!!」

「いや、でかい顔って……」

「吉井ぃ〜、私が藤田にいじめられたらかばってね〜」

 もう岡田は半分泣きおとしに入ってる。

「はいはい、藤田君がそんなことするわけはないと思うけど、そのときは見殺しにしてあげるから」

「あ、私も見殺しにするね〜」

「ひど〜い、世界はみんな私の敵なのね!!」

 掛け合いのあった冗談を私達は続けた。

 

「あの女、むかつくわよね」

はじめは、岡田のその言葉だった。

 保科さんは、大阪あたりから引っ越してきた眼鏡をかけた子だった。

 誰ともしゃべらないけど、テストの成績だけは良く、休憩の時間は勉強をしているか つまらなそうにぼうっとしていた。その姿が岡田には人を見下しているように見えたのだろうか?

 私は別にどうでもよかった。顔をしっている程度のクラスメート、それぐらいの思いでしかなかった。 松本も多分同じだと思う。

 でも、ことあるごとに岡田にその話をされていると、まるで自分が保科さんを嫌っているのでは ないかという錯覚におちいっていった。

 二年にあがるころには、保科さんは「嫌いな女」になっていた。

 ノートに落書きをしようと言い出したのは、誰か覚えていない。三人で話をしているうちに、 何故かそういう風になったのだ。

 でも、書いている途中に、自分の中に黒くドロドロしたものが溜まっていくのを感じたのだけは覚えていた。

 気持ち良くなかった。落書きをしても少しも心が晴れなかった。保科さんの態度が 少しも変わらなかったのもあったけど、それ以上に気持ち良くなかった。

 今考えてみれば、どう見ても私らが悪かったし、やったことはレベルの低いことだったと思う。

 だから、藤田くんが怒鳴ってくれたときは、正直うれしかった。心のもやもやが晴れる気がした。 今なら、自分が悪いことを認められるんじゃないかって。

 しぶる岡田をむりやりさとして、私は自分達の非を認めた。

 帰り道、私ら三人は何も話さずに黙って帰った。

 家に帰って夕食も食べないままベットに寝転んでいると、いつの間にか泣いていた。

 心は晴れたのに、泣いていた。

 黒い何かドロドロしたものは流れたのに、私は悲しかった。

 胸が、痛かった。

 これが罰だなんて、そのときの私には分からなかった。

 そのまま、私は一晩中考えた。

 自分のやったことがどんなに悪いことか、というのはしばらくしたら私の頭から抜けていた。

 考えていたのは、私は、助けてもらえるかということ。

 今でこそ冗談にできたが、そのときの私は不安で仕方なかった。

 私がもし同じようなことをされたら、誰か藤田君のように助けてくれるだろうか?

 岡田も、松本も、あんなのだけど私にとっては親友だ。でも、私を助けてくれるだろうか?

 なら私は、残りの二人が同じ目にあったら、助けるだろうか?

 残念ながら、私はそれを断言できない。おそらく二人もそうであろう。

 なら、藤田君は何故保科さんをかばったのだろうか?

 けっして保科さんは人付き合いの良い方ではなかった。でも藤田君が保科さんに よく話しかけていたのはよく見ていた。

 確かに、保科さんは眼鏡をかけてはいるがかなりの美人ではある。胸も大きいし、 スタイルも悪いどころかかなり良い方に入るだろう。

 性格は……自分がこんなことをする前は自分の方が良いと思っていたが、 今考えると保科さんの方が良いのだろうか?

 私はそこで変なことに気付いた。私は保科さんと自分を何故か比べていた。

 何故?

 守ってもらえるから?

 藤田君に守ってもらえるから?

 私は、保科さんがうらやましかった。

 違う、嫉妬しているんだ。

 窓の外が少しずつ明るくなっていく。私の頭のなかに、その言葉は突然に浮かびあがった。

 私は、藤田君に守られたい。

 その言葉の意味に、私は止まっていた涙が流れ出すのを感じた。

 罰は、私をこうやって苦しめた。

 

「やっぱ、私らのやってたことはレベル低かったわね」

 次の日学校にいくと、突然岡田がそんなことを言ってきた。

 岡田は保科さんのことは好きにはなれないが、ノートに落書きしたのは自分達が悪いと認めたらしい。

 保科さんにあやまりにいったときに、岡田は納得していなような口調で保科さんにあやまっていたが、 岡田の性格を考えればあやまったのだからそれぐらいは愛嬌だろう。

 

 松本の立ち直りはもっと早かった。

 元々、松本にとっては保科さんのことはどうでもよかったのだろう、手の平を返したように、 岡田の文句をたしなめたり、保科さんをかばうようになった。

 松本にとっては、自分が悪いことをしていたということよりも藤田君に怒鳴られたことの方が こたえたはずだ。

 確かに松本は友達が多いが、それは臆病だから。人とぶつかるのをこの子は極端に避けるのだ。

 だから、自分が悪いことをやったという感覚よりも、男の子に怒鳴られたという真実の方が 松本には効いているだろう。

 

 そして、私は……。

「だいたい、あの藤田、女ぐせどう見ても悪いじゃない!!」

 いつの間にか岡田の攻撃対象が保科さんから藤田君にうつっているようだ。

「いっつも神岸さんと一緒に来てるみたいだし、そうかと思えばあの女や長岡さんと楽しそうにおしゃべりしてたし」

「あ、そういえば、前藤田君が3年のあの来栖川先輩とお昼食べてたの見たことあるよ」

「え、あのうわさのお嬢様と?」

「他にもレミィさんや、ほら、あのメイドロボとも仲いいみたいだし、後輩にも何人か手を出してるって うわさがあるよ」

「ま、まあ、噂よね」

「長岡さんじゃないけど火のないところに煙はたたぬってね。でも、全部レベル高い子ばっか」

 松本は噂がたっている子を全部はんすうしているようだった。

 そんなことは,松本に言われなくたって知っていた。。

「私らじゃ束になってもかないっこない子ばっかね……」

「長岡さんの話だと他の学校にも手を出してるとか出してないとか……」

「ほらぁ、あんな女ったらしにとやかく言われる筋合いはないわ!!」

「ねえねえ、でも、藤田君と噂になってる子って、この学校の噂の美人のほとんどなんだけど」

「……何よ、じゃああんたは藤田と噂されない私らはブスだっていうの!!」

「でも、藤田君と仲いいのはステイタスかもね」

 松本の冗談めかした言葉に、私は胸がチクリと痛んだ。だから、無理に私は笑った。

「まったく、何言ってるのよ、松本」

 痛みをまぎらわすのには、こうやって冗談にするしかなかった。

「だいたい、私ら保科さんのことで藤田君に怒鳴られてるのよ。どうやって仲良くなるのよ」

「およ、吉井、ステイタス欲しいんだ。そういう話には一番興味ないと思ってたけど」

 松本の鋭い言葉に、私は一瞬だけ表情を崩しそうになった。この子のは天然た。 何か深い意味があるわけではない。聞き流せばいい。

「別にそういうわけじゃないけどね……」

 出てくるのは、いつもの苦笑のような表情。

「ふん、あんなやつに好かれたってろくなことないわよ!!」

 岡田はあくまで攻撃的だ。まあ、そういう所が岡田の性格なのだが。

「でも、藤田君も、その親友の佐藤君もいい男だと思うけどなあ」

 松本はいつも通りだ。好意があろうとなかろうと男の品定めは好きな子だ。

「まあ、私じゃあね……」

 私は二人に聞こえないように小さくつぶやいた。

 つぶやくべきではなかった。

 私はその瞬間こらえ切れなくなった。こんなに自分がもろいとは思っていなかった。

「ど、どうしたの!!」

「ちょっと、吉井!!」

 私が急に苦しそうに下をむいて口を押さえたので、二人は驚いて私を囲んだ。

 口を押さえたのは、嗚咽が聞こえるから。

 苦しいのは、私のせい。

 罰は、罪の当然の結果でしかなかった。

 

「気分が悪い」と言って、私は保健室につれていってもらった。

 先生はいなかったが、私は二人に先に帰っていてと言って心配する二人を帰した。

 今日、藤田君が学校に残っていて、私が彼を見つけたら、告白する。

 そうきめて私は学校をさまよった。そうでも考えないと私はへこたれてしまいそうだったから。

 部活にも入っていない藤田君がこの時間に学校にいるわけがなかったが、だからこそそう決めた。

 藤田君が学校にいなければ、私はわざわざ苦しみにいく必要がない。

 いるわけはない、私の決心は徒労に終るのだ。

 でも、やっぱりそれは罰だった。

 藤田君はいた。しかも一人で。

 藤田君は私を見つけると、私が彼をじっと見ているのに気付いて近づいてきた。

「よう、吉井。俺に何か用か?」

 普通、私達とあんなに対立していた人が、平然と話しかけてくることはない。 でも、藤田君はそれをしてくる人だった。

 だから、好きになった。

「……えっと、保科さんのときのことは、ごめんなさい」

 私がやっと体から絞りだした声は、私の願いとは違うものだった。

「あ、ああ、まあ、委員長もあのことはもう許してるみたいだし、もう俺が口を出すことじゃないだろ」

「……藤田君は何でこんな時間まで?」

「それがさ、掃除してたら何かしつこく先生にやらされてさ。……そういや、あのときも 掃除で遅くなったときだったな」

「あのとき?」

「お前らと委員長がケンカしてるとき」

「あ……」

 私はふいに心を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。

「いや、もうお前らをせめる気はないけどな。あのことがなかったら、 委員長とも親しくなってなかっただろうし」

「……ねえ、藤田君って、保科さんとつきあってるの?」

 私は酷いことをした。藤田君はきっと私のことを軽蔑している。それが藤田君に言葉で改めて 理解できたのに、私は平気な顔で前に進もうとしていた。

「俺と委員長がぁ? はは、確かに仲いいから誤解されてるみたいだけど、付き合ってないよ」

「そうなんだ」

「俺の猛烈なアタックに委員長は全然答えてくれなくてな」

 と藤田君は冗談めかして、いや、本当に冗談なのだろうがそう口にする。

「保科さんも男を見る目ないね」

「いや、まったく」

 私は藤田君と笑ってお喋りをしていた。このまま、こんなときがずっとすごせたら、 どんなに幸せだろう。

 心でそう思っているのに、私の意思とは反対に口は動く。

「ねえ、藤田君、話があるんだけど、時間いい?」

「ん、別にかまわないけど?」

 何で私はこれ以上言葉を続けよとするのだ。ここで止まれば、藤田君とは友人でいられるのに。

「私ね……」

 罪の後は、罰が待っている。

 そう、これは罰だ。私が犯した罪を償うための、いや、償うこともできない、罰。

 だったら、私は罰を受けるべきなんだろう。

 私は、最後の力で、その罰に流されないように、自分の意思で言った。

 

「私、藤田君のことが好きです」

 

 いつも、罪には罰がついてくる。本人の理解など必要ないくらいに。

 だったら、その罰にかけてみるのも、一つの手だ。

 

「答えを、聞かせて」

 

 いつか、その罰が、私の罪を救うことを祈って。