作品選択に戻る

焼きイモは見た!

 

「あちちちちっ」

 梓は、手にしたアルミホイルにくくまれたものを右手、左手、右手と持ちかえる。  今日は、町内での焼きイモ大会だった。大会、とは言っても単に焼きイモを焼いてみん なで食べるだけなのだが、こういう意味のなさそな行事が梓はけっこう好きであった。

 それに、そのイモを目当てにか、今日は耕一もこっちに来ているのだ。

 まさに田舎様々よね。

 軍手をしてアルミホイルを破りながら、梓はそう考えていた。焼きイモも食べれて、久々 に耕一にも会える。うれしいことづくめだ。

 梓の手にあるのは大きな焼きイモだった。イモを選ぶときに、苦労して選んできたのだ。 もっとも、大きいので火が通るのにかなり時間がかかってしまったが、このさい仕方のな いことだ。

 もちろんどの焼きイモが誰の、とはきまっていなかったので、梓はずっと焚き火の前で 待っていたのだ。一度耕一に呼ばれて豚汁の味付けを頼まれた以外は、ずっと焚き火の前 にいた。味付けをすませて戻ってきてみたが、大きいイモには火が通らないのをみんな知 っているのか、誰もその焼きイモには手をつけていなかった。

「さーて、早く食べていかないと……」

 梓は食い気ばかりに気を取られている暇はない。なんと言っても耕一が来ているのだ。 でも、食い気を忘れないあたりは、梓らしいとも言える。

「んじゃ、いたただきまーす」

 梓が行儀悪く歩きながら焼きイモを食べようと皮をむいだそのときだった。

「梓センパ〜イ♪」

 ズシャッ!

 梓は、その声に反応して、驚くべき素早さでそちらを向いた。しかし、その声をかけて きた女の子は、それよりも素早く梓の手から焼きイモを奪い取る。

 ……お、鬼よりも速い?

 そこには当然というか必然というか災害というか、かおりがにこにこしながら梓の大き な焼きイモを持って立っていた。

「先輩、焼きイモ、私が食べさせてあげますね〜♪」

「ちょ、ちょっと、やめなよ、かおり」

 梓は殺気に満ちた……かどうかは別として少なくとも危ない気配のするかおりの焼きイモ のジャブをよける。お互いまるでボクシングのタイトルマッチばりの素早さだ。

「あ〜ん、先輩つれないです」

「つれないとかそんなんじゃなくて、なんでこんなところにかおりがいるの、確か地区違 わなかったっけ?」

「それは……」

 かおりはポッと顔を赤らめた。

「愛の力ですよ、梓先輩」

 ……やばい、かおりの中でどうもできあがっちゃってる。

 梓は、身の危険を感じて、ジリッジリッと後ろに下がる。それを知ってか、かおりも梓 との間をジリジリとせばめる。

「あ、ごめんねかおり。私これからちょっと用事が……」

「私の手から焼きイモを食べる時間ぐらいありますよね♪」

「い、いや、ほんと急いでるから……」

「そんなこと言わないで……さあ!」

 不気味なオーラを背負ったかおりが、梓との距離をせばめる。

 た、助けて耕一。と梓はウル○ラマンに助けを求める少年ばりに祈った。

「何こんなところで油売ってんだ、梓……ってげっ!」

 そこに現れたのは天の助けかはたまたスー○ーマンか、耕一だった。

 しかし、出てきた耕一も、かおりは苦手だった。もっとも、○ズの女の子の得意な男っ てのもいないような気もするが。

「こ、耕一、迎えに来てもらってごめんね。やっぱり忙しいんでしょ?」

 梓はワールドユースも真っ青のアイコンタクトで耕一に合図を送る。さすがに、この状 況で梓を見捨てるほど耕一も鬼ではない。いや、本当の鬼ではあるが、それはそれ、これ はこれだ。

「あ、ああ、早く来てくれよ、梓。やっぱり梓がいないと仕事が進まなくてな」

 ジトッとかおりは梓と耕一を見る。明らかに疑われているのだが、そんなことを気にし ている余裕は2人にはなかった。

「じゃ、じゃあ、そういうことで、急いでるから。またね、かおり」

 梓はきついながらもそう言うと、かおりに背をむけて、早足で耕一に近づいた。

「間一髪ってところか?」

 顔を近づけて、小声で耕一は言った。

「ほんと、助かったわ。ありがと、耕一」

 ちょっと耕一の顔が近づいてきたのが嬉しかったのは、梓がまだ思春期の女の子だった からだ。

「いいって。また今夜にでもお礼はしてもらうから」

「今夜って……」

 梓は顔を真っ赤にする。

「ん、また今夜うまい飯を作ってもらうだけだが?」

「……こいつ、後から殺す」

 耕一のにやけ顔を見て、梓はそれが確信犯だというのを知って、拳をにぎりしめた。

「別に本当に……」

 耕一が何かを言おうとしたその瞬間だった。

 ドサッ

 2人の後ろで、何かの倒れる音が響く。2人が振りかえると、かおりが地面に倒れてい た。

「かおり!?」

 梓はあわててかおりに走りよる。耕一も、本当は近寄るのは嫌だったが、そうも言って いられない状況だったので梓に続く。

「どうかしたの、2人とも」

 そこで丁度、四姉妹の残りの3人、千鶴、楓、初音の3人が現れた。

 かおりが倒れているのを見て、ボトッと千鶴は食べていた焼きイモを落とした。

「あ、梓、もしかして、あなたこの子がいくら邪魔だからって……」

「んなわけあるか〜っ!」

 梓の突っ込みは早かった。

「かおりがいきなり倒れたのよ、変なこと言ってないで千鶴姉も手をかしてよ!」

 といいながら梓はかおりに手を伸ばした。

「待って、梓姉さん」

 と、それを楓が制止する。そして、楓自身はかおりに近づく。

「楓?」

 かおりはどっかの漫画よろしく目がグルグルとまわり、あまつさえ上にドクロマークが あがっていた。ギャグキャラ状態なら命には別状はなろうと楓は判断した。

「見たところ、ただ気絶しているだけのようです。問題なさそうなのでここにころがして おきましょう」

「ころがしてって……」

「というかこんなレ○女さわるのも嫌ですけど」

「それは同意見だな」

 横で耕一がうんうんとうなずく。

「それで、どうしたんですか、梓姉さん?」

「そ、それが、私と耕一がちょっと向こうに行こうと目をそらしたら、いきなり物の倒れ る音がして、振り向いてみたらかおりが……」

「……事件のにおいがします」

 そう言うと、楓はバッとどこからともなく茶色の帽子とコートを取りだし、あまつさえ ポケットからパイプを取り出す。

「装着」

「「「「装着って……」」」」

 まわりの完全にはもった突っ込みにも負けず、楓はどこから見ても探偵の仮装のような かっこうになった。これでひげでもつければ完璧というところだ。

「ひげは私のかわいい顔が隠れるのでつけません」

 しかもナレーターにまで突っ込みを入れる。この間わずか0.5秒!

「この事件、この名探偵楓がささっと解決します」

 自分で名探偵を名乗る恥ずかしい楓に、残りの4人はこそこそと話をする。

「か、楓お姉ちゃん、変なものでも食べたのかな……?」

「ほら、昨日耕一さんが暇つぶしと言って買ってきた漫画の中に探偵物があったから……」

「にしたってあの格好前から準備してたの?」

「どっちにしろ、かわいいから許す」

「耕一……あんたもっと他のところに目をむけろっての」

「他のところと言うと……胸か?」

「人の胸をじろじろ見るな!」

「……人の話を聞いてください」

 楓にそう言われ、4人は無駄話をやめた。

「そ、それで、楓ちゃん。この事件はすぐに解決できるのかい?」

「はい、五秒で」

「はやっ!」

 楓は、まず倒れたかおりの横に落ちている、大きな焼きイモを指差した。

「この焼きイモを、この変態○ズ女は一口食べたようです」

「えらいいいようやな……」

「人権ありませんから」

「……いい、この話を続けると危なそうなので続けてくれ」

「はい、この焼きイモを一口食べて倒れたということになります。町内での集まりでの食 べ物を食べて倒れる。何か類似する事件はありませんでしたか?」

「まさか……」

 そう、それは数年前、ある町内会で作ったカレーを食べた多くの人が気分が悪いとうっ たえ、入院したという……

「ヒ素!?」

「そうです、少しずつ体をむしばみ、最後には人を死にいたらしめるという……」

「この焼きイモにヒ素が入ってるのかい?」

「いいえ、それはまったく関係ありません」

 ズコケッ

 4人は言い合わせたようにずっこけた。

「楓お姉ちゃん……」

 初音の何とも言えない表情にも、楓はひるんだ様子もなかった。

「梓姉さん、この焼きイモはどこで?」

「え? それは、私が食べようと思ってずっと見てた……」

 そこで、梓ははっと気付いた。

「この焼きイモは本当は梓姉さんが食べるはずのものだったんですね?」

「てことは、私が狙われたの?」

「梓姉さんは、四姉妹の次女。鶴来屋グループの会長になる権利だって十分にあります。 もしそれが邪魔になった人がいて、梓姉さんの命を狙う……」

「ちょ、ちょっと、楓。私の会社にそんなことをする人なんていません!」

 あわてて千鶴が楓の言葉を否定する。しかし、楓は落ちついて答えた。

「……ということもないです」

「「「「ないんかい!」」」」

 やはり4人の突っ込みが重なる。しかし、そこまで完全な突っ込みを入れられても楓は 顔色一つさえ変えない。まさに鉄の意志!

「犯人は、この中にいます」

「唐突じゃない……?」

「いいからこの中に犯人はいるんです」

 梓の突っ込みには、ちょっとだけ狼狽したようだった。

「この事件は別に梓姉さんが狙われたわけじゃありません。でも、梓姉さんじゃないとだ めだったんです」

「ねえ、楓お姉ちゃん、もうとっくに5秒すぎてるんだけど……」

 初音は一番下ということで発言は却下されたようだ。

「うう、無視されちゃった……」

「かわいそうに、初音ちゃん。よし、俺が話相手になってあげるよ」

「うん、ありがとう、耕一お兄ちゃん……」

「いいからそこも話を聞く!」

 今からいちゃつくはずだったのだが、それは楓ではなく梓によって阻止された。

「私じゃないとだめだった?」

「そうです、そこに倒れている○○の××がそれを食べたのはその犯人にとっては誤算だ ったのです」

 おそらくかなりやばいことを言っているのだろう、すべてが伏せ字になっている。

「ねえ、千鶴姉さん?」

「ギクギクッ!!」

 擬音を言葉に出してしまうぐらい千鶴は狼狽した。

「な、何で私がそんなことを……だいたい、動機がないじゃない」

「動機ですか? 立派な動機があります。梓姉さんが、この中で一番頑丈じゃないですか」

「それって、つまり……」

 耕一にも、それが段々とわかってきた。

「千鶴姉さん、あなたが、この焼きイモに細工したんですね?」

「細工って、ただちょっと味付けしただけじゃない!」

 そう言って、あっと千鶴は口を押さえた。

「やはり千鶴姉さんだったんですね?」

「……そうよ、私もお料理ぐらいしたいのに、誰も私に手伝わさせてくれないから、だから せめて焼きイモだけでも焼いてみようと思って。でも、変なものを作ってもいいように、 頑丈そうな梓の焼きイモに味付けしたのに、こんなことになるなんて……」

「ちょっと待て、千鶴姉。だったら私だったらいいのか?」

「だって、梓頑丈じゃない」

「千鶴姉の殺人料理を食べてまで生き残れるわけあるかぁ!」

「さ、殺人料理だなんて、ひどい……」

「えーいっ、カマトトぶってんじゃない、この偽善者……」

「梓、今何て言った?」

 ほのぼのした2人の姉妹ゲンカを見ながら、耕一は焚き火の中からアルミホイルに包ま れた焼きイモを取り出した。

「でも、なんのかんの言っても、楓ちゃんちゃんと犯人を分かってたんだね」

「千鶴姉さんがやっているのを見たので」

「……とめろよ、楓ちゃん」

 そういいながら、耕一はアルミホイルを開いた。

「ウッ!」

 バタッ

 その音に気付いて4人が耕一の方を向くと、耕一がその場に倒れていた。

「耕一さん……」

 いきなり倒れた耕一に近づこうとした楓も、その場に倒れた。

 そして、広がる異臭。いや、異臭なんてものではなかった。それはすでに殺人ガスとも 言える威力があった。

「こ、これは……っ!」

 異臭は、その耕一の落したアルミホイルから出ているようだった。

 梓は、息を止めると、焼きイモの入ったアルミホイルを閉じる。そのとき中に一瞬見え たものは、どう見たって焼きイモの色ではないものだった。

 

 そして、しばらくして風がその異臭を吹き飛ばした後……

「し、死ぬかと思った」

「後一歩遅かったら死んでるところです」

「し、しかしあれは……」

「ねえ、もしかして、あれが千鶴お姉ちゃんの作った焼きイモじゃなかったのかな?」

 初音は、唐突にそんなことを言った。

「それならあの異臭の理由もつくけど、じゃあ、どういうこと?」

「梓、私だってあんなもの作らないわよ」

「今までの前例があるだろ、前例が」

「うっ……」

 2人の言い合いを聞きながら、初音はそれを苦笑しながら続きを口にした。

「ほら、あの焼きイモも大きいみたいだし、もしかして、梓お姉ちゃんは自分の入れた焼 きイモを間違えたんじゃないかな?」

「間違えたかもしれないけど、じゃあ、なんでかおりは倒れたのよ」

「梓お姉ちゃん、焼きイモを焚き火から取り出してから、かおりさんに焼きイモを食べる までの経過を詳しく教えて」

「えーと、焼きイモを焚き火から取り出して、熱かったからちょっとさまして、それでア ルミを取って、歩きながら皮をはいでるところで、かおりに取られて、それでかおりが食 べさせてあげるとか言ってきたからとりあえず逃げようと思って……そこで耕一が来たから、 話を合わせてもらってその場から逃げようとしたら……」

「ほら、もう一人、確実に焼きイモに何かできる人がいるよ」

「え?」

「かおりさん本人だよ」

「かおり本人?」

「そう、かおりさん本人。かおりさんは梓お姉ちゃんから焼きイモを取る。今までの梓お 姉ちゃんの行動を遠くから観察してればわかるけど、どうもその大きいイモが焼けるまで 待ってるみたいなので、まわりには人が少なくなる。そこでその焼きイモに何か薬か何か を入れれば……」

「でも、それじゃあ動機が……」

 と自分で言ってから、梓はその動機を思いついた。

「かおりさんって、手段を選ばない人なんだよね、梓お姉ちゃん」

「てことは、かおりは私の意識を失わせて……」

 梓はぶるっと体をふるわせた。おそらく、あそこで焼きイモを食べていたら、どんなこ とが自分に起こるのかを考えたのだろう。

「でも、それは失敗して、しかも、耕一お兄ちゃんまで来ちゃった。だから、自分がその 焼きイモを食べて、倒れて梓お姉ちゃんの気をひくぐらいしかできなかったんだと思う」

「てことは、全部かおりの狂言?」

「多分だけど」

「すごいじゃない、初音!」

「ほんとだ、まさか初音ちゃんに探偵の才能があるとは思わなかったよ!」

 見事なまでの推測に、耕一も梓も初音をほめる。

「えへへ、そんなことないよ」

 初音は、ちょっと得意そうにそう言った。

 そんな初音の前に、楓が立ちふさがる。

「ど、どうしたの、楓お姉ちゃん」

「……トゥーシューズに画鋲決定」

「え? で、でも、トゥーシューズなんて私はかない……」

「才能ある後輩がネタまれるのは昔からの決定事項。だから、このトゥーシューズはいて」

 といって画鋲だらけのトゥーシューズを初音につきつける。

「い、嫌だよ、そんな危ないもの」

「いいからはく」

 初音は、トゥーシューズをつきつける楓から逃げる。楓は、逃げる初音の後ろにおいす がる。

「ね、ねえ、みんなも見てないで楓お姉ちゃん止めてよ!」

「画鋲はいじめの基本」

 ほのぼのとはしていないが、まあ放っておいても問題なさそうだったので、梓も耕一も 止めなかった。

「しかし、結局なんでもない事件だったな」

「ほんと、後からかおりしかっとかないと」 

「ほどほどにな。おお、そうだ、ちゃんと話が終ってなかったな」

「?」

「ほら、かおりちゃんが倒れる前に言ってたこと」

「何話してたっけ?」

「あれだよ、今夜お礼とか……」

「ああ、あれね。ま、いいわよ、おいしい晩御飯作ってあげるから」

「いや、そうじゃなくて、その最後のセリフ」

「何言ってたっけ?」

「「別に本当に……」のところで止まってたからな」

「ああそう言えばそうね、で、それがどうしたの?」

「んじゃあ続き、別に本当に今夜お礼しに来てくれてもいいんだぜ」

「……」

 

 焼きイモ大会の最後の出し物は、宙をまう耕一だった。

「このドスケベがぁっ!!」

 

終り