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やさしさなんて大嫌い

 

 わたし、ふられました。

 初めて、本当に私のことを思ってくれる人に会ったと思ったのに。

 

「その気持ち、オレはすっげー嬉しいぜ。……けどなオレは琴音ちゃんの気持ちに 応えることができないぜ」

 

 だったら、何故、わたしを助けてくれたんですか?

 

「オレは、困っている琴音ちゃんを放っておけなかったんだ」

 

 どうして、それだけのことでわたしを助けたんですか?

 

「……ありがとうございます。わたしのために、そこまでしていただいて……」

 わたしは、頭を下げた。

「琴音ちゃん……」

「でも、藤田さんのこと……好きでいても、いいですよね?」

 藤田さんはうなずいた。

 

 何で、うなずくんですか。

 いっそ、「あきらめてくれ」と言われたほうが、わたしは救われるのに。

 

「わたしの不幸を払っていただいて、ありがとうございます。ご恩は、一生忘れません」

 

 忘れません。藤田さんのことは。

 忘れることなんて、できません。

 

 だって、そのやさしさが、わたし、とても。

 

 新しい一日。

 その言葉は、本当に今日のわたしの朝に似合った言葉だった。

 今までわたしを苦しめてきた不幸の予知能力が、本当は念力だとわかった次の日。

 わたしに、もう一度普通の日常が帰ってくる日。

 それを、わたしにプレゼントしてくれた藤田さんに、心から感謝する朝。

 わたしは着替えを持って部屋から出る。

 そして洗面所にいって顔を洗って、朝シャンをしてから着替えをすませて台所にいく。

 今日の朝は、めずらしくパパもママもいた。

 でも、二人はまるで顔を合わせるのを嫌がるように目をふせていた。

 わたしが原因で不仲になった二人。

 そして、きっとわたしのこの態度が、よけい二人の間をひろげていたのだと思う。

 だから、私は一番いい笑顔で挨拶した。

「おはよう、パパ、ママ!」

 驚いて二人は私の方をむく。合わなかった二人の目が、今わたしの方を同じように向いていた。

「……琴音?」

 パパが、何かとてもすごく驚いていたのを見て、私は何故かおかしくなった。

「あはは、何、パパ。何に驚いてるの?」

「い、いや、なんでもない」

 どこか気まずそうなパパは新聞に目を落とす。でも、心はどこか新聞とは違うところにあるようだ。

「ママ、今日は早く帰るから一緒にお買い物いこうよ」

「い、いいわよ」

 ママも、狐につままれたような表情をしている。

 今ままでその二人の間に流れていたギクシャクしていた雰囲気が、わたしという予期せぬ風に よってかき混ぜられていた。

「パパ、次の日曜お休み?」

「ん、あ、ああ、休みだが……」

 私は、多分パパだって魅了できるぐらいの笑顔を作れたと思う。

「だったら、日曜日に、みんなでどこか行こう。ねえ、ママもそれがいいと思うでしょ?」

「え……?」

 ママは一瞬戸惑う。わたしの変貌ぶりに戸惑っているのか、それともパパとの不仲のことを 考えて迷ったのか。

「二人でお弁当作って、山に行くのもいいと思うな」

「え、え、ええ、そうね……」

 ママはまだ迷っているようだったけど、わたしは負けてられない。

「……そうだな、パパはどこに行けばいいか分からないから、琴音がきめておいてくれるかい?」

「あなた……」

 パパの、あんなわたしに対する穏やかな目なんて、当分見てなかった気がする。

「うん、分かった。じゃあ、土曜日までにはきめておくから、みんなで行こう」

 これ一回きりで、二人の不仲が治るなんて、わたしは思っていない。

 でも、何度凍ったって、わたしがそのたびかきまわしてみせる。

 生まれ変わったわたしが、何度でだって。

 

 わたしはいつもの通学路を歩いていた。

 空はまだ朝だというのに痛いくらいに澄みきっていた。

 いつもの、憂鬱な通学路が、今はただあたたかい道のりだった。

 朝、わたしに話かけてくれる人はいない。

 でも、これからわたしが作ればいいだけ。

 校門の所で、わたしは一人の女の子と目があった。

 入学したとき、わたしに最初に話しかけてくれた人。あのときはわたしが彼女を遠ざけたけど、 今は何の心配もなかった。

「おはよう」

 思ったよりも軽くわたしはあいさつしていた。

「え?」

 あまりに突然に声をかけられたので、彼女は戸惑っているようだった。

 わたしは、笑顔を消すことなんてなかった、消す理由なんてなかった。

 とっても、十分な笑顔。

 そんな笑顔をむけられれば、人はやっぱり戸惑うものらしい。

 たしか名前は岡田さんだったと思う。一つ上にお姉さんがいるらしい。彼女は相変わらず困った ような顔をしていた。

 わたしは、もう一度あいさつした。

「おはよう、岡田さん」

 変な女だと思われたかもしれない。でも、わたしはかまわないと思っていた。

「お、おはよう、姫川さん」

 そのあいさつで、岡田さんの緊張の糸が切れたようだった。

「一緒に教室に行きませんか?」

「う、うん、いいよ」

 平凡な、普通の、何の変哲もない日常。今、その日常への道がゆっくり開いていくのが分かった。

 岡田さんは、わたしの変わりぶりに少しは戸惑っていたけれど、親しく話しかけているとすぐに 普通に話をしてくれるようになった。

 もちろん、他の人までこんなにうまくいくなんて思ってない。

 だからこそ、わたしは負けるわけにはいかない。

 下駄箱に靴をいれて上履きに履き替えると、わたしは岡田さんと一緒に教室に向かった。

 ガラッ

 教室のドアを開けるのは、ちょっとは心臓が早くなった。

「おはよー、岡田……」

 岡田さんは友達の多い方の人だ。すぐに岡田さんの姿を見て女の子の一団が声をかけてくる。でも、 横にわたしがいるのに気付いて、声が止まる。

 どう見たって、わたしと岡田さんが一緒に来たようにしか見えなかったから。

 わたしは、そんな子たちに笑顔であいさつした。

「おはよう、みなさん」

 半数が、ギクシャクしながらもあいさつを返してくれる。残りの半数は、どうしようか戸惑っている といったところだった。

 一人だけ、いかにもわたしが声をかけてきたのが気にいらないような表情の子もいたが、岡田さんが 親しそうにわたしに話しかけてくれたので表面だって何か言うのはこらえたようだ。

 でも、今だったら何を言われたって恐くない。

 これから友達を作るのには多分すごく苦労するだろう。このわずか一ヶ月間の間に広まった、 わたし自身がまいた種は、わたしを苦しめるだろう。

 でも、それでもわたしはあきらめきれない。

 だって、藤田さんがわたしを助けてくれたのだから。

 ここで、わたしが恐いからってやめれない。

 だから、けじめをつけよう。これから、何が起きたって逃げないと。

「みなさん、これから、よろしくお願いしますね」

 わたしは不信そうな目で見られるのも気にせずに、そう言った。

 

 わたしは、女の子何人かについて食堂に向かっていた。

 まだ、わたしに話しかけてくれる人はほとんどいないけど、わたしは全然平気だった。

 もう、一人になる『必要』がなかったから。

 食堂にみんなと入ろうとしたときだった。そこに、前に藤田さんと一緒にいた佐藤さんがいた。

「佐藤さん、こんにちは」

「あ、こんにちは、えーと、姫川さんだったかな?」

「はい」

 佐藤さんはとても親しみやすい笑顔でわたしにあいさつしてくれた。さすがは藤田さんの親友 だとわたしは思った。

「今日はみんなで食堂かい?」

「はい、今日もお弁当作れなかったので」

「そうなんだ。確かにいつもお弁当を作るのは大変そうだもんね。それに比べれば僕なんていつも パンだしね」

「そんなにすごいことでもありませんよ、習慣になれば」

「そんなものなのかなあ。あ、食堂に行くのを邪魔しちゃ悪いよね。じゃあ、これで」

「はい、さようなら、佐藤さん」

 佐藤さんは手をふると行ってしまった。

「みなさん、ごめんなさい、またせてしまって」

 わたしがあやまると、彼女たちはそんなことどうでもよいとばかりに話しかけてきた。

「ね、ねえ、姫川さん。今のって、サッカー部の佐藤先輩でしょ?」

「え? ええ、佐藤さんは確かサッカー部だったはずですけど……」

「佐藤先輩と知り合いなの?」

「え、まあ、会話ぐらいはしたことがありますけど」

「あれ、姫川さん知らないの? 佐藤先輩って、サッカー部のエースストライカーですごい人気が あるのよ」

「それは初耳ですけど」

 わたしは女の子たちが何故色めきたってるのかがやっと分かった。

「ほんと、かわいい顔してるよね、佐藤先輩って」

「そうよね、あれでスポーツ万能だっていうんだからすごいよね」

「ねえねえ姫川さん。今度佐藤先輩紹介してくれない?」

「あ、ずる〜い。じゃあ、私も〜」

 そんなみんなの態度を見ているとわたしはおかしくなって笑った。

「あはは、そうですね、今度佐藤さんに言っておきますね」

「え、ほんと? ありがと〜、恩にきるわ〜」

「こいつはいいから私紹介しておいてよ」

 彼女たちはそうやって他愛ない会話をして、わたしはそれに混じっていた。

 日常が戻ってくるのは、そう遠くない日なのかもしれない。

 

 とっても疲れたけど、楽しかった学校が終り、わたしは話すようになった女の子たちにあいさつを して教室を出た。

 本当は、遊びにもいきたかったけれど、今日は早く帰ってママと買い物にいく予定があったから 誘いは断った。

 わたしは、今は胸をはって歩いていた。悩んでいたころは、どうしても下を向いて歩く癖がついていた。

 だから、多分昔なら今目についた藤田さんを見つけることはできなかったと思う。

 横には、あかりさんがよりそうようについていた。

 わたしは、ここでも全然恐がらなかった。

「藤田さん」

「こ、琴音ちゃん……」

 藤田さんは、さすがにどんな顔をすればいいのかこまっているようだった。

「今からお帰りですか、藤田さん」

「あ、ああ……」

 藤田さんの横にいたあかりさんが、わたしの姿を見て

「浩之ちゃん、この子は?」

「お、おお、この子は琴音ちゃん、一年生だ。琴音ちゃん、こいつは前言ったと思うがあかりだ」

「浩之ちゃん、何か説明がぞんざいだね」

「いいだろ、別に今からお見合いしようってわけじゃないんだから」

 あかりさんは、わたしに笑顔で頭を下げてくれた。

「はじめまして、琴音ちゃん。わたしはあかりって言うの。よろしくね」

 わたしは、すぐには笑顔で答えることができなかった。

 だって、彼女はきっとわたしのライバルだろうから。

「はじめまして、あかりさん。わたしは姫川琴音といいます」

 一応、作り笑いはしておいた。もっとも、今の笑顔といつものがんばってする笑顔に差が あるなんて思えないけど。

「藤田さん、途中まで一緒に帰りませんか?」

「え……」

 藤田さんはチラリとあかりさんの方を見た。それにどんな意味があるのかわたしにはわからなかったが。

「……浩之ちゃん、先に帰っておこうか?」

「あ、ああ、たのむ、あかり」

「うん、分かったよ。じゃあ、琴音ちゃん、またね」

 あかりさんはそのまま一人で帰っていった。

「……あかりさんって、やさしそうですね」

「あ、そうか? オレから見ればただのお節介焼きだがな」

 わたしはクスクスと笑った。

「藤田さんとそっくりですね」

「そうかぁ?」

 藤田さんは思いきり心外だったようだ。

 わたしは、あかりさんの帰った方を見てゆっくりと戦線布告した。

「ライバル、ですね。わたし、負けません」

「琴音……ちゃん?」

 藤田さんはわたしを何とも言えない表情で見る。

 それぐらいでは、新生琴音は倒せないですよ、藤田さん。

「わたし、訊いたじゃないですか。藤田さんのこと、好きでもいいかって」

「あ、ああ……」

「だから」

 わたしはやっと思いだしはじめた笑顔で言った。

「わたし、藤田さんのこと好きなままでいます。ずっとがんばり続けます」

 わたしの中に生まれる、確かな自信。

 わたしは、このまま藤田さんを好きだという自信。

「嫌いになられても、全然、かまいません。わたしは、好きなままでいます」

「……」

 藤田さんの気持ちなんて、二の次でも。

「でも、だからこそあきらめません。いつか、わたしを好きになってもらいます」

 それだけのことを、藤田さんはしてしまったんですよ。

 

「オレは、困っている琴音ちゃんを放っておけなかったんだ」

 

 あの言葉の責任は、とってもらいます。

「元はと言えば藤田さんが悪いんですよ」

「オレが……?」

「はい」

 わたしは意地悪そうな笑顔で藤田さんを責めた。

「こんなにわたしが前向きになったのは、藤田さんのせいですからね」

 だから、とても感謝しています。

「藤田さん、改めて、ありがとうございました。わたし、藤田さんのおかげで生まれ変わりました。 でも、それとこれとは関係ないです」

 わたしは、今日は戦線布告だけのつもりだ。戦いなんて、これからいっぱいしなくてはいけないから、 今から気張ってやる必要もないだろう。

「わたしの、本当のわたしを、ずっと見せます、藤田さんには。それから、きめてください。 わたしをもう一回ふるか、わたしの言葉に答えるか」

 わたしは、藤田さんに頭を下げた。

「これからも、色々ご迷惑をかけます」

 だって……。

 

 だって、そのやさしさが、わたし、とても嫌いだから。

 

「そして、よろしくお願いしますね。藤田さん」

 わたしはバカみたいに前向きの笑顔で藤田さんを困らせた。

 

 終わり