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人徳のスピード

 

「今日よかったら晩御飯作ろうか?」

 始まりは、そのあかりの一言だった。

「お、さんきゅ」

 浩之は、別段何も考えずにそう答えた。最近は確かに栄養も偏っているし、ここはあか りに晩御飯を作ってもらうことに問題はない。

 しかし、そこで浩之はあることに気がついた。

「あっと、しまった。今日は俺がちょっと放課後に用事が……」

「いいよ、浩之ちゃん。一人で準備しとくから」

 あかりも「浩之に対して非常に世話をやきたい」という、まあある意味生理にも似た習 慣性のある感覚が起こることがあるのだ。今日は、まさにその日だった。

「そうか、じゃあ、鍵と財布渡しとくから、適当に用意しといてくれ」

「うん、分かったよ。パーティーを開けるぐらいはしとくね」

「パーティーはやりすぎだ」

 浩之はびしっとあかりの頭にチョップを入れた。

  

 これは、噂の広がるスピードをはかるために行われた実験である。

  

 そのとき丁度前の扉から教室に入ってきた志保だったが、それに浩之は気がつかずにあ かりに「じゃあな」と言うと後ろの扉から出ていった。

「あれ、ヒロどこ言ったの?」

 丁度浩之に声をかけるタイミングを逃した志保は、仕方なくあかりに声をかけた。

「さあ、何か用事があるらしくって」

「その鍵は?」

 志保は丁度あかりの持っていた鍵に目をやった。

「浩之ちゃんの家の鍵だよ。今日はパーティーしようと思って」

 あかりにしては珍しい軽い冗談のつもりだった。しかし、言った相手が悪かったのだ。

「パーティー? パーティーなんかするの。で、で、来る人は?」

「え、私と浩之ちゃんだけだけど……」

「だめね〜、パーティーって言うからには人集めないと。待ってなさい、私がすぐに人集 めるから」

「あ、えっと……」

 しかし、志保はあかりの言葉を全然聞かずに動き出した。

 

 そこにたまたまいた保科智子こと委員長は、別に聞き耳をたてているわけではなかった ので、パーティーという言葉だけが耳に入った。

 パーティーか、相変わらず楽しくやっとるようやな……

 委員長としては本音はうらやましいが、自分から一緒に入れてもらうように言うことも ない。まあ、パーティーと言うからには浩之がからめば自分も誘ってはもらえるような気 もしたので、静かに待っていればいいと思っていたふしもある。

 現に、浩之といれかわりで来た志保は話を聞いてさわぎだした。

 当然、一番最初の目標は近くにいた委員長になるわけである。

「ねえねえ委員長、ヒロんちでパーティーやるけど、来るわよね」

「どうしようか。私も忙しい身なんやけど」

「またまた〜、勉強なんていつもでできるじゃない」

「何かひっかかるな。まあええわ、了解したわ。それで、会費は?」

 パーティー自体にはもちろん委員長は疑問を持たなかった。

「あ、会費ねえ。あかり、どれぐらいあれば大丈夫?」

「え? えーと、一人前1000円もかからないと思うけど」

「よし、んじゃあジュース代も含めて1500円でどう?」

「もう少しまけへんか?」

 委員長はそう言って笑った。もう志保とは十分に友人と言える仲だ。

「まからないわよ。さて、私は他にも声かけてくるから、また後でね〜」

 そう言うと志保はうきうきしながら教室を出ていった。

「うれしそうやなあ。長岡さんは祭り事は大好きそうやしな」

「うん、それはいいんだけど……」

「どうかしたんか、神岸さん?」

「う……ううん、何も」

 何の疑問も持っていない委員長に聞かれて、あかりは口を濁すしかなかった。

  

 次にターゲットになったのはレミィだ。

「はぁい、レミィ」

「ハァイ、シホ、どした?」

「今日ヒロんちでパーティーやるから、来るわよね」

「What? Party!?」

 レミィの目がきらきらと光る。

「そうそう、パーティー」

「もちろんネ、来るなと言われても行くヨ!」

「オッケー、他に誘う人とかいる?」

 レミィはまわりを得物を探すような目で見渡す。

「丁度あそこに得物……じゃなかったマルチがあるいてるヨ」

「あ、ほんとだ。さっそくポ○モンゲットね!」

「シホ、ワタシより過激ネ」

 ダカダカとうるさい二人はマルチに走りよる。

「あ、お二人とも、こんにちは〜」

 マルチはぺこっと平和そうに頭を下げた。

「ここで会ったが100年目ヨ。マルチ、ヒロユキの家でpartyあるけど来るよネ」

 それを聞いて、マルチはうれしそうに笑った。

「パーティーですか? もちろん参加しますけど、私なんかが参加いいんですか?」

「いいのいいの、人は多い方が楽しいでしょ。マルチも、誰か呼んできてよ」

「はい、わかりました。まだ芹香お嬢様が学校にいらっしゃると思うので聞いてきます〜」

 そう言うとマルチはぱたぱたと走っていって、ベシッとこけてからまた置きあがって走 っていった。

「シホ、ワタシらはどうする?」

「しっ、目標発見!」

 志保の指差す先には、すたすたと歩く琴音の姿が。

 2人の目がキュピ〜ンと光ったかと思うと、驚くべき速さで琴音をかこんだ。

「姫川さんもゲット〜!」

「ハァイ、観念するね!」

「え、え? 何ですか?」

「いいからいいから、ほら、姫川さん、行こ行こ」

「旅は道連れ世は情けネ」

 おろおろする琴音を、有無を言わさず2人はつれていく。心なしか2人とも非常に楽し そうだ。

「拉致監禁ネ〜」

「ちょ、ちょっと危ないこと言わないでください〜」

 琴音はさしたる抵抗もなく連行されていってしまった。

  

 あかりは腕をめくった、と言っても夏服なのでめくるそでなどないのだが。

 志保の誤解が生んだとは言え、こうなってしまったからには、やるしかないだろう。

 しかも、こう見えてもあかりは料理に関しては非常に自信も自負もある。ここで引き 下がっては女がすたると言うものだ。

「あの〜、神岸さん、とりあえず何をすればいいんですか?」

 帰りに拾った理緒の手伝いもあるので、何とかなる。

 あかりは、一度大きく深呼吸した。

「やるわよ、理緒ちゃん!」

「は、はい」

「手伝ってくれたら会費は帳消しだから」

「はい!」

 後の方が返事がいいのは、まあ当然である。

  

 一方そのころ、浩之はと言うと……

 神社の境内で、帰りの用意もすませ、綾香はセリオからタオルを受けとって汗をふきな がら浩之と葵に言った。

「ねえ、浩之、葵、今日帰りに何か食べて帰らない?」

「あ、いいですね」

 浩之や綾香の教育の成果か、帰り食い程度はできるようになった葵だった。

「あ、すまん、今日はパスだ」

「どうして?」

「いや、今日はあかりが飯作ってくれるってんで鍵も財布もわたしてるんだ」

「……」

「……」

 葵と綾香は顔を見合わせ、お互い頷いた。

「浩之の家にお邪魔するしかないわね」

「はい、これだけはまかりません」

「は? お、おいちょっと、2人とも何を急いでるんだ!」

「……ついて行くしかないでしょう」

 後を追う浩之に、セリオもついて行く。

 急に早足で歩きだした2人の向かう方向は、浩之の了解はまったく得ていなかったが、 どう見ても浩之の家の方向だった。

  

「……」

「い〜え、まかりなりません。このセバスチャン、そのような危ない場所にお嬢様をつれ ていくなど……」

「……」

「い、いえ、それだけは聞くわけには」

「……」

「し、しかし、わたくしめの役目はお嬢様の……」

「……」

「そ、そのようなことは……」

「……」

「し、しかし……」

「……」

「……分かりました。仕方ありますまい。このセバスチャン、ここは目をつむることにいた します」

「……」

「いえ、お嬢様のうれしそうな顔が見れるのなら、この老いぼれ、いくらでも身をけずり ましょう」

「……」

「そのようなお言葉もったいのうございます」

「……」

「はっ、それでは、急いで行くといたしましょう」

  

 浩之は、玄関に置かれた沢山の靴を見て、頭をかしげた。

 ついでに、中から流れてくる話し声も、どう見てもあかり一人とは思えなかった。

「あかり、分身の術でもマスターしたのか?」

「何アホなこと言ってるのよ」

「ハァイ、ヒロユキ。主役ならさっさと来るね」

 すでにアルコールもないのにできあがっている志保とレミィが中から出てきて、浩之を 連行する。

「ヒロユキポ○モンゲットネ!」

「強制連行〜!」

 居間には、何故か知り合いの女の子達が沢山あつまっていた。さっき来たばかりのはず の綾香や葵、セリオも何故かちゃっかり座っている。

「何だ、このさわぎは?」

「ごめんね、浩之ちゃん」

 あかりは、申し訳なさそうにそう言った。

「私が説明する暇もなく志保が人呼んじゃって……」

「説明って、何、パーティーするんじゃなかったの?」

 浩之は、志保の言葉を聞いて、首をかしげた。

「パーティーって何のことだ? 俺は知らんぞ」

 そこにいた全員が凍りついた。まあ、後から来た葵や綾香まで凍りつく必要もないと思 うが。

 

「……ま、いっか。どうせだから、このままパーティーしよっか」

「おい、志保。お前元凶のくせにその態度は何だ」

「いいじゃない、別にパーティーに理由なんて必要ないし」

「確かにそうネ。アメリカではよく日本で言うhomepartyするヨ」

「私も、理緒ちゃんの手伝いもあってここまで料理つくっちゃったし」

「残すのももったいないですしね」

「あの〜、わたしは何も説明受けてないんですけど……」

「はわわ〜、そうだったんですか?」

「ま、私は後から来ただけだけど、パーティーするんなら、全然反対しないわよ、ねえ葵?」

「はい、もちろんです!」

「私は当然かまいませんが」

「ま、こんなことだと思うたわ」

「……」

 浩之は、集まってきた面子を見て、大きく一度ため息をついた。

「ま、いいか。よーし、なり行きでこうなったが、たのしんでやる!」

「おーっ!」

「ヒロユキの人徳にかんぱ〜い!」

「藤田くんの女ったらしにかんぱ〜い!」

 そして騒がしいパーティーは始まった。

 

 落ち

「浩之〜、僕も呼んでよ〜」

 

終り