作品選択に戻る

窓のある部屋
1:窓のある部屋へいらっしゃい

 

 そこは、広い窓のついた部屋だった。

 3LDK。築2年。駅まで徒歩10分。近くにコンビニもスーパーもある。

 そこが、俺達の新しい部屋だった。

 ここで、新しい、そして待ち焦がれた生活が始まるのだ。

「荷物はこれだけ、佐祐理さん?」

「ええ、そうです。思ったより少ないでしょう?」

「舞と二人分だからもう少しあるのかも思ったんだけど、けっこう少ないなあ」

「そういう祐一さんは、これだけですか?」

 佐祐理さんが指差した方向には俺の荷物が置いてあった。ダンボール5個。

「男の荷物なんてこんなもんだよ」

「そんな、旅行じゃないんですから」

「だって、テレビも冷蔵庫も洗濯機も二人が持ってきてるから、これといって大きなものは ないし。せいぜい、外に置いてある自転車が一番大きい荷物かな?」

「ベットはどうするんですか?」

「さすがにダブルベットは買う気にはなれなかったから。ベットで寝たら佐祐理さんと一緒 に寝れないじゃないか」

「あははーっ、そうですね」

「じゃあさっそく佐祐理さんと一緒に寝ようかな?」

「きゃああああ♪」

 ポカポカ

 俺と佐祐理さんは同じように舞からチョップを受けた。

「なにするんだよ、舞?」

「私を無視するな」

「あははーっ、私が祐一さんを独占しようとするから舞怒ってるんですよーっ」

「そんなことない」

 と舞は口では言っているが表情にはもろに出ていた。さて、嫉妬しているのは俺にか、佐祐理さんにか。

 ……どっちもか。

「こめんなさい、舞。ついついうれしくて」

 と佐祐理さんは本当にうれしそうな顔をした。

「おう、俺もうれしくてついつい佐祐理さんを襲ってしまうぞ!」

 ガバッ

「きゃああああ♪」

 ポカ

「祐一、しつこい」

「すまん、舞。ついついまいあがってしまった」

「そんなことないですよ。舞なんて昨日の落ち着きのなさといったら、祐一さんに見せてあげたかったですよ」

「そうなのか、舞?」

 俺が聞くと舞はコクンと頷いた。

「楽しみにしてたから」

 こういう所はあいかわらず舞は素直だ。

 俺は、そこで少し舞をからかってみようと思った。

「そうか、俺はそれほどでもないけど」

「えーっ、そうなんですか?」

 佐祐理さんは大げさに驚いてみるが、この人は冗談を瞬間に理解してくれるのでからかう意味が ないと言えば意味がない。仕方ないから協力して舞をからかうことにした。

「俺の目当ては佐祐理さんだからな」

「そんなーっ、祐一さん、うれしいです」

 俺と佐祐理さんは軽いジャブ程度の気持ちで冗談をかわして、舞の反応を待った。

「……」

「……」

「……ひっく」

 え?

「ひっく、ひっく」

「ま、舞?」

 俺達の冗談に、舞はツッコミを入れるわけでもなく傍観するでもなく、泣き出した。

「す、すまん、舞。冗談だ」

 しかし、時すでに遅かった。

 舞はそのままその場で泣きだしてしまった。

「ま、舞……」

 佐祐理さんもさすがにその反応は予測していなかったのか、戸惑う。

 俺は反射的に舞を抱きしめた。

「すまん、舞。嘘だ」

「……だって、だって、祐一、私のこと嫌いだって……」

「んなこと言ってないだろ。それに今さっきのも冗談だよ、冗談。はっきり言うのが恥ずかしくて 少しはぐらかしただけだ」

 そう言って俺は舞の頭をなでた。

「……本当?」

「ああ、本当だ。本当は舞と佐祐理さんと一緒に暮らせるのがうれしくて昨日は寝つけなかった」

 俺はバカだった。舞は本当に俺と一緒に暮らすのが楽しみだったのに、舞が本当はすごく恐がりの 女の子だってことを知っていたのに、そんな舞を恐がらせることを言ってしまうなんて

「俺が悪かったよ、よし、今日は一日こうやって舞を慰めてやろう」

「……なら許す」

 ポカポカ

 そんな俺と舞に、佐祐理さんがチョップをあてた。

「あははーっ、舞の真似です。私を放っておいて二人だけずるいですよーっ」

 一瞬だけ佐祐理さんがいるのを忘れてしまった。しかし、ここで舞を放すと約束が守れない。

「……」

「……祐一さん?」

「よし、こうしよう!」

 ガバアッ

「きゃっ」

 俺は佐祐理さんも一緒に抱きしめた。

「これでいいだろ。3人で、抜け駆けなしだ」

「……うん」

「……はい」

 俺達は、しばらくそうやって3人で抱き合っていた。

 ……しかし、この後どうしよう。部屋も片付けなくちゃならないのに、こんなことやってていいのだろうか? いや、可愛い女の子二人を抱きしめて、両手に花だし、放すのもったいないし……。

「……・佐祐理、もう少しよって」

「だめですよ、舞。これ以上は譲歩できませんよ」

「今日の祐一の優先権は私にある」

「そんな、私だって権利を主張しますよ」

「……ええい、素に戻ったわ!」

 俺はちょっとおしかったが二人を放した。

「とりあえずこの続きは後日に延期。今日は部屋を片付けようぜ」

「今日は一日私の相手してくれると言った」

「あ、舞、ずるいですーっ」

「……」

 い、いかん、このままでは二人のペースに押し流されてしまう。こういうときに有効なのは……。

「ま、舞。お腹減ってないか?」

「減ってる」

「よし、じゃあさっさと片付けを終らせてそばを食べよう。舞、そば嫌いか?」

「嫌いじゃない」

 舞に嫌いなものがあるのを聞いたことはないが……。

「よし、決まりだ。とにかく今は片付けよう。話は後な」

「あははーっ、続きって、佐祐理と舞相手に何をするつもりですか?」

「そりゃあ……て、別に深い意味はないぞ」

「しってますーっ」

 むう、佐祐理さんもどうも本気かどうかが読めん。まだ一歩俺の方が格下か。

 3人は、気を取りなおして引越しの片付けを再開した。

 キッチンがついた部屋は3人の共同の居間。8畳の部屋が舞と佐祐理さんの部屋で、 6畳の部屋が俺の部屋だった。

 最初、俺は居間で俺の部屋を兼用して、舞と佐祐理さんが一部屋ずつ持てばいいと 提案したのだが、佐祐理さんの「男の人は一人部屋があった方が何かと便利でしょう?」 という意味深な言葉によって部屋をもらった。

 しかし、部屋に入って思ったが、その部屋は一人では大きかった。

 舞と、佐祐理さんがいる。なのに何でわざわざこんなさびしい部屋にいなくてはならないのだ。

 もしかしたら佐祐理さんはそれを分かって自分は舞と同じ部屋にしたのだろうか?

 まあ、普通に考えれば男女を別々の部屋に分けるのは当然の気もするが。

「そう言えば二人はベットは持ってきてないのか?」

「お布団で二人で眠るから」

 二人で眠る。俺は舞のその言葉で想像力をわかして冗談を言おうとしたが、 心にとどめとくだけにした。言ってしまったら俺が変態扱いされる。

 予定よりも早く、と言っても3時間はかかったが、滞りなく引越しの片付けは終った。

 引越しそばの伝統が今も残っているのか知らないが、とりあえずそばの出前をした。 考えてみれば、そばの出前を頼むなどこれが初めてかもしれない。

 ズズズズズ

 俺達3人は、出前で取ったそばをしばらく無言で音を立てて食べていた。

「はぇー、今日はみんな静かですね」

「すまん、引越しそばでは何もネタが思いつかんかった」

 ズズズズズズズズズ

「……いや、訂正だ。こんな若い者が3人もそろって無言でそばすするなんて変だな」

「あははーっ、そうですね」

 相変わらず舞は無言でそばをすすっている。こいつには多分食べるときは言葉をしゃべる余裕はないのだろう。

 おれは、一息ついてから感慨深げにいった。

「しかし、本当に3人で暮らすことになるとは思ってなかったな」

「そうなんですかぁ?」

「これって、世間一般では同棲って言うだろ。まさか、俺の家族も許すとは思ってなかったんだが。 舞と佐祐理さんの親はゆるしたの?」

「ええ、許してもらいましたよ」

 舞はまだそばをすすりながらコクンと頷いた。

「ま、二人に誘われたら親と縁切っても一緒にすんだけどな」

「……」

「……」

 俺の言葉に佐祐理さんは微笑んだ。まあ、舞はいつも通りちょっと口を動かすのを止めたぐらい だったけど、十分だった。

「祐一さん、これから、よろしくお願いしますね」

「ああ、よろしく、佐祐理さん」

 ズズズズズズズ

「……舞は、言ってくれないのか?」

 舞はそう言われると別に急ぐわけでもなくもぐもぐと口を動かして、ゴックンと飲みこんでからいった。

「よろしく、祐一」

「ああ、よろしくな、舞」

「それでですね」

 佐祐理さんが何かを思いついたようにはなしだした。

「私達3人の家に、何か名前があると楽しいと思うんですよ」

「名前?」

「はい、例えば舞スイートホームとか、舞祐の部屋とか……」

 佐祐理さんも何をかんがえたのだろうか?

 そう思いながらも、俺は考えていた。3人の部屋の名前を。

「舞と佐祐理のラブラブハウスとか?」

「あははーっ、それはちょっと……」

 ズズズズズズ

「銀○の三人とか?」

「なんですか、それ?」

 モグモグ

「知らない? 昔のゲーム」

「ゲームはしなかったもので……」

 ゴックン

「いい名前ねえ……」

「うーん、そうですねえ……」

「窓のある部屋」

 急にそばを食べていたはずの舞がそう言ってきた。

「窓のある部屋……か」

 3人は同じように窓に目をむけた。開け放たれた窓からは、春のまだ少し冷たい、しかし 柔らかい風が流れこんでいた。

「いいですね、それ」

「ああ、そうだな。よし、決定。窓のある部屋だな、この家の名前は」

 コクン

 舞も頷く。

「それじゃあ、祐一さん」

「何、佐祐理さん」

 二人は、俺の方を見て、笑った。佐祐理さんはともかく、舞も。

「いらっしゃい。そして、お帰りなさい」

 何故だか分からなかったが、俺の目頭が熱くなった。

「……ただいま」

 俺達3人の窓のある部屋での生活が、今始まった。

 

続く(多分)

 

次のページに進む