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『大病院へ行こう!』

 

目が覚めたら、ベッドの上だった。

…それだけなら、当たり前と思うかもしれないが……

手足が鎖で固定されていた。

「はっ、これはなんだっ?!」

「ようやくお目覚めかね、国崎君」

悪の組織の女幹部そのまま、って感じの笑みをする霧島聖。

「お、俺をどうするつもりだ」

ライダーな気分で訪ねてみた。

「なあに、ちょっとした実験をするだけだよ」

実験?!

悪の怪人に改造かっ?!

それとも解剖されてしまうのか、カエルみたく!

ああ、なんか短かったなぁ…俺の人生。

と、思っていたのだが……聖が取り出したのはメスではなくて、一冊の本だった。

「『ふふん、でかい図体の割には案外かわいいじゃないか』」

声に出して読み上げる。

「……?」

「『無駄だよ、その鎖は大人十人でも千切れない』」

 『それに…体がさっきから熱いだろ?その手の薬を使わせてもらっている。

  キミに抗う術はない』」

「??」

じっくり本の背表紙を見ると、なんかいかがわしいタイトルが書いてあった。

それをぱたん、と閉じ、こちらを向く聖。

「…どうだ?興奮したか?」

「なんなんだそれはっ!」

「いや…世の男どもは、女医にこういうセリフを言われると興奮する

 と聞いたので、試してみたんだが」

「するなっ!んなことっ!」

「ふむ…やはり注射を失敗して目をウルウルさせる、年下女医のほうが良かったか?」

「どっちも嫌だっ!」

「……病気か?その手の」

「違う!」

「いい医者を紹介してやろうか?」

「あんたが言うなっ!」

くぅぅっ、佳乃がいないのをいいことに、変な実験台にするとはっ!

やはり、あれなのか?!シスコン姉貴の嫉妬とゆーやつかっ?!

「…まあ、冗談はこのくらいにして」

「えらく性質の悪い冗談だな」

「国崎君に頼みがあるのだが」

「こーゆーことをしておいて人に物を頼めると思ってるのか?」

「もし断った場合は、佳乃が修学旅行から帰ってくるまで、そのまんまだ」

「……すみません。なんでも言うこと聞きますから、はずして下さい」

「よろしい」

あいかわらず立場低いな、俺。

「なに、別にそう難しいことを頼むわけではない。

 とある用事で隣町の総合病院へ行くのだが…それについてきてほしいのだ」

南京錠を外しながら(こういうものに金を使うなって)、話を進める。

「なんでまた、俺を?」

「前に話したかもしれないが……院長が小太りのエロオヤジでな」

「エロなのか」

確かに、聞いたような気がする。

「そうだ。で、いざと言う時に、勢い余ってまたヤツを殴ってしまわないように

 私を止めて欲しい」

「『また』って、いっぺんどついたことあるんかい!」

「その日の晩、えらく佳乃に怒られてな」

止める理由は『佳乃に怒られるから』であって本人反省してないようだ。

「うーむ……正直、そうなった時に止められるのは、佳乃しかいないと思うんだが」

「まあ、止めた時に怪我をした場合、その後の治療はタダでやってやるから」

「当たり前だっ!」

 

 

で、二人でその総合病院にやってきたわけだが…

受付の看護婦は聖を見るとはっ、として院長を呼びに行ってしまった。

誰もいない受付で待つことしばし。

五分ぐらい経って、俺達は応接室に通された。  

「なに?入院患者のカルテを持ってきてくれたと。ふむ、ごくろう」

聖が持ってきた紙に目を通すオヤジ。

いかにも運動してなくて不健康そうな太り方をしている。

こういう医者には診てもらいたくないもんだ、と思う。

「私はさっさとそこらの看護婦に渡して帰りたかったんだが」

むっつり顔の聖。

「まあ、そう言うな。例の話の返事も聞いてなかったしな」

「だから、断っただろ!あんたんとこのドラ息子と見合いする気なんぞないっ!」

あ、いきなり怒り出した。

いくらなんでも気が短すぎだろ、これは。

それとも、それぐらいしつこく迫られてるのだろうか?

「またそういう冗談を。あんな寂れた診療所を一人でやってくなんぞ、

 意味もないこと甚だしいぞ」

「(ぷちっ)」

やばっ!

ポケットのメスに手が伸びてる!

俺は慌てて聖の両手を取り押さえた。

「かあ―――っ!薬の水増し請求やって、金稼ぎしてるお前にいわれたかねーっ!

 こんのエロオヤジ!!お前こそさっさと警察に捕まって引退しやがれっ!!」

「だぁ――――っ!メスはやめろ、メスはっ!!殺す気かっ!」

「そのほうが世の為になる!」

話どころじゃないので、仕方なく外まで引っぱってくことにする。

「す、すんません、俺達帰りますんで」

「こら、離せ国崎君――――――っ!」

「よい返事を待ってるぞー」

あんたも火に油を注ぐなっ!

 

 

「毛嫌いする理由もよくわかったが、人殺しはまずいだろ」

「ああ、まったくもって腹が立つ。…そうだ国崎君、ここの患者のカルテを

 さも医療ミスをしたかのように書き換えて行かないか」

「おいおい」

聖は、ついでだから院内を色々見て回ろう、と言い出した。

何をするのかと思えば、新しい機材をチェックしている。

「使えるのがあったらパチっていこうと思ってな」

「待てぃ」

「さあ、旅人時代に鍛えたその盗みのテクニックを、存分に使ってくれ」

「しとらんっ!ちゃんと大道芸で稼いでたっ!」

と、最早定番となったノリツッコミをしてると。

「あ、霧島先生じゃないですか。お久しぶりですねぇ」

しわの寄ったばあちゃんに声をかけられた。

ちょっと物腰が上品な感じだ。

「……誰だ?」

「うちのお得意様だったばあちゃんだ」

「お得意様って、あんたなぁ」

「入院が必要になってしまったので、仕方なくこの病院の紹介状を書いたんだが」

『仕方なく』の部分をめちゃくちゃ強調して言う。

「できれば、霧島先生のとこがよかったんですけどねぇ。

 話をするだけで来ても怒られないし、お茶も出してくれたし」

「ま、客がいないよりはましだからな」

……確かに、あの状況よりはなぁ。

「ところで、そちらの背の高くて目つきの悪い方は?」

見ず知らずの人間にいきなり言われるほど悪そうなのか、俺?!

「こいつは、今度うちで住み込みのバイトをすることになった医学生だ」

いつ医学生になったんだよ。

「今度、娘さんも連れて遊びに来てくれ。こいつが相手してくれるから」

これはひょっとして、前に言っていた『若い医師見習でおばちゃん集客効果作戦』?!

「そうだねぇ、その時は大勢連れてくるわね」

しかも、なんか成功しそうだし。

やばいぞ、俺!

 

 

日も沈みかかった頃。

赤みがかった白衣を着た聖と俺は、診療所への帰路についている。

しかし、なんでこいつ、いつも白衣着てるんだ?

オヤジの形見か何かか?

「医師を目指すなら、あいつだけは見習わんようにしろよ」

「俺は大道芸人だって」

「あの面白くない芸でか」

「ぐさっ」

うぬぅ、どーせ俺の芸は魂入ってなかったよ。

今じゃ法術も使えないし……

「いや、すまん。国崎君は医師の見込みがあると思ったんでな」

「俺がか…?」

「佳乃の病気を治せた男だからな」

「……」

「あのリボンをはずせたのは、国崎君の力だ」

あれを病気とい言うのなら…確かに俺は治療をしたのかもしれない。

けれど…

「あれは佳乃の意志の力であって、俺は手伝いをしただけだ」

「本人に『治したい』と思わせること…それが、真の治療だ」

……

「あ、ひょっとして今日俺を連れてきたのは、そーいうことなのか?!」

少し微笑んで、聖は先に歩き出してしまう。

「おーい、ちょっと待て!」

俺は駆け足で、それを追った。

 

 

「うわー、お姉ちゃんったら、こんな本いけないよ、どきどきものだよぉ」

診療所に戻ってみると、佳乃が例の本を読んでわたわたしていた。

「って、お前出しっぱなしにするなよ!」

「か、佳乃…?確か帰ってくるのは明日じゃ…」

「今日だよぉ。それよりお姉ちゃん、これはどういうことなの?」

ずずいっ、と差し出された『女医の淫靡な肉体実験室』。

あの、俺をしばった鉄の鎖も大健在だ。

「あー、いや、これはちょっとした実験でだな…」

「実験って、往人くんのあれをあーしてあーなって…

 うわ、お姉ちゃん十八禁指定し忘れ差し押さえで法廷争いの

 裁判費用で超貧乏だよぉ」

「ちーがーうーっ!!」

うむうむ、こうして悪人は裁かれることになったのであったとさ。

めでたしめでたし。

 

 

 

「国崎君、後で覚えておけよ―――!」

「いや待て。全部お前のせいだろっ!」

「世の中には八つあたりと言う言葉があるのだよ!」

「んな理不尽なことがあるかぁ―――――――っ!!」

 

 

 

 

おしまい。

 

お・ま・け