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花の魔法使い(♂)
〜wizard of a flower〜

 

奥手

 

 まったく関係ない話なのだが、彼女が奥手であった、と聞いて、一体何人が信じるだろうか?

 

**********

 

 人が口から火を吐けるかと問われれば、僕なら否定する。

 だから、光は口から火を吐ける。非常に理論的な結論だ。

 少なくとも、後ろから追ってきているのは、間違いなく人間じゃない生物だし。一応生物学上人間でも、それを認めると、人権保護団体からクレームが来そうだ。

「優ーーーーーーー!! 待ちなさいよっ!!」

 待てと言われて待つバカはいない。特に命かかってそうだし。

 自分の命だけでも勘弁して欲しいのに、今は、横に僕以外の存在もいるのだ。

 握っている手は、冷たい。そもそも手を持てること自体を疑問に思わなくてはいけないのかもしれない。

 刹音さんは、僕につれられるまま、一緒に逃げる。

 必死なような、でも、少し楽しそうにさえ見えるのは、僕の気のせいなんだろうか?

 僕が足止めして、一人で逃げた方がいいのでは、と頭の端で少し考えたりもしたけど、それを僕は無理矢理否定した。

 だいたい、僕が後ろの人外生命体、光の足止めをできるかどうかも怪しいのだ。それなら、目の前にいた方が、標的が僕になる可能性がある分……考えるだけで嫌になった。

「待ちなさいって……待て…………待てやボケッ!!」

 ほら、さっそく正体現してるし。

 メキメキメキメキッ

 普通はありえない、不穏な音が聞こえたりするが、僕は振り返りもしなかった。脚なんか止めようものなら。

 ズドーンッ

 光によって倒された木が、僕の後ろに倒れた。止まっていたら下敷きになっていただろう。

 次は、いきなり、通り抜けようとした木の枝が火を噴く。光の魔法だ。走っているので詠唱までは聞こえないが、五大元素の火を得意とする光にとっては、簡単なものだろう。

 僕は手にしている杖で火の粉を振り払いながら、さらに逃げる。

「凄いねえ、あの子」

 刹音さんの、自分が消されるかもしれないという状況を無視したかのような、呑気な言葉に、息が切れて答えなかったけど、僕は同意していた。

 これぐらいで驚くと思ってもらっては困るのだ。こちとら、光の横暴暴力その他もろもろを幾度となく経験して来たのだ。そう簡単に屈する訳がない。

 とは言え……。

「ククククククッ、いつまでも逃げられると思うなよ!!」

 後ろから聞こえる言葉の意味を、僕は重々承知している。

 走り続ければ、絶対に先に根をあげるのは僕の方だ。刹音さんの程度は知らないけれど、幽霊だって光に勝てるものじゃない、それほど光は非常識なのだ。

 だから、何も僕はがむしゃらに逃げている訳じゃなく、ちゃんと後のことを考えて、今の状況を打破できる場所まで移動しているのだ。

 それに、果たして光が気付いているかどうか。いや、光のことだから、それでも力押しでどうにでもなると考えていてもおかしくないんだけど。

 僕は、うっそうと茂る木をつたうようにして急な斜面を駆け上がる。こういうところは、浮いている刹音さんは楽なようだ。

 が、この程度、光はものともしない。スピードを落とすことなく、一気に駆け上がってくる。

 その急斜面を駆け上がったところで、僕は歩みを止め、くるりと振り返った。

 ザンッ、と光が斜面をあっさりと走破し、立ち止まって僕を睨み付ける。その距離、わずか5メートルほど。

「あらら、とうとう観念した?」

 舌なめずりでも始めるのでは、と思うほど光の顔がにやけている。美少女ぶりも、こうなってしまっては台無しだ。今更光の外見に惑わされたりはしないものの、怖い姿というのは見たくない、主に自分の精神衛生上の理由で。

「光、それって思い切り悪役のセリフ」

「黙れしゃべるな死ね」

 僕の言葉は、一言で切って捨てられた。まあ、いいんだけど。どうせ話し合いで解決などという文化的なことなんて光には無理だし。

「その言い方だど、まだ私に逆らうつもりみたいだけどさあ、優?」

 ゴッ、と炎が舞い、木々に火をつける。余波でこれなんだから、本気で魔法を放てば、どれだけのことになることか。山火事が起きないことを祈るばかりである。

「私に勝てると、心の端にでも思ってるわけ? ……気にくわない」

 ギリッ、と光が歯を軋ませる。

「そっちがその気なら、私も勝手にやるわよええ。そこにいる幽霊を転生もできないほど完膚なきまでに消滅させてあげる!!」

 何がそんなに気に喰わないのか、いや、光に理由を求める行為自体が無駄だとは思うのだけど、光は激怒している。

 くるり、と僕は手にある杖を回し、構えを取る。

 詠唱も早ければ、威力も高い。光に霊儀戦闘で勝てる人間なんて、学園でも学長だけだった。いや、もちろん学長は本気を出していないのだろうが、学長ですら、手加減はあったとしても、引き分けなのだ。当然、僕じゃ無理に決まってる。

 それでも、僕も杖を構える。

「へえへえへえ、やろうってのねえ。そりゃ、楽しくなりそうじゃない……」

 余計に、光の逆鱗に触れたようだけど、むしろ今はその方がいい。どれだけ怒ってもこれ以上事態は悪化しないところまで悪化しているのだ。何を困ろうか。

 それに、光は怒っても、我を忘れたりしない。怒らせれば怒らせるほど、冷静に全力を出してくるだろう。だから、それが僕の狙いなのだ。

「じゃあ、ちょっと楽しもうじゃない!!」

「嫌なんだけど」

 僕はぼそりとつぶやいてから、意識を集中させた。

 

**********

 

 光という少女は、優の友達……いや、見たところ、優に対する気持ちは友達以上だと思うのだが。

 今、少女から放たれる殺気は、本物で、正直今まで見たどんな人間よりも危険だと感じる。

 本気で、あたしを消滅させようとしている。

 いや、それはいいのだ。だけど、この子は、優のことを殺そうとしているようにしか見えない。常套句での「殺す」ではない、本気で、命を奪う気でいるようにしか見えない。

 優など、彼女の前ではちっぽけな蟻にしか見えない。それほどに、霊力に差があるのだ。すでに力尽きる手前のあたしなら、なおさら。

 もう、あたしは消えてもいいのだ。

 知り合いというだけで、危険度は悪霊の比ではない人の姿をした怪物を前にしても、優は逃げずにあたしをかばってくれている。それだけで、もうあたしには十分なのに。

 優はあたしの前からどかない。殺されないまでも、死ぬほど痛い目に遭うのは間違いないはずなのに。

 この子は、絶対に裏切らない。

 ふっ、とあたしの中で何かが軽くなるのが分かった。

 何のことはない。満足したのだ。あるかどうかもわからなかった現世への執着が、胸の中から、その瞬間に完全に消えたのが、自分でも分かった。

 それでも、あたしは消えずに、ここにいる。成仏の仕方などわからない。

「優……もういいから」

「そういう訳にはいきませんよ。まあ、まかせて下さいって」

 脂汗を流しながら言う言葉ではないと思う。

「あたしは、もう成仏してもいいからさ」

 その言葉を聞いた瞬間、優は目の前の危機を忘れたかのように、あたしの方を振り向いた。

 その目にあったのは、悲しみだろうか? 後悔だろうか?

 声を落として言った優の言葉は、あたしを気遣っているものなのに、物凄い冷たいものだった。

「バカなこと、言わないで下さい」

 バカなことだろうか? 幽霊が成仏するのは、いいことでありこそすれ、悪いことでは、ないと思いたいのだが。

 表情に気持ちが出ていたのだろう、優ははっとして、優自身の表情を戻した。

「光が成仏なんて穏便な方法使う訳ありません」

「そうなんだろうけどねえ……あたしが成仏してしまえば、万事解決なんじゃないのかい?」

 言葉には出さなかったけれど、あたしは聞いていた。あたしを成仏させるぐらいは、優でもできるんじゃないのかい、と。

「……」

 優は、寂しそうに笑うと、あたしに背を向けた。背中には、明らかに拒絶の色が見て取れた。

 少女は、そんな優を、歯をむき出した笑いをしながら睨み付ける。

「私って優しいわよねえ、ちゃんと遺言を言えるだけの時間あげたんだから」

 話している間に手を出さなかったのは、わざとだと言いたいのだろう。

「余裕見せてるようだけど……僕が、光を止められないと思わない方がいいよ?」

 それを聞いて、少女は、目をぱちくりさせる。その姿は、年相応の少女だった。しかし、みるみるその顔が歪んでいく。悪霊もかくやと思われるほどに怨念にも似た霊力が、少女からあふれ出してくる。

「何を言うかと思ったら……これはまた」

 クククククッ、と少女は一見、心底面白そうに、しかし、睨み殺すような瞳で、優を笑う。

 その目には、もうあたしのことは写ってすらいないようだった。

「笑わせるじゃない? 優が、私を止められる? 冗談もほどほどにしないと、殺すわよ?」

「そう言って、光が僕を殺せたこと、ないよ」

「……ゆーう? 殺さないように手加減するのって、案外難しいのよ?」

「……」

 優は黙って、少女を見つめている。少女は、赤くなることも怒ることも止めて、はあっ、と大きくため息をついた。狂気と理性を併せ持つ、少女。本当に、人間なのだろうか?

「優が何にこだわってるのか知らないけど、いい加減、あきらめたらどう? 見たところ、そこの幽霊とはうまくいきそうにないじゃない。さっさと私と一緒に帰るってのなら、その幽霊消滅させずに済ましてもいいのよ?」

「嫌だ」

「……」

 今度は、少女の方が黙る方だった。

 狂おしいほどの、優があたしを、いや、あたしに似た誰かを求める気持ちが伝わって、正直、あたしは痛いと思った。

「あーあ、ほんとにもう。何で私がこんな茶番に付き合わなきゃならないのよ。だいたいそっちの幽霊、もう……」

「光」

 幼い容姿とはかけ離れた、硬い声。

「はいはい、嫉妬に狂った私が、冷静になったところで、止めておけばよかったって、後から後悔しても知らないわよ」

「光と出会ったことを後悔しなかった日はないよ」

 意外に真面目な顔で優がそう言ったので、光は、またきょとんとしてから、今度は、軽く、クスクス笑い出した。その姿だけならば、年相応の少女だ。

「違いないわね。でも、出会ったものは仕方ない。私は、私がやりたいようにするだけ。でも、茶番には、付き合ってあげる」

 少女は、強い力で杖を振り下ろすと、優に向かって構えた。

「大好きな優のためだもの、盛大に、燃やすわよ!!」

 キンッ

 空間が軋みをあげるほどに、彼女の強力な霊力が杖に集中して行く。呪いを唱える隙を狙うどころか、近づいただけでどうにかなってしまいそうだ。

「荒々しく全てを食らい尽くす炎!」

 朗々と少女の声が響く。と、同時に、優も語るようにつぶやく。

「凍える少女は」

 少女と比べると、優の霊力は、まるで小さな虫のようだった。荒々しく燃える不死鳥と、羽虫の違い。それほどの差が、二人の間にはある。見ただけでも、十分にわかる。

 彼女も、それぐらいは知っているのだろう、目を細めて、優のバカな行為を見ている。しかし、まったく手加減をする気は、なかったようだ。

「その指を芯まで届かせ!!」

「その一本に光をともして夢を見る」

 声を張り上げ、それで空間を歪ましているような少女に比べて、優の何とはかないことか。

 しかも、呪いらしきものは、少女の方が完成した。

「『炎よ全てを飲み込めroast whole of a pig』!」

 広がった赤い炎を見て、あたしは完全に観念した。

 地獄を見たことはないが、丁度こんなものではないのだろうか?

 そう思わせるほど、絶対的に食らい尽くそうと指を広げる、赤い暴力。今まで見てきた祓い師達とは、一線どころか、次元の違う破壊の色。

「少女の命のように、燃えろ」

 それでも呪いを唱える優。遅い、もう間に合わない。そう判断したあたしは、とっさに優の前に飛び出した。もし、優が間違えてあたしを撃ったとしても、びくともしないのでは、と思うほどに、優の霊力は弱かったのだ。

 もういくらかしか力は残っていないが、自分の霊体を犠牲にすれば、優を生き残らせるぐらいのことは、できると思った。

「……バカね」

 面白くもなさそうに少女はつぶやくと、まるで料理人が薪に火をつけるかのごとく慣れた手つきで、死を演出するだろう炎を、放った。

 迫り来る炎。

 というのに、優は落ちついた動きで、前に飛び出たあたしを横にどけると、そっと、花を差し出すかのように、手を突き出した。

「『マッチの灯火 ランプライト』!!」

 その手に現れたのは、儚い小さな枝のようなものだった。せいぜい、爪楊枝程度の大きさしかないそれの先には、やはり、驚くほど小さな火が灯っていた。

 絶対的な暴力と比べると、それは言葉通り風前の灯火にしか過ぎないように、あたしには見えたのだが。

 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 紅蓮の炎、燃やし尽くす為のそれが、あろうことか、優の手にした爪楊枝ほどの小さな小枝の火に、吸い込まれたのだ。あれだけ激しかった炎が、何の抵抗もなく、だ。

「!?」

 光という少女も、まさかそんなことが起こるとは思っていなかったのだろう、とっさに、何か他の行動を取ることは出来なかった。

 反対に、優はこうなることを分かっていたのだろう、すでに次の呪いを唱え始めていた。

 その差と、優が選んだ呪いが短かったことが、勝敗を決した。

「使用後の収納もばっちり!」

「くっ!?」

 光という少女も、とっさに呪いを唱えようとして、動きが止まる。一体、何故自分の炎が消されたのかが分からなかったことで、躊躇したのだろう。

「使用時間はご計画的に」

 光という少女が、次の手を考えるよりも先に、杖を突き出しながら、優が呪いを唱え終わる。

「『夜十二時過ぎればカボチャとネズミチャリオッツ』!!」

 ぽんっ、とカボチャとネズミがその場に現れたかと思うと、それは一瞬にして、ごつい荷馬車と巨大な馬に変化し、天も駆けろと言わんばかりのスピードで、光という少女に向かって駆け出した。

「ちっ!」

 光という少女は、あろうことか、普通の馬の二倍はありそうな馬の鼻面の一撃を、その細い両腕で受け止めていた。しかし、単純な体重差か、その身体は、大きく後ろにはじかれる。

 無茶苦茶な、と私が思う暇もなく、少女の身体は、急斜面の方へと、宙を飛ぶ。

 後は、世界の法則に従い、上から下へ、少女の身体は、山の急斜面を、下の方へと滑り落ちていった。

「優うううぅぅぅぅぅぅぅぅ……………」

 まるで、悪魔の断末魔とすら思える声を残して。

 少女の悲鳴ではない、激怒の声が、耳から離れるよりも先に、優の身体が、ずるり、と地面に倒れる。

「ゆ、優?!」

「だ、大丈夫です、少し寒くなっただけで……」

 先ほどの灯火はすでに消えており、優の身体は、悪霊である自分でもどうかと思うほど、何故か冷たく冷え切っていた。

 

**********

 

 凍えそうになる身体に、僕は無理矢理力を入れて立ち上がった。

 横で、心配そうにしている刹音さんに心配をかけまいと思って、笑顔を作ったつもりなのだけれど、どうも失敗したようだった。

「優、大丈夫かい? こんなに冷たくなって、一体、何が起こったんだい?」

「まあ、大丈夫です。魔法の後遺症ですから、すぐに収まります」

「後遺症って……そんなに危ないもの使っていたのかい?」

「いえ、あれは特別ですから」

 さっきの灯火の正体は、夢を見ながら、凍えて死んだマッチ売りの少女をモチーフにした童話起動なのだ。

 どんな強い炎でも、儚い灯火に変化する。

 それは、一種の呪いで、炎の力が強ければ強いほど、凍える反転の魔法なのだ。完成すれば、火を扱う霊害に対して、絶大な効果を発揮することになるはずだった。

 だけれど、あの魔法は未完成だ。というより、完成しない。理論自体に無理があり、不可能であることは、すでに東法で何度も研究を重ねてたどり着いた結論だ。

 しかし、アプローチを変えれば、不可能ではないことに、同時に僕は気付いた。

 自分の身を、マッチ売りの少女と同じ境遇に置くことで、その呪いは、一種の特殊結界として働き、全ての炎を封じる。

 実は、対光用の最終兵器だったのだ。何せ、限界はあるとは言え、理論上は全ての炎を封じれるのだ。火の元素魔法を得意とする光とは、非常に相性が良い。

 が、あくまで、光は火の魔法が得意、というだけで、他の魔法だって、僕よりは遥かに使いこなせる。他の魔法を使われれば、それで終わりだ。

 困ったことに、ネタバレをしなくとも、光なら、そう時間をかけずに、そのからくりを解くだろう。炎以外なら、まったく問題ないと気付かれれば、それで終わりだ。

 だから、通用するのは一度だけの、本当に最後の手段だった。

 それを使うのは、僕にとっては、非常にリスクの高いことなのだ。身体が凍えるぐらいは別にいい。しかし、二度、あの危険人物を止めるまでには、その効果はない。

 しかし、そうでもしなければ、光は撃退できなかった。

 あれは、甘い人間ではないのだ。むしろ人間ではないと思った方がいい。下手に自分の手を隠して、どうこうなる相手ではない。全力でやっても、ただ追い返すだけが出来るかどうか、半々よりも分が悪かったのだ。

 この迷いの森の効果がある場所で、光を引き離せたことは、僥倖、と言ってさしつかえなかった。二度やれと言われても無理だろうが、今はこれで十分だった。

 刹音さんは、心配そうに僕を見ているが、正直、その時間も惜しい。光を、振り切ったとは言え、あれぐらいで光がどうにかなる訳ではないし、もっと大きなものも、後ろから追って来ているからだ。

「さあ、今のうちに逃げま……」

 僕は、身体を引きずるようにして動こうとして、それが、かなわないことを、一瞬で悟った。

 刹音さんも、後ろから感じた、その大きすぎる存在に、まるで凍える僕の代わりに凍ったかのように、動けない。

 森の中から、音もなく、しかし、姿を隠す気はないのだろう、何を考えているのかまったく分からない無表情で、彼女は、現れた。いや、振り向いていないので、無表情なのかどうかは分からない。しかし、きっとそうなのだろう。

 刹音さんには、もう声もない。

 ああ、そうだろう。僕だって、昨日までの人生の中で、これほど人間離れした生物が、光以外にいるとは、思ってもいなかった。いや、彼女と比べれば、光ですら、まだ人間なのだ、と錯覚されられてしまう。

「優、いた」

 「百円均一百貨店ヒャクエンショップ」御瀬真一が、僕達の後ろに、静かに立っていた。

 

**********

 

「……で、ここ、どこよ?」

 滑り落ちた先で、光は辺りを見渡す。

 多少、汚れてはいたものの、傷らしい傷は、まったくなかった。かなりの距離を滑り落ちたはずなのに、まったく傷付いていないその肌は、綺麗だが、もしかすると超合金とかで出来ているのかもしれない。

「ったく、優のやつ、何も考えずに私を落としたわね。会ったら折檻……むふふふふっ」

 非常に嫌らしい笑みを浮かべて、光はその光景を想像しているようだった。いかに美少女とは言え、今の表情で街中を歩いていれば、職務質問どころか、現行犯で逮捕されそうな邪悪な笑みだ。

「まさか、人が手加減してやったのに、自分の力が届いたとか思っていないといいけど……増長してたら指三本ね」

 指三本を具体的にどうなのかは、知りたいような知りたくないような、微妙な葛藤を生みそうだが、今回は安全と安念の為に無視の方向で進める。せめて痛いだけで、分断とか恥辱は勘弁して欲しいものである。

「とは言え、さすがにあれには驚いたわ。まあ、二回目はないけどね」

 その言から察するに、すでに自分の炎を消されたカラクリは理解出来ているようだった。さすがは、東法始まって以来の天才、とまで言われた光である。

 そもそも、天才と実践経験というのは、往々にして別のものなのだが、光にはそれもある。ただ才能にあぐらをかくような人間なら、あそこまで優も光を持ち上げたりしないし、あそこまで警戒したりもしないだろう。

「さて、にしても興ざめよね。もう帰ろうかなあ」

 人が十何人と死んでいる現場で、そんな悠長なことが言えるのは、光ぐらいのものだろう。能力的に言っても、性格的なことにしてもだ。

 ひゅ

 そのとき、光の耳は、何かのこするような音を聞き取っていた。だからどうした、という訳ではない。

 光が、それにリアクションを取るよりも先に。

 パッと、光の背中に、血の花が咲いた。

 

続く

 

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