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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(1)

 綾香と浩之は神社についた。

 ここは後輩の松原葵がいつも格闘技の練習をしている場所だ。

「あ、おはようございます。綾香さん、センパイ」

 葵はいつもの笑顔で二人に挨拶した。

 今日は土曜日、学校は半日で終り、今は昼なのだが、何故か葵の挨拶は「おはよう」だった。

「おはよう、お二人さん」

「あら、好恵。今日も来てたんだ」

「私がここにきたら悪い?」

「悪いわけじゃないけど、どういう風の吹き回しなのかなって」

 坂下好恵。彼女は浩之や葵と同じ高校の空手部に所属する空手家だ。

 ほんの一ヶ月ほど前、葵をエクストリームの道から空手に戻そうとして葵に試合を挑んだ。

 坂下本人からすれば、空手からぬけた葵があのころよりも強くなっているわけがない、よしんば 強くなっていたとしても、昔は自分の方が強かった。まさか追い越されているわけがないと思っていた。

 結果は、葵の勝ちで終った。坂下は葵の、つまりエクストリームの実力を認めるしかなかった。

 はじめこそ納得できなかった坂下だが、日に日にエクストリームに興味を持ち始め、今ではたまに この神社に来て葵の相手をしていることがある。

「もういいでしょ、綾香。私だってエクストリームのことは認めたんだから」

 もちろん、坂下はこの中で一番空手を愛していた。たまに組み技の練習を手伝うのも、そのディフィンス を学ぶためであった。

「好恵さんには感謝してます。どうしても私一人では練習方法に限界がありますから。もちろん、センパイ にも感謝しています」

「よせよ、葵ちゃん。俺だって好きでやってるんだからさ」

「は、はい。でも、やっぱり感謝しています」

 葵は少しほほを赤くして答える。

 こういう葵の姿を見ると、綾香は少しだけ嫉妬してしまう。浩之がやさしいのも知っていたし、 葵が素直なのも知っているけれど、自分の好きな相手にああいう顔をされると嫉妬の一つぐらいして しまうものだ。

「はいはい、こんなところでいちゃつかないの」

「あ、綾香さん、いちゃつくだなんて・・・」

 葵はすぐに真っ赤になる。こういうことには耐性のない子だ。

「綾香、葵ちゃんをからかうのはやめろって」

 浩之が苦笑しながらそうつっこむ。話の流れをさすが浩之はよく理解していた。

「で、あんた達、別に遊びに来たわけじゃないんでしょ?」

 坂下はストレッチをしながら二人に聞いてきた。

「もちろん、もうエクストリームにはほとんど期間がないし、俺もがんばらないといけないからな」

「やっぱ藤田もエクストリーム出るのね」

 数瞬おいて、綾香と葵が大きな声を出す。

「えーっ!!」

 坂下そんな二人に目をまるくする。

「何、二人とも。そんな大きな声を出して?」

「何って、浩之、本気?」

「そうですよ、センパイ。本当に出るつもりですか?」

 二人の驚きように、坂下は首をかしげていた。

「別に藤田の実力ならそこまで驚く必要はないと思うけど?」

 坂下も何度か浩之と練習をしたことがあった。

「もちろん、優勝まで狙えるとは思えないけど、けっこういい線まできえるんじゃない? 私達ほどじゃ ないけど、十分藤田は強いと思うけど。空手をすれば、県大会でもかなり上に行けると思うわよ」

 坂下も一度葵に負けてしまったとはいえ、かなりの実力の持ち主だ。浩之の実力を客観的に 見ることもできる。

「・・・好恵、あんた浩之がいつから格闘技してるか知ってる?」

「ん、そんなことは知らないけど、けっこう長い間やってるんじゃないの?」

「いや・・・」

 浩之は苦笑した。

「俺が格闘技に手を出したのは二年になってからなんだが・・・」

「へーえ、中学二年からやってそのレベルなら、かなりいけてる方なんじゃない?」

 まさか3年程度の期間でそこまで強くなっている浩之に、坂下は少なからず感心した。 客観的に見ても、浩之の才能は高いだろう。

「そうじゃなくってだな・・・俺が格闘技をしだしたのは、綾香に会ってからなんだが・・・」

「綾香、あんたけっこう昔から藤田と面識あったのね」

「違うのよ・・・」

 綾香はそんな坂下に苦笑して答えた。

「浩之と私が話をするようになったのは今年の四月。私が格闘技を浩之に教え出したのも、今年の 四月からよ」

「今年の四月って・・・」

 坂下は綾香の下手な冗談に苦笑した。

「そんなわけないじゃない。今年の四月っていったら、まだ一ヶ月ちょっとしかたってないわよ。 いくらなんでも、そんな短期間でここまで成長するわけないじゃない」

「わけない・・・て言われても、ほんとなんだけど」

 浩之の肯定の言葉に、坂下は綾香や葵の表情を見た。

「もしかして・・・本当に?」

 コクン

 綾香と葵は一緒に首を縦にふった。

「・・・」

 坂下は、浩之を化け物でも見るような目で見た。

「藤田・・・あんた、本当に人間?」

「ひでー言われようだな。人間だよ、れっきとした」

「・・・んな短期間で、そこまで人が強くなるわけないじゃない!」

 坂下はヒステリックに叫んだが、綾香も葵と止めなかった。

 まさか、自分が何年もかけてきたところを、たかが一ヶ月そこらで終らせるとは・・・。

「これで本格的に体ができてきたら、本当にエクストリームでもいいところいけますよね」

 葵は、まるで自分のことのように喜んだ。さっきは浩之の言葉に驚いていたようだが、 坂下の相手をしているうちに、浩之の実力を思い出したのだろう。

「そうそう、浩之の実力は私でも認めるけど、体ができてないのよね。もしかしたら、葵にも 力負けするんじゃない?」

「そう思って俺だって体を毎日鍛えてるんだぜ。それこそプロなみに」

 浩之はおどけてそう答えた。

「・・・しかし、藤田がたかが一ヶ月ほどしか格闘技していなかったとは・・・」

 まだ坂下はそのショックからたちなおれていないようだ。

 今なら、まだ坂下は浩之に勝つ自信があった。

 でも、これはまだ浩之が体を作っていないからだ。これで体を作って、さらに今よりも確実に 技術も向上しているだろうから、自分が勝てるかどうか、正直自信がなかった。

 男と女の違い。もちろん、それはあった。それにしたって、そんなバカげたことがあるのだろうか?

「で、俺はこういうまわりの言葉におだてられて、エクストリームに出ようと思うんだが、どう思う、綾香?」

「どう思うっていわれても・・・確かに、技術一つ取るなら十分戦えるレベルだとは思うけど・・・」

 浩之の実力は、綾香が一番知っている。あの一週間の成長なんて、人間離れしていた。

「俺は、エクストリームに出るつもりで練習してきた。綾香がどう言おうと出るつもりだ」

「・・・そこまできめてるんだったら、止める気なんてないわよ」

「そうか、ごめんな」

「何であやまるのよ、浩之」

「ん、ああ、単なる癖だ」

 浩之は鼻の頭をポリポリとかきながら答えた。

「そういや、坂下はどうするつもりなんだ?」

「私?」

「ああ、一緒に組み技の練習もしてるところを見ると、お前もエクストリームに出るのか?」

「・・・いや、私は出ないよ」

 坂下は苦笑しながら答えた。

「もちろん、エクストリームを認めないわけじゃないけど、あそこは私の土俵じゃないしね。私は、 空手でがんばるわ。私の土俵は空手だから」

 坂下にとっては、自分の鍛錬のためにここに来ているが、エクストリームには出る気はなかった。

 綾香と葵はその土俵から降りたが、自分はその土俵を降りる気はない。

 坂下の空手に対するせめてもの気持ちだった。

「さて、と。今日は何の練習をするの?」

 綾香は自分もゆっくりとストレッチをしながら葵に聞いた。

「今日はいつも通り基本をやった後は、人が多いので組み手をしたいんですけど・・・」

 ちなみに、「組み手」とは「組み技」のことではなく模擬試合のことだ。

「おーけー、じゃ、まずは準備運動でもしとくわ」

 四人は、思い思いに準備運動をはじめた。

 

「レディー」

 葵と坂下が構える。

「ファイトッ!」

 まずは二人とも相手の出方を見る。

 葵は左半身で右手をみぞおちに、左手を腰より少し上にあげてわき腹を守るようにしている。 坂下もほぼ同じ構えだが、葵が拳を軽く開いているのに対し、坂下の方が拳をにぎっている。

 もちろん、どちらの拳も力は抜いてあるのだが、打撃だけを考える坂下と違い、葵は組み技の 警戒もしなくてはならなかったのでそうなるのだ。

 まずは葵が軽く上半身をゆらしてフェイントをかける。坂下は左手が一瞬だけ反応したが、フェイントと わかっていたようで、追撃はしなかった。

 しばらくの間はフェイントの応酬が続く。

 二人が二人とも、十分なダメージをあてる打撃技を持っているのだ。うかつに飛びこむことはできない。

「あいかわらずフェイントの応酬だな」

 見学している浩之が綾香に聞く。

「まあどうしてもそうなるわね。戦略的に一気に最初っから攻めるってのもありだけど、二人とも 相手の手のうちを知ってるしね」

「そういや、前ボクシング見たけど、はじめはもっと慎重だったけど、最後になるとけっこう大ぶりの パンチとか、見てていいかげんな攻撃がふえたんだが」

「ああ、それはね、ダメージをうけるとどうしてもああなっちゃうのよ。そんな経験ない?」

「確かに、ダメージうけちまうとどうしても攻撃が甘くなるな」

「そう、だから、打撃戦においては最初にダメージをあてようと必死になると同時に、最初はダメージを うけたくないのよ。だから、ああやってフェイントの応酬になるわけ」

「なるほどねえ、昔は見てると何やってるんだと思ったけど、やっぱやりだすと色々そういうところも 見えてくるな」

「まあね。試合中は、みんな必要ない行動は取ってないものよ」

 その綾香の話が終るのを待っていたように葵が前に出た。

 ビュッ!

 鋭い上段回し蹴りが、空振りする。

 一瞬前に出ていた坂下は、後ろに飛んでそれをかわすしかなく、それに反撃をあわせれないようだった。

「葵もうまくなったわねえ」

 綾香の言葉通りだった。坂下の重心が前にかたよったのを見逃さずに上段回し蹴り。

 今の蹴りは当てるために使ったのではない。いわゆる、威嚇だ。坂下はもちろん葵の実力を知って いるが、あれだけ鋭い技を見さされると心ではわかっていても、体がそれを警戒してしまう。

 葵は格闘技をするにはいささか小柄だ。だから、懐に入った方が有利に見えるが、そうとは言い切れない。

 体重と体力は坂下の方がかなり上だ。近づかれると、力でおしきられてしまう可能性もある。

 リーチの心配をするよりも、力の差の方が葵には恐い。

 それに、葵には上段回し蹴りには自信があった。これを一番生かせるのは遠距離戦なのだ。

 もちろん、その戦略を坂下は知っているが、中々間合いをつめることができない。

 不用意に入りこもうものなら、上段回し蹴りや、あの崩拳の餌食になる可能性がある。

 自分の方がリーチが長い分、遠距離戦をしても不利にはならない。坂下もそういう思いがあった。

 二人の戦略から、このごろはこうやって二人とも睨みあっていることが多い。

「俺は練習にならない気もするんだが・・・」

「あら、そんなことはないわよ。好恵は、好恵なりに葵のためにやってるんだし」

「?」

「ああやって、好恵はいつも葵に試合の緊張感を経験させてるのよ。前だって、はじめは葵、緊張 していたでしょ?」

 もちろん、「試合」自体を経験させるという意味もある。

 葵に唯一不安になる材料といえば、試合経験の不足なのだ。

 空手の道場で、同じような相手としか試合経験のない葵は、それ以外のタイプには経験不足で不安になる。

 坂下は、ならせめて打撃のタイプなら十分に経験させてやろうとしているのだ。綾香にはそれが分かった。

 結局、二人とも有効打をあてる前に5分がたち、組み手は終った。

 

「葵、ちょっと警戒しすぎかもね」

「そうですか?」

 一段落ついて、綾香は葵の組み手をそう判断した。

「確かにはじめは慎重にいかなくちゃいけないけど、浩之にまであんなに警戒する必要はないわよ」

「おい、ひどい言われようだな」

 浩之の苦情は、簡単に無視された。

「ちょっと臆病よ、あれじゃあ」

「臆病・・・ですか?」

「私もそう思うわ。試合運びがうまくなったのは認めるけど、攻めないと勝てないわよ」

 坂下もそう言う。やはり綾香と感じることは一緒のようだ。

「たしかにね、あの崩拳は強烈だけど、だからってカウンターを狙いすぎじゃない?」

「そうですか・・・気をつけます」

 こうなると、浩之は少しかやの外だった。

 浩之はまだ格闘技をはじめて一ヶ月ちょと。試合運びの方まで話をすることはできない。

「なあなあ綾香、俺は?」

「浩之は、もっと強くなろうね。今日は三連続KOでしょ♪」

「う・・・」

 浩之は押し黙った。試合運びとかそういうレベルではなかったようだ。

 四人は、その後、夕方になるまで練習を続けた。

 

続く

 

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