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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(2)

 

 浩之は考えていた。

 自分がエクストリームに出ることは、みんなも快く賛成してくれた。

 でも、本当に自分実力が通じるかどうかははなはだ疑問であった。

 まだ、格闘技を習いはじめてから一ヶ月そこら。

 素人と言っても差し支えない自分が、エクストリームで本当に通用するのか?

 考えてどうこうなるものではなかったが、それでも浩之は考えるしかなかった。

 綾香の、あのオールマイティーな強さ、そしてその場その場で最大の効果を得れる戦略の才能、 葵のハイキックの正確さとどんな状況でも一撃で試合をひっくりかえす崩拳。

 あの二人にくらべ、自分には何もない。

「仕方ないって言えばそれまでなんだがな・・・」

 浩之はベットに倒れこんだままそうつぶやいた。

 自分は、素人だ。

 何年も何年も格闘技を続けている二人と、少しばかり格闘技をかじっただけの自分を比べる 方が間違っていると言われればそれまでだ。

 それでも。

 浩之は、二人と同じ土俵に立ちたかった。

 例えそれが無茶なことでも。

 浩之はおもむろに立ち上がると、床に座り、ベットのわきに足をかけて腹筋を始めた。

 まずは、体を作らなくては。

 二人に追いつくためには、まず体を。どんな技にもついていける体を作らなくては。

 浩之は、腹筋のペースを早めた。

 

 ズドンッ!

 ガシャァンッ

 叩いた音の後に、タイムラグを置いて音が響く。サンドバッグは縦にゆれていた。

 綾香は、アッパーを放った格好のまま止まっていた。

 威力は申し分ないけどね・・・

 葵の崩拳。あの印象が、今でも綾香の中から消えていなかった。

 あの一撃を食らえば、いかに綾香とて立つことはできないだろう。

 一撃必殺。まさにその言葉通りの技だ。

 しかし、綾香もあの威力には劣るがそれなりの技が使えないわけではなかった。

 綾香が天才である所以、それは瞬発力にあった。

 浩之にもその才能がある。運動神経がよいというのは、だいたいがその瞬発力できまる。

 一瞬でどこまで力を引き出せるか。

 その才能は、まさに、才能だ。生まれ持った天性の力。

 綾香は、その瞬発力を最大限にいかした技を持っていた。

 ぎりぎりまで腰を落とした状態から、足、腰、腕の筋肉の瞬発力を全てのせて打ち上げるアッパーカット。

 ただのアッパーではない。自分の身体能力を全て使って撃つアッパーだ。

 これを食らえば、立ちあがることなど不可能。もしかしたらあごの骨が砕けるかもしれない。

 ただし、この技は使い物にならない。

 簡単にいうと、当てられないのだ。

 至近距離で自分がかがまなくてはならない。そんな状況を作ることは不可能だった。

 しかも、この技にはためが必要になる。一瞬の硬直、それは技として役にたつとは思えなかった。

 それに、綾香はこの技が理にかなっていないことも知っていた。

 基本的に、打撃というのは体をひねって力を一転に集中させる。この技は、単純に自分の 瞬発力だけにたよっていてそういう意味では技としてはあまり理にかなっていない。

 結局、葵のまねをしてみてもだめか。

 綾香はそう結論づけた。

 崩拳・・・か。

 単に自分の重心を前に動かすのと、相手の重心が前に動くのをあわせるだけ。

 それだけ聞けば簡単だが、綾香にはどうしても納得がいかない。

 それ自体はカウンターという打撃の中ではごくありふれた技術の一つだ。

 近代格闘技において、カウンターはおそらく一番強い技術の一つとして位置づけられている。

 それでも、葵の一撃は常軌を逸していた。

 私なりに葵の動きを研究したんだけどなあ。

 そして、いきついたのが今の瞬発力だけにたよるアッパーだ。

 ・・・何を間違ったのかなあ?

 これはあくまで自分という人物だからこそ使える技。

 葵は、悪いが才能で勝つタイプではない。

 人の何倍も努力をかさね、一つ一つの技を自分に叩きこむタイプ。

 葵には、私のような瞬発力はない。

 だから、この技は葵には使えない。

 それなのに、葵は私よりも高い威力を発揮している。

 何より、この技ではカウンターなど狙えない。

 私はどこで間違えたのだろうか。あのときの葵の動きは頭に叩き込んでいる。でも、どうやっても その技にたどりつけない。

 この技を封じることは簡単だ。

 あたらなければいい。それだけの話だ。

 私が全力で遠距離を保てば、今の葵なら懐に入ることは不可能、つまり、あの技は封じられたも 同じ。

 でも、それでは私は納得できない。あくまで、私は葵の全力を倒したい。

 それに、あれほどの技を真似しないのもバカらしいというものだ。

 私は、全てを吸収できる。他人の技でも、ライバルの技でも。

 あの技を解くことができれば、私はまた強くなれる。

 葵よりも、あの技を有効に使う自信が綾香にはあるのだ。だから、綾香はふてぶてしいまでに 自信ありげにつぶやいた。

「いつか、あの技も私のものにしてみせるわ。そしたら、葵、悪いけど、あなたの勝ちはないわ」

 

 体の力を抜いて何度も何度も同じ動作を繰り返す。

 葵は、導師に教えてもらった通りの練習を続けていた。

 最近は、夜もこの調子だ。少し勉強もみんなより遅れてきているかもしれない。

 時間があれば、いつも練習するように。

 導師はそう言ってこの技を教えてくれた。

 葵は、その言葉通りに家にいる間はこの動作の練習を続けていた。

 まず、右足を少し前に出して、同じように右手を少し前に出しておく。そこから、右を半歩前に 踏み出すのに合わせて左足をひきつける、と同時に右腕を突き出す。

 崩拳の型だ。

 これを、葵は何度も何度も繰り返し練習していた。

 葵には、この技の動き一つ一つがどういう意味を持つのかを知らない。綾香のように、その技の 研究ができるわけではない。

 そのかわり、バカみたいに素直に習ったことを反復する。

 綾香にはない、葵のこれも才能だった。

 そして、葵は手に入れた。最強の打撃技、崩拳を。

 決まれば、誰だろうと立ちあがることは不可能だと言い切れるほどの技。

 今の葵は、この崩拳の威力による自信でなりたっていると言ってもいい。

 確かに、警戒されればそう当てれるものでもない、が、その一撃必殺の技は、少なからず葵に 自信というものを与えてくれていた。

 だから、葵は崩拳をみがく。

 それは一つの技を修練によって会得しようとする行為ではない。

 葵の、自信を育てるための修練なのだ。

 いつでも、この技が打てるように。

 いつでも、相手を倒せるように。

 それは、いつでも自信がもてるようにというのと同義語だった。

 葵は葵なりに、自分に足りないものを自覚して、それをうめようとしているのだ。

 そして、今日もまた葵はその型を何度も練習する。

 

 色々な思いを胸に、夜はふけていく・・・

 

続く

 

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