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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(3)

 

「私達は、基本的に組み技に弱いわ」

 綾香は、葵と浩之にそう言った。

「え、でも綾香さん。今まで綾香さんが組み技に負けたことはないと思いますけど」

 葵の言うことは確かに間違っていなかったが、完全に正解でもなかった。

「それは私がエクストエリームで負けたことがないからでしょ。エクストリームは総合異種格闘技 大会、私なら打撃技で自分の弱点を克服することもできるわ」

「おいおい、それなら、打撃技だけ強くすりゃいいんじゃないか?」

 浩之の言ったことは、まちがっていた。

「あのねえ、浩之。今はまだいいかもしれないけど、エクストリームのレベルは高くなりこそすれ、 低くなることはないのよ。今まで通用してたからと言って、このままそれが通用するとは限らないでしょ」

「どうせ俺は格闘技については素人ですよ。で、それなら、組み技の特訓でもするのか?」

「ううん、ちゃんとした道場に行って習ってもらうつもり」

「道場に行って習ってもらうつもりって……」

「私達3人の誰かが組み技のレベルを上がれば、それに合わせるように他の2人もレベルがあがる ってわけよ。ということで、浩之、お願いね」

「俺ぇ?」

 浩之はすっきょんな声をあげたが、綾香はしごく真面目に答えた。

「考えてもみなさいよ。私はもちろんそんな暇ないし、葵だって週に3回は道場にかよってるのよ。 今フリーなのは浩之だけなのよ」

「そう言われてもなあ……」

「大丈夫、月謝のことなら私がどうにかしてあげるし、道場も紹介するわよ」

「月謝もお前に払わせるのはちょっと気が引けるんだが」

「いいのいいの、私達のレベルアップのための、当然の出費よ。ねえ、葵、あなたも浩之に 強くなってもらいたいわよね」

「はい、もちろんです!」

 葵のまぶしすぎるぐらいに元気な笑顔に、のる気のない浩之も、断りをいれ辛い。

「じゃあ、決定ね。曜日は、葵のいない月曜、水曜がいいかな?」

「……仕方ねえなあ。でも、綾香、月謝は本当にいいのか?」

「まかせなさいって。こう見えても私は来栖川のお嬢様なんだから」

 まあ少しはおじい様にねだらなくちゃならないけどね、と綾香は心の中で思った。

 

「ほう、あの小僧が格闘をですか」

 セバスチャンは、そう言って腕を組んだ。

「それに、私達のレベルアップにもつながるのよ。ね、だから、いい格闘家がいたら、紹介して くれない?」

「それはかまいませんが、あの小僧が役にたつのですか?」

「役にたつわ」

 セバスチャンの質問に、綾香は即答した。

「浩之の才能は、すごいわ。ほんの短い間しか練習してない素人が、私達に、確かに性別は違うけど、 追いつくほどのレベルを持ってるのよ」

「綾香お嬢様に追いつく?」

「まあ、まだ相手にはならないけど、この調子じゃあ追いつかれるのも時間の問題ね」

「そこまでの者でしたか、いやいや、この老いぼれは気がつきませんでしたな」

「嘘言わないでよ」

 綾香は苦笑した。この偉丈夫の老人が、綾香の前ではいつも実力を隠しているのが、綾香には 分かっていた。

「前に浩之の話をしたときに、あいつをけっこうほめてたじゃない」

「それは……もちろん、芹香お嬢様のよき友人としての藤田様をけなすわけには行きますまい」

 その言葉は、まあよくて冗談、悪くて皮肉という程度のものだった。

「で、紹介してくれるんでしょ?」

「……仕方ありますまい、小僧には明日この屋敷に来るように言っておいてください」

「おっけー、恩にきるわ」

 綾香は交渉が成立したので、訓練に戻った。

 トレーニングルームから出て、セバスチャンは小さくつぶやいた。

「あの小僧がか。予測はしておったが、それほどまでのものとはな」

 小さなつぶやきだったので、それは綾香には聞こえなかった。

 

『もしもし、武原ですが』

「おお、武原のところの小僧か」

 電話の向こうで、小僧と言われた人物は苦笑したようだった。

『その言い方は、長瀬さんですね』

「ああ、そうだ。すまんが、雄三を出してくれんか」

『じいさんなら今稽古中だよ』

「いいから呼んでこい。ひさしぶりに、お前に弟弟子ができるかもしれんぞ」

『弟弟子? もしかして、誰かじいさんに紹介するつもりなのか?』

「ああ、いきのいい跳ねっかえりだがの」

『弟弟子は欲しいとは思わないが、まあ、長瀬さんの紹介なら仕方ないですね。ちょっとまってて くださいよ、じいさん呼んでくるから』

 そう言うとその小僧と言われた男はそのじいさんを呼びにいったようだった。

 しばらくして、電話の向こう側に誰かが出たようだった。

『よう、源四郎。わしの家に電話してくるとはめずらしいのお。何だ、決闘の申しこみか?  それならせめて郵便にして、封書にでも入てくれ』

「あいかわらずのへらず口だの、雄三」

『ふん、こう年を取ると若い者に勝つのはせいぜい口ゲンカぐらいだからのお』

 セバスチャンは大きい声をあげて笑った。

「何を言うかと思えば。お主がそこらの青二才に負けるわけがなかろう。油断させて、次の決闘に でもそなえるつもりか?」

『何、最近の若い者とやると一方的ないじめになってしまうからのお。ああいうのは勝つとは言わん』

 電話の向こうでその宿敵が不敵な笑みをしているのがセバスチャンには手に取るように分かった。

『で、何の用だ? お前が用もないのにわしに電話をかけてくるとは思えんが』

「そうだな、本題に入ろう。じつは、お主に弟子入りさせたい男がおる」

『わしに弟子入りだあ? お前、わしのところが何をやってるのか分かってるのか?』

「ああ、もちろんだ」

『あのなあ、今の御時世、わしのところのような古い格闘技を習いたいとかいう奇特なやつなんておらんよ。 だいたい、そんな時代じゃないことぐらい、お前も知っとるだろ』

「いや、今の時代だからこそだ。お主、エクストリームを知っておるか?」

『何だ、それは』

「やはり知らなかったか。エクストリームとはな……」

 セバスチャンは、電話の向こうの相手がこの話に乗ってくるのを確信して、話を進めた。

 

続く

 

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