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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(4)

 

「セバスのじいさんが紹介してくれるって……何か裏があるんじゃないだろうな?」

「何よ、おじけづいたの?」

 浩之は綾香の軽い挑発に肩をすくめた。

「わざわざ危険な場所に出向いていくのは勇気って言わずに無謀っていうんだよ」

「物は言いようってやつね」

「勝手に言っといてくれ。俺はどうもじじいには覚えが悪いらしくてな」

「そんなことないって、私から見れば気に入られてる方よ」

「あれでか?」

 よく浩之はセバスチャンに怒鳴られているのだが、綾香から見ればかわいいものだ。だいたい、 普通ならセバスチャンは来栖川姉妹に近寄る男は誰かまわず排除するのだ。それこそ実力行使も いとわずに。

 それに比べれば、浩之はかなり気に入られている方なのだ。むしろ、同年代の男の中で姉妹に 無条件で近寄れるのは浩之だけかもしれない。

「俺はいつ背後から狙われるかと思っていっつも警戒してんだぜ」

 浩之が苦笑しながらそう言った瞬間だった。

「近頃の若い者は本人のいない場所で悪口を言うのが趣味なのか?」

「「わっ!!」」

 浩之と綾香の悲鳴が重なった。

「セ、セバスチャン、いつのまにそこに?」

「気配を消しただけでございます、綾香お嬢様」

 セバスチャンはそうなんでもないように言ってカッカッカと笑った。

「し、心臓に悪い登場の仕方をしないでくれよ、じじい」

「何をたるんだことを言っておるか。男子たるものいついかなるときも油断をしないものであるぞ」

 セバスチャンはそう浩之に大きな声で言ったが、どうもセバスチャンにとっては冗談だったようで、 またカッカッカと大きな声で笑った。

「わ、私も心臓に悪かったんだけど……」

「それは失礼いたしました。今度からはこの小僧のみに心臓の負担をかける登場の仕方をするように いたします」

「や、やめてくれ……」

 浩之は頭を本当にかかえた。何故いちいちセバスチャンに会うのに心臓に負担をかけねば ならないのだと、心の中で突っ込みを入れながら。

「まあ、冗談は置いておいて……」

 セバスチャンは真面目な顔になって綾香に聞いた。

「小僧、よく聞いておけ。今からお主をわしの友人に紹介する。確かに、格闘技の質はは各段に あがるであろうが、それなりの覚悟が必要じゃぞ」

「覚悟?」

「いくら実戦でないとは言え、負傷しないとは保証できん」

「おいおい」

 冷静な顔の浩之が冷めた声で突っ込みを入れたが、セバスチャンは表情を崩さなかった。

「お主の腕がいつまでも未熟であったり、運が悪ければ五体満足の生活を送れなくなるかもしれん」

 その固い口調は、どう聞いても冗談を言っているようには聞こえなかった。

「ちょ、ちょっと、セバスチャン。昨日はそんなこと言ってなかったじゃない!」

「綾香お嬢様に説明してもあまり意味がないと思いましたので。これは、小僧本人に聞かないと らちの開かない話でございます」

「でも……」

 綾香は唇をかんだ。いくら格闘技のレベルアップのためとは言え、自分の大切な人間をそんな 危ない場所に送り込む気持ちには綾香はなれなかった。

 確かに、綾香は強い。格闘技にかける情熱だって、かなりのものだ。ただ、綾香には命まで かけようという、そこまでいかなくても、例えば四肢を失う危険性をおかしてまで格闘技にかける 情熱、いや、執着心はないのだ。

 格闘技をやっていれば、そういう危険性はいつも付きまとう。しかしそれは現実性の薄いものだ。 それをはっきりと確認を取るということは、かなり危険だと判断していいということだった。

「それでどうする、小僧。わしは勧めれん。技術を向上させるなら他の場所もあるだろうしな」

「じじい、一つ聞くんだが、本当に上達は早いのか?」

「ついて行けれればの話だが、技術の質は保証つきだ」

 浩之が話を進めようとしているのを見て、綾香は思わず止めた。

「ちょ、ちょっと、浩之。セバスチャンがここまで言うってことは、本当に危険なのよ。何もわざわざ 危ない方を選ばなくても、他にも選択肢はあるんだし」

「しかし、それじゃあ上達が遅くなるだろ」

 浩之はいつもの、全然思いつめていない気楽な声で綾香に答えたので、綾香は絶対に浩之がそのことの 重大さをわかっていないと思った。

 浩之がわかっていないんだったら、私が止めるしかないじゃない。だって、浩之は……

「本当に危険なのよ、浩之、わかってるの? 危険な場所に出向くのは勇気とは言わず無謀って言うって 今さっき言ったじゃない!」

 浩之は、珍しくあせる綾香を見ても、少しもその声に緊張を乗せなかった。

「大丈夫だって」

 何が大丈夫なのよ、と綾香が口を開こうとしたとき、浩之はその気楽そうな口調で言った。

「どれぐらい危険かは一応想像力の乏しい俺にだってわかってるさ」

「だったら……」

「でも、このままじゃあ、綾香にも、葵ちゃんにも追いつけないだろう?」

「え?」

 浩之は、本当に気楽そうに言葉に出していたが、その言葉の意味は、綾香には重かった。

「このまま二人に世話をやかせっぱなしってのも嫌だからな。俺は、二人のために自分のできることは 全部やっていくつもりなんだよ」

「……」

 もう、綾香は何も言えなかった。そこまで浩之とは長い付き合いとは言えないが、もし浩之が 人のために何かをしたいと言ったとき、その前言を撤回したことは一度もなかった。

「まかせろって。こう見えても俺は器用なんだぜ。すぐ二人の役にたってみるさ」

 少しもロマンチックじゃない言葉。少しも特別じゃないシュチエーション。それでも、綾香は 目じりが温かくなるのを感じた。もし浩之が完全に自分のものだったり、または目の前にセバスチャンが いなかったら、浩之が痛がるどころか、窒息するまで抱きしめてしまうところだった。

「……うん、じゃあ、浩之にまかせるわ」

 それだけ言うのが綾香には精一杯だった。

 だから、綾香にはセバスチャンがどこか優しげな目で綾香を見ているとは少しも気付かなかった。

「よし、うけるぜ、じじい。さっそく紹介してくれよ」

「……うむ、よかろう。ついてこい」

 セバスチャンはそう言うと、浩之を車のところまで連れていった。

「それで、綾香お嬢様はどういたしますか?」

「え、私?」

 綾香はまさか自分がついていくことをセバスチャンが承諾するとは考えていなかったので、 思わず聞き返してしまった。

「ついてこられますか?」

「……もちろんよ」

 セバスチャンはそれを聞くと、どう表現していいのかわからない笑みをこぼしながら、リムジンの 扉を開けた。

 

続く

 

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