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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(5)

 

 セバスチャンは、2人を小さな小さな道場の前で下ろした。

「ここですじゃ」

「こんな小さな道場?」

 綾香は少し失礼な物言いでリムジンから下りた。

 『武原流武術道場』

 古臭い木の看板に、そう文字が書かれて門にかざってあった。

「まあ、確かに道場は小さいですが、実力は間違いありませんぞ」

「セバスチャンの言うことだから間違いはないと思うけど……」

「ま、入ってみりゃわかるだろ」

 浩之はそう言うと、スタスタと道場の門をくぐった。

「ちょっと、待ってよ浩之。セバスチャンも行くんでしょ?」

「いや、わたくしはここで待たせてもらいます」

「なんで? ここってセバスチャンの友人の家でしょ」

「それはですな……」

 セバスチャンは少しわざとらしく綾香に言った。

「あいつとは仲が悪いもので、あまり顔をあわせたくないのですよ」

「……ま、いいけどね」

「おーい、綾香、セバスチャン、早く来いよ」

「あ、うん、今行く!」

 綾香はちらっとセバスチャンを見たが、やはりセバスチャンには動く気がなさそうだったので、 仕方なく一人で浩之の後を追った。

「おまたせ〜」

「あれ、じじいはどうしたんだ?」

「なんかここの人と顔を会わせたくないんだって」

「なんだそりゃ?」

 浩之は首をかしげたが、そこまで重要じゃないとでも思ったのか、そのまま道場に入っていった。

「ごめんくださーい!」

 そこは、そんなに大きくはなかったものの、それなりに立派な道場であった。綺麗に掃除され、 かなり使い古された道具が端の方に整頓されて置いてある。

 道場には2人の男がいた。一人は、20歳ほどの体躯のよい男、もう一人は初老の男だった。

「お、あんたが藤田浩之かい?」

 体躯のある若い男の方が浩之に親しげに話しかけてきた。

「ええ、そうですけど、あなたは?」

「おっと、自己紹介がまだだったな」

 男は改めて浩之に頭を下げた。

「はじめまして、俺は武原修治。そこにいるじじいの孫だ」

「修治、いつもわしのことは師匠と呼べと言っておろうが」

 老人はそう言ってその若い男、修治の頭を小突いた。

 その老人は、しずしずと浩之の前まで来る。

「おぬしが藤田浩之か。わしの名は武原雄三、この道場の師範だ」

 浩之はその前時代的雰囲気に気おされて、できるかぎり礼儀正しく頭を下げた。

「はじめまして、藤田浩之です。セバ……長瀬さんから紹介されてここに来ました。ここに来れば、 強くなれると聞いて」

「ふむ……」

 初老の男、雄三はあごひげをなでながら浩之を観察した。

 浩之が緊張しているその間に、後ろにいた綾香は、2人の男を観察した。

 初老の男、雄三は見た目60過ぎと言ったところか。その年代にしては背が高く、170センチ は超しているように思える。歳にしてはがっちりとした筋肉質だが、バランスの取れた体だ。 あごにはひげをたくわえ、髪の毛と同様少し白くなっている。不思議なのは、その雰囲気。どこか 前時代的というか、日常でないものを感じる。古臭いわけではない、どこか、緊張してしまう雰囲気が あるのだ。

 若い男、修治は、まさに格闘家の体つきだった。180にとどこうかという高い身長。がっちりと した筋肉、今はラフなジーンズとTシャツだが、その上からもその体のもり上がりが見て取れる。 まさに巨躯という名のふさわしい体だ。そして、綾香が一番気になったのは、その目つき。

 浩之の目つきに近いものがあった。しかし、浩之とは違う、浩之よりもっと……

 好戦的な目。そう、戦いを楽しむ者の目だ。

 「こっちがわ」の人間だ。

 綾香の目線に気付いていないのか、雄三は浩之の腕を持った。

「ふむ、いい体をしとる……天性の物か? 骨は少し貧弱だが、才能はあるな」

「……それで、教えてもらえるんですか?」

 浩之は、恐る恐る雄三に聞いた。

「一つだけ聞いておきたい。お主は、何のために強くなりたい?」

「なんのためって……」

「人が武力を欲するとき、それは様々な理由からだ。喧嘩で勝ちたい、自分に自信を持ちたい、 誰かを殺したい、何かを守りたい……理由は色々だ。お主の理由、聞かせてもらいたい」

「俺は……」

 浩之は、チラッと綾香の方を見た。

「俺は、別に、今まで格闘技なんて本気でやる気はなかった。でも、綾香や、葵ちゃんに教えて もらえる機会を得て、格闘技の楽しさを知った。だから、俺は恩返しがしたいんだ」

「恩返し?」

「俺が強くなれば、それだけ綾香や葵ちゃんの苦労が減る。それだけじゃなくて、2人に教える ことだってできるかもしれない。それで2人の技術が上がればいいと、俺は思っています」

「つまり、人のため……というわけか?」

「はい……もちろん、今は格闘技が面白いとも思っていますけど……」

「そうか、人のためか。めずらしいことを聞いたよ、なあ、修治、そう思わんか?」

 修治は、雄三のどこか浩之を皮肉ったような言葉に軽く肩をすくめるだけであった。

 浩之はその態度に苦笑しただけであったが、綾香はカチンと来て雄三に食ってかかった。

「何よ、人のために格闘技して何が悪いっていうのよ」

「お、おい、綾香」

 浩之は綾香を止めようとしたが、一度火のついた綾香を止めれるわけがない。

「浩之はねえ、生半可な覚悟でここに来たわけじゃないのよ。それをいかにも小バカにしたような 態度、浩之は許しても私は許さないわよ」

 あの、静かに私や葵のために決心してくれた浩之を、こんなやつらにバカにできる資格なんて ないわ!

 食ってかかってきた綾香に、雄三は落ちついて答えた。

「こちらのかわいらしいお嬢さんは?」

 食ってかかった綾香をまるで相手にしない雄三に、綾香はさらに強い口調で答えた。

「綾香、来栖川綾香よ」

「ほう、君があの来栖川殿のお孫さんか。いや、大きくなったものだ」

「能書きはいいから、さっさと浩之にあやまりなさいよ」

「まあまあ、そう吠えるなって」

 綾香と雄三の間に、修治が割って入った。

「何よ、やるつもり?」

「そんなわけないだろ。別にじじいも俺もあんたの彼氏をバカにした気は少しもないんだって」

「彼氏って……」

 その言葉に面くらって、一瞬綾香が言葉を失った間に、浩之も割り込んでくる。

「落ちつけよ、綾香」

「私は……いつも落ちついてるわよ」

 綾香は、2人の男をキッとにらんでから、浩之の言葉を聞いて後ろに下がった。

「ふむ、元気なお嬢さんだ。こちらの態度に非があったのならあやまろう。だが、私も修治が言った 通り、別に藤田君をバカにする気など少しもない。むしろ、ほめているつもりだ」

「そうは見えなかったけど」

「綾香……」

 浩之は、綾香が自分のことを思って雄三達に噛み付いてるのに気付いているので、きつい口調で 綾香を止めることができなかった。

「いや、ほめてるのだよ、本当に。武力を欲するのに、実は理由などどうでもいいのだ。必要なのは、 その心。どれだけ、それを思っているか。綾香君、君はとても思われてるよ、藤田君に」

「え……」

 その言葉に綾香はまた面くらって言葉を止めた。

 その間に、雄三は浩之の方を向いて頷いた。

「いいだろう、弟子にとってやろう。ただし、うちの訓練は厳しいが、覚悟はあるか?」

「もちろんです。ありがとうございます」

 浩之は深々と頭を下げた。

「よし、それでは……修治、相手をしてやれ」

「オーケー、じじい」

「だから師匠と呼べと言っておろうが」

 そう言いながら、雄三は一歩後ろに下がる。

「相手って……」

「ん、まあよーするにだ、入部テストみたいなもんさ」

「入部テスト……って、俺が修治さんと戦うんですか?」

「浩之のほかに誰か戦うやつがいるのか? ああ、俺のことは修治と呼び流しにしてくれてかまわない ぜ。準備運動は必要か?」

「……いいぜ、このままで」

 浩之はそう言うと、上着を脱いだ。戦わなくてはならないという緊張からか、口調がいつもの 浩之に戻っていた。

「よし、それじゃあ、じじい。合図たのむわ」

「だからじじいはやめろと言っておろうが」

 そう言いながらも、雄三は手を前に出した。

「浩之……」

「心配するなって、綾香。どうせ俺の実力を見てみたいだけだろうしな。そんなに無茶は向こうも してこないだろう」

 浩之はそう綾香に言うと、道場の真中にまで歩いていって、かまえる。

「始め!」

 雄三の始めの合図と同時に、浩之は修治に向かって飛びかかった。

 

続く

 

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