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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(6)

 

 開始早々突っ込む。浩之はその戦略をそれなりに考えてやっていた。

 まず、自分のファイトスタイルが分からないこと。もちろん、これは浩之にも言えることなのだが、 それなら、先に仕掛けた方が有利だと思ったのだ。相手が組み技を使ってくることはほぼ確定している のだ、何故わざわざ仕掛けられるまで待たなくてはいけないのだ。

 まずは左右のワンツー。牽制のつもりではない、この一撃、いや、ニ撃できめるつもりで打つ。

 パパンッ

 軽い音とともに、あっさりと浩之の拳は修治のその手にはじかれた。そして当の修治は、一歩も 動かない。

 浩之はそのまま左の中段回し蹴りを放つが、距離が近すぎる。本当はワンツーをよけられたとき のために距離のかせげる技を使うつもりでいたのだが、修治が動かなかったので、その蹴りを放つ距離 が足りない。

 パンッ

 案の定、軽く手で蹴り足をはじかれる。蹴りはある程度の助走距離とでもいうべき距離が必要だ。 その距離をかせげない蹴りは、威力を失う。

「くっ!」

 と、浩之はなるべく素早く距離を取る。しかし、隙はあったはずなのに、修治は手を出してこなかった。 本当にテストをしているのかもしれない。

「今までガード主体のやつと戦った経験は?」

「?」

 修治の言葉に、浩之は首をかしげた。修治は苦笑して説明した。

「今まで浩之が相手してたやつは攻撃をよけるやつが多かったみないだな。覚えておくといい、 こうやって手ではじくだけでほとんどの攻撃を止めるやつもいるってことさ」

 そう言って修治はその大きな手を前にかまえる。

「ま、さっきも言ったようにこれはテストだ。そこまで俺だって本気を出すわけじゃないぜ」

「……さっきのでも手を抜いてるのか」

「当たり前だろ、お前だってさっき隙があったのを自覚してるんだろ?」

 さっきの攻撃の後の隙は浩之にも自覚できたので、何も言い返せなかった。

「気楽にやろうぜ、気楽に……」

 その言葉が終るか終らないかの瞬間に、修治が一歩大きく踏みこんでいた。その飛びこみの速さは、 浩之の比ではなかった。

 右足が上がるのを見て、浩之はとっさに後ろに飛んでいた。

 ズバンッ!

 修治の放った蹴りは、風を切ってすごい音を立てたが、浩之には当たらなかった。

 修治は蹴りを放った格好のままで微動だにしない。恐ろしいほどまで安定している。

 外れたとは言え、その上段回し蹴りは浩之から見てほぼ完璧なものだった。少しモーションが 大きかったのでよけれたが、ため、ふり、体の回転と、葵の上段回し蹴りよりも完璧だったかも しれない。

 ……俺は、こんな化け物と戦わなくちゃいけないのか?

 浩之が一瞬ひるんだその瞬間だった。

「浩之、今よ!」

「え?」

 綾香の叫びに、浩之は反応できなかった。

 相変わらず、修治はその蹴りを放ったままの格好で止まっていた。

「……あまり経験もないみたいだな」

 修治はそう言うと足を下ろした。

「そこの来栖川のお嬢様は気付いてたみたいだが、さっきの足をあげた状態なんて隙だらけだろ?」

「あ……」

 綾香は、それを浩之に教えようとしたのだ。だが、浩之は修治の上段回し蹴りに気押されて、 動けなかったし、その隙にも気付くこともできなかった。

「一応上段回し蹴りをよけたのはいいが、あの蹴りは浩之が動かなくてもあたらなかった。そう 狙って蹴ったからな。そのまま後ろに逃げなかったら、今のなら確実に反撃できていたはずだ」

「……」

 修治の言っていることは無茶苦茶だった。それを、浩之にやれと言っているのだろうか?

「才能がないとは言わないが、けっこう苦労するぜ、そんな実力じゃあ」

「……忠告、肝にめいじとくぜ!」

 浩之はもう防御も考えずに突っ込んだ。実力が違いすぎる、そう分かっていても、そこまで言われて おめおめと引き下がるために浩之はここに来たわけではないのだ。

 向こうが手を使って攻撃を流してくるのなら、手数でさばき切れなくするしかない!

 そう浩之は考え、ラッシュをかける。

 ワンツーからのひざ、ひじ、さらにまたパンチにつなげ、そこからさらにワンツー、ひじ、ワンツー、 ひざ、そしてまたパンチ。

 しかし、響くのは重い打撃音ではなく、パンパンパンパンッという軽い音だけだった。

 全ての攻撃が至近距離にも関わらず流されていた。本当に一撃もあたらないのだ。それどころか、 浩之は修治をその場所から一歩だって動かすことができなかった。

 実力が、冗談抜きで違いすぎる。このままでは相手にならない。

 浩之はそう判断すると、体力がなくなる前に、大ぶりの右ストレートを出した。これで距離を 取って体力を回復するつもりであった。

 もし、避けないのならはじく腕ごと持っていくだけの威力をこめて、浩之は右ストレートを打つ。

 修治は、その浩之の狙い定めた右ストレートを、後ろに下がってよける。

 よし、ここで距離を……

 その浩之の思惑を無視して、修治は下がったよりもさらに早く浩之に向かって踏みこんだ。

 ズパーンッ!

 修治の掌打が、浩之の胸にきまり、浩之は派手に後ろに3メートルほど吹き飛んだ。

 そして、それにも負けないほど派手な音をたてて床に倒れた。

 ……

 ……その後、きっかり10秒、綾香もさすがに動けかなかった。

 しかし、浩之を吹き飛ばした当の本人の修治は、全然気にした風もなく雄三に話しかけていた。

「で、一応手加減はしたつもりだったんだが、やりすぎたかな、じじい?」

 雄三は、あごひげをさわりながら別に慌てた様子もなく答える。

「じじいじじいとしつこいの、お前も。まあ、よかろう。これからのことを考えるとこれぐらいは 覚悟してもらわんとの」

 2人の会話は実におだやかな口調だったが、綾香はもちろん落ちついているわけがなかった。

「ひ、浩之大丈夫!?」

 綾香はあわてて浩之にかけよった。

「いててててっ」

 浩之はどこかのんきな声をあげながら上体をおこした。

「大丈夫、浩之?」

「ああ、なんとかな。倒れたときに打った頭と、打たれた胸が痛いが、どうってことはない」

「当たり前だ、俺がちゃんと加減して打ったからな」

 修治はさも当然という口調でそう言った。

「しかし、もう少しは経験があると思ってたんだがなあ。長瀬さんの紹介だったからそれなりの やつだと思ってたんだが、よほど今までの先生がへぼかったのか?」

 その言葉は、浩之を倒され、それでなくともさっきから気にふれる態度ばかり取っていたその 二人に対する綾香の怒りにとうとう火をつけた。

「何よ、私がへぼだって言うの?」

 綾香は、修治を睨みつけながらたち上がった。

 何より、自分だけでなく、浩之や葵のことをバカにするやつを、私は許す気なんてないのよ!

 思い知らせてやる、この2人に。私を怒らせたことを!

 

続く

 

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