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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(7)

 

「へえ、あんたがこいつを教育したのかい?」

 修治は、まるで挑発でもしているような口調で綾香に言った。

「あんたじゃないわ。私にはれっきとした綾香って名前があるのよ」

「おいおい、最近のお嬢様はみんなこんななのかい?」

 修治は、やれやれといった感じで肩をすくめる。

「来栖川家のお嬢様と聞いたから、俺はもっとおしとやかな女の子を想像してたんだが」

「勝手に妄想してなさいよ。私は、昔からこういう性格なの。そうよ、浩之をここまで育てたのは 私と葵。例え、誰であってもそれはバカにさせないわ」

「バカにさせないと言っても……」

 修治は、浩之を指差して笑った。

「あっさり俺に負けてるじゃないか」

「仕方ないでしょ。浩之はまだ初心者なのよ」

「初心者?」

 綾香は、意味ありげに笑って修治に言った。

「あんた、浩之が格闘技を習いだして、まだ一ヶ月足らずだって言ったら、信じる?」

「信じないね。いくらなんでも、それは無理だ。俺に簡単に倒されたからって、別に浩之の実力が 劣っているわけじゃない。そんな嘘をつく必要も……」

「浩之が格闘技を習い出したのは今年の四月よ」

「……まじで?」

「何で私が嘘をつく必要があるのよ」

「……へえ、たかが一ヶ月足らずで……」

 修治はじろじろと浩之を値踏みしているようだった。

「浩之、あんた、いい才能を持ってるな。やっぱり先生はへぼみたいだが」

「……本気で私にケンカ売ってるみたいね」

 修治は、綾香の刺さりそうな視線を、軽く受け流した。そして、真顔で言った。

「俺なら、もっとこいつを強くできてる」

「なっ……」

「まあ、もうはじめのころの急激な成長はないだろうが、全然技術のないところからなら、俺は 綾香、あんたより浩之を強くできてる」

「それは、私は教えるのが下手ってこと?」

「いいや、それは知らない。もしかしたら、あんたの方が教えるのはうまいかもしれない。だけどな、 あんたからは強い雰囲気が感じられない。確か、どっかのお遊びのチャンピオンだとか言ってたが……」

「……お遊び?」

 その言葉で、綾香の表情がさらにけわしくなる。

「エクストリームが、お遊びだって言うの?」

「おっと、言葉が悪かったな。俺から見てってことだ」

「……じゃあ、あんたは私よりも強いって言うの?」

「おいおい、変なこと言うなよ」

 修治は笑いながら、何でもないように言った。

「俺の方が何倍も強いにきまってるだろ」

 パシィィィィッ!

 綾香の左の裏拳を、修治は右手で受けとめていた。

「よく不意打ちなのに受けたわね」

「まあ、さっきからあんたを挑発してたからな」

「なるほど、元からやる気だったんだ」

「ま、そういうこった。浩之を見たんだ、その師匠とやりたくなるのは必然ってやつだろ?」

 綾香は、修治に背を向けると浩之に近づく。

「浩之、財布と携帯持っておいて」

「ああ、いいがって、お前。あの修治とかいう化け物と戦うつもりか?」

「おいおい、化け物はねーだろ」

 修治の抗議の声を、浩之も綾香も聞き流す。

「いくら綾香が強いからって、相手が悪いぜ。さっき俺が相手にならなかったのを見ただろ?」

「ねえ、浩之、一つ忘れてない?」

「はぁ?」

 綾香は、浩之に有無を言わさず財布と携帯を渡すと、立ち上がった。

「私も化け物なのよ、浩之から見たら」

「……」

「ま、化け物にしてはかわいすぎるけどね」

「……止めても無駄そうだな。言っとくが、負けたりするなよ」

「当然、誰に向かって言ってるのよ」

 綾香は、手首をひねりながら、修治の前に立った。

「さてと、準備はいいわよ。どうせウレタンナックルなんていらないでしょ?」

「いいぜ、じゃあ、じじい。合図たのむわ」

「まったく、勝手に話を進めおって……」

 そう言いながらも、雄三は手をかまえる。

「そういや、スカートはいいのか、蹴りなんか出したらパンツ丸見えだぜ」

「そうね……」

 綾香は、そんな言葉など聞いた風もなく、構えを取った。修治も、それに合わせるようにかまえを 取る。

「始め!」

 綾香は、ニコリと笑いながら言った。

「それはサービスしてあげるわ」

 そして、サービスとばかりに上段回し蹴りを放つ。いや、浩之にはそのモーションさえ正確には 確認できなかった。

 スパーンッ!

 足が動いたと思った瞬間だった。修治のガードの上に、綾香の蹴りが打ちこまれていた。

 蹴りもすごいが、それを完全にガードしている修治もすごい、浩之は一人でそう感心していた。

 蹴りをガードしたけたたましい音が完全に消え去る前に、綾香のワンツーが修治を襲う。

 修治はそれを左は受け、右はかわして懐にもぐりこみ、綾香の首をねらって抜き手を打とうとした その瞬間に、体を横に流す。

 バシュッと綾香の拳が空を切る音がする。綾香はワンツーを打った右の拳で、そのまま懐に 飛びこもうとした修治の後頭部を狙ったのだ。ボクシングで言う反則技のラビットパンチを、さらに 進化させた打撃だ。見えない部分から、急所を狙ってくるパンチ。まさに一撃必殺の打撃だ。

「……へえ、この一撃できめさせてくれないんだ」

 修治は油断なくかまえを取ったまま綾香に悪態をついた。

「それはこっちのセリフだぜ。簡単にはもぐりもませてもらえないようだな」

「当然よ、私は異種格闘技で日本一なのよ」

「だが、女の中でだろ?」

「強いに男も女も関係ないわよ」

「ごもっとも」

 修治は、綾香に言い返すのをやめて、今度は足を狙ってタックルをかける。

 ごく簡単にタックルと言うが、修治はひざと同じぐらいの高さまで腰を落してその体勢のまま すごい早さで飛びこむのだ。同じことを浩之はやれと言われてもやれそうになかった。

 そのタックルが、綾香には見えているようだった。タックルをかけられた瞬間、綾香は驚くべき 跳躍力で飛んでいた。

 地面をはうようなタックルをかわされた修治は、綾香の下にいた。

 これで、終わりよ。

 綾香は、渾身の力をこめて空中に浮いたままの状態から飛び足刀蹴りを眼下の修治の後頭部へと たたきつけた。

 

続く

 

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