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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(8)

 

 パキーンッ!

 綾香の足刀蹴りが渇いた音をたてて木の床にあたった。

 避けられた!?

 綾香自身にとっても必殺の蹴りだったはずの上空からの足刀蹴りを、修治は床に手をついて 頭を横に流して避けた。

 修治でも余裕のある避けではなかったが、それでもすぐに修治はその綾香の足に飛びつく。

 ブンッ!

 綾香の足を取り、引き倒すはずだった修治だが、次の瞬間にはその場から飛びのいて距離を取る しかなかった。

 足を取ろうとした修治の後頭部を狙って、綾香は振り下ろしの正拳を打ち下ろしたのだ。例え どんなに修治が素早く技をかけてきたとしても、この一撃の方が早く決まるという確信を持った 正拳は、空を切ったのだ。

 綾香も修治も、この瞬間を使って体勢を整える。

 その2人の攻防を、浩之はあっけに取られながら見ていた。

 自分とはまったくレベルが違った。浩之なら、最初の綾香の裏拳で、そして修治の最初の手刀で、 勝負は決まっていただろう。

 しかし、この2人のレベルは、浩之がどうこう言えるレベルではなかった。はっきり言って、 世界が違った。

 だが、驚愕しているのは浩之ばかりではない。綾香も、驚いているのだ。

 自分が必殺だと思った場面で、攻撃を避けられている。

 綾香に取って、それは大いなる誤算であった。今まで、自分が必殺だと思った場面で、攻撃を 避けられたことなど一度もなかった。

 さっきの足刀蹴りは、確実に修治の頭にヒットするはずだったのだ。綾香の渾身の一撃を後頭部 に受けて、無事でいられるものなどいない。確実な終わりが来るはずであった。

 しかし、足刀蹴りは避けられ、修治はまだ無傷でその場にかまえていた。

 ……しかも、このがたいのでかい男は、今までの見えてないはずの私の攻撃をことごとく 避けてくれたのよね。

 後からの、確実に避けられることのないはずのラビットパンチも、今の足刀蹴りも、修治には 避けられてしまったのだ。

 そして、修治は今も無傷。綾香も無傷ではあったが、綾香があの大男に組み技をかけられた 時点で勝てる要素は少ない。そういう意味では、どちらも無傷だからと言っても綾香の方の不利は いなめなかった。何せ、今までの攻撃をことごとく避けられているのだ。

「……なかなかやるわね」

 綾香は、スッとかまえを解いて修治に無防備に近づく。もちろん、この試合が終ったわけではない。 綾香は、修治に対して手加減をやめるつもりなのだ。

 完全にカウンター狙い。綾香の、驚くべき反射神経と、度胸と、そして異常なまでの瞬発力から なる、無謀ではあるが、綾香に取っては最強の構え。

 人の動きには限界があり、その動きに、綾香は完璧についていく自信があった。動体視力も、そして カウンターも。

 もちろん、このカウンターを狙うだけの構えは諸刃の剣だが、それは問題なかった。

 私が本気でカウンターだけを狙ったなら、一撃できまらないわけないものね。

 自分の技術や才能に関する絶対に近い自信。その全てをこめた一撃をカウンターできめるのだ、 誰がその後立ってこられようか。

 修治は強い。今まで戦った中ではおそらく一番強いだろう。だが、私だって……

 スッと綾香は流れるように修治に向かって動いた。

 私だって、怪物なのよ。

 相手が、無防備にこちらに向かってくる。ただ唯一一撃のカウンター狙い、それがわかっていたと しても、修治は攻撃してくるしかないだろう。しかも、組む暇を与えるつもりもない。つまり、修治は 打撃を打ってくるしかないのだ。

 その一撃に、合わせる。

 綾香は、修治の制空権の中に、入った。

 その瞬間に、修治は動いた。綾香は、修治の動きに全神経を集中した。

 来る、右の正拳。この拳をかわして、私の渾身の右の正拳を、叩き込む。

 綾香は、ぎりぎりながら、修治の右の正拳を、かわした。

 そして、それと同時に、修治の顔面に向かって、右の正拳を叩き込んだ。

 ズバシュッ!!

 綾香の渾身の右の正拳を、修治はほほにかすりながらもかわし、その手を取った。そして、 そのまま体をまるめると、綾香の体を一本背負いの要領で投げる。

 受け身!

 綾香は、その瞬間に床を蹴り、左手を修治の肩にかけ、投げられている間に右腕を修治 から抜く。そして、自分はそのまま力に逆らわずに遠くに飛ぶ。

 ズダーンッ!

 木の板の道場の中に、その床に人が落ちる激しい音がした。

 綾香は、何とか頭を打つのだけは避けたが、そのかわりに背中を思いきり床にぶつけてしまった。 しかし、もしあそこで自分の右腕を修治に持たれていたままであったら、頭から修治の体重つきで たたきつけられていただろう。

 綾香は、息ができないのもかまわずにたちあがる。綾香のダメージが抜けるまで修治が待ってくれる とは思えなかった。

 案の定、もうそのときには、修治が自分に向かって走りこんできていた。

 スパーンッ!

 ノーモーションから放たれた上段回し蹴りを、綾香は何とかガードするが、力の入らない体は そのまま蹴られた方向に飛ぶ。綾香はダメージからの回復をはかりながらも、相手の打撃の衝撃を 和らげようとしているのだ。

 そんな綾香を、さらに修治の連撃が襲う。どの一撃が入っても、おそらく綾香は戦闘不能に なるであろう修治の攻撃を、懸命にさばく。

 しかし、いくら受けで衝撃を逃がしたとしても、ダメージはたまっていく。しかも、今はさっきの 投げで打った背中のおかげで、うまく息ができない。

 この勝負、負けかな?

 綾香の脳裏に、ふいにそんな言葉が聞こえる。綾香は慌ててその考えに反論する。

 ちょっと待ってよ。私が、負けるの?

 修治の攻撃は熾烈をきわめ、完全に受けきれなかった攻撃が、数撃入る。それだけで綾香の体は 悲鳴をあげていた。

 息も苦しく、目もかすみ、意識も朦朧として、すでにもう修治の攻撃を避けることなどできな かった。それでも、綾香の体は細心の注意を払いながら今自分にできる最大の防御をおこなっている。

 私が、嘘……私が負けるなんて……

 綾香には、それは信じられないことだった。綾香は空手を習って、アメリカである男性を倒して 以来、誰にも負けたことがなかった。才能と、努力の完全なる融合は、そこに本当の化け物を作って いるはずだった。綾香は、自分の強さを疑ったことなど、今まで一度だってなかった。どんなに訓練 をつもうと、坂下や葵に負けることなどないと、自負できた。

 綾香は、誰よりも強いはずだった。

「綾香!」

 浩之の悲鳴にも似た声が、綾香の耳に届く。

 大丈夫よ、浩之。すぐにこんなやつ私が倒しちゃうから、そんなに心配しなくてもいいのよ。

 バシィッ!

 修治のフックが、とうとう綾香のテンプルを捕らえた。もう、耐えれるダメージではない。 いや、今までよく持った方であった。あのカウンターを避けられた時点で、綾香に勝ちはなかった のだから。

 綾香の体が、まるで糸の切れた操り人形のように、ゆっくりと、まえかがみに倒れこむ。

「綾香ぁっ!」

 浩之の声も、もう綾香には届かなかった。

 嘘……この私が……この私が……

 

 私が、負けるなんてありえない!

 

 綾香の意識は、そこで途切れた。

 

続く

 

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