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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(65)

 

「レディー……」

 審判の声にあわせて、また二人は同じように構えを取る。

「ファイトッ!」

 声援と共に、浩之と中谷の、第二ラウンドが始まった。

 見る者を魅了するような打撃戦だ。二人とも注目はされていたが、第二ラウンドになって、その試合を見ようとする観客の数はさらに増えている。

 しかし、注目の試合となったからと言って、浩之が特をすることも損をすることもない。今更プレッシャーをどうこう言うつもりはないし、どうせ研究されたところで、次の対戦相手は、ほぼ間違いなくあの寺町なのだ。

 いや、この試合に勝てるかさえ怪しいのに、次の試合の心配までしている余裕はない。浩之も必死なのだ。

 相変わらず、中谷は距離を取ってきている。浩之も、左腕をガードにまわした構えを解いていない。

 向こうの脚には何ら陰りが見えない。やはりローキック一発では、大したダメージは当てれなかったということだ。

 さて、俺としては、何とかして一発でもいいから当てたいところだが……

 そのためには、手数を出さなくてはいけない。左腕がガードに回される分、どうしてもこちらの手数は少なくなってしまうのだ。

 いくらKOの心配がなくなるとは言え、これはちょっと、難しいかもなあ。

 何とか一発当てる、いや、一発当たりそうになるだけでいいのだ。それだけ追い詰めれば、浩之にだって手はある。

 だが、こちらから攻めても、おそらく左のショートフックで腕を弾かれるのは目に見えている。向こうの打撃は効かないが、こちらは攻撃さえさせてもらえないのだ。

 中谷は、それでも攻撃してくるだろう。ダメージがないとは言え、出していればいつかは当たる可能性もあるし、弱い左でも、何度も打っていれば、相手を出血させる可能性だってある。距離もより完璧にはかれるのだから、相手の打撃をはじける以上、手を出すことに問題はない。

 やはり、浩之の方が、手持ちのコマとして不利なのはかわりないのだ。

 まあ、一筋縄でいかないのは予想済みだ。俺も、色々あがかせてもらうぜ。

 浩之は、左のガードはそのままに、腰を落とす。

 タックルの構えだ。打撃戦では自分が不利なのは先刻承知、おそらく、このタックルも避けられるだろうが、まったくあがかないよりはましだ。

 それに……

 中谷の息は落ち着いている。かなりスタミナには自信があるのだろうが、浩之とて、スタミナには自信があるのだ。

 少しでも相手を疲れさせる。KOをされる可能性が薄いならば、こういう戦い方もあるのだ。もちろん、自分も苦しいだろうから、おそらく我慢のし合いになるだろうが……

 浩之には、スタミナの自信はある。いつも葵や綾香、坂下の相手をしているし、修治の無茶な練習にも、何とかついていくのだ。何度も何度も無理をして、それに耐えてきた身体は、そう簡単に息を切らせたりはしないはずだ。

 時間が惜しい、少しでも動いて、中谷のスタミナを減らしておいた方がいい。

 浩之はそう判断すると、中谷との距離を一気に縮めた。

 修治からはまったく手ほどきをうけたことはないが、それでも、何度も修治の動きを見て体得しているタックルだ。普通の選手ならば、絶対に捕まえられる。

 しかも、タックルならば頭が下に行く。中谷のフックの射程範囲外だ。

 浩之のタックルを、中谷は冷静に、それでもガードを外さない浩之の左側に逃げる。死角であるし、左腕はガードされて中谷の動きを阻害しない。打撃を打つには浩之の体勢が低すぎるが、それでも逃げるのは簡単なことだ。

 浩之は、それでも執拗に追いかける。低い体勢で方向転換するのもすごいが、その左腕を自由に動かさない状態でのその動きは、中谷も驚きを隠せない。

 しかし、それは中谷を捕まえれるほどのスピードではないのは確かだ。

 中谷は鋭いタックルを、その足で簡単に逃げる。いや、細心の注意を払っているのだから、簡単というのは失礼か。

 タックルも、わかっていればつぶすことだってできる。しかし、中谷はそれさえしない。つかまれるのを極端に嫌うのだ。足が中谷の生命線なのだから当然と言えば当然なのだから、浩之としては、反対にそれを狙っているのだ。

 組み合えるのなら、どんな不利な体勢でもいい。

 捕まえることが、中谷を倒すための最低条件なのだ。少なくとも、普通の打撃では中谷を捕まえ切れない。であるなら、他の技も駆使するしかないではないか。

 4度目のタックルを、中谷はまた左にまわって避ける。

 この間、二人は動きを止めることがない。いや、4度目のタックルが避けられた後も、浩之の動きは止まらない。

「綾香さん、あのままじゃあ、センパイ、スタミナ切れを起こしませんか?」

 かたずを飲んでその動きを見ている葵が、心配そうに綾香に訊ねる。

 腰を落として動くというのは、格闘技によっては練習法に入っているほど身体に負担をかけるのだ。浩之のスタミナは葵も心得ているが、あれだけのスピードを保ちながら、しかも腰を落としていては、いつか疲労で身体が動かなくなるだろう。

「大丈夫よ、浩之だってバカじゃないわ。何の策もなく、攻撃を続けているわけじゃない……と思う」

 綾香は、タックルを使う作戦を浩之には何も言っていない。組み技も完成には程遠いできなのだ。まだ今まで練習してきた打撃の方が使える、と綾香は判断したのだ。

 しかし、浩之とて無策でここまでやっているわけがない。少なくとも、一発入れるための作戦を練っているのは確かだ。そうでなければ、ここまで無理をして動いたりせずに、守りに入っているはずだ。

 7度目のタックルを、浩之は仕掛けた。

 しかし、もう完全に中谷の目は浩之の動きについていっているので、これは簡単に避けれる。

 だが、目が浩之の動きについていっていることさえ、浩之にとっては作戦の一つだった。

 突然、浩之は腰をあげ、中谷を視界に捉える。

 右半身になるような体勢で逃げていた中谷は、あわてて左半身に構えを直そうとした。その体勢では、左が使い辛いのだ。

 しかし、それよりも速く、今までまるで封印をしていたように動きを止めていた浩之の左腕が、その体勢から弧を描くように振り下ろされた。

 ズカッ!

 浩之の振り下ろした拳が、中谷のとっさの右腕のガードをはじき落とした。

 いつもは腰に固められた右を落とし、左腕は距離がある。

 振り下ろした右腕を、浩之は返す刀で中谷のあごに叩き付けた。

 バシッ!

「当たったっ!」

「よしっ!」

 浩之の右拳が、中谷のあごを捉えていた。

 一歩、二歩と後ろにたたらをふんでから、中谷はしりもちをつくように後ろに倒れた。

「ダウンッ!」

 すぐに組み技に移行しない浩之を見て、審判は中谷のカウントを取り出す。

 本当ならば、浩之は倒れた中谷を追ってすぐにグラウンド、寝技に入りたかった。だが、浩之とて、今のはギリギリの動きだったのだ。すぐに追えるほどの動き白は残っていなかった。

「ワン、ツー」

 審判のカウントに、中谷は頭をふりなかがらゆっくりと立ち上がる。

 手ごたえはあったが、あまり強いものではなかった。おそらく、あの一瞬で後ろに避けたのだろう。クリーンヒットというにはお粗末な打撃だ。

 ……立ってくるな。

 浩之は、それを予測して、呼吸を整える。まだ、試合は終わりそうになかった。

 その浩之の予想を裏付けるように、中谷は立ち上がった。

 

続く

 

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