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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(74)

 

 綾香の息が、耳にあたってくすぐったい。

 目もくらむような美少女に頭をかかえられて顔を近づけられているというのは、一般的な高校生男子としては、少しオヤジが入っている気もしないでもないが、至福の時だろう。

 しかも、えらく強くひきつけられているので、胸のふくらみの感触が顔で感じられる。こんな喜ばしいことはない。

「痛いって言ってるだろうがっ!」

 ただし、耳を万力のような強さでひっぱられていなければだ。

 綾香は強引に、と言えば少しは色気があってもよさそうなものだが、全然色気もなく強引に、浩之の耳をひっぱった。

「だって、浩之に大きな声で説明したら、葵にも聞こえちゃうじゃない」

「んなの口で言えばわかるだろ」

 綾香がすでにひそひそ声になっていたので、浩之も声を落とした。葵は二人の行動に首をかしげながらも、試合から目をそらせずに、結局試合の方に集中する。

 綾香が浩之をいじめるのなど日常茶飯事だが、それに慣れてしまうのもどうか、と浩之は思ったのだが、その大問題らしい話を、誰にできるわけでもなかった。

 綾香が葵が聞いていないことを確認して、話し始めた。

「じゃあ、説明するわよ。立浜選手がメインで使っているのは、私が見ても多分少林寺ね。少林寺拳法の概略は置いておくとして……」

 浩之としてはあまりなじみのない格闘技なので、そこの説明も欲しいところなのだが、そんな暇はないと綾香は判断したのだろう。

「少林寺拳法は、剛法、いわゆる打撃と、柔法、いわゆる組み技を使える、総合格闘技なの」

「へえ、何か古めかしいけど、総合格闘技なのか」

「日本の少林寺拳法は、そんなに歴史は古くないわよ。でも、総合格闘技なんて名前で言ったけど、少林寺にとっては打撃も組み技も使えて当たり前なのよ。中国の格闘技には、そういうのが多いわね。そっちの流れからできた格闘技だから、当然と言えば当然だけど」

「で、少林寺の強みって何だ?」

「護身術、ってことよ」

「……それは、強みなのか?」

 現代において、格闘技の意味とは何であろうか?

 人が素手と素手で戦う機会など、現代日本においては、一般的にはそうない。いや、武器を用いてもだ。

 軍隊となれば、素手というのは最後の最後の手段、それまでに近代兵器で勝利を収めた方が、よほど簡単だ。

 であるから、格闘技はおおまかに三つに分類されている。

 一つは、観客を呼び、観せ、そして試合に勝つためのスポーツ。

 一つは、運動としての、身体や、心を健全に保つためのスポーツ。

 最後の一つは、もしものときの、自分の身を守るための護身術。

 試合のためのスポーツはともかく、後の二つは結果的に重なることもあるが、おおまかに言えばその三つであろう。

 エクストリームは、当然試合のためのスポーツだ。いかに強くなろうとも、それだけは変化しない。

 綾香は、そんなことを簡単に説明しながら、指を三本、浩之の前に突き出した。

「でも、この三つの中で、唯一実戦のものがあった。それが、護身術よ」

「……だいたいわかったが、しかし、実戦とこんな試合で勝つのは別だろ?」

「もちろんそうね。でも、護身として、つまり実戦としてみがかれた経緯があるのよ、少林寺には。柔道や空手がそれから離れていくのに反してね」

 空手の流派の中でフルコンタクトになったものは、そういう懸念からだ。そして柔道は相変わらず、いや、むしろさらにスポーツに特化しだした。

「護身術の利点は、力のない者でも、最大限に効果の得る技を習得させることにあるのは、わかるわよね」

「ああ。そりゃ、弱い人間が覚えるためにあるんだろうからな」

「そこよ。最近の格闘技は、ほとんどが体重別にわけちゃってるから、体格の大きく違う者と戦う機会は少ない。その点、元来それを目指している少林寺は、自分と違う体格の相手とどう戦えばいいか、よくわかってる」

 綾香の説明に乗るように、立浜選手はなめらかな動きで吉祥寺選手との距離を縮めると、また連撃で吉祥寺を攻め立てる。

 吉祥寺も手は出しているのだが、それが何故か全て空振りしたり、受けられたりしている。

「圧倒してるな、立浜選手の方が」

「後、少林寺のスピードはピカ一だからね。コンビネーションというより、もとからその動きを一打撃として練習してるんだから、なめらかよね」

 それでも、吉祥寺選手は相手にクリーンヒットを許さない。それは、さすがというか、浩之にしてみれば不思議で仕方なかった。

 どう見ても、立浜選手の方が有利に試合を進めているのに、吉祥寺選手はほとんどダメージを受けている様子がない。

「でも、スピードはあっても、あれじゃ勝てないんじゃないのか?」

 護身術は、基本は逃げることを考えるのだ。相手をKOするほどの打撃は必要ない。動きを鈍らしたり、けん制したりするのが目的だろう。そのせいか、スピードは確かに速いが、ダメージがないように見える。

 まるで、中谷を見ているようだった。もっとも、身体ごとスピーディーに動く立浜の強さは、もしかすれば中谷を超えているかもしれなかったが。

「中谷みたい、って思ってるわね」

「ああ、驚異的なスピードに、反対に弱い威力。まんまだな」

「てことは、立浜選手にもあるんじゃない? 左右のフックみたいな技が」

「あ……」

 浩之は、そう言われて、立浜が何を狙っているのかが読めた。

 そうだ、簡単な話だ。吉祥寺選手を強いと、立浜選手は判断した。だったら、どうする? 俺なら、どうする?

 罠にかけるのだ。正面からやっても駄目だと判断したのなら、相手を不利な、自分を有利な状況に持っていくために、だますしかない。

 スピードが速い、しかし、威力はない。

 と考えれば、相手はどうする? 絶対的に自分の打撃に自信があればあるほど、前に出て、相手の打撃を受けても当てようとする。そうすれば勝てるのだから。

 それが、狙いかっ!

 浩之がそれを理解した瞬間だった。吉祥寺が、相手の打撃を無視して、前に出る。

 蚊のような打撃を無視して、自分の得意な距離に無理やり突っ込んで倒す。技だけでない、力も試合を決する大きな要因だと、理解している証拠だった。

 しかし、これは立浜選手の罠。

 立浜のスナップをきかせた裏拳を吉祥寺は顔面でうけながら、右ストレートを叩き込んでいた。自分の得意な距離、得意な位置で。

 ブンッ!

 そして、そのストレートを、立浜は前に進んで、いつもよりもさらに深いところに入り込んで、かわし、吉祥寺の腕を流した。

 

続く

 

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