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いちぬけた・前編

 

「いちぬけた〜」

 それを言うのは、いつも私とは別の子だった。

「え〜、もっと遊ぼうよ」

 私はまだまだ遊び足りなかった。

「でも早く帰らないと怒られるし、もうあきちゃったよ」

「私も〜、今日は帰る」

「え〜、みんな、まだいいじゃない、遊ぼうよ〜」

 私はいつもそうやって友達をひきとめようとした。

 いつも、そうだった。私は、一番最後に抜ける。私は、いちぬけたなんて言わない。

 私は、いつも一番最後までいた。

 

「ヒロー、あんた暇ぁ?」

 私は暇だったのでいつも通りヒロを呼びとめた。

「げ、志保」

「なによ、この志保様と会うのがそんなに嫌なの?」

「俺の口から言わせるなよ。嫌にきまってるだろ」

「ぐぬぬ、この学校のアイドル志保様に会って喜ばないなんて、罰があたるわよ」

「おめーは新手の宗教団体か!」

 うん、私のために宗教をつくるのもいいかもしれない。そう私が思ってうんうんとうなずいていると ヒロがすかさず突っ込んでくる。

「おめーが宗教団体作った日には○ームだって目おとりするだろうよ」

「なによ、あんな○○○なやつらと私を一緒にするつもり?」

 私がヒロに向かって臨戦体勢を整えていると、横からあかりが顔を出した。

「まあまあ、浩之ちゃんも志保も落ち着いて」

「あかり、誤解をまねくようなことを言うな、俺は志保が犯罪集団に入らないように忠告していただけだ」

「なによ、あんたこそ私を侮辱した罪でつかまるわよ!」

 はんっ、とヒロはわざとらしく鼻で笑った。

「なら志保、どういう罪状か言ってみろよ」

「え……そ、そりゃあもちろん侮辱罪よ」

「……お前、ほんとに侮辱罪なんてあると思ってるのか?」

「え……う……あ……」

 私は本当のところはどうか知らないので言葉につまっていると、ヒロが調子にのってバカにしてくる。

「だから学のないやつはこまる。志保、お前変な噂たてる暇があったら一般常識ぐらい覚えたらどうだ?  ……て、お前に常識が通じるわけないか」

「な、この志保ちゃんに向かってその言いぐさ、生きて帰れるとでもおもってるの?」

「やるか?」

「望む所よ」

 私とヒロが睨みあいをしだすと、あかりが苦笑しながら割りこんできた。

「だから2人ともやめようよ」

「止めるなあかり。これは俺と志保とだけの真剣勝負だ!」

「そうよあかり。このにっくきヒロを倒してこの世を私の天下にするために、私は引けないのよ!」

「それに浩之ちゃん、今日は一緒に帰るって……」

「お、そういやそうだな」

 といってヒロはあっさりと我にかえる。

「というわけで志保、勝負はおあずけだ。よかったな、命が延びて」

 そう言えばこのごろあまりあかりとヒロが一緒に帰っているのを見たことがない。 あかりにとってはすごく楽しみなのだろう、ここでだだをこねることもできたけど、あかりのことも考えて 私も今日は引き下がることにした。

「はん、それはこっちのセリフよ。今日はあかりに免じて見逃してやるだけよ!」

「志保は帰らないの?」

「今日のところは休戦だけど、敵と仲良くするつもりはないわ」

 せっかくあかりが楽しみにしているのだ、私が邪魔をすることもないと私は思った。

「じゃあな、志保。首を洗って待っときな」

「じゃあね、志保」

「じゃあね、あかり。ヒロ、その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ」

 2人はそのまま帰っていった。

 それにしても、あかりのうれしそうなこと。いっつも朝一緒に来ているのに、やっぱりそれだけでは 満足できないのかなあ?

 私は、一つ重大なことを思い出した。これから暇になってしまったのだ。

 仕方ないので、私は暇なまま学校から帰った。

 

 私はいつも通り友達と一緒にお昼を食べていた。

「ねえねえ、それでさ……」

 今は誰が誰を好きだの、誰と誰が付き合ってるだの、そういう話題でもりあがっていたけど、 正直言うと私にはよく分からない。もちろん、それが話のネタとして面白いのはわかれけど、 ちょっと苦手だった。

「ねえ、そういう志保は付き合ってる人とかいないの?」

「え、私?」

 急に話をふられて、私は戸惑った。好きな人といわれても……。

「私は……」

「だめだって、志保にそんなこと言っても。彼氏いるんだから」

「彼氏?」

 私は驚いて声を少しあげてしまった。友達の注目が全部私にくる。

「あれ、志保って付き合ってるんじゃなかったの?」

「別に私彼氏とかいないけど」

「またまた嘘ばっか〜、ほら、佐藤くんとか藤田君と仲いいじゃない」

「え、雅史やヒロ?」

 私は、ちょっと驚いた。確かに雅史やヒロとは仲がいいけど、まわりのみんなはそう見ているとは 思ってなかった。

「かわいいよね〜、佐藤君。サッカー部のエースだし」

「藤田君もちょっと近寄りがたい雰囲気もあるけど、けっこうかっこいいよね」

「そんなことないって、ヒロなんて単なるバカだし」

「そんなこと言って、藤田君と親しげに話してる女子神岸さんと志保しかいないわよ」

 まあ、確かにそうかもしれないけど、ヒロがかっこいいとはとても思えなかった。

「ヒロがかっこいいねえ?」

「あれ、自分の彼氏ほめられてもうれしくないの?」

「だからヒロも雅史も彼氏なんかじゃないわよ」

「なあんだ」

 と友達たちはいってるけど、どう見たって納得しているような顔じゃなかった。

 そうか、私って、ヒロと付き合ってるように見えるんだ。

 私は友達の話を話半分に聞き流しながら考えていた。

 でも、あかりとヒロなら分からないでもないけど、何で私なんだろう?

 別にあかりのように男子とはヒロとばかり話してる気もないし、なんたってあのヒロ程度では、 私とつりあうはずがない。

 まあ、きっと何かの冗談よね。まったく、冗談にしてももう少し私のことも考えてほしいものだわ。

 

 その放課後だった。私はあいかわらずちんたら歩いているヒロを見つけた。今日は幸いあかりも いないようだ。

 幸い?

 私は自分の考えに少し疑問をかんじたけど、気にせずにヒロに話しかけた。

「ここであったが三年目よ、覚悟、ヒロ!」

「よお、志保」

 ヒロは素のまま私の方を見て手をあげた。

「なによ、ノリ悪いわね。悪いものでも食べた?」

「お前と一緒にするなよ、志保。俺は繊細だからナーバスになることもあるんだよ」

 そう言ってため息をつくとヒロは私の横を素通りしていこうとする。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ヒロ。何かあったの?」

 私もさすがにヒロの態度がおかしいと思ってヒロの肩をつかむ。

「……いや、志保に会って今日という一日が最悪の日になったと思ってな」

「……ちょと、それ、どういう意味よ!」

「言ったまんまにきまってるじゃねえか。人がちと落ち込んでるときにその気分悪くなる顔見せるな!」

「何よ、嫌なことあったからって八つ当たりするんじゃないわよ!」

 その一瞬だけ、ヒロの顔が何とも言えない表情をした。私は、言葉を詰まらせた。

「……すまん、志保。ちょっと嫌なことがあってな……」

「……」

 嫌なこと、ヒロのことだ、先生にしかられたり成績が悪かったぐらいでこんなにしずむわけがない。

 ただ分かってたのは、ヒロがそんな表情をするのが、私は気に食わなかったことだ。

「よし、何があったかは後で詳しくきくとして、気分転換に遊び気いきましょ、それがいいわ!」

 私は自分でも分かってたが少しぎこちなくそう言った。

「……すまんな、志保。気をつかわせて」

「何がらでもないこと言ってるのよ、さあ、行くわよ!」

「……そうだな」

 ヒロは、いつものやる気なさげな表情をして私の横にならんだ。

 ちょっとだけ、私はうれしかった。

 何がなんて、私はきにしなかったけど。

 

 その後、私はヒロと一緒にカラオケに行って、いつものように歌いまくった。

 ヒロもカラオケが終るころにはいつもの表情になっていた。

「どう、志保ちゃんの天使のような歌声は?」

 私は帰り道、ヒロと2人で歩いていた。もう空は真っ赤にそまり、後少しもすれば日は地面に 沈んでしまうだろう。

「あいかわらず歌だけはうまいな、お前」

「だけとはなによ、だけとは」

 そう私は反論した。そろそろ私のすばらしさを納得すればいいのに。

 まあ、ヒロが私のことをほめたたえるのも、それはそれで何か物足りない気もする。

「いずれ世界のアイドルになるこの志保ちゃんの生ライブが聞けたんだから感謝しなさいよ」

「はいはい、寝言は寝ていいな」

 ヒロはそんな私の偉大なる言葉をあっさりと受け流す

「きー、この男はぁ〜」

「け、お前のたわごとなんて聞き飽きたぜ」

 とヒロは私にケンカを売ってから、そして急にまじめな顔になった。

「ど、どうしたのよ、ヒロ?」

「ありがとな、志保。わざわざ俺の気晴らしに付き合ってくれて」

「ふ、ふん、感謝って言葉は知ってるようね」

 私は心の動揺を悟られないようにわざとそうやって強気な言葉を口にした。

「でも、そういう役は私じゃなくてあかりの役でしょ」

 ピクンとヒロが反応する。

「え、もしかして、あかりとケンカしたの?」

 私にはどうしてもあかりの怒る姿は想像できなかったが、ヒロの反応を見る限り それぐらいしか考えれなかった。

「いや、別にあかりとケンカしたわけじゃないんだ……でも、な」

「……」

 私は、ヒロが何に悩んでいるのか聞くべきではないかと考えた。けど、多分私が聞いても、ヒロは 「お前に言ったら次の日には学校中に広がってるだろうが」と言って教えてくれないだろう。

 そんな役まわりを私自身望んでいたけど、でも、教えて欲しかった。

 でも、ここで聞かないのも、私らしくないんだ。

「何悩んでるのよ、今ならもれなく無料で聞いたげるわよ」

 でも、ちゃかすのが私にできる精一杯のこと。それ以上は、私のどうこうできる領分じゃないから。

「……お前、あかりのことどう思う?」

「どうって?」

 ヒロの言葉は、私にはいまいち分からなかった。あかりがどうかしたのだろうか?

「あかりはちょっととろいけど、私の親友よ。いい子だけど、何であんたなんかに執着してるのか 知らないけどね」

「……そうか」

 今のヒロは、ヒロらしくなかった。でも、私はその分私らしくしなくちゃならなかったんだと思う。

 次の一言で、私はそんな気持ちをどこかに忘れてしまった。

「矢島って知ってるよな」

「ええ、あのバスケ部の矢島でしょ。それがどうかしたの?」

「あいつ、俺にあかりを紹介してくれと言ってきたんだ」

「え?」

 あかりを?

「……それで、どうしたのよ?」

「……紹介してやったよ」

「ちょ、ちょっと、あんた、あかりの気持ち分かってやったの!?」

 さすがに、私は怒鳴ってしまった。

「あんたがそんなバカ野郎だったなんて知らなかったわ!」

 あかりは、ヒロが好きだ。そんなことヒロとあかりを知ってる人なら誰でも知ってる。

 なのに、ヒロは……。

「……知ってたさ、もちろん」

「なら、何で……」

「志保、お前を好きな奴がいて、そいつの気持ちに答えられないときに、どうすりゃいいと思う?」

「……私なら、ちゃんと、ふってやるわよ」

 多分、嘘だ。私は告白されたことなんてないから知らないけど、私はそんな勇気なんて 持ち合わせてない。私がそれを一番よく知っていた。

「……そいつが、あかりでも?」

「……だからって、だからってあんたはあかりを他の男に紹介したの!?」

「じゃあ、俺にどうしろってんだよ!」

「あかりの気持ちに答えてやるのがあんたの役目じゃない!」

「答えれるわけがねえじゃねえか、俺はあかりを妹のようにしか思ってないんだぜ!」

「それでもよ!」

 私が無駄なことをしてるのは知ってた。あかりも自分が愛されてないのに付き合ってもらっても うれしくないだろう。あかりはそういう子だ。

 でも、だからってあかりを他の男に紹介するなんて、ヒロは何を考えてるの?

「俺はあかりの気持ちに気づいてないふりしてるんだ、それなのに口だせるか!」

 多分、ヒロも分かってる。だから苦しんでるんじゃない。

 それでも、私とヒロは言い争いを続けた。

「だからって他の男紹介されたら、あかり悲しむにきまってるじゃない!」

「……っ」

 ヒロは押し黙った。知っていた、分かっていた、こんなにつらそうにするんだから。

「……あかりにあやまりなさいよ。それで、自分が付き合うって言えば……」

「言えねえ」

 ヒロの言葉は堅かった。

「言えねえ。俺はクソ野郎になっても、それでけは言えねえ」

「なんでよ、何、それとも他に好きな女でもいるの!?」

「いるにきまってんだろが」

 ヒロの言葉は、いつもきつそうででいて、それでいてやさしくて、いつも私を傷つける。

「じゃなかったらあかりの気持ちに答えない理由がないだろうが」

「……誰が……あんた、誰が好きなの?」

 私は心の中で願った。嫌だったし、苦しくもあったけど、祈った。

「……言っても、いいのか、お前は」

「何で私が関係……」

「言ってもいいのか?」

「……」

 にぶい、私はよく言われる。私はそんなんこと自分じゃ思っていない。だって、 このときヒロの言いたいこと気付いてしまったから。

「……」

「……」

 私は、その言葉の続きを言えなかった。願っていた、そのままでしかないはずだから。

「俺が好きなのは……」

「やめて!」

 私はとっさに言っていた。

「……」

「やめて、それ以上言わないで!」

「……志保、お前が言えっていったんだろ」

「やめて、お願い」

「……やだね」

 ヒロは、私のいうことを来てくれず、私の願いを聞きとどけてしまった。

「お前だよ、志保」

「……だめ」

 私は、自分でも思う以上に、冷静だったと思う。

「私はあかりを裏切れないわ」

「……それも知ってるよ、お前の態度みてりゃ一目瞭然だもんな」

「わかってるならあきらめて、あかりと付き合えばいいじゃん。私にあんた程度じゃつりあわないわよ」

 精一杯、強がったし、平然と出来たと思う。でも、やっぱりヒロの言葉は……

「志保、お前を好きなやつがいて、お前はそいつに他の子を紹介するか?」

 ヒロの言葉は、きついけど、やさしくて、いつも私を傷つける。

「それ以外何ができるってのよ!」

「……そいつに答えてやることだ」

 私は、ヒロに怒鳴った。

「あんた、自分のことは棚にあげて、私にそんなこと言える立場だと思ってるの!?」

「だったら俺の気持ちはどうしろって言うんだよ!」

「それは……あきらめればいいじゃない!」

「……じゃあ、お前はどうなんだ。お前は誰か好きなやつがいるのか?」

 その言葉は、私の予測した言葉だったけど、私は言葉につまった。

 私が好きなのは……

「私が好きなのは……」

「……」

 ヒロ以外、誰がいるのよ。

 私は、心の中で叫んだ。ヒロに伝わらなくてもよかった。

 ただ、叫びたかった。

「……やーめた、いちぬけた」

 私はそう言ってそっぽを向いた。

「志保!」

「なによ、私はもうあきたの。こんな話をするぐらいなら私は帰るわよ」

 がしっと後ろからヒロが私の肩を持つ。

「ここまで来て、そんなので帰れると思ってるのか!」

「……」

 私は顔をそらした。

「だって……これしか、できなじゃない、私ができることなんて……」

 泣けば、多分泣けばヒロは放してくれる。知ってたけど、泣きたくなかった。

 ほんの一瞬でいいから、ヒロを独占したかった。

「はなしてよ、ヒロ。人呼ぶわよ」

「気にするか。俺は、お前が好きなんだよ、それは変えれねえんだ!」

「しらないわよ、そんなこと」

 私はヒロの手を、力一杯はねのけた。

「じゃあね、私は帰るわよ」

「……」

 ヒロは何も言わなかった。

 ヒロが傷つくのは嫌だったけど、私も傷つくのは嫌だったけど、これしかなかった。

 私は早足でヒロから遠ざかった。

「もう、俺は気持ち隠さないからな!」

 後ろから、ヒロが叫んだ。

「俺は、お前が好きなんだよ!」

 私はそれを無視した。

 

 まさか、初めて一番にぬけたのが、こんなことだなんて。

 いちぬけたって、こんなに痛いことだったなんて。

 きっとみんな、本当はまだそこにいたかったんだろうな。

 私は、遠い昔の友人達の気持ちを、今理解した。

 いちぬけるのは、こんなに痛かったことなんだ。

 

 私はこの日、生まれて初めて「いちぬけた」。

 

続く

 

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