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銀色の処女
(シルバーメイデン)

 

 浩之は送られてきた荷物の送り主を見て首をかしげた。

「……長瀬?」

 その名前には聞き覚えがある。来栖川重工の第7研究開発室HM開発課の主任だ。

 その荷物の大きさはおよそ人並みぐらいの大きさがある。

 前後の状況から判断すれば、おそらくメイドロボが入っているだろう。

 しかし、何故?

 浩之には、長瀬主任からメイドロボを送られる理由がない。

 マルチは今でも長瀬主任達開発スタッフの働きにより稼動しているし、セリオも同じだ。

 新しいメイドロボの試験?

 と考えもしたが、それでは浩之の家に送られてくる理由にはならない。

 とりあえず、浩之はその荷物が重たかったので仕方なく荷物を玄関で開く。

 ガムテープや包装してある紐を取る。

 浩之は、荷物を開けた。

「おはようございます、浩之さん」

「……セリオ?」

 セリオは平然と目のあった浩之に挨拶した。

「何やってんだ、お前?」

「この箱の中に入っているようにと主任に命令されたもので」

「長瀬のおっさんがか? 何考えてんだあのおっさん、新手のどっきりカメラか?」

 そこには、寺女の制服を着たセリオが収まっていた。

「いえ、少なくともビデオは取りつけられていませんが」

「……で、何だってセリオはこんなところに入ってたんだ?」

「はい、主任に命令されましたので」

「それはもう聞いた。何で長瀬のおっさんはお前を俺の家に送ってきたんだ?」

「はい、主任によりますと、私はここでしばらくの間テストを受けるらしいです」

「ここで……って、俺の家でかぁ?」

「はい、主任はそうおっしゃられていましたが、連絡を受けていらっしゃらないんですか?」

「俺はそんなこと一言も聞いてないが」

「……おかしいですねえ」

「……まあ、長瀬のおっさんの考えることは俺にはよく分からんし、とりあえず俺が連絡して みるから上がれよ、セリオ。そんな箱の中に入っとくのも何だろ?」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」

 セリオはそう言うと、自分がおさまっている箱の中から出てきた。

「……しかし、さっきまでお前箱の中に入ってたんだよな」

「それが何か?」

「……いや、何でもない」

 まわりからみたらさぞ滑稽に見えたろうと浩之は思った。

 

 浩之はさっそく来栖川重工に電話して長瀬主任に取り次いでもらった。

『はい、長瀬に代わりました』

「ああ、長瀬のおっさんか?」

『おお、藤田君か』

「おお、藤田君か、じゃねえよ」

『セリオは無事に届いたかい?』

「ああ、今俺の横にいるが、テストって何だ、俺は一つもそんな話聞いてないぜ」

『それについてなんだが、実は君にアルバイトを頼みたいんだ』

「アルバイト?」

『そう、アルバイト。確か君の両親は、いつもは家にいないんだったね?』

「ああ、そうだけど……何で知ってるんだ?」

『まあ気にしなくてもいい。それで、君の家の環境でのデータを取りたいから、しばらくセリオ を家で働かせてやって欲しいんだ。アルバイト代も電気代と必要経費以外に出す。どうだい、 いい話だろ?』

「いい話なのは分かったが……唐突すぎないか? 大体、セリオを小包みで送ってくる必要が どこにあるんだ?」

 長瀬主任は電話の向こうで笑ってから答えた。

『愛嬌だよ』

「おっさんの愛嬌ってのはあんななのか?」

『まあ、気にしないでくれたまえ。それで、このアルバイトを受けてくれないかい?』

「まあ、別にかまいはしないが……」

 浩之も長瀬主任にはマルチやセリオを今だ動かしてもらっている恩もある。それに、セリオに 面倒を見てもらえるのだから、それなりに楽もできるだろう。それでお金がもらえるのだから、 いいことづくめのような気もする。

「……で、おっさん、何企んでるんだ?」

『心外だね。別に何も企んでなんかないよ。ただ、セリオは実験機だからね。なるべく多くの データを収集したいんだ』

 浩之の嗅覚が、この話の胡散臭さを嗅ぎ取っていた。

 とは言え、当の本人のセリオは浩之の横で立ったまま浩之を当然のように見ている。

 ……まあ、セリオには少なくとも悪意はないからな。

 長瀬主任が何を企んでいるのかは気になるが、セリオが自分の家に住み込みでお世話をして くれるのは浩之にとっても都合の悪いことではない。

「ほんっとに、何もないんだな?」

『しつこいな、君も。あまりしつこいと女の子に嫌われるよ』

「ほっとけ」

『まあ、冗談はさておき、受けてくれるかい?』

 浩之は、とりあえずそれを受けることにした。

「今更セリオを送っておいて何を聞くんだか」

 と浩之が皮肉を言うと、長瀬主任は平然と言い返した。

『君が断るとは思わなかったからね』

「まあ、もちろんセリオと一緒に住めるのを断る気なんてないがな」

『うん、よかったよかった。それじゃあ、セリオにはよろしく言っておいてくれ。そうそう、セリオ の他の荷物は後から送るから。まあ、そんなに多くはないけれどね』

 それだけ言うと、長瀬主任は早々と電話を切ってしまった。

「それで、私はこの家に置いてもらえるのでしょうか?」

 セリオが心配そうに、と言っても、浩之にそう見えただけかもしれないが、聞いてきたので、 浩之は笑顔で答えた。

「ああ、しばらくお世話になるぞ、セリオ」

「はい、よろしくお願いいたします」

 セリオがほっとしたように、これも浩之がそう思っただけかもしれないが、頭を下げた。

「じゃあ、とりあえず飯にするか。セリオ、何か作ってくれ」

 一応今は自分がセリオの主人である。そう浩之はすぐに納得して、セリオに命令した。人を 使うのは浩之には慣れたことなのかもしれない。

「はい、分かりました、浩之さん。それでは、リクエストをお願いいたします」

「……適当」

「それでは明確な答えになっておりません」

「いいんだって、適当に何か作ってくれ。まあ、材料なんてほとんどないけどな」

「……」

「ん、どうした、セリオ?」

「はい、私のプログラムの中には浩之さんの好物なもののリストがありませんので、何を作ろうか 悩んでいます」

「いや、だから何でも……」

 と言って、浩之は考えた。確か、ロボットにとっては一番曖昧な答えを導くのが難しいと聞いた ことがあった。それは最新鋭のセリオも同じようだ。

「そうだな……じゃあ、なるべく金がかからない料理がいい。実は今月かなりピンチなんだ」

「はい、分かりました。それでは、嫌いなものなどはありますか?」

「嫌いなものか……」

 浩之はしばらく考えてから答えた。

「普通に日本人が食うものなら好き嫌いはないと思うぜ。まあ、嫌いなものでもセリオが料理したん なら喜んで食うけどな」

「はい、嫌いなものはないのですね。了解しました」

 浩之は、セリオの横に並んだ。

「ほれ、じゃあ行くか」

「どうかいたしましたか、浩之さん」

 セリオは浩之が何をしたいのか分かっていないようだ。

「一緒に買い物行こうって言ってるんだって。セリオ、お前金ももたずにお使いに行くつもり だったのか?」

「浩之さんがお金を渡してくれさえすれば、一人で行ってまいりますが」

「いいって、ほら、いつも一緒に行くってのはできないが、今日ぐらいは付き合うって」

「……はい、ありがとうございます」

 セリオは、何故浩之がついてきてくれるのか理解できないようだった。

 そんなセリオの態度が、少し浩之にはおかしかった。どこか子供を相手にしているような感覚 と言ったらいいだろうか。

「じゃあ、行くか」

「はい、行きましょう」

 浩之とセリオは二人で家を出て、商店街に向かった。

 

続く

 

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