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銀色の処女(シルバーメイデン)

 

 よく考えると変な状況だよなあ。

 浩之は、心の中でそう考えていた。

 まさか、セリオと一緒に買い物に来るとは少しも思っていなかった。

 セリオとは確かに顔見知りと言うより、友人のように親しかったが、だからと言って一緒に 買い物をするというのは想像できなかった。

 浩之はだまったまま自分の横を歩くセリオに目をやった。

「どうかいたしましたか、浩之さん」

 その視線にセリオはすぐに気付いて浩之と目を合わせる。浩之は、別に何をしたわけでも なかったが、気恥ずかしさから目をそらした。

「……なあ、セリオ?」

「はい、何でしょうか、浩之さん」

「メイドロボってやっぱり人間と同じように物を見るときは視線をその物にあてないと見えないのか?」

「はい、一応は。もっとも、人と目を合わせずに見るのは禁止されています」

「は?」

「私達は機械ですので、人間の方と違い、ハードの方は目を合わせなくとも見えるようには簡単 にできます。ですが、人間の方は目を合わせずに話しかけられるのを嫌うので」

 そういえば、確かに何のかんの言って、人は話すときにその相手の方を見る。

「私はマルチさんほど人間の方に近く作られているわけではありませんが、違和感のない程度には 考えて作られています」

「マルチほど人に近くないって、はたから見ればセリオだって人間と区別つかないって」

「ありがとうございます」

 セリオにとってそれは誉め言葉だったのだろうか。

「で、セリオ。どこで買い物するんだ?」

「はい、今日はお金の節約を考えてスーパーに行きます。すぐ近くのスーパーで特売を していますので」

「特売って……」

 浩之は少し笑った。セリオと特売は、どうやっても浩之の中で結びつけられなかった。 そのミスマッチさが、おかしかった。

「どうかいたしましたか」

「いや、セリオと特売がミスマッチだなと思って」

「そうでしょうか」

「片や最新鋭のメイドロボに、片や貧乏の味方だぜ。これほどミスマッチなこともないだろ」

「そうですか、人間の方はこういうのをミスマッチと思うのですね」

 セリオはそれを頭の中にインプットしているようだ。

「なあ、セリオ。お前もマルチと同じように学習型のロボットなのか?」

「はい、私の妹達はそういうメモリはほとんどつんでいませんが、私は試験機なのでマルチさんと 同じほどの学習メモリをつんでいます」

「でも、ほとんどの知識はあのサテライトサービスで補えるんだろ?」

「そうともかぎりません」

 セリオは首を横にふった。こういう仕草は、どう見ても浩之には人間に見えた。

「私のサテライトサービスはあくまで知識をダウンロードすることができるだけで、それだけでは カバーしきれないものがあります。例えば、同じ料理を作るにしても、お肉を焼くときにその作る方の 好みの焼き方を覚えなくてはなりません」

「へー、けっこう細かいんだな」

「はい、今回のテストも、その学習面のテストだと思われます」

「学習面……ね」

 セリオは浩之の目から見れば完璧だった。どこを学習する必要があるのであろうか?

 浩之とセリオは、そのまま話しながら買い物をした。

 

「ふう、ごちそうさま」

 浩之はひさしぶりに満足して夕食を終わらせた。

 やはり一人暮らしの常で、食事はいいかげんになっていってしまう。セリオはまさにふってわいた 幸運だった。

「うまかったぜ、セリオ」

「ありがとうございます」

 セリオは、いつのも抑揚のない声で答える。

「さてと、じゃあ俺は風呂に入るわ」

「はい、もうお風呂もわかしてあります」

「お、さすが、気がきくな」

 何から何まで、セリオは気が利いていた。必要なものは、必ずそろえてくれる。

「はい、ありがとうございます」

「そういや、セリオ」

 浩之は一つの疑問を口に出した。

「セリオって、どこで寝るんだ?」

「どこでとはどういう意味ですか」

「いやな、セリオとかメイドロボって、夜の間はどこで寝てるんだろうなと」

「研究所には専用のポットがありました」

「じゃあ、うちではどうすんだ?」

「別に充電をしながらキッチンのイスにでも座っておけば十分ですが」

「ベット使わないのか?」

「ベットですか。私達メイドロボにはベットは必要ありませんが」

「それって少しかわいそうじゃないか?」

「そうでしょうか。私達はロボットですので、心使いはありがたいのですが必要はありません」

「ふーん……」

 と、浩之はそこで少し意地悪く笑った。

「じゃあ、一緒に寝るか」

「一緒にですか?」

「おう、一緒のベットにだ」

「かまいませんが」

「はぁ?」

 そのセリオの返事に、浩之は間抜けな声を出した。

「かまいませんが。私達メイドロボは子供の添い寝もできるようにプログラムされていますので」

「え、いや、ほら、一緒に寝るんだぜ。『恥ずかしい』とか『この変態!』とかないのか?」

 浩之の疑問に、セリオは当然のように答えた。

「私はメイドロボですから」

「……そうか、やっぱロボットにはそんな感覚はないんだな」

「一応、社会的にまずいことは避けるようにプログラムはされていますが、浩之さんと一緒に 寝ることは問題ないように思われます」

 そのセリオの冷めた言葉を聞いて、浩之も段々冷めてきた。一人で突っ走っても、いまいち 盛り上がりに欠ける。

「それとは別にして夜の間に充電をしておいた方がよいと思われます」

「へ、何で?」

「電気代が夜の方が安いですから」

「いや、気にしなくても電気代ぐらいはもらってるが……」

「節約のためです。浩之さんがそうおっしゃったではないですか」

 そういえば、夕食でお金がやばいって言ったな。

「……細かいな、セリオ」

「メイドロボですので」

 セリオの理由になっているのかよく分からない言葉を聞きながら、浩之はお風呂場に向かった。

 今までの教訓から、浩之は「一緒に入るか」という冗談は言わないことにした。

 

 続く

 

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