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銀色の処女(シルバーメイデン)

 

 今日のお弁当はとてもよいできだ。

 あかりは、そう自分で採点していた。

 自分にしか作れない、あかり特製浩之弁当。

 浩之ちゃんの好きなものに関しては、おばさんよりもよく知っている自信がある。

 今日は勝手にお弁当を作っていくのだが、浩之ちゃんが断るわけないものね。

 あかりは、自分で顔がほころぶのを自覚して、表情を消そうと思ったが、消せるものでもなかった。

 浩之ちゃんが、私のお弁当を、おいしいと言いながら食べてくれる。

 安上がりな女だとは思ったが、それでもあかりは顔がほころんだ。

 けっこう浩之ちゃんにお弁当を作ってくれる子は多いようだが、それでも、ことお弁当に関しては 私が誰よりも浩之ちゃんを喜ばせる。

 それだけで、あかりは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 今時好きな人にお弁当など、と言われるかもしれないが、あかりにとっては最上の愛情表現で あり、浩之の「うまい」という言葉は、あかりには甘い愛の言葉にさえ聞こえる。

 自己満足と言われればそれまでだが、あかりには、すごく大切なことだった。

 そしてあかりは今日も浩之を迎えに来ていた。

 浩之はそのまま放っておくと、遅刻しかねない。こういう世話のかかる所もあかりにとっては うれしかった。自分が必要とされる、そんな気がしたから。

 ピンポーン

 あかりはいつも通りチャイムを鳴らした。

「おーう、ちょっとまってろー」

 家の中から浩之の声が聞こえた。今日はもう浩之は起きているようだ。

 しばらくして、玄関の扉が開いた。

 あかりは、そこで不思議な光景を目にした。

「よお、おはよ、あかり」

「おはようございます、あかりさん」

「お、おはよう、浩之ちゃん、それに、セリオさん」

 自分が起こすことなく浩之が起きているのは、珍しくはあるがまあない話ではない。

 しかし、家からセリオが一緒に出てきたとなると、話は別だ。

「ど、どうして浩之ちゃんと一緒にセリオさんが出てくるの?」

 あかりは、さすがに少しあせりながら浩之に訊ねた。

「ああ、バイトだ」

「バイト?」

「何でもデータを取るとか何とかで、長瀬のおっさんが俺の家にセリオを送ってきたんだ。しばらく 一緒に住むことになった。データを取らせてくれれば金も払ってくれるそうだし、セリオはまわりの 世話をしてくれるし、割のいいバイトだぜ」

「でも、今までそんな話一回も……」

 何かあれば浩之は結局あかりに話してくれる。そういう所は立派に親友として信頼してもらって いるという自覚があかりにはあった。

「ん、俺も昨日初めて知ったからな。ま、急ではあったけど、これほどおいしい話もなかったからな、 二つ返事でオーケーしたぜ」

「そうなんだ」

 あかりは言葉上はとりあえず納得したふりをした。

 朝、浩之の家の玄関。

 そこに、自分以外の女性がいるのが、どうしてもあかりには納得できなかった。

 理屈とかそういうのではなく、ただ単純にそこには自分以外の女性がいてはいけない、そう心が 言っていた。

 それは、もちろんあかりの表情には出なかった。出さない方法ぐらいは、あかりは知っていたから。

 だから、その気持ちを押さえてあかりは笑顔をセリオにむけた。

「それじゃあ、しばらくの間はよろしくね、セリオさん」

「はい、よろしくお願いします、あかりさん」

 二人そろって頭を下げるのを見て、浩之は苦笑したようだ。

「さてと、今日は時間があるからゆっくり学校に行くか。セリオ、お前も途中までは一緒だろ?」

「はい、途中まではご一緒させていただきます」

 セリオは従者よろしく浩之の半歩後ろについた。

「おいおい、セリオ。後ろにいったんじゃあ話し難いだろ」

「……」

 セリオは、その言葉に反応して浩之の横に並ぶ。

 素直と言えば素直だが、それの意味が分かっているのかは浩之には分からなかった。

 3人は、そのまま話しながら途中まで一緒に行った。もっとも、セリオは受け答えはするものの、 二人の話にはほとんど入らなかったが。

「浩之さん、あかりさん、それでは私はここで」

「お、じゃあな、セリオ。また家で」

「じゃあね、セリオさん」

「はい、失礼します」

 セリオは頭を下げると、寺女の方に向かって歩いていった。

 二人はそれを見送ると、また歩きだした。

「ねえ、浩之ちゃん」

「ん、何だ?」

「メイドロボって……やっぱり便利なのかな?」

「そうだな……」

 浩之は少し考えてから答えた。

「便利って意味で言えば、セリオは便利だな。何せ家事全般は平気でこなすし、主人、まあここでは 俺だが、主人に対する心使いもいい。言っちゃ悪いがマルチとは雲泥の差だな」

 と言って浩之は笑った。笑ったところを見ると、最後のマルチと比べたのは、浩之のおきまりの 悪ふざけと言ったところだろう。

「やっぱり役に立つのかな……」

「おう、あかりと比べたってひけを取らんぞ」

 それは最新鋭のメイドロボと比べても自分がひけを取っていないという誉め言葉だとは、あかりは 思えなかった。

「こんな自堕落な生活送ってたら、メイドロボなしで暮らせなくなっちまうぜ」

「そうなんだ」

 あかりは、よく自分では分からなかったが、気付いたら変なことを口にしていた。

「だったら、私が浩之ちゃんの面倒見てあげようか?」

「あかりがか?」

「うん、掃除もしてあげるし、お料理も作ってあげるよ」

「ははは、今は間に合ってるぜ。まあ、セリオが帰ったらまた頼むわ」

 浩之は、笑って答えたが、それを口にしたあかりは、平然とはしていられなかった。

 面倒をみる。掃除も、料理もしてあげる。

 それって、遠まわしには告白に聞こえないだろうか?

 あかりは、心のはしでそんなことを考えたが、浩之の態度は普通と変わらなかったので、自分の 考えすぎかと思った。

 そういう意味で取ってしまう自分に、あかりは赤面した。

「ん、どうした、あかり?」

「何でもないよ、浩之ちゃん」

 そう、浩之ちゃんは私の態度がおかしかったらすぐに気付いてくれる。

 私のことをよく知っていてくれて、そして私の心配をしてくれる。

 これ以上、私は何を望んでいるの?

 正直、セリオさんはかわいいから、一緒に浩之ちゃんと家から出てきたときは驚いたけど、 考えてみればセリオさんはメイドロボなのだ、何を私はあせっていたのだろう。

 あかりは、浩之の方を見てニコッと笑った。

「何だよ、あかり。気持ちわるいな」

「う、ううん、何でもないよ」

「何か企んでるのか?」

「だから何でもないよ」

「ほんとかぁ?」

 私は、浩之ちゃんと一番長く一緒にいれる。

 その幸せを、ちゃんと理解しなくちゃ。

 セリオさんがしばらく一緒に住むと聞いただけであせっていた自分が、妙に笑えてきた。

 こんなに。

 メイドロボに嫉妬するぐらい、私は浩之ちゃんを好きになってしまっている。

 そんな自覚をしながら、あかりは浩之の横に並んで学校に向かった。

 

続く

 

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