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銀色の処女(シルバーメイデン)

 

 今日は朝はかなり余裕を持って学校につくことができた。

 浩之とあかりは、いつもはけっこう急ぐ廊下を、ゆっくり歩くことができた。

「ねえ、浩之ちゃん、今日のお昼どうするの?」

 あかりは、いつも通り浩之に聞いた。そのあかりの言葉の後はきまって「お弁当作ってきたん だけど」と続くはずだった。

「ああ、セリオが作ってくれてんだ」

「え?」

 あかりは浩之の言葉に一瞬あっけに取られる。言われて見れば、浩之がいつもは持ってこない 手さげを手に持っているのにあかりは気付いた。

「さすがセリオだよな、昨日の夕食の材料を買ってくるときに今日の昼の弁当のことまで考えて 買ってきてるんだぜ」

 浩之は、何か得意げに言った。

「しかし、あれだな。メイドロボってのはほんと役にたつな。今日も朝無理なく起こしてくれるし、 起きたらちゃんと朝食も作ってあるし、まるでお嫁さんもらったみたいだよ」

「……」

「ん、どうした、あかり?」

「ん、ううん、何でもないよ」

 あかりは、自分の手にした手さげをギュッとにぎった。

 もちろん、その中には浩之のために作ったお弁当が入っていた。

「つーわけで、今日は一緒に弁当が食えるが、屋上にでも行くか?」

「……うん、浩之ちゃんがそう言うなら」

 あかりは、浩之が一緒に昼食を食べてくれる喜びに身を任せることができなかった。

 私の、位置。私しか、いてはいけないはずの場所。

 それを、いとも簡単にうめようとするセリオの存在が、あかりには恐かった。

「ちょっとお弁当作ってるの盗み見したけど、けっこううまそうだったぜ。まあ、セリオがまずい もの作るとは思えないけどな」

「それは、セリオさんって、最新鋭のメイドロボなんでしょ?」

「ああ、あれなら高くても欲しいと思うな」

 浩之が、嬉しそうにセリオのことを話すのが許せなかった。自分が浩之に一番近いと思っていた のに、それに割りこもうとするセリオが。

 だったら、ここで浩之ちゃんに聞いてみたらどうだろう。

 私もお弁当作ってきたから、セリオさんのお弁当とどちらを取るかきめてって。

 そしたら、浩之ちゃんは私のを選んでくれるだろうか。

 あかりは、その考えが、何の意味のないことにすぐ気がついた。

 浩之ちゃんはやさしいから、きっと「どちらも食う」と言って、無理に二つのお弁当を食べるに きまってる。

 浩之ちゃんのやさしさは、私が一番知っているのに。

 いつも通りにあかりに向かって笑いかけながら話す浩之に、あかりはすごく罪悪感を覚えた。

 たかが嫉妬程度で、浩之のやさしさを一瞬たりとも見失おうとした自分が、すごく悪い人間の ように見えた。

「……ごめんね、浩之ちゃん」

「ん、あかり、どうかしたか?」

「う、ううん、何でもないよ」

 心の中でつぶやいたことが、つい口に出てしまったようだった。あかりは慌ててごまかす。

「なあ、あかり、お前今日変じゃないか?」

「そうかな?」

 あかりは一生懸命に平静を保って答えた。浩之に自分の態度がおかしかったら気付かれるのは ある意味仕方のないことなのだろうが、それにしても、やはり彼は敏感だ。

「何か俺の話もうわの空で聞いてるし、よく下を向いて考え事してるし。なあ、あかり、何か あるならすぐ俺に言えよ。できる限りは手助けしてやるからさ」

 浩之は、心配そうにあかりをのぞきこみながら言う。浩之の顔が近づいているのを意識して、 あかりは少し顔が熱くなるのを感じた。

「……うん、何かあったら一番に相談するね」

「おう、そうしてくれ」

「ねえ、浩之ちゃん」

「ん?」

「……ありがとう」

 今度は、浩之が照れて顔を赤くする番だった。

「ば、何言ってやがんだよ、あかり」

 そう言うと、浩之はぐしゃぐしゃとあかりの頭をなでる。

 あかりは、そのほんのわずかな時間が、すごく幸せだった。だから、今日もあの笑顔で、浩之に 笑いかけた。

「よ、ご両人、今日も朝から熱いね」

「あ、志保、おはよう」

「おはよー、あかり。何、旦那にかわいがってもらってたの?」

 浩之は、あかりのときとはまた違った態度で大きくため息をついた。

「志保、お前、朝からテンション高いな」

「そういうあんたは朝からテンション低そうね。この志保ちゃんに会ったんだから、ちゃんと 朝のあいさつをするのが礼儀ってもんでしょ」

「へいへい、おはようございます、志保お嬢様」

 浩之は力いっぱいだるそうに言ったが、一応志保はそれで納得したようだった。

「よろしい、それにしても、こんな旦那持ってあかりも大変ね」

「旦那さんなんかじゃなよ、志保」

 あかりは、いつもの志保の冗談に、軽くつっこむ。

「それに、今日は起こすのにも手がかからなかったし」

「ほえ、もしかして、浩之があかりが家に来る前に起きてたの?」

 志保は、心底おどろいたという表情であかりに聞いた。

「うん、セリオさんが起こしてくれたんだって」

「セリオ?」

「あれ、志保はセリオさんと会ったことなかったっけ?」

 志保がセリオを知らないと知ると、浩之はここぞとばかりに志保に言った。

「お前、志保ちゃん情報が何とか言ってるくせに、セリオのことも知らないのか?」

「え、あ、し、知ってるわよ。そのセリオとか言うやつのことぐらい!」

 志保が餌に食いついてきたので、浩之はニヤリと笑った。

「ほー、知ってたか。んじゃセリオが誰か言ってみろよ」

「そ、それは……」

 さすがにいくらいつもガセネタばかり言っている志保も、すぐには口からでまかせが言える わけではなさそうで、口ごもる。

「きょ、今日は日が悪いからまた明日ね」

「日が悪いも何もあるか、さっさと知ってるなら言ってみろよ」

「く、くうっ……」

 志保が完全にやり込められてしまったので、あかりは仕方なく助け船を出す。

「まあまあ浩之ちゃん、志保をそれ以上いじめるのはかわいそうだよ」

「ああ、あかり、さすが我が親友。あかりが天使のように見えるわ」

 志保はこれ幸いとすぐにあかりの後ろに隠れる。もちろん、隠れた後に舌を出してベーッと 浩之をバカにするのも忘れない。

 浩之も、一度やりこめたので満足したのか、すぐに追撃はあきらめたようだ。

「まったく、知らないのに意地はって知ったかぶりするからだろ。結局あかりに助けてもらうんなら 最初から言わなきゃいいものを」

「分かったわよ〜、今回は私の負けでいいわよ。で、そのセリオって誰なの?」

「ああ、セリオはな、来栖川重工の最新鋭のメイドロボだ」

「メイドロボって、あのマルチのような」

「ああ、ただし、マルチとはコンセプトが違うらしい。マルチが、より人間に近く作ってあるのに 対して、セリオはより高性能を考えて作ってあるらしいぜ。もっとも、一目見ただけじゃあメイドロボ だなんて気付かないけどな」

「ふーん、でも、何でそんなメイドロボがヒロの家にあるの?」

「何でも、データが取りたいらしくって、ちょっと知り合いにしばらく一緒に住んでくれって たのまれたんだ。もっとも、バイトみたいなものだから、お金ももらってるがな」

「へー、じゃあ、今日はメイドロボに起こしてもらったんだ」

「まあな」

「変だと思ってたのよ、ヒロがあかりの手を借りずに起きられるわけないもんね」

 志保はそう言って肩をすくめた。

「寝坊大王のヒロが自力で起きれたのかと思って私あせったわよ」

「志保、誰が寝坊大王だって?」

「ヒロのことにきまってるじゃない」

「聞き捨てならないな、俺が一度でも学校に遅れたことがあったか?」

 浩之の言葉に、志保は余裕ありげにあかりに聞いた。

「ねえ、あかり。あんた今まで何回ヒロを起こした?」

「え、んーと……」

 あかりはしばらく考えて、最上の笑みで答えた。

「そんなの数えられないよ」

「って、あかり、何最上の笑顔で答えてんだ」

「うん、手がかかるなあって」

 あかりはそれをうれしそうに言った。

「ほら見なさい。あかりが、毎朝苦労して浩之は寝坊しなくてすんでるのよ」

「くっ……」

 浩之は志保に言い負かされるのはしゃくだったが、本当のことなので反論できなかった。

 そして、意外にも反論したのはあかりだった。

「でも、私浩之ちゃんを起こしに行くの面倒だと思ったことないよ」

「ほれ見ろ、あかりもそう言ってるだろが」

 浩之もあかりの言葉に便乗して志保に言い返す。

「まったく、あかりも物好きねえ。こいつみたいなやつのために毎日毎日」

 志保はそう言って肩をすくめると時計を見た。

「もう時間ないみたいね。じゃあ、この続きはまた後でね」

「おお、首を洗ってまってな」

「じゃあ、また後でね、志保」

「んじゃね〜」

 志保が教室から出ていってしばらくしると、担任の教師が教室に入ってくる。

 それを合図に、浩之とあかりは席についた。

 

続く

 

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