銀色の処女(シルバーメイデン)
綾香は学校に向かっている途中でセリオを見つけた。
セリオに小走りに走りよって綾香はセリオを肩を叩いた。
「おはよー、セリオ」
セリオは、驚いた風もなくスッと振り返ると、頭を下げた。
「おはようございます、綾香お嬢様」
その堅苦しい挨拶も、綾香はだいぶんなれっこになっていた。でも、やはりもう少しくだけて いてもいいかなと思う綾香であった。
メイドロボであるセリオに、くだけた挨拶を求める方がおかしいと言えないこともなかったが。
「どう、調子は?」
綾香は、勤めてやっているわけではないが、いつもの友達に話す口調を変えずにセリオに話しかける。 それは人間としては珍しい方に入るかもしれない。
「はい、問題ありません」
セリオの答え方も、確かにあってはいるのだが、どこか滑稽に見えた。それを自覚して、綾香は クスッと笑った。
「どうかしたしましたか、綾香お嬢様」
「いやね、私達変な会話してるなあと思ってね」
「そうでしょうか、私のデータでは普通の会話だと認識しておりますが」
いくら最新鋭とはいえ、そこまで細かい所はカバーしきれていないのかもしれない。
もっとも、これを冗談としてやっているなら、それはそれでセリオにはユーモアセンスが ないのかもしれない。
「今度からは気をつけることにします」
「あ、いいのいいの、そんなこと気にしなくて。友達ならいつでも交わす冗談みたいなものよ」
「冗談……ですか?」
セリオは困惑したような表情をしたように綾香には見えた。セリオが困惑するとは思ってはいないが。
「そう、冗談。友人との会話で冗談が言えるぐらいになったら一人前ね」
綾香はそんな無責任なことを言った。
「わかりましたが、人間の方は、友達ではなく使えるべき主人でありますので、私は誰と冗談を交わせば よろしいのでしょうか?」
「主人って、別に私はセリオのこと友達と思ってるけど」
「……ありがとうございます」
セリオが言いよどんだように見えたのは、綾香の気のせいだろうか。
「で、友達と言えば、セリオのダンナはどうしてた?」
「ダンナ?」
セリオはしばらく自分のデータベースを調べていたようだが、それに類する人物を出すことが できなかったようだ。
「ダンナとは、夫のことだと思われますが、一体誰のことでしょうか?」
綾香は、それを聞いて、セリオがまだ冗談を完全に理解していないことに気付いた。
「ああ、浩之のことよ、浩之の」
「浩之さんのことですか? 浩之さんは今はまだ高校生ですし、メイドロボである私とは結婚も できないと思いますが」
「だから冗談だって」
綾香はできの悪い子供を笑うように軽く笑った。
来栖川の最新鋭のメイドロボ、セリオ。彼女であっても、やはり人間の冗談を全て理解するのは 難しいようだ。
「冗談ですか、わかりました」
「そう、わかればよろしい」
綾香は楽しそうにそう言った。セリオに、こうやって冗談の一つを教えていくのも綾香にとっては けっこう面白かった。
「で、浩之元気だった?」
「はい、浩之さんは元気です。お食事も、よく食べていただけます」
「ふーん、ま、浩之は死んでも死なないとは思うけどね」
綾香はけっこうさっぱりと返したが、本当はちょっとセリオがうらやましかったりする。
できることなら、綾香も浩之の家で暮らしたい、とまでは言わないが、やはり違う学校なので 浩之と会う回数は多くない。
携帯の番号を教えているので、浩之から誘われることはあるのだが、だいたいが大人数で遊びに いくときであり、しかも浩之は自分で携帯を持たないのでこっちから呼び出すことができない。
その点、セリオは浩之としばらくの間一緒に暮らすのだ。やはりうらやましい。
まあ、それをセリオに対しても口に出して言わないのが、綾香の恥ずかしがりやの一面だろう。
「ただ、今までは食生活に偏りがあったようです」
「まあ、そうでしょうねえ。浩之って、ほとんど一人暮らしと一緒らしいし」
「しばらくの間は私がお食事を作らせていただくので、今までの経過から見て、おそらくそう 浩之さんが体を痛めることはないと思われます」
「ふんふん、って何でそんなに詳しく説明するのよ」
「綾香お嬢様が浩之さんの体の心配をしているようなので」
綾香は一瞬ドキッとした。セリオに、自分の浩之に対する気持ちがばれたのかと思った。
「えーと、何だ、セリオ」
「はい、何でしょうか?」
「どうして私が浩之の体の心配をしてると思ったの?」
「浩之さんが元気かどうかを聞いたのは綾香お嬢様ですが」
「いや、まあそうだけど」
まるで人の揚げ足を取るようなセリオの言い方に、綾香は少しこまった。
「……というのが冗談だと私のデータベースには入っておりますが」
「へ?」
「元気かどうかを聞くのは普通の挨拶に使われますが、それを話として深く掘り下げて揚げ足を 取るのが冗談だと記憶しております」
「誰よ、そんなの教えたの」
「綾香お嬢様ですが」
「へ、私?」
「はい、綾香お嬢様に教えていただいた冗談です」
「……」
そういえば、人の揚げ足を取るような物言いは、自分に似てるかもしれない。
綾香は自分のことながら、反省した。
あんまり変なことはセリオには教えまい。
今さっきセリオに自分の気持ちを知られたのかと思って一瞬寿命がちぢんだのを思いだし、綾香は そう心に決めた。
「何か問題がありましたでしょうか」
「う、ううん、得にはないけど今度からその冗談は言わないで。心臓に悪いから」
「はい、わかりました」
セリオは当然のようにそう答えた。おそらく、人間なら何が心臓に悪かったのか問いただすの だろうが、セリオはそれをしない。
今回は、綾香はセリオがメイドロボだったのに感謝した。
「で、新婚生活はうまくいってるの?」
今度の冗談は、セリオは前後の会話の流れから理解したようだ。
もっとも、その意味を深く理解していれば、人間なら笑うか照れるかしていたろうが。
「おおむね順調です」
「こき使われてない?」
「メイドロボは人間の方の役にたつのが仕事ですし、そこまで大変な仕事はありません」
「いじめられてない?」
「いじめられていません」
「じゃあ姑にいびられてるとか」
「どこの話でしょうか」
セリオの言葉はとりつくしまもなかったので、綾香はしばらく考えた。
「うーん、じゃあ、セクハラされたとか」
「一緒に寝ようとは言われました」
「ふーん、て、マジ?」
「はい、本当です」
あ、あのエロ浩之だけは……
綾香は、次に浩之に会ったときに一発殴ってやろうと心に決めた。冗談を言わない決心はすでに 破られていたが。
「もっとも、浩之さんは冗談のつもりで言ったようですが」
「あ、何だ、冗談なんだ」
綾香は少し拍子抜けしてしまった。
「じゃあ、一緒には寝ななかったんだ」
「はい、寝ませんでした」
ふうっと綾香は心の中で胸をなでおろした。ただでさえライバルが多いというのに、ここでセリオに まで参戦されてしまうと面倒だ。
もっとも、セリオにその気があるのかどうかは綾香にはわからなかったが。
そのことで一息つくと、今度は綾香の中の悪戯心がむくむくと起き上がってきた。
綾香は近くに手ごろな友人達を見つけ、呼びかけた。
「ねえねえみんな、セリオってば、一人暮らしの男の家に住み着いてるのよ」
「え、本当?」
「セリオって手が早いんだ、私なんて彼氏もまだなのに」
綾香の友人達はのりもよく、すぐに綾香の話に乗ってきた。まじめに考えるとセリオはメイドロボ なので一人暮らしの男の家に住み込んでも何の問題もないが、それはそれだ。
「しかもその男と一緒にお風呂まで入ってるんだって」
「いえ、入っておりませんが」
「わー、すごーい、セリオってけっこうエッチなんだ」
つまり、別にセリオがどう思ってようと、話のネタにはなるのね。
綾香は、そうやってセリオを友達の中に引きずりこんで、十分に話のネタにしてやった。
続く