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銀色の処女(シルバーメイデン)

 

 でも、このお弁当どうしよう?

 あかりは、お弁当の入った手提げを見ながら考えていた。

 まさか本当に浩之ちゃんに言うわけにもいかないし、やっぱり持ってかえるしかできない のかなあ?

 それも少しもったいないと思ってしまうあたり、自分が貧乏性ではないのかとあかりは思った。

 でも、セリオさんが浩之ちゃんの家にいるのかあ。

 それが気になって、あかりは今日の授業には身が入らない。

 浩之はあまり女の子を自分の家にいれたりしない。これは、あかりはよく知っていた。

 あかりでさえ、試験の勉強とか、お料理を作るからとか理由がないとあがったことがなく、 遊びに来たからと言って入ったことは、志保でも少ないのではないだろうか。

 それをセリオさんはいとも簡単にクリアして、一緒に住めるのだ。

 今まで、これほどメイドロボがうらやましかったことはあかりにはない。

 メイドロボがうらやましい?

 その考え自体、思いつくことさえないはずだった。

 浩之ちゃんのやさしさは、私だろうと、メイドロボだろうと、分け隔てないのは知ってる。

 だから、よけいに私はセリオさんがうらやましい。

 そして、セリオさんの方が、一歩早くお弁当を浩之ちゃんにわたせる。

 浩之にお弁当を作っていくことは、あかりにとっては本当に数少ない愛情表現なのだ。それを 邪魔されるのは、やはり嫌だった。

 でも、浩之ちゃんにはそんなこと言えない。

 浩之ちゃんがやさしいのを、私は誰より知っているから、私はそれに甘えちゃいけない。浩之 ちゃんを、なやませちゃいけない。

 あかりにとってそれは多のくものと比べても優先されるべきラインであった。好きな人の気持ちを 考えずに、何を優先させろというのだろう。

 やっぱり、持って帰るしかないよね。

 あかりは、そう結論をつけていたが、それには一つ困ったことがあった。

 浩之に作ったお弁当と、自分のお弁当が同じ手提げに入っているのだ。

 あかりが注意しなくてはいけないのは、その浩之のために作ってきたお弁当を、浩之に気付かれない こと。だから、手提げから出してお弁当を鞄の中にしまうなりしなくてはいけないのだが、それには まずそのお弁当を手提げから出さなくてはならない。

 そこを浩之に見られて、浩之に不審がられるのをあかりは危惧していた。

 それも、始めは授業中にやってしまえばいいだろうと思っていたのだ。

 一時間目にそれをしようとして、チラッと浩之の方を見ると、浩之がこっちを見ていた。

 あかりは慌てて浩之から目をそらしたが、見られてると思うと手提げからお弁当を取り出すことが できなかった。

 実はそのとき、浩之はたまたまあかりの方向を見ていただけなのだが、後ろめたさと知られたくない という気持ちが、あかりを自意識過剰にしていた。

 こうなると、あかりにはどうしようもなかった。チラッと浩之を見て、浩之がこちらを見ていなくても、 手提げから取り出しているのを見られているのではという気持ちが先に立ってできない。

 だったら、休憩時間、浩之が教室を出ている間に、とも思っていたのだが、今日にかぎって 休憩時間になるとすぐに志保が遊びに来て、それもできない。

 でも、昼休みにまでは入れかえないと。

 あかりは、心の中であせりながら浩之と志保の言い合いを見ていた。

「ね、あかりもそう思うでしょ?」

「え? あ、う、うん」

 突然、というほどでもなかったのだが、自分のことに気を取られていたあかりにしてみれば突然に 志保に問い掛けられて、あかりは驚きながら生返事を返した。

「ちょっとあかり、どうかしたの? あんまり元気なさそうだけど」

「う、ううん、別に何でもなけど」

 あかりはそうやって作り笑顔で志保の言葉に応じた。

「決まってるだろ、志保。お前の毒気にあてられたんだよ」

「きー、そんなわけないでしょ。この天使のごとき私に毒なんてないわよ。あんたと違ってね」

「へっ、誰が天使だ。キリスト教に訴えられるぜ」

「言ったわね〜、この……」

 志保はまた浩之との言い合いに戻った。

 あかりは、二人に気付かれないように小さくため息をはいた。

 この調子では、休憩中にも入れかえれそうにもないなあ。

 でも、このままじゃあお昼休みになっちゃう。

 浩之ちゃんに、負担はかけたくない。このお弁当が見つかったら、きっと浩之ちゃんは悩んで しまう。それだけは、避けたい。

 でも、いつ入れかえよう。

 授業中も、見られるかもしれない。休憩中も、やれそうにない。

 どうしよう。

 浩之ちゃんに見つかったら。

 どうしよう。

 浩之ちゃんを、こまらせてしまったら。

 それは嫌。浩之ちゃんをこまらせたくない。

 あかりは、キュッとスカートを握った。

 でも、表情は隠していた。そんなことをすれば、浩之に見咎められてしまうかもしれないから。

 

 とうとう、お昼休みになってしまった。

 あかりは、結局浩之のお弁当を入れかえることがでないままその時間をむかえることとなった。

「おし、あかり、行くぞ」

「う、うん……」

 あかりは、お弁当の入った手提げを胸にかかえるようにして浩之の後に続いた。

 どうしよう、入れかえれなかった。

 絶対に、浩之ちゃんにはこのお弁当を見せてはだめだ。

 あかりは、細心の注意を払ってお弁当の入った手提げを運んだ。

 もし、その大きさを不審に思われてしまったら、終わりだ。

 だから、自分の体で浩之の視線から外れるように注意して持つ。

「ん、どうした、行くぞ」

「う、うん」

 あかりは、このとき浩之に先に行ってもらうことをあまりにあせっていたので思いつかなかった。 考えているのは、浩之にそのお弁当を見られるのを防ぐことだけ。

「考えてみたら、あかりと学校でお弁当食べるのもひさしぶりだな」

「そうだね……」

 本当なら、私のお弁当を食べてもらうはずだったけど、もうそれは言っても仕方ない。だから、 せめて浩之ちゃんには楽しくお弁当を食べてもらいたい。

 だから、お願いだから気付かないでね、浩之ちゃん。

 あかりの心配をよそに、二人は屋上に出た。

「お、あそこのベンチがあいてるな。あかり、あそこにしようぜ」

「う、うん」

 浩之はそのベンチにどかっと腰をおろした。あかりも、遠慮気味に腰を下ろす。

「んじゃ、待ちに待ったお弁当タイムといきますか」

 そう言いながら、浩之がお弁当を出そうと横を向いたのを、あかりは見逃さなかった。

 その瞬間にあかりは素早くベンチの横に置いた手提げから、お弁当を取り出そうとした。

「で、あかり、何隠してるんだ?」

 えっ!?

 あかりがあわてて振り向くと、浩之があかりと、横に置かれた手提げをのぞきこんでいた。

「さっきから何かその手提げを隠すようにしてるが、何かあるのか?」

「べ、別に何もないよ」

「ふ〜ん……」

 浩之はじろじろとあかりの顔を見た。あかりは、何とかその場をごまかそうと口を開こうとした。

「隙ありぃ!」

 一瞬の間に、浩之はその手提げを取っていた。

「あっ!」

「へっへっへ、見させてもらうぜ、何かは知らんが」

「だ、だめっ!」

「ん、別にお弁当と水筒が入ってるだけみたいだが……2つ?」

「あ……」

 浩之は、あかりをじろっと睨んだ。

「あかり、これはどういうことだ?」

「どういうことって……」

「何でお弁当が2つある。しかも、片方は大きい」

「え、えーと、そう、私、このごろ沢山食べるようになったんだ」

「お弁当二つもか?」

「う、うん……」

「あかり」

 あかりは、浩之のその声にびくっと震えた。

「もしかして、このお弁当、俺に作ってきたんじゃないのか?」

「う……」

「どうなんだ?」

 もう、浩之にはあかりが嘘をついているのは知っていた。

「お前、俺がセリオがお弁当を作った話をしたから、自分がお弁当を作ってきたのをだまってたのか?」

「……ごめんなさい」

 あかりは、ちぢこまって浩之にあやまった。あやまられた浩之は、ため息をついた。

「何であやまるんだよ、あかり」

「だって……」

 次の瞬間、浩之はぎょっとした。

「だって、だって……」

 あかりが、グスグスと泣きはじめたのだ。

「お、おい、あかり……」

「だって、もし私がお弁当作ってきたこと言ったら、浩之ちゃんやさしいから、こまるでしょ。 それで、「二つとも食う」とか言って、無理しても食べちゃうでしょ?」

 あかり自身も、驚いていた。まさか、自分がこれしきのことで泣くとは思ってもいなかった。

 これしき? 違う、私にとって、浩之ちゃんを悲しませることが、一番辛い。

 だから、私は泣いてるんだ。

「浩之ちゃんを、こまらせたくなかったから」

 自分が泣くことで浩之がこまるのは分かっていたが、あかりには涙を止めれなかった。

「あかり、もう泣きやめよ」

 ぽんっと浩之はあかりの頭に手を置いて、ゆっくりとなでた。まわりの目も気になるだろうに、 浩之は少しもあせっていなかった。

 その優しさが、あかりには本当に嬉しかった。だから、涙を止めることができた。

「ヒック、ヒック、う、うん……」

 浩之は、手提げの中からお弁当を取り出すと、小さい方をあかりに手渡した。

「ほら、あかり。お昼にしゆぜ。俺はお腹がすいてるんだ」

「で、でも……」

 あかりは、同じように浩之の手にあるセリオの作ったらしいお弁当を見ていた。

 浩之は、余裕の顔で笑った。

「俺は今日は特別お腹が空いてるんだ、お弁当一つじゃ足りないぜ」

「浩之ちゃん、無理しなくても……」

 でも、あかりは知っていた。そんな言葉、浩之には通じないことを。

「知ってるか?朝飯を食べると、余計に胃が刺激されて昼飯も多く食べれるんだぜ」

「そんなの、聞いたことないよ」

「お前がものを知らないだけだ。さあ、食うぞ」

「う……うん!」

 あかりは、でも最後は浩之に甘えることにした。もうこうなった浩之が、人の言葉なんて聞く はずもないことをあかりはよく知っていたから。

「あかり?」

「何、浩之ちゃん」

「ありがとな」

「……」

 あかりは、一瞬感極まって、言葉が出なかった。お弁当を食べる前から、胸が一杯になってしまった。

 そして、あかりは最上の笑顔で答えた。

「うん」

 浩之は照れたようにそっぽを向いてお弁当をほうばりながら、やはりそっぽを向いたまま言った。

「あかり、今度からお弁当を作ってくれる日は前日に言ってくれ。俺も今日みたく都合良く すごく腹がすいているとはかぎらないからな」

 あかりは、浩之の言い方にプッと小さく噴き出した。

「何だよ、汚いな。飯食ってるときに笑うなよ」

「うん、分かった」

 あかりは、二つの意味をこめてそう答えた。

 

続く

 

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