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銀色の処女(シルバーメイデン)

 

「ねえねえ、セリオ。今から一緒に浩之を学校までも迎えに行かない?」

「浩之さんの学校までですか?」

 綾香は突然思いついた案をセリオに言ってみた。

「それはかまいませんが、綾香お嬢様は何故御一緒に来られるのですか?」

 こ、この子、いらないところで敏感ね。

 綾香は心の中で舌打ちしながらも、表情にはそれを出さなかった。

「いやさあ、セリオがお世話をする家を見ておくのもいいかなってね。それに、私今まで浩之の 家に遊びにいったことないのよ。この際だから、遊びに行ってみようかなって」

 もちろん、後者が本命だ。

 セリオは、綾香の心配をよそに少なくとも言葉だけは何も勘ぐらずに答えた。

「はい、それでは御一緒にお迎えにあがりましょう」

 考えてみれば、メイドロボであるはずのセリオが勘ぐることなどないように思えるのだが、 綾香はつい警戒してしまうのだ。

 その警戒は、自分の教育の賜物だということに綾香は気付いてはいないが。

 セリオは今まで実験用としての期間を終えると、そのまま来栖川家でメイドロボとして 使用されていた。ことに、綾香が面白がって色々教えていたので、物の言い方などがどこか 綾香に似ているのだ。

 おかげで、たまに綾香が思わないところで不意をつかれたりするので、綾香自身にやましい ところがあるときは、どうしてもセリオの言葉を警戒してしまうのだ。

「さてと、それじゃいそぎましょうか。ちんたらしてたら浩之が先にかえっちゃうかもしれない しね」

「そう急ぐ必要はないと思われます」

「何で?」

「私は、前に何度か帰りに浩之さんにお会いしたときは、必ずと言っていいほど5時は過ぎて いました。おそらく、いつも学校の帰りにどこかに寄るか、学校で時間をつぶしているものと 思われます」

 そう言いながらもセリオはてきぱきと鞄に荷物をしまう。

「へー、そうなんだ。そういえばけっこう町の中をぶらついてることあるわね」

 綾香も偶然浩之に会うことがあるが、やはりそれも浩之がそのまま家に帰らずにそこらへんを ぶらぶらしているからだろう。

「ねえねえ、そういえば、浩之って友達と一緒に帰ってるの見たことある?」

「マルチさんと一緒のこともありますし、あかりさんと一緒のこともありますが、普通は一人で 歩いていることが多いようですが」

「違う違う、男の友達と一緒だったとこ見たことある?」

「男の方ですか?」

「そう、私は今まで浩之に紹介してもらった男友達と言えば雅史君しかいないのよ」

「少なくとも私は男の方と歩いているのを見たことはありませんが」

 そのわりには、綾香は女の子はけっこう紹介されていた。

「もしかして、浩之って友達少ない?」

「そんなことはないと思います。浩之さんは私のデータから言うと友人を作りやすいタイプだと いう結果が出ていますが」

「何、心理学?」

「はい、性格判断テストのようなものです」

「ふーん」

 綾香は気のない返事をしたが、けっこうそれにはこだわりたかった。

 セリオの意見と同じく、綾香も浩之が友達が少ないとは思っていない。むしろ、親しい友達は 多いぐらいかもしれない。

 でも、その大半は、どうも女の子のようなのだ。

 ためしにセリオにも聞いてみたのだが、どうも間違ってはいないようだ。

 並のそこらの女の子と競り合うのなら、そう簡単には綾香は負けない自信はある。顔もそうだし、 押しも強いし、何より魅力というもの自体が人の並ではないことを綾香は知っている。

 しかし、これがまた、浩之の紹介してくれる女の子というのが、みんなかわいいのだ。

 よく知っている葵しかり、あかりも、志保も、保科も、他に紹介してもらった子も、みな かわいい。そして、自分の姉、芹香も。

 正直、彼女らと浩之の取り合いをしたら、勝つことができるかどうか……

「どうかしましたか、綾香お嬢様」

「う、ううん、別に何でもないわよ」

「心配なさらなくても、浩之さんの友人は多いと思います。私はマルチさんからいくらか話を 聞いているので知っていますけれど、いつも人に囲まれているそうです」

「心配なんてしてないって、私もそれは知ってるわよ」

 セリオは単純に友人のことを心配しているように見えたのかなあ?

 綾香にはセリオの考えは容易に読むことができなかった。もしかしたら、自分が気にしている ことを知っていて、とぼけているだけかもしれないのだ。

 単純に、他の女の子に嫉妬しているだけなのだ、私は。

 それが、セリオにはわからない?

 そう、綾香は女の子たちに嫉妬していた。それも、単なるあてずっぽうの嫉妬ではない。

 今まで紹介された女の子は、少なからず浩之に好意を持っているのは明白だったから。みんな、 どこか私と同じ目で浩之を見ていた。

 まあ、少なくとも当面姉さんと葵は完全なライバルみたいだしねえ。

 ライバルが多いほど燃えるなんて、どこの誰が言ったのか。私は、ライバルは少ない方がいい。 少なくとも、浩之に関しては。

 だって、楽しむ余裕なんて、どこをつついても出てきそうにないから。

「それでは、行きましょう。いくら時間をつぶしているとは言え、街の中では探しづらいでしょうし」

「そうね、行きましょうか」

 歩きだしたセリオの後ろ姿を見て、綾香は一つの考えを急に思いついてしまった。

 

 もしかして、セリオも浩之のことが?

 

 それは、ごく普通の解答だった。

 あのマルチを見てみれば分かる。あの子は、明らかに浩之のことが好きだ。

 つまり、それは、メイドロボでさえ、人を好きになることができるということではないのか。

 マルチは、それがもしプログラムの結果でも、人を好きになったではないか。

 プログラムだろうと、人の感情だろうと、人を好きになるのが同じなら、セリオは誰を好きになる?

 答えは簡単だ。セリオのまわりにいる、一番魅力的な男性。

 

 間違いなかった。いや、綾香は間違いないと思った。

 セリオが人を好きになるとしたら、それは浩之だ。

 そして、一緒に住んでいる浩之が、セリオに心を許す日がこないと誰が言えようか。

 また、一人ライバルが増える。

 だったら、私はそれを阻止しなくちゃいけない。

 指をくわえて見ているだけなんて、私はしない。

 だから……

 

 綾香は、我に返った。

 そして、少しだけ冷静になる。

 私は、何を突拍子もないことを考えていたのだろうか。

 確かに、セリオはいい子だけど、マルチと比べると感情には重点をおかれていない。マルチが できたことが、セリオにできるという保証はないのだ。

 セリオが好きになるのも、何も浩之とは限らないではないか。

 浩之を一番魅力的な男性、と評価するのは、さすがに私のひいきすぎる気もする。

 それにもし……

 綾香は、横について歩くセリオをチラッと見ながら思った。

 もし、セリオがライバルになるとして、私はどうやってそれを阻止しようというのだ。

 命令して、セリオを浩之の家に置かないようにする? そういう手は、綾香の趣味ではない。

 気持ちだけが一人走りをしてしまっただけだ。私は、そんなにあせっているのだろうか?

 

 でも、最終的には、そんな手を、つまりは、自分の操作できる全てのものを使う日が、来るかも 知れない。浩之を手に入れるために。

 

 そんな覚悟が、いつかは必要なのかもしれない。

 セリオの横顔に、そんな一抹の不安を感じながら、綾香はその元凶たる人物を迎えに歩いた。

 綾香に脈絡ない不安を感じさせた張本人は、いつもの無表情のままであった。

 

続く

 

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