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銀色の処女(シルバーメイデン)

21

 

 何の因果か、浩之の家には4人の女の子が集まっていた。

 両手に花……いや、もっとすごい状態だよなあ……

 あかりに、志保に、綾香に、セリオ。飢えた男どもが泣いて喜びそうな組み合わせだ。

 ただ、浩之はそれを単純に快く思うことはできなかった。

「で、綾香はなんで来たんだ?」

「私は……セリオから浩之が風邪かもしれないって聞いたから」

 別に悪いことをしているわけではないのだが、綾香の口調は少しさえなかった。まさか、あかりと 志保が浩之の家に遊びにくるとは思っていなかったのだ。

「俺が風邪?」

「セリオから、今日の浩之の様子がおかしかったって聞いてね、もし本当に風邪をひいてたら、 人手があった方がいいと思って……」

「……その気持ちはありがたいけどな、おかげさまで風邪なんかひいてないぜ」

 綾香の口調がすぐれないのはまるで自分があかりと志保にいいわけをしているように感じたから。 そして、浩之の口調もすぐれないのは……

 俺の様子が変だったのは、知っている。あかりも志保も気付いたぐらいだ。

 ただし、それがセリオにわかるものなのか?

 そう思うと気分も落ちこんでくる。まさに、浩之が恐れていたことが、セリオの中でゆっくりと 進んでいるのではないのか。その疑問が頭をかすめるのだ。

 また、あかりも何か話題を出すことができなかった。浩之が何か悩んでいる。その理由を知ること こそがあかりの第一目的であり、綾香の存在はその予定を大幅に狂わせていたのだ。

「あれ、浩之、風邪ひいてたの?」

 この場合、志保のあまり考えなくした発言に、助けられたものは少なくなかった。いいわけをして いるようで嫌だった綾香と、気持ちの落ちこんでいく浩之と、何かを言い出せないあかり。セリオは…… どうだったのだろうか?

「別に風邪なんかひいてないぜ、俺は」

 そこになって、初めてセリオは口を開いた。

「今日の早朝、沢山の汗をかいて起きてきましたし、通学途中も様子がおかしかったので、状況から 判断して風邪かと思ったのです」

「汗……ああ、そういや昨日は汗かいてたもんな」

「では、失礼して熱をはからせていただきます」

 セリオはそう言うと、そっと浩之のおでこに手をあてた。それがただ熱をはかるためだとわかって いても、残りの3人は一瞬反応してしまいそうになった。が、3人とも押しとどまったようだった。

「お、おい、セリオ……」

 もちろん、一番狼狽しているのは浩之かもしれない。健全な少年には、そのおでこに手をあてると いう行為がいやに刺激的に感じたのだ。

「……熱は平熱のようですね。吐き気や腹痛、関節の痛みはありませんか?」

「そんなものはないが……」

「では、私の早とちりだったようです。綾香お嬢様にここまで来ていただいたのにもうしわけ ありません」

 セリオは、やっと浩之のおでこから手を離した。3人が、ほっと息をはく。

「別に私はかまわないわよ。まあ、浩之が風邪じゃなくてよかったわ」

「なんとかは風邪ひかないって言うしね」

 志保の言葉は、もし浩之が風邪なら不謹慎であったかもしれないが、ここでは緊張をほぐすいい タイミングでの冗談だった。冗談のレベルいかんに関してはそこまでではなかったが。

「けっ、じゃあ志保は風邪をひかないわけだな」

「言ったわね〜、私だって風邪ぐらい……」

 そこで、志保の言葉が止まった。遅刻はごくたまにするものの、志保は今まで一度も学校を休んだ ことはなかった。もちろん、それは風邪をひいても無理をして学校に行ったというわけではない。

「バカ決定だな」

「ち、違うわよ! えーと……誰がバカが風邪ひかないって言ったのよ。美人は風邪をひかないのよ!」

「初めて聞いたぞ、そんな言葉」

「いいの、私がそう言ってるんだから間違いないのよ!」

「よけい信用おけねえじゃないか、バカ志保」

「きぃ〜〜〜〜っ! バカって言ったわねえ、バカって言う方がバカなのよ!」

 売り言葉に買い言葉、浩之と志保はいつも通りの悪口の言い合いに突入しようとしていた。気に かかることがあるとは言え、浩之は当然のように志保に口喧嘩で負けるつもりはなかった。

「まあまあ、志保も落ちついて、ね。浩之ちゃんも人のことバカって言ったらだめだよ」

「正論ね」

 と、綾香もクールな声で突っ込みを入れた。

 あかりはただ二人の口喧嘩が始まると先に進めなくなるので止めたのだが、綾香は浩之が志保と 楽しそうに、綾香にはそう見えたのだ、口喧嘩をしているのがしゃくにさわっただけだった。

 だいたい、志保と浩之の言い合いには品がないのよねえ。

 綾香が浩之と言い合いをしているときは、どこか少しひねってある。ジョークもきかせてあるし、 あんな単純な悪口の言い合いなどしない。

 ただ、志保と浩之が言い合いをしているのを見るとまるで子供の口喧嘩を見ているようで微笑ましく 感じる。だからよけいに気にくわなかった。

 微笑ましく感じるということは、つまりそれが似合っているということだ。理性ではわかっていても、 志保と浩之が似合っているなどと納得するつもりは全然綾香にはなかった。

 まあそれは、志保とはたまにしか遊ばないので、志保に対する評価が低いせいかもしれないが。

 志保を認めたら認めたで、またややこしことになるのは目に見えていたが、今のところそういう 兆候はない。

「志保が他に話をふるからだぜ」

「何よ、人に罪をなすぐりつけないでよ」

 浩之は肩をすくめた。

「まったく、人がなんのためにお前を連れてきたと……」

 浩之は、どこか志保との口喧嘩という、言わば日常に自分が逃げたがっていたのを知っていた。 自分でわかっていながら、その誘惑に惹かれて、志保と口喧嘩をしていたのだ。

 しかし、彼は思い出してしまう。その問題は、解決しないかぎり、ずっと浩之の心を縛り付けて くるのだ。

 だから、浩之はその不安を打ち消す方法を一つしか知らなかった。

 真正面から、立ち向かうこと。

「そうよ、その理由ってやつをキリキリしゃべってよ」

 志保は、なるべく綾香にわかりにくいように言った。今は別の話ではぐらかして、綾香が帰って から話を戻すなどという器用な行動を志保は取れるほど器用でも狡猾でもなかったから、これが限界 だった。

 志保だって、綾香が浩之の家に来ているという事実は、あまり楽しいものではなかったのだが、 そこは無視することも志保にはできるのだ。

 志保はともかく、あかりもいつになく真剣な顔をしていたので、綾香は浩之に聞いた。

「何か大切な話なら、帰るけど?」

 綾香はいくらあかりと志保にライバル心があっても、自分の関係ない話にまで口を突っ込むほど 分別がないわけではなかった。そういうとこのけじめは、ちゃんとつける方だ。

「……いや、綾香にも聞いてほしい話だ。他の二人よりも、綾香には関係のある話だしな」

「私に関係がある?」

 何のことだか綾香にはさっぱり分からなかったが、浩之は真剣な顔つきだった。

「綾香には説明しといた方がいいな。俺が様子がおかしいと言われたのには、理由があるんだ」

「理由?」

「あかりと志保に話すんだから、考えてみれば綾香に話さないわけにもいかなかったな」

 そう言って、浩之はセリオに顔を向けた。

「理由ってのは、セリオだ」

「セリオさん?」

 あかりはどこか予測していながらそれをまるで考えもつかなかったことのように口にしていた。 あかり本人には別に演技する気は少しもなかったので、予測とは同じでも本当に驚いていたのかも しれない。

 そして、あかりと綾香はセリオを見た。状況のいまいちつかめていない志保も、それにつられて セリオを見る。

 しかし、一番驚いているのはセリオのはずなのに、せいオはいつものように無表情だった。

 それは、当然のことなのだが。

「私が何か不手際でもしましたでしょうか?」

「いや……そうじゃないんだ」

 浩之はここまで来たのにまだ迷っていた。

 自分の行動が、ただセリオに自覚をもたせて、ただ不安を進行させるだけなのではないのか。その 懸念がまだ頭から抜けないのだ。

「セリオには、問題はない。問題なのは……」

 浩之は、そこで息をのんだ。

 まっすぐ、セリオの瞳が浩之を見ていた。

 綺麗な瞳だった。人間に比べて不自然なところは少しもなく、いや、人間よりも澄んでいたのかも しれない、不自然なまでに。

 でも、その不自然さこそ、浩之の知っているセリオではなかったのか?

 浩之は、セリオの瞳を見つめ返しながら、言った。

「セリオが問題じゃないんだ、問題なのは、『シルバー』だ」

 セリオの瞳は、それでも澄んでいた、恐いくらいに。

 

続く

 

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