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銀色の処女(シルバーメイデン)

22

 

「セリオが問題じゃないんだ、問題なのは、『シルバー』だ」

 その言葉に反応したものは、誰もいなかった。

「……ねえ、そのシルバーって何?」

 一番状況がつかめていない志保が浩之に訊ねる。

 いつもなら無視するところだったが、浩之はセリオを指差しながら志保にも説明する。

「こいつが前話してたセリオだ」

「へ〜、このメイドロボが?」

 志保も前に浩之に言われてから自分なりにメイドロボを調べたのだ。量産型セリオについては もちろん知っていたのだが、あのときは思いつかなかったし、それをどうして浩之が持っているのか 思いつかなかったのだ。

「ああ、今の量産型のオリジナルだ。前も説明したように、今は俺の家でデータを取ってるんだが…… 『シルバー』というのは、そのデータを取るための実験用の感情プログラムだ」

 浩之は志保に補足の説明をしてから本題に入った。

「綾香、お前は今回のテストについて何か聞いてるか?」

「え? 別に私は開発責任者でもないから聞いてないけど……」

「だろうな……綾香に言ったら、綾香が承諾するわけないもんな」

「……どういうことよ」

 綾香はいぶかしげに顔をしかめる。どうも浩之の口調から、きなくさいものを感じたからだ。

「『シルバー』は、より人間に近い感情プログラムの実験段階らしい」

「より人間に近いって……マルチちゃんみたいな?」

「……ああ、マルチは、誰に聞いても人間と変わりないと答えられるだろうな」

 綾香はその話でピンときた。

「待ってよ。より人間に近い感情プログラムって……マルチでうまくいってたんじゃないの?」

「さすが綾香は気付いたみたいだな。セリオ、綾香にそれについて説明してやってくれ」

「はい、マルチさんの型、つまりHMX−12型の開発は、他のメイドロボとは多くの点で異なる、 いわば特別製です。よって、どうしても他の来栖川製のメイドロボとの互換性は低く、新しく互換性の 高い感情プログラムを作らなくてはなりません。『シルバー』は、その実験用のプログラムです」

「変ね、まさか始めから互換性の低いものを開発するとも思えないけど……」

 綾香は首をかしげた。自分の家の会社のすみずみまで把握しているわけではないので、それには 綾香も答えられない。

「で、俺は疑問に思ったわけだ。まあ、互換性うんぬんは別として、どうして俺の家で実験する 必要があるんだ?」

「それは……浩之が顔見知りだったからじゃないの?」

「俺が問題にしてるのはそこじゃない。なんで、俺じゃなければならなかったんだ?」

「……」

 綾香は、その疑問に答えれなかった。

「セリオ、今の疑問に答えれるか?」

「浩之さんの家で実験をするのに、どうして浩之さんの家が選ばれたのか私は教えていただいて いません」

「だろうな……」

 浩之は一人納得しているようだったが、もちろん他の3人にはまったく理解できなかった。

「ねえ、浩之ちゃん。一体何が言いたいのがわかんないんだけど……」

「待ってろ、今ちゃんと説明する……しかし、必然か偶然か知らないが、丁度いいメンツがそろった な……」

「丁度いいって……何が?」

「志保は第三者。あかりは俺と同じ立場。綾香はその当事者に一番近い場所にいる」

「よくわかんないけど……」

 志保は、首をひねるばかりだった。

「いいんだよ、志保は第三者だから」

「なんか仲間外れにされてる気分……」

 志保はそうふてくされてみたが、浩之はそれに付き合う気はなかった。

「セリオ、しばらく発言を控えてくれ」

「はい、わかりました。」

 浩之はセリオにそう言ってから、あかりに訊ねた。

「まずあかりに質問だ」

「な、何?」

「あかり、お前、俺が変わったらどうする?」

「え……?」

「もし俺が急に性格も、お前に対する態度も、容姿さえも変わったら、どうする?」

「どうするって……それじゃあ浩之ちゃんじゃなくなるし……」

「それでも、そいつは俺、藤田浩之だったら、どうする?」

「……」

 あかりは答えれなかった。そんなひどいことを聞いてくる浩之にいら立ちさえ覚えるほどだ。 浩之の態度が変なだけでもかなり気にするのだ、聞くまでもないことだろう。

「……すまなかったな、変なことを聞いて」

「……ううん、いいけど、それって今の問題に関係あるの?」

「ああ、ある。じゃあ、次に綾香に質問だ」

「私?」

 綾香は身構えた。あかりでさえあんなことを聞かれたのだ。今度は自分が何を聞かれるのか かまえても仕方のないことだったろう。

「で、どんな質問だ?」

「もし、セリオの性格が変わったらどうする?」

「え?」

 綾香は、身構えていたはずなのに、その言葉に意表をつかれた。

「セリオが、綾香や俺の知っているセリオが消えて、俺達の知らないセリオに変わっていたら、 お前はどうする?」

「ちょ、ちょっと、どういうことよ、浩之!」

 綾香は狼狽していた。

 セリオが、消える?

 浩之が言わんとしていることは綾香には分からなかったが、それでも恐怖だけが綾香には 伝わっていた。

「さあ、どうするんだ、綾香?」

「……そんな意地悪な質問に答えれるわけないじゃない。セリオは確かにメイドロボだけど、今は もう私にとっては親友よ」

 親友、綾香はその言葉をメイドロボに使うのを躊躇しなかった。

 それを言われた本人は、別に感動するわけでもなく、ただ淡々と答えた。

「ありがとうございます、綾香お嬢様」

「その綾香お嬢様をどうにかしてくれたら完璧なんだけどね」

 そう綾香はいつもの軽いジョークを入れる。それがジョークであることは今までの経験から セリオは知っていたようだ。

「それをおっしゃらないのなら、綾香お嬢様は完璧な主人なのですが」

「……ほんと、最近私に特に似てきたわよね」

 そう言って綾香は苦笑する。

 綾香とセリオは、こういう関係だった。しかし、それだけに、綾香には大きな関係。

「で、そんな意地悪な質問をする浩之は、何考えてるの?」

 浩之は、綾香の目を見ながら真剣な顔で言った。

「もし、さっき言ったことが本当に起こるとしたら、綾香はどうする?」

「本当に起こるって……まさか」

 綾香はその言葉を鼻で笑った。次の浩之の言葉を聞くまでは。

「新しい感情プログラム、『シルバー』。より人間の感情に近づくために作られたプログラム。 じゃあ、今までのセリオの感情はどこに消えるんだ?」

「……っ!!」

 綾香がその言葉の意味を理解するのに、ほんの数瞬しか必要なかった。

「まさかっ!」

「その、まさかだ」

 本題にふれたと言うのに、浩之の言葉は冷めていた。むしろ、感情を無理に押さえているから なのかもしれない。

 綾香はセリオの顔を見た。

「セリオ、答えて。『シルバー』は、セリオじゃないの?」

「……厳密に答えるなら、『シルバー』は感情プログラムの違う私セリオ本人です。感情プログラムが 違っていても、私はセリオです」

「……」

 綾香はその答えだけでは納得できないようだった。無理もなかった、浩之でさえ、そんな説明では 少しも納得できなかったのだから。

「俺は、『シルバー』は単なる欠陥品か、または、俺の家に何かしらの特別な理由があって送られて きたんだと思っている」

「特別な理由って?」

「俺にもわからん。しかし、俺の家が選ばれた理由はどこかにあるはずだ」

 浩之はどこか確信めいた口調でそう言った。

「セリオ、今から『シルバー』に変えることは可能か?」

 セリオは、それを聞くと押し黙った。

「……セリオ?」

「……『シルバー』は企業秘密なので、浩之さんの前以外では使用しないようにと命令されております」

 不可思議な話だった。つまり、浩之ならそれはよいわけだ。そのことに、ここにいた全員が気付いて いた。もしかしたら、セリオ本人でさえも。

「どうしてもだめか?」

「はい、この命令は絶対です」

「……セリオ、私からもお願いするわ。その『シルバー』、見せて」

「綾香お嬢様……」

 セリオは表情も口調もかえずにこまっているようだった。感情プログラムは未熟と言ってもいい セリオだったが、綾香との間にはやはり特別なものがあるのだろうか?

 それとも、浩之が恐れたように、その心を『シルバー』に蝕まれていっているのだろうか?

「……この命令を取り消すには、それ以上の権限を持った命令が必要です」

 綾香は確かにセリオを作った会社、来栖川のお嬢様だが、会社の中では権限がない。

 綾香にだって、そんなことはよく分かっていた。しかし、今だけは引き下がるわけには いかなかった。自分の、親友のために。

「お願い、セリオ」

「……」

 セリオは沈黙した。メイドロボであるセリオにとって、権限のある命令に逆らうことはほぼ不可能 なはずだった。綾香にも、それは分かっている。

 でも、お願い。今だけは、私のわがままを聞いて、セリオ。

 綾香の心の願いは、聞き届けられた。

「……了解しました。今から『シルバー』への転換を始めます」

「セリオ……」

「綾香お嬢様の頼みを、断るわけにはまいりませんので」

 綾香は、ギュッとセリオを抱きしめた、浩之達がいるのもかまわず。

「ありがとう、セリオ」

「いえ、私の中の優先順位を優先させたにすぎません」

「……人がせっかくお礼を言ってるのに素直じゃないんだから」

 それも、やはり綾香に似ていたのかもしれない。

 そして、綾香はこの親友のために、今ここでそれを確認しなくてはならなかった。

「では、始めます」

 セリオは目を閉じた。

 これからの一分間が、浩之は長く感じるのを知っていた。それの予備知識のない綾香になら、 さらに長く感じることだろう。しかも、綾香にはいらない予備知識だけはあった。

 セリオが、消える。

 その恐怖を、浩之は嫌というほど経験した。たかが1日2日一緒にいただけでも悪夢を見るほどの 恐怖として心の中に埋め込まれるのだ。長い間セリオと一緒にいた綾香の恐怖はどれほどのものか……

 願わくば、綾香が浩之よりも強い精神の持ち主であるように願った。苦しんでいる姿を、浩之も 見たくはなかったから。

 そして、綾香と浩之にとって、長い一分間がすぎた。

 セリオは、ゆっくりと目をあける。

「……セリオ?」

 セリオは、綾香の言葉に、首を向けて、笑いながら答えた。

「これが『シルバー』です。綾香お嬢様」

 言葉自体はさほど変化していなかったが、口調も違ったし、何より表情がそのセリオにはあった。

「……あなた、誰?」

 綾香は、その言葉を自分でも知らず知らずのうちにつぶやいていた。

「え?」

 その言葉は、セリオの動きさえも止めた。

 綾香は、その言葉をもう一度つぶやいた。

「あなた、誰よ」

 

続く

 

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