人は誰しも他人に言えない趣味を持っているものだが、一番恥ずかしい趣味を持っているのは、多分あなたではない。
しかし、趣味が一番恥ずかしいと思っているのは、多分あなただろう。
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クンッ
「…臭うね」
森の中で、惰眠をむさぼっていた刹音は、不機嫌そうに顔をあげた。
「誰も来ないと思ってたんだけどねえ、めんどくさいったらありゃしない」
しかし、その顔には、どこか悲壮さが混じっていなかったか? その声は、どこか震えてはいなかったか?
それを感じさせるものは、ほんの一瞬だけであったし、何より、ここには彼女を観察する第三者がいないので、わからない。
いかにも、面倒くさそうに、寝そべっていた木の上から、飛び降りる。
音もなく、彼女は着地、しない。
薄汚れた栗色の袴と、白い着物、いわゆる巫女服を着崩したように着ていた刹音は、誰がいるわけでもないのに、その胸元を少し正す。
「…ほっとくわけにも、いかないよねえ」
それは、けっこう彼女にとっては魅力的な考えだったのだろうか、しばらく黙って考えている。そんな彼女の思考を止めたのは、遠くから聞こえた、爆発音だった。
「…祓い師か?」
だったなら、刹音も黙っているわけにはいかない。あの手のやからが、自分を放っておかないのは、すでに二度ほどの解放のときにわかっている。
刹音のまわりをただよい始めた悪霊を、彼女は虫でも払うように手ではたいた。それで、小さな悪霊は、姿を消す。
「…たく、うっとおしいったらありゃしない。いつからこの国はこんな悪霊がただようようになったってんだ」
ぶちぶちと、誰に言うでもなく刹音はつぶやきながら、爆発音のした方に、ゆっくりと歩き出した。
落ち葉や枯れ枝が溜まり、とても歩き易いとは言えない森の中だが、彼女の歩みを少しでも止めるものではなかった。
刹音には、地面につく足など、ないのだから。
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「…な、なかなかやるようね」
「そっちこそ」
僕は、被っていた木くずを、冷静に頭から払った。
森の中は、酷く見晴らしがよくなっていた。さっきの真一さんの最初の一撃でもけっこうなものだったのだけれど、今度はその数倍、と言ったところだろうか?
まあ、よくもこれぐらいで済んだものである。僕もいくらかすすけているけれど、腕の一本どころか、怪我一つなく乗り切れたのは、僥倖と言っていいと思う。服が汚れたけれど、それぐらいまったくもってどうでもいいレベルの話である。
まず、真一さんの一撃から、光が僕をかばったことから、問題は起こる。
別に、真一さんは僕たちを狙ったわけではないと思う(その理由が、「忘れていた」というのは、いかがなものかとは思うけれど)。しかし、そんなもので光が引き下がる訳はなかった。
光がケンカっ早いのは、よくわかっていたつもりなんだけれど。
僕は、改めて確認することになった。今までは、光の一方的な虐殺だったのだ。これが、本当のケンカというものなのだろう。
光がケンカをすると、山が焦土と化す。良く覚えておこうと思う。かなり自分の命に関わる内容な気がするし。
「今まで、私のケンカにつきあえたのは、学長とお母様と刻用石ぐらいよ。刻用石は反則だけどね」
ふふふ、と光は顔をひきつらせながらも、まだ攻撃態勢を解いていない。というか、今かなり不穏な言葉を吐いたような気もしたけれど、僕は無視を決め込むことにした。
「君のレベルは、グリッドと同等」
真一さんの部下の一人だろう、聞き慣れない人の名前を口にする。
しかし、真一さんは、本当に眉一つ動かさなかった。もっとも、たった二、三撃を交わすのに、眉など動かす必要はなかったのだろうけれど。
あの光が、中途半端な状態で攻撃を止めるなんて考えられないけれど、光と真一さんの間で交わされたのは、二人合わせて五撃、光が僕をかばったのを入れても、六撃だ。
多分、後一撃でもどちらかが放っていれば、僕は消し炭になっていたと思う。
決して、光が全力でやっているとは思わないけれど、それでも、同級生など全員でかかっても余裕で倒しきる光に、真一さんはあっさりとついていった。それは、何十人という人間をあっさり殺せる力を、ケンカごときで使う光の非常識さにも勝るとも劣らないものだ。
どっちもどっちだとは思うけれど、相変わらず、光は無茶苦茶だなあ。本気で殺すつもりだったのかなあ、やっぱり。
しかし、僕としてはあんまり自分の身以外は心配する気はないような気がする。
光に直に言ったら、どうなるかわかったものではないけれど、確実に、真一さんは、光よりも強いのだ。天井で話をされても、僕には理解できないけれど、それだけは何となくわかった。
光の方に目をやると、はた、と目があった。
まずい、と思う間もなく、光の細い指が、僕の首にかかる。
「何よ、こいついつもは偉そうなこと言っておきながらいざ強そうなやつだったからって「なかなかやるな」なんて陳腐なセリフでこの場は流そうなんてしてるって思ってるような顔は私が弱いとでも言うつもりええぇ!!」
「く…苦し…ひ、光、死ぬ…」
「死ぬ? 死ぬわけないでしょこのバカ優殺すわけないでしょこの私が優を殺すわけないじゃないそれぐらいの手加減余裕よ余裕殺すわけないじゃない殺さない程度にゆっくり楽しんでやるわよーーーーーーーー!!」
グイグイグイグギッ
完璧に頭に血が上った光に、何を言っても何をしても無駄だよなあ。
そんなことを思いながら、遠のく僕の意識。ちょっとシャレにならない音も混じっていたけれど、そんなことを気にする余裕もなく、お花畑が見えて。
ひょい、と無造作に、真一さんが僕を光の手から助けた。
「それ以上したら、死ぬ」
至極もっとも心の底から同意します。
僕は、解放された喉で、思い切り酸素を身体に取り入れた。
また真一さんにつっかかっていくと思われた光は、しかし、そうはしなかった。
「だから、殺さないわよぉ。だって、楽しめないじゃない」
光は、鼻にかかったような、甘い声を出した。
ゾッ、と僕は寒気に襲われて、真一さんの手からも離れて、かわりに真一さんの後ろに隠れる。隠れ場所としては、この上なく真一さんが頼もしく見える。
光の、歳不相応な攻撃的な目が、今は歳とかそういう問題からかけ離れて、怪しく光っている。かりっ、と我慢しきれなくなったように、親指を咬む。
この場合、男なら下半身の一部に血が集中するんだけれど、女性の場合どうなんだろう?
血走った光の獣の目から隠れるようにしながら、僕は素朴な疑問を考え付いたけれど、当然、光に聞くなどという非常識なことはしない。普通ならセクハラだし、光に聞けば、それこそ実践しかねない。
「ねえ、優ぅ、ちょぉっとだけ、こっち来ない?」
「絶対嫌だ」
近づいたら僕の貞操と命が危ない。
「残念だなあ」
心の底からの声だとはわかるだけに、余計に怖い。僕としては、早めにあきらめてくれたことだけが不幸中の幸いだ。
しかし、光は何も理由なくあきらめたわけではなかった。
「邪魔が入ったから、また後でね」
光の言葉に、僕ははっと気付いて真一さんを見ると、また一方をじっと見ていた。
「…来る、今度は、大きい」
真一さんは、懐に手を入れると、一本の、包丁を引き抜いた。それは何の変哲も霊力もない、そこらの百円ショップで売っているような、安物の包丁だ。
しかし、相変わらず、僕にはさっぱりわからない。自分の無能さは置いておいて、やはりこの人達はおかしいのだなと納得しておく。
「優、下がっておいた方がいいと思うわよ。今度のは、けっこう大物っぽいから」
光が、両腕を交差させ、唱える。
「
炎の描かれた籠手が、光の両腕を覆う。さらに、両腕を前に尽きだし、指で円を描く。
「
光の身長と同じほどの金属の杖が、彼女の手の中に現れる。光の使う魔法媒体の杖と籠手だ。二つ以上の魔法媒体を使う人間は多くないが、光が両方出すということは、最初から本気ということだ。
つい、と真一さんの視線が、僕に向く。そして一秒止まって、今度は光の方に行く。
「相手の一撃目を防ぐ、迎撃して」
それは、明らかに光に対しての言葉だった。はっきり言って足手まといでしかない僕に向けられた言葉では、ない。
「ま、いいわよ。今日の仕事のボスはあんた。従ってあげようじゃないの」
そりゃ、光のような、即戦力即エースのような強さは僕にはないけれど、ここまであからさまだと、さすがにへこむ。
「もー、優、いじけないでよ。私が後からたぁっぷり虐めてあげるから」
「心より辞退するよ」
一撃目を防ぐと言った真一さんとも、僕を襲おうと虎視眈々というよりあからさまな光とも、僕は多少距離を取る。
軽口をたたけるのも、そこまでだった。
ヒュオオオオォォォォォ
突然巻き起こった風が僕達のまわりをすり抜ける。そして、一瞬の空白を置いて。
ギュィィィィィンッ!!
それは、僕達に襲いかかった。
目視できない何かを、真一さんが尽きだした安物の包丁で受け止めた音だ。真一さんは、そのままその何かをはじく。
はじかれたそれは、真一さんと光とのケンカにも劣らない威力で、地面を削った。
「『
すかさず、光が魔法を唱える。火炎の弾を、光は杖を振り回しながら、何かが飛んできた方向に向かって打ち出す。
「な、何ですか、今のは!」
「攻撃された」
真一さんの言葉は、いつも通り少なく、僕が何か言う機会を完璧につぶしていた。
「こっちの攻撃もはじかれたわよ!」
光は、状況を真一さんに報告する。退魔などしたことがない僕とは比べ物にならないほどに場慣れしている。
「こんな見晴らしのいいところに突っ立ってるのはまずいんじゃないの!」
誰がそうしたのかは問題ではないようだ。
「そうね、散開」
「え?」
状況に、僕の頭がついていかない。しかし、その間も、時間は刻々と過ぎているわけで、真一さんの言葉と同時に、二人はバッとまだある森の方に駆け出す。
「え、え?」
その場に一人取り残された僕は、あたりをきょろきょろと見回す。
「優、さっさと逃げる!」
僕が動かないのに気づいた光が怒鳴ったが、そのときにはすでに時遅かった。いや、時遅かったのは、それが当たった後だったのだけれど。
「
見えない何かが僕に迫ってくるのを、他人事のように、僕は感じていた。しかし、それが僕の胴体を切断するよりも早く、僕の立っていた地面が、爆ぜた。
浮遊感、などという甘いものではなくて、それはもう何が何だかわからない一瞬だった。爆風に巻き込まれた僕は、かっ飛んで森の中にはじき出される。
そして、森の中の斜傾は、思う以上に傾いていた。
「わ、わわわわわっ!」
混乱したまま、止めることもできず、僕は一人、森の中へと落ちていった。
**********
スンッ、と彼女は鼻を鳴らした。
「…近づいてくるね」
刹音の目指す人間が、凄いスピードでこちらに近づいてくるのがわかる。
「ばれたのかねえ?」
自分の隠形を見破れる者など、そうはいないという自負があった。しかし、事実、こちらに近づいてくるのは確かだ。
いっそ、逃げるかとも、彼女は考えたが、すぐに考えを変える。
「あたしの位置がわかるってのを、ほっとくわけにもいかないしねえ…」
しかし、もし自分の隠形を見破るほどの相手であった場合、正直、相手になるとは思えなかった。所詮、刹音は大して強くもない地霊だ。
いつまでも、自分の運が続くとは思っていない。今まで封印で済んでいること自体、奇跡のようなものなのだ。
今度こそ、消滅させられるかもしれない。
「…まあ、それもありかもねえ」
そろそろ、こんな生きてるのか死んでいるのかよくわからないような状況にも飽きてきた。
力の限り抵抗して、相手を食い殺すぐらいやれば、この気持ちも晴れるかもしれない。
それに、消滅させられたところで、誰が悲しむわけでもないのだし。
どこかやさぐれた気持ちのまま、ゆらゆらと、近づいてくる気配に向かって、刹音は動き出した。
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「も〜、優〜、どこ行ったのよ〜!」
光は、敵に見つけられることも気にせずに、大声で叫んでいた。
「優〜!!」
真一は、そんな光を止めもせずに、叫びこそしなかったが、まわりに目をくばっていた。しかし、目的は光とは違う。
二人は、散開した後、少し離れた場所で落ち合っていた。退魔対象から姿を隠すのが目的で、戦力の分散は望むところではなかったのだ。
しかし、優は少し待ってみたが、合流することはなかった。いや、落ち合う場所を決めていなかったのだし、単に会わなかっただけという話もあるかもしれないが、そんなことで光が納得できるわけがなかった。
「ったく、あんたがあんな無茶なんかするから、優を見失うのよ!」
「無茶…地面を狙ったことか?」
「当たり前じゃない!」
むしろ心当たりが一瞬思いつかなかったのではと思われる真一の態度に、光は激怒した。
「そりゃ、混乱してた優を助けるのに、地面を割って優を逃がした判断は、凄いと思うわよ。私だって慌てててそこまで選択できなかったもの。でも、あんなの至近距離に落としたら、優だって無事じゃ済まないかもしれないのよ!」
いや、斜面を滑り落ちたとしても、ここまで呼んでも反応がないということは、意識を失っているか、下手をすれば死んでいる可能性だってある。
「そう」
「そう…ねえ。ま、あんたに優を気遣えなんて言葉求めるのが間違ってるんだろうけどね」
真一は、あくまで優の雇い主に過ぎない。いや、正確に言えばまだ雇い主でさえない。
光とは、完全に立場が違うのだ。同意を求める方が間違っているのだ。
「でも、これだけは言わせてもらうわよ。今度、優をあんな危険な目に遭わせたら」
冷たい殺気だった。今までの、むやみやたらに振りまかれるものとは違う。はっきりと真一を狙う刃を持っている。
「私も本気であんたを殺すから」
それだけの殺気を受けても、真一の表情は微動だにしなかった。
「私は…」
「何よ」
「それよりも不思議。あの程度で、主席なのが」
あ、と光は一瞬、言葉を無くす。それは、自分の殺気をあっさりと無視されたからでは、ない。
結界を破ることこそ奇跡的にうまく行ったようだが、やはり、すでに優の実力はばれているようだ。無理もない、日本どころか、世界最高峰の一人である真一の目をごまかせる訳はない。
しかし、光は、真一の言葉に同意しなかった。優の実力は、十分わかっていてもだ。
「優の実力はあんなもんじゃないわよ」
いや、わかっているからこそ、だろうが。
自分の好きな人間を誉めるにしてはあまりにも嫌な顔をしながら、光は弁護を口にする。
憎んでいるかのようにさえ思える表情で。
「そう、あんなもんじゃない」
光は、小さくつぶやく。それで、この話は終わりだった。
真一は、光の瞳の中に生まれた感情には、何の興味もなかったのか、また退魔対象と、おまけの優を探すために、辺りに目を向けた。
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「いたたたっ」
笑えてしまうほどうまく斜面を滑り落ちた僕は、身体についた落ち葉や土を振り払いながら立ち上がった。
とりあえず、身体を動かしてみるが、多少肘やお尻がすれて痛かっただけで、大きな怪我はなさそうだった。天然の滑り台を滑ってきたわりには、物凄い軽傷だった。
「さて、とりあえず…どうしよ?」
滑り落ちてきた斜面を見ると、木はまばらに生えているから、それを伝って登ることは不可能ではないように見えるけれど、正直厳しそうだし、何よりそんなところを怪異に襲われたら、ひとたまりもない。
当然、二人と合流するのが一番いいんだけれど。
そんなに深い森ではないとは言っても、こんな霊的地場が混乱している場所で、たった二人の人間を捜すというのは、さすがに骨が折れる。
しかも、ご丁寧に僕を一撃で殺せるような怪異の徘徊する森だ。さらにここから外に出るためには、結界を何とかしなくてはならない。
…生きて出られるかなあ。
本当は前提条件でなければならない内容なのに、保証はどこにもない。
何はともあれ、怪異に見つからないように移動しなくてはならない。幸い、派手に霊儀技能をぶっ放す人とは離ればなれになったので、それ自体は難しくないだろう。
しかし、その考えは、ものの一瞬でもろくも失敗した。
「ここに、何の用だい?」
背後から、僕の人間以外の声がして、肩に冷たい手が置かれた。
驚きはしたけれど、叫びは、不思議なことに出なかった。
「用件によっては、生きては帰られないよ」
見つかって、さらに背中を取られた。相手が人間であっても完璧に命を取られる状況だ。しかも、相手は人間でさえない。
絶体絶命、という言葉が、これほど似合う場面もそうはないと思う、そんな光景のはずだ。
でも、そのはずなのに。
「…おい、聞こえているなら、返事ぐらいしたらどうだ」
「あ、はい。聞こえてますよ」
自分でも、間抜けなことを言っているという自覚はある。でも、思考力がついていかない。考えるよりも、その感じる方がずっと大きくて、考えなどまとまる訳がない。
冷たい手だ。振り向かないでもわかる、彼女は、幽霊だ。冷たいだけで判断したわけではないけれど、僕には、わかる。
僕は両腕をあげると、抵抗の意志がないのを相手に見せるようにしながら、後ろを振り返る。
「あ…」
彼女の姿を目で捉えた瞬間に、鼓動が大きくなる。
「何だ、子供か。てっきり祓い師かと思ったんだけどね。それで、坊やはここに何の用だい?」
背も低く、童顔な僕を見て子供と判断するのは間違いではないと思うけれど、いつものようなそれに対する反論もなかった。
「…何とか言えよ、それとも、怖くて声がでないのかい?」
その幽霊は、女性の姿をしていた。年は僕よりは上だとは思うけれど、二十を超えているのかどうかは判断できないほどに若い。みすぼらしい、いわゆる巫女服を着ている。
地縛霊、怨念を持ってその土地に縛られた怪異のことだ、でないのは見てわかる。その目には、怨念どころか、怒りの一つさえ見えない。
それとも、僕の目が狂っているから、そう見えるだけなのだろうか?
うん、きっとそうなのだろう。幽霊を目の前にしても、僕は驚くことも、怖がることもしていない。じっと、僕は彼女を見つめた。
無言で見つめられた彼女は、しばらく怪訝な顔をしていたが、しばらくすると、居心地悪そうに視線を方々にそらす。
「な、なあ、何とか言ってくれないかい。驚くにすれ、怖がるにすれ、何か反応してくれないと、こっちも居心地悪いよ」
おかしな幽霊だ。でも、僕の方がきっとおかしい。
この胸の温かくなる気持ちを、どうしようもなくなっているのだから。
夢遊病者のように、僕は一歩、二歩、と彼女に近づく。
「お、ちょっと、な、何するんだよ!」
僕は、我慢できなくなって、その幽霊を身体を、前から抱きしめた。
冷たい、身体。しかし、僕の胸を熱く何かが締め付ける。それを振りほどこうと、僕はよりいっそう強く彼女を抱きしめた。
「きゃっ!」
見た目からは想像できないかわいい悲鳴。
と同時に、ゴインッ、と間抜けな音を出して、僕の脳天の彼女の肘がヒットした。
「な、何しやがるのよ、この変態!」
見事な一撃に、僕はその場にずり落ちるように、倒れた。
続く