夢を見ていた。
内容はまったく覚えていないから、いい夢だったと思うことにした。
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暖かい、と感じた。
少しもそんなことはないはずなのだ。僕は熱量を使って彼女にふれている。ただ一緒にいるだけで消耗してくる。
でも、暖かいと感じた。
それは、僕の暖かさだったのかもしれない。布団にずっと入っていれば、暖かくなるのと同じで、あくまで僕の体温だったのかもしれないけれど。
僕は、これを心地よいと感じた。
身体だけではない、胸の奥とか、心とか、僕は感じたことのない、あったとしてももう忘却の中にある、心地よさに溺れていた。
鼻腔をくすぐる、日向の匂いだって、彼女からのものではないとわかっているのに、あくまで、僕はそれは彼女のものだと信じていた。
もう一度、同じようにして日の光の下、寝転がろうと約束した。
もう一度会って、今度こそ二人で過ごそうと、約束した。
だから、僕は信じている。忘れていても、それだけは信じている。
でも、それでも寂しい。
全て忘れてしまえば、苦しくもないなどというのは、嘘だ。全て忘れても、やはり苦しいものは苦しい。悲しいものか悲しい。
寂しいものは、寂しい。
思い出さえない僕には、寂しさを紛らわせることさえできないのだから。これも、どこにも残らない夢だから、言いたい放題、思い出したい放題しているだけで、結局、何も残ってくれないのだし。
彼女は、怒るだろうか?
僕が、よく似ている人に惹かれたと言ったら?
考えるまでもない。むしろその考えこそ空恐ろしい。彼女なら怒り狂って無理心中さえしかねない。何せ彼女の起源を考えると、無理心中は得意中の得意のはずだし。
でも、それでも僕は寂しい。寂しいし、彼女のことを思うと、例え少しでも似ていれば、そこに彼女の姿を見出す。思い出しもしないのに。
怒るなら怒ってもいいけれど、これは彼女も悪いのだ。だって、彼女は、僕の記憶の中にさえないのだから。
でも、僕は彼女の面影を、やはり目の前の誰かに見出す。
バカらしい矛盾をかかえて、それでも僕は彼女を待たなければならないのだと、やはり思う。例え僕が、他の人を好きになっても。
さあ、目を開けよう。そして、当たり前のように彼女のことを忘れよう。
忘れたくなくとも、わすれるのだから、どうしようもない。
絶対に忘れる、なかったことになる夢を見ることだって、きっと多くはないのだし、この時間を大切にしたいけれど、結局、これも残らない。
何か、残って欲しい。切実に、僕は思った。
それが恋でも愛でも友情でも暖かさでも匂いでも誤解でも焦燥でも冷たさでも怒りでも憎しみでも涙でも血でも痛みでも傷でも、何よりも、記憶は。
何もないよりは、ずっと。
そこまでで、タイムリミットだった。
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「おかーーーーさーーーん!」
がばっと、意味不明な言葉を叫びながら僕は跳ね飛ぶように起きあがろうとして、バランスを崩した。
「うわっ!」
僕を抱きかかえるようにしていた、見知らぬ女性が、驚いて僕を取り落とす。
べちゃ、と僕は情けない音をたてながら、落ち葉の上に倒れた。
「あいたたた」
ただでさえボロボロだった上に、受け身も取れず地面に落ちた僕の姿は、さすがに見られたものではない。
仕方なく、土と落ち葉をはらえるだけはらいながら、僕は立ち上がった。非常に残念なことに、これぐらいのこと、日常茶飯事なので慣れている。
「何か死んだ母さんが手招きしていたような気が…」
ちなみに、すでに親の顔など覚えていないけれど、多分生死の境をさ迷ったのだろう。死んだ肉親の顔が見えるというのは、そういうのっぴきならない状況だと相場は決まっているし。
「おい、あんた。大丈夫なのかい?」
目の前の女性が、僕を心配そうにのぞき込む。僕は、自分でも驚くほど冷静に、彼女の存在を腑に落として、笑顔で答える。第一印象は、すでにろくなものではなくなっているような気もするけれど、顔は崩さない。
「あ、はい、おかげさまで。ちょっと後頭部が痛いですが」
彼女に一撃入れられた場所を押さえながら、冗談めかして僕は言った。
「あー、ごめんねえ、とっさに手加減忘れててね。死ななくて何よりだよ」
僕の冗談に、彼女も冗談で返してくれた。本当にそんなことを思っていないのは、その申し訳なさそうな表情でもわかる。
「大丈夫ですよ。こう見えても、打たれ強いんですよ、僕」
あっはっはっは、と呑気に世間話のように話をして、僕はまわりと、ついでに前で浮かんでいる彼女に尋ねる。
「それで、あなたはどちら様で、ここはどこでしょうか?」
寝ぼけていたのか、後頭部への一撃の所為か、いまいち動いていなかった僕の頭も、時間が経つにつれて、まともに動き出す。
この状況が、実はあまり良くないものなのでは、と思い立つのに、さして時間はかからなかった。
「あたしは刹音。ここは…さあ、どこと言われても、地名なんか知らないからねえ」
刹音と名乗った女性は、地味で薄汚れた巫女服を着て、そこに浮いていた。まあ、人間でないのだし、浮くぐらいは問題はないだろう。
それよりも、けっこうな美人だ。黒髪も、黒さでこそ光に負けるかもしれないが、光よりも細くて柔らかそうだし、スタイルに関しても、良い意味で肉付きがいい。
外見だけで判断できないと言うが、とりあえずは綺麗な女性というのは貴重だと思う。
「僕は優と言います」
刹音さんの外見はともかく、名乗られたのなら、名乗り返すのが礼儀というものだろう。
こう見えても、僕は人間だろうと幽霊だろうと、礼儀正しい相手にはそれなりの態度を取るのだ。最近アレな人ばかり相手していたので、こういう人は貴重だ。
「…なあ、優。あんた…ええと、頭足りないのかい?」
訂正、この人はあまり礼儀があるとは思えない。
「酷い言い様ですね」
僕は苦笑した。それでも、少し聞き辛そうと言うか、言葉が思いつかなかったようだったので、悪気があるわけではないようだけれど。
「いや、だって、あたしが人間じゃないのは、見てわからないのかい?」
ふわふわと浮くのを僕に見せつける刹音さん。
「幽霊ですよね?」
「まあね」
「わかってますよ、一目見れば」
その程度のことは、見間違うことはない。人間と、幽霊の見間違いをするほど僕は、落ちぶれてはいるけれど、無能…でもあるかもしれないけれど、とりあえず、刹音さんが幽霊なのは間違いない。
自分で自分の無能さを考えていて、多少落ち込んだ。
「だったら、怖がるとか、逃げるとか、そういう反応があってしかるべきだと思うんだけどねえ」
「冗談じゃないですよ」
僕は慌てて言った。そのまま口から出たのは、僕の本心だった。
「せっかく綺麗な人とお近づきになったのに」
「なっ」
ぼっと、刹音さんの顔が真っ赤に染まる。
「な、何を言うんだ。子供のくせに」
「え、あ、いや。すみません、悪気はなかったんです」
僕も、自分の言葉に驚いたぐらいだ。
「悪気ってねえ、いや、まあいいよ」
顔を赤くして、刹音さんは目をそらす。見た目よりも純情らしい。
それはとても良い。純情な女性というものは国の宝だと思う。というか光とか光とか光とか相手にしていると切にそう思う。が、間違いはいただけなかった。
「こう見えても、僕は十八なんですが」
童顔なのは仕方ないとは言え、子供と言われるのは、さすがに傷付く。女の子と見間違われなかっただけ、僥倖かもしれないのが悲しいところだけれど。
「十八?!」
刹音さんは絶滅したはずの希少動物を見るような目で僕を見た。
「あたしの生前と同い年? とてもそうは見えないけどね」
確かに、刹音さんは良い感じで成長した後かもしれないけれど、成長には個人差というものがあるのだ。いや、すでに僕は成長を望める年ではないのは自分でもわかっている。わかっていても、認めたくないものはあるものだ。
「もしかして、妖怪?」
「童顔なだけで妖怪呼ばわりされる覚えはないんですが。いえ、妖怪が悪いと言ってるわけじゃないですけど」
やはりかなり失礼な人かもしれない。
僕の外見の話題はそこで止まったけれど、僕が怖がらないのは、刹音さんには驚きのようだった。
「幽霊を怖がらない人間なんて、強力な祓い師ぐらいのもんだよ」
「残念ですけど、徹頭徹尾逃すことなく余すことなく人間です。ただし、最弱の祓い師ではあるんですけど」
「…祓い師、なんだね?」
僕の不用意な言葉で、ぞろりと刹音さんの目つきが冷たいものに変わる。
「祓い師ってことは…あたしを、祓いに来た、そういうことなんだね?」
「え、あ、いえ…」
僕も、そこから目をそらしているのも、限界かと思っていた。
二十人近くも人を殺した悪霊。目の前にいる人は、その当の本人であるはずなのだ。そもそも、この世知辛い世の中で、自由に動いている幽霊がいること自体、珍しいことだ。
悪い幽霊には見えないけれど、外見では、当然判断できない。
僕は、刹音さんにどういう態度を取ればいいのか、はっきりさせねばならないのだ。彼女を倒しに来た退魔士として。
「僕は…」
この人が凶悪な悪霊であり、多くの人間の命を奪った霊害の元であったとしても。
「刹音さんを、祓いに来た…わけではないです」
「…」
刹音さんの目つきは、鋭くなったまま変わりはない。おそらくは、僕の言った言葉を鵜呑みにはしていない。それどころか、疑ってさえいるだろう。
それも当然のこと。退魔士と幽霊が仲良くできるとは思えない。
それでも、僕はこの人を憎めない。それどころか、無条件にかばってあげたい。
理由など、説明できないけれど、僕はこの人を守りたいと思った。日本最高の退魔士からも、凶悪な天才の魔法使いからも。
それに対して、僕は、対価を欲しいとさえ思えない。理屈じゃないのだ、この思いは。
「こんなことを突然口にすると、何をと思われると思うんですが、素直に言いますね。僕は刹音さんの味方です」
「…」
僕の真摯な態度に、刹音さんは無言で僕を見ている。さっきよりは、少しは目の鋭さが消えているように見える。
「この世の中、幽霊が静かに生きていくのは難しいですよ。その手助けをしても、いいと思っています」
自分でも何を言っているのか、さっぱりわからなかった。そもそも、幽霊が生きていくとか辺りですでに一般人からはつっこみを入れられそうだ。
「…正気かい?」
「それを言われると、自分でもちょっと自信ないです」
僕は、照れるように苦笑するしかなかった。
でも、正直な気持ちだった。何を考えているのだ、自分はと思うほどだ。それでも、僕は少しでもいいから、刹音さんのために何かをしてあげたい気持ちになっていた。
幽霊は、やはりこの世界には合っていない。普通なら、存在できたとしても、徐々に存在は消えていくし、それを避けるためには、生物の生気を必要とする。
当然、人間は幽霊を狩ろうとするので、ただ静かに消えていくことも難しい。多くは、ゆっくりと消えることも出来ず、痛みの中で消される。
そんなこと、僕は許さない。
「こう見えても、人生経験は豊富ですから、色々逃げ道は知ってるつもりですよ」
確かに、童顔だけの話ではなく、所詮十八という年齢では、やれることなど、たかが知れている。それでも、今までの人生経験は、多いと思うし、それを役立てる方法もわかっているつもりだ。
「信じてください、とは言いません。でも、僕は本気です」
刹音さんの視線が、辺りに散らばる。鋭い視線も、すでに揺らいで消えていた。
「どうして、私なんかを助けようとするんだい?」
「…どうしてなんでしょうか?」
僕は、演技ではなく、自分でも困って、刹音さんに尋ねてしまった。
「自分でも、ほんとさっぱりわからないんですが…まあ、多分、惚れちゃったんだと思います」
それぐらいしか、無償の献身の理由など、思いつかない。
冗談のような告白だった。もっとも、僕自身、本気で刹音さんに惚れているのか、と聞かれると、やはり首をかしげてしまうのだけれど。
それを、本気とは取らなかったのだと思うけれど、刹音さんは、小さく吹き出した。
「…まあ、わかったよ。優を信じる。でも、あたしも、こう見えても人に裏切られて殺されて幽霊になったタイプだからね。あんまり信じてるって思わないでくれよ」
「いえ、それで十分ですよ」
それを聞いて、僕はほっとしていた。今刹音さんが、物凄くきつい内容を口にしたのさえ素直に受け入れてしまうほど、安心できた。
罠だと思われて、拒否されたら、僕にはどうしようもなかったのだし。
「じゃあ、さっそく行動しましょう。ここに来ている僕の上司になるはずだった人は世界でも有数の退魔士ですし、関わり合いになりたくない同級生はやっぱり常識外に強いです。逃げるとすれば、一刻を争いますから」
上司になるはずだった。さすがに、霊害の対象と逃げるような人間を雇ってはくれないと思う。真一さんのような奇妙な人を見ると、実は案外いけそうな気もするけれど、けじめはつけよう。
僕は、刹音さんの手を取る。すべすべして、気持ちいい。そして、思った以上に冷たい。
「でも、あたしは別に…」
「いいから、急ぎましょう」
刹音さんの手を引いて、僕は歩き出した。何せ、相手は真一さんと光だ。本当に一刻を争う。見たところ、刹音さんも上手に霊力を隠しているけれど、それでも、ただじっとしていたら、二人には見つかってしまうだろう。
「まかせて下さいよ、こう見えても、僕は逃げるのは得意なんですから」
僕は胸を張った。
あまり、いばれる内容ではないのかもしれないけれど。
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「いないいないいないいないいない!」
光が、短気を起こして叫んでいる横で、真一は冷静というか、まったく表情を変えることなく、辺りを見回していた。
「どういうことよ、優がいないじゃない!」
「移動したか、喰われたか」
「血の臭いなんてしないわよ! てか喰われたなんて不吉なこと言うんじゃないわよ! 優は絶対生きてるに決まってるじゃない! 怖くなって逃げた可能性は高いけど!」
優のことを心配しているのかバカにしているのか、判断のつかない内容だ。
「くそっ、優のやつ、まさかここに来てまで私から逃げたんじゃないでしょうね」
がりっ、と光は血がにじむほどの強さで指をかむ。
「思い当たることが?」
真一は、やはり表情の出てこない顔で、淡々と光に尋ねた。
「あるに決まってるじゃない。そう、私から逃げるってんだ。ふふふふふっ、いいわよ、楽しませてくれるじゃない、じっくりと狩り出してやるわ」
事実、すでに優は悪霊にやられてしまったと考えるのが、順当なような気もするのだが、光はそんなことは結局結論としては出さなかった。
かなり間違った理論展開から、けっこう正解に近い答えを出してしまっていたりする。
ただ、光の狩りの目標が、完全に外れてきているのは間違いなさそうだった。
「それで、おまけの悪霊の方はどうよ?」
二十人近い人間を殺した悪霊さえ、光にとってはついでだ。光の、優に対する執着は、驚くべきものがあるだろう。
「…うまく隠れてる。見えない」
「うーん、私もさっぱりね。つうか、この山、地脈ぐちゃぐちゃじゃない? ちゃんと整脈すべきね」
光が耳を澄ませても、聞こえるのは、濁った音だけ。
「あーあ、優のまぐれで簡単に入れたけど、無駄に結界は強いし、隠れるのはうまいくせに、こんな不自然にぐちゃぐちゃな地脈のままにしてるし、もう、ここの悪霊何考えてるのよ」
光はぶちぶち言いながら、優が落ちて来ただろうこの辺りを調べ出す。霊力に頼れないというのなら、物理的なものを追うだけだ。
ちらり、と光は真一を観察する。真一も、悪霊の方は置いておくことにしたのか、光と同じように、枝が折れていないか、足跡が残っていないのか調べている。
それを見て、光は胸の中がむかむかしてきた。
霊力が強いだけ、霊儀技能に長けているだけ、強い退魔士には、そういう者もいる。あまりにも特殊な能力であるがために、それでほとんど事足りてしまうのだ。
しかし、真一はそれだけではない。物理的な対処方法も心得ているのだ。本当に、弱点のない強者だ。光の大嫌いなタイプだった。
「…にしても、ほんと何もないわねえ。本気で優のやつ、故意に逃げたのかもね」
「どうして?」
「そりゃあ…怖くなったんじゃないの? 普通の優なんてたかが知れてるし。ぶっちゃけ、ここの悪霊相手じゃ、何もできないわよ」
光と仲良く話をする気もあまりなかったが、光はすぐに考えを改めた。ここで優のことをぼろくろに言って評価を下げて、内定を撤回させることもできるのでは、と。
どんなに光を避けたところで、優が現実的な人間であることを光は知っている。いよいよとなれば、カミウエに就職することも致し方なし、とするだろう。
そうなれば、光にとってはバラ色の社会生活が待っている。光なら、あの手この手表も裏も使い切って、絶対に自分の下に優を置くだろう。
もちろん、優のことをけっちょんけちょんに貶すことに、躊躇する光ではない。むしろ喜んでやりたいぐらいだ。
「優って、才能ないのよ。朝から晩までずっと訓練して、寝る間も惜しんで勉強して、そこまでがんばったって、結局いつもの成績は十位以内に入ったことないんだから」
私の遙か下よ、と光は鼻で笑った。相手をあざ笑うのがここまで似合う少女というのも、かなりいただけない。
「卒論はまあまあだったし、卒業試験は裏技で私に勝ったけど、それだけ。使えたもんじゃないわよ、優なんて」
「…」
光の声に反応する様子も見せず、真一は地面を調べていた。しかし、光だってそれぐらいで引き下がったりはしない。バラ色の人生のためには、多少の努力はいとわない。
「優なんて雇うのやめたら? 何なら、私がおじい様に言って、秋弓に有能なの一人まわしてあげたっていいのよ?」
「いらない、優で十分」
そっけない真一の返事は、短気な光をカチンとさせるには十分だった。自分が譲歩してやっているのに、真一がまったく乗って来なかったからだ。
「悪い話じゃないと思うんだけど。何か、気に入らないことでもあるの?」
言葉こそそこまできついものではなかったが、きっちりと光の額に血管が浮かんでいた。口の端はあげているが、目はさっぱり笑っていない。
「優は弱いったら弱いのよ。あんなの、これっぽっちも使えないカスよカス!」
「それで十分。いるだけで、いい」
ぴくり、と光の肩が揺れた。
どういうつもりで真一がそんなことを言っているのか光にはわからない。わからないが、しかし、いるだけでいい、というのは、ニュアンスとして許せないものがあった。
少なくとも、一般常識的に見てかなり異常であるが、恋する乙女に分類上入らないこともないかもしれない光には、許せない。
こいつ、やっぱり殺る?
霊害とか、そんな甘いものではない。本当の意味での、強さの意味での怪物。光は真一とのこの短い付き合いで、真一をそう評価していた。
それでも、光にだって裏技がない訳ではない。楽勝とは言わないまでも、自分の要求を通せるほどには相手を追いつめることができる、と本気で信じている。
できれば、あまり戦いたくない相手だ。いや、相手としては、最悪中の最悪だろう。相性とか、そういうレベルを完璧に超えている。
それでも、光にとっては、優先されるべきは優との甘い、光の望む生活だ。
悪霊のいるこの山ごと破壊することになるかもしれないが、それもいた仕方ないこと。光の結論は、驚くほど早かった。
そのためには、まずは優を探さなければならない。光とて、さすがに優に死なれたら困るのだ。真一と本気で殺り合うのは、その後だ。
落ち葉と折れた枝ばかりの地面を見ていた真一が、突然、顔をあげた。
真っ直ぐと、森の奥を見ながら、彼女はつぶやいた。
「…臭う、血の、臭い」
真一の目が、獣のように、細くなった。
続く