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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(10)

 

 修治の巨躯が横にふき飛んだ。

 そして、綾香の後ろ回し蹴りは外れた。

 足を両方そろえて、そのままジャンプし、両足で蹴る。プロレスの有名な技、ドロップキックだ。 その技が、修治をふき飛ばしたのだ。

 そのドロップキックを放ったのは、雄三だった。

 横で見ている浩之でさえ気付けないほど素早く、雄三は飛んでいた。そして、その勢いのまま 修治にドロップキックを当て、修治をはじき飛ばしたのだ。

 雄三はドロップキックで修治を飛ばした後、地面に完全に倒れる前に器用に手をついて身軽に バランスを取り立ちあがった。

 じゅ、柔術でドロップキック?

 浩之はそのミスマッチさに一瞬気を取られたが、雄三の次の一喝で我に返った。

「この試合は終わりだ!」

 そして、盛大にふき飛ばされた修治に向かってさらに怒鳴る。

「修治、おぬし、わしの言うことを聞け!」

「……足をあげる前に言ってほしいぜ」

 修治は大の字に寝転んだままそう悪態をついた。

 雄三は、そんな修治を放っておいて、綾香に向き直る。

「綾香君、この試合は悪いが終らせてもらうよ」

「……」

 綾香は、攻撃目標を失ったからなのか、しばらく動きがなかった。

 そして、フッと体から力が抜けたのがまわりにも見て取れた。

 綾香は、その場に倒れた。

 

「綾香!」

 浩之は今度こそすぐに綾香にかけよった。そして、倒れた綾香を抱き起こす。

「大丈夫か、綾香!」

 見たところ、綾香は気を失っているようだった。

 それより何より綾香にさわって気付いたのだが、すごい汗をかいていた。今まで綾香と組み手を したこともある浩之だったが、こんなに汗をかいた綾香は初めてだった。

「綾香、綾香!」

「……大丈夫、浩之。平気だから」

 綾香は、別に気を失っているわけでもないようだった。

「……でも、ちょっと休ませて」

 意識はあるが、体はやはり動けないようだった。浩之は、素早く綾香のダメージをさぐる。

 汗は尋常でなくかいているし、脈も高い。どう見ても平常とは思えなかった。

「大丈夫だ、少し無理をしているだけだ。休んでいれば治る」

 雄三は、慌てる浩之をそう言ってなだめる。

「でも……」

「日ごろここまで無茶をすることはないだろうからな。いや、無茶をするような相手がいない だろう」

 雄三は、綾香を抱きかかえた浩之の前にドカッと腰を下ろす。

「悪かった、藤田君、綾香君。修治は、強い者を見ると戦いたくなる性分でな」

「いいじゃねえか、それぐらい」

 修治は、少しおっくうに体を動かしながら3人に近づいてきた。それはドロップキックの直撃を 受けて派手に飛んだ後だ、おっくうにもなろうというものだ。

「……別にいいわよ」

 綾香は、やはりまだつらそうだが、そう言って修治を責めなかった。

 いや、責める必要は少しもないのだ。修治と綾香は対等の立場で試合をしたのだから。

「しかし……柔術でドロップキックですか?」

 浩之は雄三がそんな技を使ったのが不思議で、訊ねてみた。

「ドロップキックか、悪くない技だ。助走をつければその勢いを全て威力にまわせるし、相手を ふき飛ばそうとするなら有効な技だ。ただ、隙も大きいが、今さっきは修治の神経は綾香君に集中 しておったからな、問題ない」

「そうじゃなくて、柔術でもあんな技を使ったりするんですか?」

「一般的な柔術では使わんが、わしのところは一般的ではないのでな」

「一般的じゃない?」

「そうだ、一般的ではない。この武原流柔術は、使える技法は例えそれが他の格闘技でも吸収し、 新しい技法として取りこむ」

 浩之は、その雄三の言葉に少なからず驚いた。

「伝統とかは……」

「伝統? 最近の若者は異なことを言うな」

 雄三は少し笑ってから、答えた。

「強くなる前に伝統など意味をなさない。それが強いと思えば取り入れるし、必要ないと感じれば 捨てるだけだ」

 その言葉は、修治という化け物によって確かに実戦されていた。

 しかし、一つひっかかることもあった。

「それじゃあ、伝統的に受け継いできた技なんて意味がないんですか?」

 浩之は、葵の使う崩拳を見たことがある。あれは形意拳という伝統的な中国拳法の生み出した、 恐ろしい技だった。もしそれを見ていなかったら、おそらく浩之も伝統など鼻で笑っていたろう。

「もちろん、そんなことはない。わしの流派が代々伝えてきた技も残してある。その中には、 当然のように門外不出と言われるほどの技もある。しかし、新しい技を習うのにはそれは障害と ならない。しかし、何故伝統などにこだわる?」

「俺の知り合いの、後輩であり、俺の師匠でもある葵って子が、中国拳法の技を使うので」

「ほう、中国拳法を使うのか」

「ええ、ベースは空手ですけど、崩拳って技を」

「崩拳か……」

 雄三の目がスッと細まるのに浩之は気付いた。

「藤田君の後輩ということはまだ若いな……崩拳を使えるとも思えんが」

「本当に葵ちゃんは崩拳を使います」

 浩之はいつになく強い口調でそう言った。それだけ、葵に対する信頼が高いのだ。

「ふむ、まあ、修治をここまで追いこむ高校生がいるのだ。崩拳を使える者がいても驚くほどの ことではないのかもしれんな」

 そう言う雄三だったが、目は笑っていなかった。

 そうしているうちに、綾香が顔をしかめながらも体を起こす。

「大丈夫か、綾香」

「まあ、何とかね。体の節々が痛いけど」

「それはそうだろ、俺の相手したんだぜ」

 そう言う修治も、あまり元気とは言いかねたが。

 綾香は、修治の憎まれ口に苦笑した。

「とは言っても、テンプルにパンチ受けてからの記憶はあんまりないんだけどね」

「っておい、本当に大丈夫なのか?」

 浩之が心配するのは当然の話だが、綾香は今の体勢、浩之にもたれかかるようなかっこう、が ここちよかったので別に悪い気はしなかった。

「大丈夫だって、私だってやわな鍛え方してないんだから」

 だが、やわな鍛え方でなくとも、あの動きは綾香にかなりの負担をかけていた。綾香はその間の 記憶は鮮明ではなかったが、それが自分の体にかけた負担の量は今の状態から見てとれた。

 それをよく知っているのか、修治は綾香の体についてはそれ以上は何も言わなかった。それどころか、あのまま戦っていたら、もしかしたら自分が負けていたのかもと考えているの かもしれない。

 しかし、綾香も今の戦いは引き分けた気がしなかった。

 この力は、綾香の知らないものだ。そんなもので修治を追いこんでも、綾香は少しも気がはれ ない。むしろ、この試合は負けとさえ考えていた。

 しかし、この試合の勝敗については、誰も触れなかった。

 その日は、しばらく次に来る日のことを話した後、道場を後にした。綾香は、まだ体がうまく 動かないので、浩之に担がれて道場を出た。

 

続く

 

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