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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(11)

 

「で、大丈夫なのか、綾香」

「大丈夫……って言いたいところだけど、やっぱ歩けないみたい」

 いつもは強がりの綾香であったが、今回は完全に立てないのであろう、浩之に助けを求めた。

 いや、次の言葉を聞けば、綾香はふざけているのではと浩之は思ったのだが。

「背負って」

「背負ってって言われてもなあ……」

「何よ、女の子が立てないって言ってるのに男としてそれはひどいんじゃない?」

 そんなことを言うものだから、よけに浩之には綾香が演技でやっているのではないかと疑った が、しかし断れそうにもなかった。

「仕方ねえなあ……」

 浩之は、腰をかがめて綾香に背中を向ける。

「ほれ」

「……」

 しかし、綾香は浩之の背中に乗らなかった。

「どうしかたのか、綾香?」

「……ごめん、どうも浩之の首につかまる力も残ってないみたい」

 浩之は、そう言われて初めて綾香が受けたダメージがどれほどのものかわかった。冗談ぽく 言っているのは、本当は自分のつらさを人に見せたくない感情の裏返しだったのだ。

「綾香……」

「ごめんね、浩之。今日は迷惑かけてばっかりになりそう」

「……気にするな」

 浩之は、苦労しながらも綾香を背中に背負う。いくら綾香が女の子とは言え、力の入らない人を 背負うのは重労働だったが、雄三も修治も手助けをしなかった。

 もっとも、ここは手助けをしない方がより気がきいているだろうが。

「では、藤田君。また来週ここに来なさい。綾香君、おだいじにな」

「んじゃな、浩之、綾香」

「それじゃあ、失礼します」

「今度はこうはいかないからね」

 浩之は、負け惜しみとも取れる綾香の言葉に苦笑しながら、道場をゆっくりと出た。

 正直、浩之もそれなりのダメージを受けていて、綾香を背負って歩くのはかなりきつい ことだった。

 だから、どうしてもゆっくり歩くことしかできず、道場を出るだけでもかなり時間を要した。

「くつはどうする?」

「持っていってくれる」

 綾香は、その一言だけ言って浩之の背中に顔をうずめた。その蓄積されたダメージは相当のもの なのだろう、綾香は一言もそれ以上しゃべらなかった。

 やはり、綾香はすごい。修治に半分破れた綾香を見ても、浩之はその考えを捨てなかった。いや、 再確認したと言ってもいい。

 それほどまでに、修治は強かったし、最後の綾香は、もっとすごかった。

 怪物……か。

 浩之はその怪物達に追いつかなくてはいけないのだ。その怪物の一人の力となるために。

 そんな決意を新たにする浩之も、一つだけ忘れていることがあった。

 この綾香の状態を見たセバスチャンが、どういう行動に出るかだ。

 それに気付いたのは、道場から綾香をおぶって出た瞬間であった。

 門の前に仁王立ちしているセバスチャンと目があった瞬間であったので、どう言い逃れもできる 状態ではない。

 いくら浩之でも、綾香を背負ったままセバスチャンから逃走するのは不可能。それなら綾香を 下ろせばいいのだが、またその行動も却下なので手詰まりだった。

 仕方なく、浩之は覚悟をきめて綾香を背負ったまま門まで歩く。

 そして、どこから見ても怒っているようにしか見えないセバスチャンの前まで行くが、さすがに 目はあわすことができない。

「小僧……どういうことか説明してもらおうか」

 じっとりと浩之の体に汗がにじむ。

「いや、これは……」

 浩之は背中にいる綾香に助けを求めるように目を泳がせたが、綾香からの反応はない。

「最初は俺が修治と戦かったんだが、俺があっさり負けると、今度は綾香がやるっていいだして…… 」

「ほほう」

「俺も止めたんだけど、綾香がどうしてもと言うから……いや、確かに止めれなかった責任は俺に あるんだけど……」

「それと、おぬしが恐れ多くも綾香お嬢様を背負っているのとどういう関係があるのだ?」

 セバスチャンの声は低く重い。すぐに怒鳴られるものとばかり思っていた浩之は、よけいに 冷や汗を流した。

「いや、綾香がそのとき一度負けそうになったんだが、その後勝ちそうになって、いや、別に 勝ったわけでも負けたわけでもないんだが……」

 浩之はしどろもどろになりながらセバスチャンに説明しようとしたが、どうもうまく言えない。 確かに、綾香が背負われないといけなくなったのは、浩之自身のせいと言えなくもなかったからだ。

「で、綾香がそのダメージで立てないから、俺が背負ってここまでつれてきたわけだ」

「……おぬし、それでわしが納得するとでも思っているのか?」

「……いや、思ってない」

「であろうな」

 そう言うと、セバスチャンは浩之に背を向けると、とめてあったリムジンの扉を開いた。

「ほれ、さっさと綾香お嬢様をお乗せにならんか」

「え……?」

 セバスチャンは怒りも怒鳴りもしなかった。

「俺は怒鳴られるぐらいは覚悟していたんだが……」

「怒鳴る……か、お主とあわれもない綾香お嬢様の姿を見た瞬間は、な。そう思ったわい」

「じゃあ、何でだ?」

 浩之の疑問を聞いて、セバスチャンは、じっと浩之の方を見て、そしては破顔した。

 浩之はもうセバスチャンとはそれなりの付き合いだが、セバスチャンが破顔するところなど 初めてだった。

 それは、普通の老人らしい、温かみのある顔だった。

「こんなに幸せそうな綾香お嬢様の寝顔を見たら、わしには何も言えんよ」

「は?」

 浩之は、背負っている綾香を見ようとして失敗し、仕方なく綾香に呼びかけた。

「おい、綾香」

「……」

「綾香、ほんとに寝てるのか?」

「だまれ小僧、綾香お嬢様を起こす気か?」

 浩之が振り返ると、そこにはいつも通りの、いかつい顔の初老の大男がいるだけであった。

「しかし、綾香お嬢様もまるでやんちゃ坊主のようだのお。子供のケンカに勝って、意気揚揚と 帰ってくる途中で、母親に背負われたまま眠ってしまう子供のようじゃわい」

「……確かに、綾香にぴったりだな」

 そう小さく笑うセバスチャンにつられて、浩之も小さく笑う。

「綾香お嬢様が聞かれればきっとお怒りになられるだろうがの」

「だろうな」

 浩之とセバスチャンは顔を見合わせて笑うと、綾香をリムジンに乗せた。

 

続く

 

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