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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(12)

 

 どう言われても、すごく楽しかった。

 今まで何だってできたし、それもすぐにできるようになったけど、私には空手はすごく面白 かった。

 強くなっていくことは、すごく楽しかった。

 エクストリームを知って、気まぐれで参加してみたのだけれど、それの方が空手よりも何倍も 面白かった。

 強敵がいる。強敵がいるということは、自分の強さを確認できる。

 空手に未練はなかった。だって、私は空手が楽しいんじゃなくて、強くのあるのが楽しかった から。

 だから、強い相手と戦うのは楽しい。

 実力の差が少ない方がいい、いや、私よりも強かったらなおいい。

 だって、それに勝ってみせるのが、私にはすごく楽しいんだもん。

 

 私はこれからも、勝ちつづける。

 それが、私を満たす一番のことだから。

 

 綾香は、目を開けた。

 見なれない光景だった。こんな天井は見たことなかった。

「ここ、どこよ……」

 綾香はそう言って上体を起こすと、すぐにここがどこだか分かった。

 見なれないと思ったのは何のことはない、それがリムジンの天井だったからだ。この車には よく乗るが、考えてみれば寝転がるという行動はしたことがないからだろうと綾香は思った。

 まあ、綾香がそうやって冷静に観察できたのはその一瞬だけであった。

「あたたっ」

 どちらかと言うと切羽詰ったようは聞こえない声だったが、体を動かすと綾香の全身に激痛が 走る。

「大丈夫か、綾香?」

「あ、浩之、おはよ」

「おはよって……のん気だな」

「まあ、あんまりのん気なことは言ってられないぐらい痛いんだけどね」

 綾香は、ゆっくりと浩之の方を向こうとしたのだが、それだけ動くのでさえ体が痛い。

 やっとの思いで振り向いて、浩之に訊ねる。

「えーと、何があったんだっけ?」

「何があったって、寝ぼけてるのか、綾香?」

「ちょっとね、痛みのせいでだいぶ意識ははっきりしてるんだけど」

「さっき綾香は修治と試合してきたばっかりだろ?」

 綾香は、その言葉を聞かなくても、自分が今まで何をしていたのかすぐに思い出せた。

「何だ、私浩之に背負われたまま寝ちゃったんだ」

「みたいだな。あんな短い時間で寝るなんて、かなり疲労してたんじゃないか?」

 疲労しているのは綾香にもよく分かっていた。

 表情にさえ出してはいないが、全身を駆け巡る痛みは尋常ではなかった。しかも、この痛には 筋肉痛によるものだ。

「綾香お嬢様、あまり動かれない方がよろしいでしょう」

 運転していたセバスチャンが、それを知っているのか綾香にそう言ってきた。

「別にダメージはないのよ」

「相手にやられたダメージは少ないでしょうが、綾香お嬢様はかなり無理をされているのでは?」

「別にそんなことない……」

 とそのとき、横にいた浩之に綾香は腕をつかまれた。

「イタタタタッ」

「……綾香、もしかしてお前……」

 浩之もすぐに気付いたようだ。さっき受けたダメージとは別の痛みが綾香を襲っていることに。

「うーん、ちょっと痛くて体が動かせないだけよ」

「どっか怪我してるのか?」

「そんなんじゃないって、単なる筋肉痛よ」

 単なる、と言うにはかなり痛すぎる気もするが、浩之を心配させることもないので綾香はそう 言ってみた。

「ほっとけば治るわ」

「……んじゃ、いいから寝とけ。さっきみたいに膝枕してやるから」

「さっきみたいにって……」

「いや、いくら快適って言っても車の中は寝づらいかと思って……ほら、俺も前やってもらった 礼もあるし……」

「……浩之、ありがと」

「いや、そんなに大層なものじゃ……」

 綾香と浩之の間に何とも言えない空気が流れる。

「ウオッホン」

 その2人の雰囲気をぶち壊したのは当然セバスチャンだった。綾香も浩之もほんの少しの間で あるがセバスチャンがそこにいることを忘れていたのだ。

「ときに小僧、前やってもらったとは、どういう意味だ?」

「え、そりゃあ綾香に……」

 浩之はそこであわてて口をふさいだ。綾香に膝枕をしてもらったなどと言っては、ここから生きて 帰れるとは思えなかったからだ。

「……綾香に色々世話になってるからな、今回のこととか」

 かなりきびしくはあるが、浩之はそう言って言葉を濁した。

「とりあえず、膝枕ぐらいはいいだろ、じいさん」

「仕方あるまい、わしが綾香お嬢様に膝枕するわけにもいかんからな」

 その言葉は冗談でも、セバスチャンからの殺気は隠せるものではなかった。もちろん綾香が うんざりしていたのは言うまでもない。

 綾香はセバスチャンのことは放っておいて、浩之の膝枕の上に頭を置いて寝転んだ。

「……そんなに痛いのか、綾香」

「……まあね、体動かすと痛いわ。筋肉痛なんてかなりひさしぶりよ」

「筋肉痛って、やっぱりあのときのか?」

「そうだと思うけど……そうだ」

 綾香はセバスチャンにあのことを聞いてみた。

「今日、修治ってやつに負けそうになったんだけど、そのときに私がいつもより強くなったんだけど、 セバスチャンはどうしてなのか分かる?」

 セバスチャンはこと格闘技においてはかなり豊富な知識を持っている。今回のことも、セバスチャン なら知っているのではないか、綾香はそう考えたのだ。

「強くなったと申しますと?」

「うーん、何て説明したらいいのかなあ?」

 綾香は浩之に膝枕をしてもらったまましばらく考えた。

「あのとき、私は負けると思ったわ。あいつは強かった。実力で、私は負けてたと思う。でも、修治に とどめの一撃と思われるフックを受けたときに、私の意識が飛んだの」

 綾香にとって、あれは不確かで、不思議な経験だった。

「その後よ、変な感覚だった。私には全部見えるようになったのよ、私の見てない敵の背中とか、 私の後とか。それで、体は重いのに、動きだけは早いのよ」

 いや、そういうよりむしろ……

「まるで、私以外の時間がゆっくり進んでいるようだった。相手が動く前に、私が絶対に攻撃を 当てれる。私の体も、どんな無茶にでもついてくる」

 綾香には、あれが自分の力だったとは今も信じられなかった。あまりにも今の自分とかけ離れて いたのだ。

「もう一回言っておくわね、私は、あんなに強くない」

 それを最後まで聞いて、セバスチャンは少しの驚嘆と、残りの笑いで答えた。

「綾香お嬢様、それは私どもが三眼と呼んでいるものです」

 その言葉は、綾香も浩之にも聞きなれない言葉だった。

 

続く

 

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