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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(13)

 

「綾香お嬢様、それは私どもが三眼と呼んでいるものです」

「さんがん?」

「さようでございます。三つの眼と書きます」

 最近は格闘技に関して色々調べている浩之も、そして綾香もその言葉を聞いたことはなかった。

「何、その三眼って?」

「あれは……わたくしめがまだ戦後の混乱の中、ストリートファイトで身をたてていたころの話で ございます」

「おいおい、本当の話だったのかよ、あれは」

「おお、小僧には少し話したことがあったよのお。あれはわしの作り話でも何でもなく、実際に わしが体験したことじゃ」

 昔はストリートファイトで名をはせていた、と老人に言われてそれを信じる者もいないだろう。 浩之も、もちろん信じていなかった。

「だってよ、めちゃくちゃうさんくせえじゃねえか」

「だまって聞け、小僧。今の時代からは想像もつかないぐらい昔は厳しい生活を送らなければならな かったからの、わし必然的に強くなっていった」

 昔話をしだした老人を止めることはもはや不可能、と浩之も口をはさむのをやめた。それに満足 したのか、セバスチャンは勢いづいて話を続ける。

 

 わしはそのころから強かった。だが、誰もが強い、というわけにはいかん。中には実力において 他の者よりも劣るものもおったし、自分よりも強い者と戦わなければならないこともある。

 そして、強い者が弱い者を嬲り殺すことは、確かに観客にうけた。

 わしはそんな弱い者いじめは嫌いでな。相手を殴り倒して金をもらうのはもちろん聖人のすること ではなかったが、それとは別にわしにもプライドというものがあったからな。

 じゃが、中にはそういうい弱い者いじめが好きなものもおる。強い相手と戦わないのなら、怪我も しないし、しかも金も手に入る。そちらの方が効率的ということだ。

 そいつはいけすかないやつだった。いつも相手が自分よりも格下だと思わないかぎり、決して 争いを起こさないやつだった。わしは何度かそいつに挑戦をしようとしたが、いつものらりくらりと かわしよる。まったく、嫌なやつだった。

 だが、そいつもただ弱い相手ばかりと戦うわけにもいかなんだ。ついに、そのときその界隈では 最強と言われた男とそいつは戦わなくてはいけなくなった。

 ストリートファイトでは名声が全てだった。名の売れたやつが戦えば、金が入る。簡単な道理 だった。それだけに、逃げるわけにはいかなかった。

 そいつは「弱い者いじめの卑怯」で名が通っていたので、きっと悪を倒すという名目でそいつが 選ばれたんだろうな。

 実力は、その弱い者いじめをする男の方がかなり劣っていた。ストリートファイト仲間じゃあ、 きっとなぶり殺されるだろう、いいきみだ、と言われておった。

 今でも覚えておる。あいつはストリートファイトに向かう前に、何とも言えない顔をしておった。 それは、決して卑怯者のできる表情ではなかった。決心にも似た、そして悲壮的な表情だった。

 そして、わしに話しかけてきた。あいつはまわりの者とは仲が悪かったからの、他に頼むやつが おらんかったんだろう。

「俺が死んだら、ここに書いてあるやつにファイト料をわたしてやってくれ」

 そう言われてわしは一枚の紙をわたされた。おそらくあいつはわしがねこばばするような者ではないと 知ってたのんだんだろうな。

 そして、そいつは戦いに行った。

 一方的な戦いだった。もとより、実力的には劣っているし、声援はあいつには飛ばなかったからな。 悪者扱いだからな。

 右のパンチがそいつの顔を捕らえて、その残虐なショーは終わりをつげるはずだった。

 後はひどいものだ、地面にたたきつけられ、めった打ちにされてしもうた。

 勝ったのは、その弱い者いじめをするあいつだった。

 勝負が決まった、誰もがそう思った瞬間から、あいつは圧倒的な強さで、最強と言われた男を 倒してしまった。

 

 それを聞いて、浩之は綾香のときと酷似した部分があることに気付いた。

「勝負が決まった?」

「そうじゃ、勝負が決まった、つまり、負けたと思った瞬間から、三眼は力を発揮する。いや、 本当にそこから力を発揮するのかどうかはわしも知らん」

 セバスチャンは声を低くして言った。

「ある瞬間、ある時点から、それはその個人の限界を超す。まるで三つ目の眼が開くように、それは 眼を開ける。不可解ではあるが、限界を凌駕した瞬間、それをわしらストリートファイトをやっていた ものは三眼と呼ぶ」

 それはうさんくさい、というより非現実的な言葉だった。

「で、それって本当は一体何なのよ」

 綾香が的をえない言葉のせいか不機嫌になっていたのでセバスチャンはいつもの口調で言った。

「いやいや、ついつい格好をつけたくなってしまいましてな、ご勘弁を。そうですな、分かりやすく 言えば……人というものは限界を超える負荷を与えつづけると同じ負荷を与えているにもかかわらす、 苦痛を感じなるなるのを知っていますかな?」

「長距離ランナーがよくなるやつ?」

「それでございます。負荷が身体の限界を超えても負荷を与えつづけていると起こる身体能力の 向上、三眼はそれのことだと言われております」

「言われてるって?」

「正確なことは、このわたくしにもわからないもので。しかし、さすがは綾香お嬢様です。すぐに 身体が痛くなるとは」

「え?」

 セバスチャンの言葉の意味を、綾香も浩之もつかめなかった。

「あんまり身体が痛くなるのはほめられたことじゃないと思うけど」

「そうではございません、その身体の痛みは、格闘家としては何物にも代え難い才能でございます」

「この痛みが?」

 綾香はそう言われて身体を動かそうとしたが、痛くて断念した。どう考えたって邪魔以外の何物 でもなかった。

「邪魔なだけだと私は思うけど」

 おっくうそうに腕を動かそうとして断念する綾香を見ていて、浩之もあっと気付く。

「何、浩之には分かったの?」

「ああ、ばっちりな」

「なになに?」

「つまり」

 浩之は意地悪く笑った。

「おてんばの綾香をおちつかせるための痛みだろ?」

「……ひどいいいようね、浩之」

 綾香はほほをふくらませて浩之に講義した。もちろん、本気ではないが。

 しかし、じゃれあう綾香に関係なく、セバスチャンは笑って言った。

「いや、小僧の言っている言葉はあながち間違ってはおりません」

「……セバスチャンも言うようになったわねえ」

「違います、綾香お嬢様、その痛みは本当に綾香お嬢様を動かさないようにするための痛みでござい ます」

「どういうこと?」

「三眼は、その肉体が普通はセーブしてある力を引き出し、限界を超えるものです。当然、身体に かかる負担も並はずれたものでございます。その切れた筋肉、痛んだ身体を修復するために、その間 動かないようにと身体が訴えておるのです」

「それって……この痛みって筋肉痛のことなの?」

「その通りでございます。しかもかなりひどい」

 綾香にとって、筋肉痛など生まれて初めてのことだった。いや、記憶にないころはあるのかもしれない が、少なくとも綾香にはその記憶はなかった。

 小さいころから体を動かすことを知っていた綾香に「無茶な運動」という言葉はなかったのだ。

「あいつも2、3日は動けなかったものです。しかし……綾香お嬢様のすごいところはそこです。 綾香お嬢様はもう身体の回復が始まっております。回復力の早さは、格闘家としては欲してやまない 才能でございます」

 普通、筋肉痛は少し間を置いて来る。それは身体の回復にタイムラグがあるためだ。だから歳を とり回復力が落ちると筋肉痛が数日遅れて来る。

 だが、綾香にはほとんどタイムラグがないことになる。それは驚異的な回復力と言ってよかった。

「筋肉痛が起こるということは今身体は回復しているということです。その痛みがある程度おさまる まではげしい動きはしない方がよいでしょう」

「な、あながち俺の言ったことも間違ってないだろ?」

「そうみたいだけど……言い方が悪い」

 綾香はそう言って口を尖らせた。セバスチャンはいるものの、それぐらいのことで浩之とじゃれるのを やめるような殊勝な綾香ではない。

「葵ちゃんには俺から言っとくから、明日は休んどけよ」

「……仕方ないわね、私が行かないからって葵に手出しちゃだめよ」

「ばーか、そんなことするかよ」

「小僧、お主、綾香お嬢様に対して「バカ」とは何ごとじゃ!」

「お、おいおい、じいさん、前見ろよ、前!」

 その時刻、妙に蛇行する高そうな車が目撃されたが、事故はおきなかったようだ。

 

続く

 

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