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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(14)

 

 ハッハッハッハッ

 リズミカルな息遣いが、澄み切った空気に響いていた。

 朝のジョギングは葵の日課だった。雨の日は濡れると面倒なので、部屋で筋トレをすることに しているが、それ以外では休むことはほとんどない。

 スタミナを鍛えるための訓練であるが、この朝の澄み切った空気の中を走るのは、それでなくても 気持ちのいいことだった。

 ただし、そうは言ってもスピードは健康のために走っているお年寄りとは大きく違う。ある程度は 自分の身体に負荷をかけないとトレーニングにならないからだ。

 一女子高生が行うのならほとんど限界に近い練習量を葵はこなしていた。

 葵には、才能がない。少なくとも、葵はそう思っている。だからこそ、その才能というみぞを うめるには、かかさぬ努力というものが必要だった。ジョギングも、その一つだ。

 もっとも、葵にとっては努力というのはそんなに苦痛ではない。身体を鍛えるという行為に 喜びさえ感じる方だ。だからこそ、努力できるのかもしれないが。

 ジャージにシャツという動きやすい格好で、葵は走っていた。朝に会う人はだいたいきまっている。 新聞配達の人とか、朝早く起きて歩くお年よりなどだ。

 葵はほとんど毎日かかさずこの時間に走っているので知り合い、と言っても挨拶をかわす程度だが、 が多くいた。

「おはようございます!」

「ああ、おはよう」

 毎朝会うおじいさんに葵は挨拶した。

 最近よく会う新聞配達の人にも挨拶をした。まだ若い人だが、その人は葵の名前も覚えてくれて いて、毎朝ほとんど同じ場所で挨拶をかわしていた。

 額にうかぶ汗が心地よい。まったく苦になどならなかった。むしろ、こうやって段々と体力が ついていくことが嬉しくさえある。

 何でこんなに気持ちいいのに、みんな朝に走らないのかな?

 同年代の女の子にそんなことを言っても仕方のないことだとは葵も自覚しているが、そう思わずに はおれなかった。

 ほら、そこにも走ってる女の子が……え?

 葵は道路の反対側を自分と同じようにジョギングをする女の子に気付いた。

 めずらしい光景だった。この時間にジョギングをする女の子など、自分ぐらいしかいないと 思っていた。実際、この時間に若い人と会うことはあまりない。せいぜい、朝帰りの大学生ぐらいだ。 だからその女の子に目が行ったのかもしれない。

 見た目葵と同じほどの歳に見える。まだ朝早いので学校の部活の朝練と言うわけでもなかろう。

 かなりのハイペースで走っているようなので、健康のため、とは思えない。となると、やはり 何かのスポーツをやっているのだろう。

 葵は自分の他にもこうやって朝早くから体を鍛える人がいるのが少しうれしかった。あまり気に していないとは言え、自分が普通の女の子の生活をおくっていないことを少しは気にしているのだ。

 と、そこでその女の子は葵の方を見た。

 2人の視線が重なる。

 すると、その女の子はニコッと葵に笑いかけた。つられるように、葵も笑いかえす。

 次の瞬間、パッとその女の子はガードレールを飛び越え、葵に向かって走ってくる。その動きは 俊敏で、何より動きが身軽だった。

 そして前と同じように軽くガードレールと飛び越すと、葵の前に飛び降りた。そして、葵に笑い かけた。

「おっはよう〜」

 いきなり、その女の子は葵に声をかけてきた。葵は少しばかり途惑いはいたが、すぐに笑顔で 挨拶を返す。

「お、おはようございます」

「君、一人で走ってるの?」

 まったく遠慮ないと言うか、まるでナンパみたいな気軽さで女の子は葵に声をかけてきた。 もちろん葵は途惑う。

「え、は、はい、そうですけど」

「だったら一緒に走らない?」

 人懐っこい笑顔で、その女の子は言ってきた。

 近くで見ると、その女の子は葵とだいたい体格も、歳も同じようだった。ただ、いきなり初対面の 人に、しかもかなり親しげに話しかけてくるところを見ると、少し変わっているのかもしれない。

「それはかまいませんけど、走るコースは……」

「ん、いいのいいの、今日はためしにこっちを走ってただけだから。いつもはこっち来ないから よく道わかんなくて」

 よく見るとその女の子はかなり汗をかいている。ほんの10分走っただけとかそんなレベルでは なさそうだった。かなり本格的に走っているのだろう。

 そんな葵の目に気付かないのか、女の子はポンと手をたたいた。

「あ、ごめ〜ん、名前まだ言ってなかったね。私、島田由香。由香ちゃんって呼んでね」

「はあ……」

 葵はその元気さと言うか、よく分からないのりに流されていた。

「君は?」

「君の名前」

「あ、はい、松原葵って言います」

「葵ちゃんね。じゃあよろしく、葵ちゃん」

「あ、よろしくお願いします、由香さん」

「もう、由香ちゃんって呼んでって言ったのに〜」

「は、はあ、でも、いきなり初対面の人にちゃんづけは……」

「うーん、そんなものかな? 私は全然気にならないけど」

 由香は少し悩んだようだが、すぐにそのことを頭の中あら消したのかまた笑顔に戻る。

「まあいいや。じゃあ、お近づきの印の握手!」

 そう言って由香は手を出した。

 おかしな人だが、悪い人にも見えなかったので、葵は出された手をにぎった。

「あはは、やっぱりだ」

 由香が急にそう笑い出したので、葵は首をかしげた。

「どうかしましたか?」

「君、身体鍛えるために走ってるでしょ?」

「え、ええ、まあそうですけど」

「やっぱりね」

 女の子は得意げに言った。

「細いけどいい筋肉してるもんね。それはやっぱまったくの素人じゃないと思ったの」

 そう言われて、葵ははっとした。

 この一風変わった女の子は、あの遠目で自分の身体を見て、素人じゃないと判断したのだ。

「それに握手してみて分かったよ、葵ちゃん、何か格闘技やってるでしょ?」

「わかるんですか?」

「もちろん!」

 由香は得意げに胸をはって言った。

「これでも私も格闘技のプロなのよ」

 それが、松原葵と島田由香のファーストコンタクトだった。

 

続く

 

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