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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(16)

 

「で、その格闘技のプロとやらが、今日見に来るんだって?」

「はい、センパイ」

 葵と浩之はサンドバックを木にかけながら話していた。

 今日は綾香も坂下も来ていない。いつも2人が来るとはかぎらなかったのだが、2人が来ない日が たまたま重なったのだろう。

「格闘技のプロねえ、日本にプロの格闘技なんてあったっけ?」

 スポーツに関して言えば、日本にはかなりの数のプロスポーツがあるが、格闘技にプロなどいたか どうかは浩之は知らなかった。

「はい、由香さんの話が本当なら、本当にプロですよ」

 葵は慣れた手つきで縄を木にかけ、浩之と一緒にサンドバックをつりあげる。

「んで、何の格闘技なんだい、葵ちゃん」

「それは……由香さんが来てからのお楽しみってことでどうですか?」

 葵は茶目っ気な笑いをしながらそう言った。その行動が浩之には新鮮でかわいく見えた。

「そう言われると気になるなあ」

 浩之は腕を組んでその格闘技を考えるふりをした。

「葵ちゃん、ヒント」

「ヒントですか? えーと……」

 葵もうーんとうなって考えだした。が、何も思いつかなかったようで、すぐにあやまる。

「すみません、これと言ってヒントなんて思いつきません」

「葵ちゃ〜ん、そんなに意地悪しないでさ」

「え、意地悪だなんて……」

 そう言われて途惑う葵に、浩之はじりじりと間を狭める。

「教えてくれないんなら、強引に聞き出すしかなさそうだな〜」

「強引にって、ちょっと、センパイ?」

 意地悪げに笑う浩之に、葵は戸惑ってオロオロするが、今のちょっとオオカミモードの浩之は それぐらいではおさまらない。

「ふっふっふっふ、覚悟してもらおうか、葵ちゃん」

「え、まっ、待ってください、センパイ」

「待てない、葵ちゃん覚悟〜!」

 ガバッと浩之が葵を襲う。

 ビュンッ!

  葵の冗談ではすませれない右ストレートを、浩之はどうにかこうにかかわした。

「そんな、センパイにせまられたら私……」

「あ、葵ちゃん、冗談だって、冗談!」

「へ?」

 浩之は冷や汗を流しながら葵に言った。このままでは自分の身が危ないと思ったからだ。

「茶目っ気出した葵ちゃんが可愛かったからからかっただけなんだけど……」

「あ、え、そうだったんですか? すっ、すみません、センパイ、私勘違いして……」

「いや、俺も悪かったからいいんだけど、何と勘違いしたんだい?」

 で、命が危なかったからと言ってへこたれるような浩之ではなかった。

「それは……そのお……」

 葵は真っ赤になって下を向きながらもじもじと指をいじくっている。

 ついこの間まではあまりそういうことを意識しなかった葵だが、つまりそれは意識しだしたころは 非常に初々しく、男には可愛く見えるものなのだ。

 あんのじょう、浩之はたまに葵をからかって遊んでいる。別に困らせるのが目的ではなく、こういう はずかしがる姿が可愛かったりするからだ。

「はは、葵ちゃんはかわいいなあ」

 そう言いながら浩之は葵の頭をなでる。

「ふーん、葵ちゃん、この子、彼氏?」

 突然後ろから聞きなれない声が聞こえたので、浩之は振り返る。

 そこにいたのは、葵とあまり背丈が変わらない程度の、ロングの髪の女の子だった。もちろん、 浩之にはその女の子に覚えがなかった。

「あ、由香さん、来てくれたんですね」

 振り返った浩之の後ろから顔を出した葵が、その女の子に笑いかける。

「こんちゃ〜、葵ちゃん。約束通り来たよ〜」

 ビシッと手をふるその女の子、由香と言うらしいが、浩之の目から見て、格闘技のプロ、と 名乗るような雰囲気ではなかった。

 何と言うか……軽い。いや、綾香のような者もいるので、格闘技をやっている者が全て固いとは 浩之も思っていないが、それにしたって、綾香には独特の強いプレッシャーがある。

 しかし、この女の子は、どこにでもいそうな女子高生みたいな雰囲気だった。

「で、このかっこいい子、葵ちゃんの彼氏?」

「えっ? い、いえ、センパイとはそんなんじゃなくて……」

 いきなりのことに葵はしどろもどろになる。やはりこういうことには免疫がないようだ。

「えーと、あんたが由香?」

「うん、そーだよ。私、島田由香って言うの。由香ちゃんって呼んでね」

「俺は藤田浩之、葵ちゃんの先輩だ。まあ、格闘技に関しては葵ちゃんが全然先輩なんだけどな」

「じゃあ、よろしくね〜」

 由香はスッと手を出してきた。普通、日本では初対面の人が握手を求めてくることはないので、 少し途惑ったが、浩之はとりあえず由香の手を取る。

「……うん?」

 ぶんぶんと妙に子供っぽい握手をかわすと、由香は首をかしげた。

「ありゃりゃ、葵ちゃんがあんなにがんばってるみたいだから、もうちょっとできると思ったんだけ どなあ?」

「は?」

「浩之君だっけ? 君、ほんとに格闘技やってるの?」

 手を放すと、由香は不思議がって聞いてきた。

「ほんとに格闘技やってるかって……やってるが?」

「でも、手をにぎったら全然格闘家の手してないじゃん」

 由香はまるで自分が手をにぎっただけでその相手の全てが分かるのが当然と言わんばかりに そう言ってきた。

「私、葵ちゃんの先輩って言うから、もっと強い人を想像してたんだけどな〜」

「センパイは強いですよ、由香さん」

 浩之を悪く言われるのは許せなかったのか、めずらしく葵が強い口調で言ってきた。

「センパイはまだ本格的に格闘技を始めて1ヶ月ちょっとですけど、ずごく上達しているんです」

「一ヶ月ちょっとじゃあ、やってるって言わないよ」

 由香はそうカラカラと笑いながら言った。

「そんなことないです、センパイは、本当にすごいんです」

 葵は懸命にそれを由香に分かってもらいたいようだった。

 浩之は、別に自分がどうこう言われるのは全然かまわなかったが、葵が懸命に自分のことを かばっているのを見て、引き下がるわけにもいかなかった。

「由香、あんた、格闘技のプロなんだろ?」

「うーん、何でみんなちゃんづけ嫌うのかなあ? うん、私はプロだけど?」

「だったら、ちょっと俺の相手してみるか?」

「センパイ……」

 もともと、浩之は好戦的な性格ではない。人がからまれていたり、ふりかかる火の粉ははらうが、 そうでもなければ相手にケンカなど売ったりしない。

 しかし、今はそういうわけにはいかなかった。葵が懸命に自分のことをかばおうとしているのだ、 ここでだまっていられる浩之ではなかった。

「いいけど、怪我しても知らないよ」

 由香は、さらっとそれを承諾した。まるで自分が負けるとは思ってもいない態度だ。

「プロが素人に手を上げるなとかみんな言うけど、私ってそんなモラルなんてないしね〜」

 もとからやる気まんまんだったのか、由香は柔軟を始める。

「でも……いいんですか、由香さん」

「いいのいいの、気にしないでもいいってば、葵ちゃん。私も、ちょっとはやる気で来たし」

 由香は楽しそうに柔軟を終えると、神社の前の開けたところまで行った。

「さってと、ここでいいかな?」

「ああ、かまわないぜ」

「じゃあ、葵ちゃん一応ジャッジしてくれない?」

「はい、それはかまいませんが……ルールは?」

「あ、ころっと忘れてた。ねえねえ、浩之君、ルールは何がいい?」

「俺がきめていいのか?」

「うん、それぐらいのハンデはいいよ。こっちプロだし」

 由香は余裕しゃくしゃくと言った感じだった。

「……じゃあ、目つき、金的、噛み付き、指取りなしでいいか?」

「いわゆる何でもありってわけね。オッケーオッケー、それでいいよ」

 由香は浩之の提案をすぐに受け取った。

「じゃ、葵ちゃん、ゴングお願いね」

「は、はい、それじゃあ……レディ〜……」

 ザッと浩之はかまえを取る。

「ファイトッ!」

 葵の声が、響いた。

 

続く

 

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