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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(17)

 

 まずは様子見って所か……

 かまえもとらずのん気に浩之をながめている由香を見て、浩之はすぐには手を出さずに相手の 出方を見た。

 格闘技のプロ、と聞いて浩之の頭に最初に思い浮かんだのは、ボクシングだった。

 世界でも有名であり、日本でもプロがいるボクシングの選手なら、自分のことを格闘技のプロと 名乗っても不思議ではないからだ。

 由香が、素人には手を出す出さないと言っていたところを見ると、その確率はかなり高いと 思えた。

 ただ気になるのは、ボクシングに女子のプロもいたかどうかなのだが、そこは今のところ 浩之には判別ができない。

「あっ!」

 ふいに由香が叫んだので、ビクッと浩之は反応してしまった。

「そう言えば、浩之君」

「な、何だ?」

「私の格闘スタイル知ってるの?」

「いや、知らないが……」

「あ、そうなんだ」

 由香はそれだけ言うと構えた。拳を顔の近くまでひきつけ、脇をしめてあまり腰は落さない。

 完全に打撃系の構えだ。やはりボクシングかそれに類する格闘技なのだろう。

 それを裏付けるように、由香は軽いフットワークを使いだした。しかし、まだ近づいてくる気配 はない。向こうも様子を見ているのだろうか。

 しかし……やりづらい。

 葵の手前後先考えずに試合を申し込んではみたものの、浩之は少しこまっていた。

 歳はどう見ても自分を越えていることはなかろう。それに、葵よりも下手をしたら細い腕。 どっちかと言うと浩之よりもよほど格闘技をしているようには見えない。

 さらに言うなら、顔も綾香ほどではないがいい。普通に制服を着て学校に来たら美人の転校生 とうわさにぐらいはなれるだろう。言っては何だが、葵よりもかわいい。

 顔の良し悪しは別にして、こんな体の女の子にいくら試合と言え手を出すのは気がひけた。

 綾香や葵ちゃんになら強さを知ってるから手加減する必要がないってのは知ってるが……

「来ないの、浩之君?」

 由香はやはり表情は笑ったまま浩之を誘う。

「あんまり女の子に手を上げるのは、試合でも趣味じゃなくてね」

「ふーん、やさしいんだ。ま、いいのいいの、私相手なら全然気にしなくていいから」

 と次の瞬間、由香は浩之に向かって大きくインステップした。そしてそれとほぼ同時に左のジャブ のニ連撃。

 浩之はその風を切るジャブを、素早く避ける。

 速い……が、綾香や葵ちゃんほどじゃない。

 由香は間を置かずに右のストレートを打つ。が、これも浩之には避けることができた。

 まったく余裕を持って、とは言わないが、少なくともまだどうにでもできるレベルだった。

 日頃から、浩之は綾香や葵の相手をしているのだ、これぐらいの打撃、避けないでどうすると 言うのだ。

 しかし……由香ははっきり言って全然だ。素人相手にならどうにでもなるかもしれないが、浩之は 強い人達の相手を毎日している。今さら、このレベルの相手ではどうにもできない。

 悪いけど……

 浩之は心の中で少し悪いと思いならが、掌底で由香のお腹を狙う。仮にもプロと名乗るぐらい なのだから、おそらく腹筋ぐらいは鍛えているだろうから、そこまでのダメージにはならないだろう。

 俺とは格が違っているのを分かってもらえばいいのだ。そうすれば、俺のやりたかったことは 達成できる。

 由香は右ストレートを放ち、お腹のガードが空く。

 ここ!

 浩之は、あまり力を入れずに、ただスピードだけで左の掌底を由香のお腹に入れた。

 バシッ

 重くはなかったが、それなりに手応えのある一撃を入れ、浩之は距離を取った。

「これでいいか?」

 浩之の言葉に、由香はキョトンとしていた。

「これってアマチュアボクシングじゃないんでしょ?」

「ああ、そうだが?」

「だったら、ちゃんとダメージのある一撃入れないと。アマチュアボクシングみたいに当てただけじゃ 点数なんてもらえないよ」

 浩之としては、自分は攻撃を全部よけてカウンターを入れる余裕さえあることを分かってもらい たかったのだが、由香はそれを分かってくれなかったようだった。

「ええと……本当にいいのか?」

「あー、言い方がエッチだね」

 由香はそうやって浩之をからかう。まったく、今試合をしているという緊張感はなかった。

 どうしたものかと浩之が葵の方を見ると、葵は真っ赤になって上目使いで浩之の方を見ていた。 どうも由香の「エッチ」という言葉に反応したようだった。

 浩之はやる気が急激にそがれるのを感じた。

「あ、試合中によそ見しちゃだめだよ」

 ビュンッ

 その言葉であわてて由香の方を見た浩之は、何とかその左ジャブを避けることができた。

「あーあ、言わなかったらあたってたかな?」

 由香はふいをついたわりには悪びれもなくそう言った。

「そんな攻撃、俺にはあたらないぜ」

 浩之は何とかこの実力の差を由香に分かって欲しいのだが、由香はそれを知ってか知らずか、 話をはぐらかす。

「ふーん、すごい自信だね」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

「ほらほら、今試合中なんだし集中しなくちゃ」

 ビュビュッ

 油断するには速いが、油断さえしなければまずつかまることのないパンチを、油断はしたものの 何とか浩之は避ける。

「ほらほら、ちゃんと浩之君も攻撃してこなくっちゃ」

 そう言ってから由香は自分でパンチを連打する。浩之に攻撃させる気はなさそうだった。

 とは言え、反撃の隙は十分にある。だが、おそらくはダメージのない攻撃をしても、 また分かってはもらえないだろう。

 ……ローキックだな。今までの攻撃から見て、やはりボクシングなのだろう。ならば、蹴りには 反応もできないだろうし、ダメージも大きいはずだ。

 そして何より、よほどひどくしないかぎり、足なら長くダメージを引きずることもないだろう。

 由香は同じようなコンビネーションで左、左、右と打ってくる。この右を避けて……

 バシィッ!

 浩之の見事な右のローキックが、由香の左足のふとももをとらえる。

 勢いあまって少し強く打ちすぎた。由香は大丈夫か?

 浩之は攻撃体勢を解こうとした。

「お……」

 パシィッ

 由香の左のジャブが、浩之のほほをとらえた。

 

続く

 

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