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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(18)

 

 パシィッ

 由香の左ジャブが、浩之のほほをとらえた。

 浩之は面食らって攻撃体勢を解かずに後ろにとびずさった。

「あったり〜」

 由香はのん気な声で喜んでいた。

「なっ……」

 由香の左の一撃は、あまり痛くはなかったと言うか、全然力をこめずにスピードだけを上げて いたらしく、浩之にはダメージはほとんどなかった。

 ダメージと言うよりも、まさに、面食らった状態だった。

 右のローキックに力を入れすぎたと思った瞬間の出来事だったので、浩之には何が何だか 分からなかった。

 はっきりローキックが入って、浩之もその手応えを感じた次の瞬間に、由香のジャブを受けて いたのだ。すぐには自分がジャブを受けたとは分からなかったぐらいだ。

「全部避けれなかったね〜、残念残念」

 由香は悪びれる様子もなくそう言って笑った。少なくともまじめにしているような気配ではない。 ゲームを楽しんでいるかのようだった。

 とりあえず無理に意識を落ちつかせると、浩之は由香を見た。

 由香は、言動からも分かるようにこれと言って痛がっている風もなく、腕を体にひきつけた 攻撃重視の、普通はボクシングで見られる構えを取ったままだった。

「……痛くないのか?」

 浩之は、ごく当然の疑問を口にした。綾香や葵、坂下にはまだ程遠いものの、それでも浩之の ローキックは素人などが受けると冗談にならない威力のはずだ。

 手加減はしたとは言え、その手加減の量を間違ってそれなりに強く蹴ってしまったはずなのに、 由香は表情さえ崩す気配がない。

「自分のダメージを人に教える人なんていないよ」

 由香はカラカラと笑った。

「でもここは大ボーナスー、教えてあげる。実は全然効いてないよ」

 強がり、浩之はすぐにそう思った。ダメージはそこまで高くないとは言え、当たれば綾香や葵 だってダメージなしではいられないはずなのだ。

 さっきの由香の軽い一撃も、少なくとも浩之は痛みを感じている。なのに、もっと力をこめて 打ったはずの由香は少しも痛がっている様子がない。

 力の加減間違えたか?

 浩之はそう思いながらも、気を取りなおしてかまえる。

 実際、全て避けれると口にしてそれを実行できなかったのだ。これでこれ以上攻撃を当てられる ようでは恥ずかしいことこの上ない。

 ……しかし、手応えは十分すぎるほどにあった。力の加減を間違えたのは入れすぎる方で、抜く 方ではなかったはずだ。

 そうこう考えている間に、由香がまた浩之との間をつめる。

 ままよと思いながら浩之は向かってきた由香の攻撃を避ける。

 やはり速いが、浩之が避けれないほどではない。綾香や葵と比べると、スピードにも、パワーにも 欠ける。

「えいっ!」

 由香が気合いらしい声をあげて放った右ストレートを、浩之は右へのサイドステップでかわす。

 がこれは由香は読んでいたようで、それをさらにワンツーで追いかける。

 左を腕で受け、右をスウェイして避けると、浩之はまた距離を取る。

 今は攻撃する気はなかった。今さっきのローキックに間髪入れずにジャブを返されたことが少し 後をひいていることもあるが、考えがまとまらないのだ。

 浩之は、由香の格闘スタイルをボクシングでないと改めて考えなおした。

 足を攻撃されてもすぐに反撃できたところを見ると、ボクシングではなさそうだ。ということは、 キックボクシングか、または空手かもしれない。

 となるとやっかいだ。まだパンチ、しかもジャブとストレートしか出していないが、それは 単なるフェイクで、本当は蹴りを狙っているのかもしれない。

 唯一救いは、打撃が強くないということだが、蹴りが直撃したらそんなことも言っていられない だろう。

 だが少なくとも、相手の動きを読んだり、攻撃のスピードから考えて、まったくの素人ではない、 と浩之は考えた。むしろ、それなりに格闘技をやっていて、綾香や葵ほどの実力はないかもしれないが、 油断してもいい相手でないのは心の端に置いておいた。

 浩之はじりじりと由香との間をつめる。

 こうなれば、違う手で行くだけだ。

 浩之はタックルを狙っていた。つい昨日見た修治のタックルを、浩之はよく観察していたのだ。

 その後は腕力でどうにかなる。

 綾香と戦ったときはそう思いあがっていたのだが、格闘技を知れば知るほど腕力、つまり体重は 重要なことが分かってきた。

 俺とあの細い子では体重が違う。のしかかってしまえば向こうには反撃のすべがない。

 その後は、ギブアップしてもらえばいいだけだ。少し女の子を押し倒すってのはあまりいいこと ではないように聞こえるが、打撃で怪我をさせるよりはましだろう。

 浩之は、ゆっくり由香に近づきながら重心を上に保つ。これは相手に打撃戦を挑もうとしている ようにみさせるフェイント。

 由香は、それに気付いていないのか、軽いフットワークを保ちながら距離をはかる。

 そして、射程に入ったと思った瞬間、浩之は由香の腰を狙ってタックルをかけた。

 本当はもっと下がいいのだが、浩之には修治のように重心をあんなに低くして動くだけの パフォーマンスがないのだ。

 少し遠いか。

 タックルは少し浅い。このままいけば腰はつかめるかもしれないが倒すまではできない。 浩之は由香に飛びこんだ瞬間にそう判断した。

「甘〜い」

 由香が、下から振り上げるように浩之のボディを狙ってパンチを繰り出す。

 浩之はタックルのために前に走っていたので避けることはできそうになかった。だが、そのおかげで 由香が一歩前に踏み出したので、タックルで押し倒せるぎりぎりの距離になっていた。

 いける!

 浩之はその由香のパンチを日頃から鍛えた腹筋で耐える決心をし、そのまま体ごと突っ込んだ。

 ジャブの威力から見て、腹筋なら耐えれる。

 しかし、結局のところ、浩之は外見とその動きに、油断していた。外見が強さではないことを 嫌と言うほど知っているはずだったのだが。

 ズドンッ!

 鈍い、しかし大きい音が、響いた。

 

続く

 

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