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最強格闘王女伝説綾香

 

一章・始動(19)

 

 大きく、にぶい音であった。そのパンチの直撃をくらって、それを覚悟で突っ込んだ浩之の 体はそこで動きを止めていた。

「……っは……」

 浩之はうめき声とも何ともつかない声しか出せなかった。

「センパイッ!?」

 その一撃の強烈さを見て分かったのか、それとも浩之の動きがおかしかったのを見咎めたのか、 葵が心配と言うより衝動で浩之を呼ぶ。

 ただ、今の浩之にはその声は届かなかった。もっと大きな音が全身を駆け巡っていたからだ。

 胃の中のものが喉を逆流し、すっぱい味が口の中に広がる。

 はかなかったのは、恐らく日頃の鍛錬の賜物だろう。でなければ、胃の中のものをそこで吐き 出して倒れていたに違いない。

 ガクガクと膝がゆれた。パンチがヒットした場所はみぞおちの下なので、脳震盪をおこしたわけ ではなかったが、それでなくてもダメージは立っていることさえ受容してくれそうになかった。

 不幸中の幸いなのは、前に突っ込んだ分パンチがヒットするポイントがずれ、みぞおちの直撃を 避けられたことだろう。

 異常な威力だった。それは下手をすれば綾香にも匹敵するほどの威力があった。むしろ、その 一撃をくらってなお立っている自分に驚いているほどだ。

 しかし、由香はそんなこは無視して次の攻撃を撃つはずであった。

 ここから逃げなくては!

 浩之の頭はそのダメージの危険性を感じ、由香から距離を取ろうとしているのだが、思うように 体が動いてくれない。

 せめて顔を上げて、次の攻撃を回避しなくては。

 浩之は、歯をくいしばって顔をあげる。もう手遅れのような気もしたが、そう言って降参する わけにもいくまい。

 と言うよりは今のダメージでは打撃を避けるために腕を持ち上げることさえできそうになく、 浩之の努力は無駄に終るはずであった。

 しかし、由香は何故か浩之から距離を取っていた。

「あらららら?」

 わざとらしく由香は驚いていた。

「てっきり吐くと思ったから距離取ったのになあ」

 由香はその一撃できめたつもりだったのだ。しかも、浩之が吐くと思ってかからないために 距離まで取っていたのだ。

 なめられていたのは、俺の方か。

 であれば浩之はせめて一撃でも反撃して一矢むくいることくらいはしたかった。もしそうでなく ても、由香の予想ぐらいは外して起きたかった。

 その予想は一応外れはしたが、完璧に外れたとは言えなかった。

「センパイッ!」

 試合が終ったわけでもないのに葵が浩之にかけよってくる。

「葵ちゃん、まだ俺は……」

 かすれた声で浩之は葵をどかそうとしたが、もうそれだけの力も残っていなかった。

「勝負ありです、由香さん!」

 葵はそう言って試合を止め、今にも倒れそうな浩之にかけよる。それは浩之のダメージを見て 冷静に決着がついたと見たわけではなく、感情的に浩之の身を心配したのだ。

 不敵と言うよりは気合いの入っていない表情の由香を睨みつけたまま、浩之はその場に腰を 落した。

「大丈夫ですか、センパイッ!」

 もちろん大丈夫でなさそうだったので葵は試合を止めたのだが、そう言うしかなかった。

「ああ、大丈夫……」

「強がりは言わない方がいいと思うよ〜、浩之君」

 ひょこひょこと由香が近づいてくる。自分が倒したにもかかわらず、まるで他人事のような 言い様だ。しかも、意識してかどうかはわからなかったが、どう見たって浩之を挑発しているような ことを言っているのだ。

 挑発をして判断を狂わせようとしているようには見えない。もう決着はついてしまっているの だから。かなりの圧倒的差で。

「手加減したけど、ちょっと初心者にはきつかっただろうし」

 もしこの一撃が手加減したものだとしたら、その威力は綾香に匹敵するか、それ以上のものだと 言うことになる。

 しかし……

 お腹の中をシェイクされたような痛みを感じながら、浩之は由香を睨んでいた。

 まったく強くは見えない。それは対じしたときもそうだが、今その一撃で倒された後でも 信じられないぐらいだ。

 その一撃は本物、まぐれなどではなく、由香の放った強烈な一撃だ。しかし、それでも 信じられない。こののほほんとした表情の女の子が、自分を一撃で倒してのけたことを。

「やっぱり格闘スタイル言わずに試合をしたのはあざとかったかな?」

 それは、あまり浩之にとっては関係のない話のように思えた。今になっても由香が一体何の 格闘技をしているのか判断がついていないからだ。

 格闘スタイルを知ることが有利に働くのは、その格闘技スタイルの弱点を狙えるからだ。 つまり、その弱点さえ意味をなさないような実力差では関係がない。

「さて、私は何の格闘技してるのでしょ〜か? ヒントはここ!」

 と言って由香は自分の首を指差した。

 浩之は葵に肩を借り立ちあがりながら由香の首を観察した。

 ……思ったよりも首は太いか?

 由香は全体的にどちらかと言うと格闘技をしているにしては細かったが、首は確かに思ったよりも 太い。と言うことは、どちらかと言うと立ち技系と言うよりも組み技系だろう。

「……レスリングか何かか?」

 浩之はそれを口にした後すぐに心の中でそれを否定した。レスリングをしているのにパンチが 強いというのはおかしな話だ。だいたい、浩之は一度も組み技を由香にしかけられていないのだ。

「うーん、近い!」

 由香はさもうれしそうに浩之の答えを否定した。

 レスリングが近い……そう聞いて、浩之はよけいに混乱した。レスリングは当然のように組み技の 格闘技だ。打撃技を使うことは皆無、確かに体を鍛えてはいるからそれなりの威力はあるだろうが、 浩之を一撃で倒すような打撃を使ってくるとなると……

 総合格闘技、その言葉が浩之の頭の中に生まれた。それはエクストリームがかかげる言葉では あるが、由香には、首が太いということが組み技の証拠だった場合だけだが、それがよく似合って いた。

 総合格闘技……つまり打撃も組み技も使える……そんな格闘技があっただろうか?

 そんな、格闘技のプロ……プロ?

 浩之は、一つの格闘技を思いついた。そう、それはプロだ。プロと名乗ることができる。

「プロレスか」

「あったり〜、ドンドンピ〜パ〜フ〜パ〜フ〜!」

 由香はおかしな擬音語をつかながらそれを肯定した。

「そう、私はプロレスラーなのです!」

 しかし、やはりどう見たって由香は強そうに見えないどころか、不謹慎にさえ見えた。

 

続く

 

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